真実の口

15 真実の口


大学1年生 秋口 新理



夏休み明け、藤本ふじもとに呼び出された香田新理こうだしんりは公園で苦虫を噛み潰したような顔をしていた。



「あの、俺は今日どうしてここに呼び出されたんでしょう?」



大学から20分の離れた駅から、さらに10分程歩いた場所にある小さな公園。遊具は小さな滑り台と鉄棒、砂場のみ。付近には水場と公園のベンチが数台。公園奥のベンチの隣には2台の自動販売機がある。


藤本は横のベンチに座り、新理を見上げてにやりと笑った。



「呼び出した理由がどんな内容か、お前もだいたい想像はつくだろ」



彼はそう言うと、新理に冷えたペットボトルのお茶を手渡した。


彼、藤本浩介は新理の所属するサークル古都研究会の先輩部員である。掛け持ちでテニスサークルにも所属する藤本は、学校内でも顔が広く人気者である。そんな彼はオカルトや心霊現象が大の好物で有名であった。


新理はお茶を受け取り首元に当てる。夏休み明けの今日こんにちも日差しが弱まることはなく、冷たい飲み物に新理は感謝した。しばらく涼んだ後、新理はキャップをあけ冷たいお茶を流し込んだ。



「飲んだな」



藤本はそう言うと、先ほどよりも人相が悪い笑みを浮かべた。新理は表情と言葉を前にして「しまった!」と目を見開く。



「な、なんですか。俺に何をさせようと……」


「まぁまぁ、そうビビるな。

そんなに大したことじゃないから」



驚く新理をからかうように笑うと、藤本は缶コーヒーを一口飲んで話し始めた。



「実はな、とある自動販売機で飲み物を買うと、取り出し口の奥から手を引っ張られるらしいんだよ」



突拍子もない話に、新理は眉をひそめた。



「それは……都市伝説というやつですか?」


「まぁそういうこと。

ちなみにこれは、俺が小学生の時からある噂」


「え、じゃあ藤本先輩の地元の都市伝説ってことですか?」



彼は新理の問いに対して「そう!」と短く返事をして頷くと、隣の自販機を親指で指差した。



「で、あれが噂の自動販売機ってわけ」



藤本の指の先、公園にある自動販売機は別段変わった所はない、どこにでもある、ありふれた物。しかし、肝心のその自動販売機は2台あった。



「どっちがその噂の自販機なんですか?」


「それは知らん。昔は1台だけだったんだけど、いつの間にか2台に増えていたんだよな」



思い出す様に顎を撫でながら話す藤本に、新理はやや呆れ気味に小さくため息をついた。



「でも、昔ここに公園ができるずっと前、俺が生まれる前だし多分20年……30年以上は前かな?普通に家があって家族も住んでいたんだけど、子供が病気で亡くなったらしいんだよ」


「病気……?」


「うん……事故だっけ?いや、病気の筈。なんか、とにかく死んじゃったみたい。それからその家族は引っ越して、ここは更地にされ売地に出されて公園ができたっていう話。まぁ子供はどうか知らないけど家があったのは本当らしい」


「はぁ」


「それで、その子供が自販機に取り憑いて、取り出し口から手を引っ張ってくるっていう噂」



藤本の話はいかにも都市伝説と言うにふさわしい内容だった。



「なんで手を引っ張られるんですかね」


「公園で意地悪をしたらとか、嘘をついたらだとか、あるいは遊びたいだけだとか色々言われてたな。まぁモノは試しだ。何か嘘でも言いながら買ってみようぜ」



藤本の雑な提案の元2人は自動販売機の前に並び、それぞれ嘘を呟きながら同時に飲み物を買う。しかし、当然のことながら特に何も起きない。2人で顔を見合わせ首をひねる。



「香田、お前ちゃんと言った?」


「言いましたよ、『今日は寒い』って。藤本先輩こそ言いました?」


「あたりまえだろ。俺は『課題最高、就活万歳』って言ったよ」



無言になった2人のかわりに蝉時雨が公園に響く。



「そりゃそうか。都市伝説ってこういうもんだよな」



そう言って藤本は深く息を吐くと、買ったコーラを勢いよく飲み干した。



「どうでしょうね。でも俺は信じてますよ」



彼が飲み終えた缶をゴミ箱へ捨てている途中、新理は何とはなしに取り出し口に手を入れてみる。


すると自販機の奥から、軽く手を引っ張られた。


思わず新理は手を引っ込める。ほんの少し困惑しながら新理は自分の右手を見つめる。


確かに自身の手を握られた。手、と言うよりは人差し指と中指を握られ、奥に引き寄せられる感覚がした。その手は、とても小さく冷たかった。



「おい香田、大丈夫か?熱中症とかやめろよ」



しゃがみ込んだままの新理を、覗き込む様に藤本は腰を曲げた。



「……平気ですよ」



新理は強張った笑顔のまま立ち上がり、藤本へ飲み物を押し付けた。小さな手の事は何となく藤本には言わなかった。



*



数日後、新理は幼なじみの深瀬晶ふかせあきらにカフェで例の自動販売機の話をした。新理は彼女に対して借りが多い為、こうして時折食べ物をおごる。そして、そのついでに近況報告をしているのだ。



「噂あっての都市伝説だけど、そこまで信じてなかったんだよなぁ。まさか本当に引っ張られるとは」



新理は頬杖をつきながら、かき氷を食べる。晶はその新理の様子をじっと見つめ、彼女は口を開いた。



「なんだか真実の口みたいだね」



新理は彼女の言葉を聞いて、ピタリと止まる。



『何か嘘でも言いながら買ってみようぜ』


『でも俺は信じてますよ』



新理のあの言葉が、嘘だとわかり引っ張られたのだろうか。だとしたら、藤本が話していた都市伝説は本物だということになる。



「……深瀬、怖い事言わないでよ」


「今回はさすがの新理君もちょっと怖かったみたいだね。これを気に面白半分で行くのはやめたら」



彼女は目を細めて笑うと、すました様子でかき氷を頬張る。その彼女に新理は口を尖らせた。



「じゃあ今度、その公園に行ってみない?深瀬も手を入れてみなよ。引っ張られるかも」


「嫌だ」


「嘘発見機みたいで面白いかもよ。それとも何か嘘でもついてんの?」



晶はかき氷のスプーンの手を一瞬止め、まっすぐに新理を見つめた。


彼女の大きな目に、新理はぎくりとする。



「私はね、新理君の嘘だけはわかるの」



そう言うと、晶は新理のかき氷を多めにすくい、そのまま口へ運ぶ。彼女はめずらしく自慢げな顔をしてにっこりと微笑んだ。




真実の口 end

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