階段


12 階段


大学1年生 春 新理



春、新生活が始まったばかりの大学生、香田新理こうだしんりは好奇心と不安を抱えながら大学構内に咲く桜を窓から眺めていた。



「香田!」



遠くから同期の青年が小走りで新理の元へ駆け寄って来る。



宮下みやした


「お前、そのビラの量!すごいな!今日もらったの?」



新理の手元には大量のサークル勧誘のビラが折り重なっていた。入学式から大体2週間は在校生徒が大学の門前で新入生にビラを配る。しかし配るというよりも押し付けられるに近い。その量たるや、軽く資料が作れそうな枚数である。



「うん。俺サッカーサークルの他に別のサークルにも入りたいんだよね」



元々好きではあったものの小学校、中学高校となんとなくサッカー部を貫いた新理は、せっかくならば大学では別の活動も体験したいと考えていた。大学内でサークルの兼部をしている者は多く2、3個の掛け持ちは珍しくない。またインターカレッジにも寛容である。何よりサッカー部は9割5分男所帯の為出会いがなかなか望めないということが一番の問題である。


宮下とは入学式前のガイダンスで同じサッカーサークルに入ると聞き、話も合って仲良くなった。そんな宮下がなにやら神妙な面持ちで新理の顔を伺っている。



「なぁ、香田今日夕方から時間ある?」


「特に何もないけど……どうかした?」


「飲みサーの新歓!ほんとは同じ飲みサー奴と行く予定だったんだけど、そいつ急に行けなくなったみたいでさ〜……ついて来てくれない?」



いつぞや宮下がサッカーサークルと掛け持ちで入部した飲みサーに、現在気になってる子が所属している為どうにかして連絡先を交換したいと語っていた事を新理は思い出した。



「一人はちょっと気まずくて……所属してない奴も新入生なら誘っていいって言われててさ、頼む!1年は無料だから!二次会も一緒に来て欲しい!」


「いいよ。暇だし」


「ありがとう!」



喜ぶ宮下に勢いよく肩を組まれ、思わず咳き込んだものの新理も笑顔になった。



*



飲みサーの新人歓迎会は大学構内のサークル棟で行われる。一次会は自己紹介と軽い余興。ちなみに一年生はもちろんソフトドリンク。二次会はその後、居酒屋で行われるらしい。


彼らが部室に入ると、すでに新入生50名以上が部室内に集まっており物騒がしい雰囲気に包まれていた。毎年人数が多いサークルとのことで入部予定のサッカーサークルよりも広い部室に新理と宮下は唖然とした。



「運動部より人数が多いから仕方ないんだろうけど……」


「広すぎるよな。3つあるサークル棟の中で一番広い部室を、大昔の部長が飲み比べで勝ち取ったって噂」


「飲みサーの名に恥じぬ歴史だな」



2人は受付で名前を記入され、ガムテープの名札を貰うと服に貼り付けた。ガムテープには黒いマジックで大きく『香田』と名字が書かれていた。後ろから次々に数人の団体がサークル棟へ入室して来る。「新入生は100余名が参加するらしい」と宮下が付け加えた。


飲み物の並べられた机に向かいながら宮下は思い出したように口を開いた。



「そういえばサークル棟っていえば、うちの大学の怪談話であるよな。“サークル棟の空き部室”ってやつ」


「なにそれ?」


「サークル棟の空き部室から声がするらしい。女子の甲高い悲鳴。でも今サークル棟に空き部室なんてないはずなんだよ。だからどこの部室なのかわからないんだって……」


「ふーんこの大学怪談あるんだな」



一ヶ月ほど前、本当の心霊体験をした新理にとって学校の七不思議レベルの怪談話は興味こそ惹かれたもののそこまで恐ろしい話とは思えなかった。



「もっと怖がれよ!他にもあるぞ、“3階の女子トイレ”の話とかあとは“封鎖された階段”とか。結構昔からの怪談だって聞いたけど」


「宮下、お前耳が早いな」


「まぁね!こういう心霊・オカルト系がめっちゃ好きな先輩がいるんだよ」


「へーサッカーサークルに?それとも飲みサー?」


「それがさ……」


「そろそろ新歓始めまーす!全員飲み物は手元にあるー?」



宮下が話しかけたところで飲みサー部長の号令がかかり新歓の挨拶が始まった。



*



軽いゲームを挟んだ後、宮下は意中の女子と近い場所に座ることに成功し悪くない雰囲気になっていた。新理は気まずそうに飲み物を飲んでいる。


すると後ろから小さな箱を持った上級生が小さな箱を持って来た。箱の中には四角に折られた紙がいくつも入っている。「一枚引いて」と言いながら箱を揺らした為、話に夢中な宮下を小突いて彼らと共に引く。紙に書いてあった文字は全員『はずれ』。



「はずれだって」


「これなんですか?」


「次の余興のくじ引き。当たりじゃなくて良かったね」



上級生はそう言うと、他の新入生にもくじを引かせていた。宮下と共に部屋の奥にあるホワイトボードの新歓プログラムを目を凝らして見ると、次の余興は『肝試し』とあった。まさか、と新理はほんの少しだけ顔を強張らせた。すると突然、前の方のからわっと歓声が上がる。先ほどの上級生が立ち上がり手を挙げた。



「次の出し物は『肝試し』でーす!肝試しの参加者が決まりました!彼には一人でその場所の写真を撮って来てもらいまーす!場所は彼にだけ教えます!」



くじを引き当てたのは、短い髪の金髪で肉付きの良い中背の青年だった。彼は困ったような顔で笑っている。司会の上級生が彼にその場所が書かれているであろうメモ用紙を渡し、背中を軽く叩く。足元の新入生や他の上級生も皆、彼に激励の言葉をかけ外へと送り出して行った。



「彼に肝試しをしてもらっている間、僕らは別のゲームで待ちましょう!」


「え、放っておくの?」


「毎年の恒例らしいよ。新入生の1人が学校の怪談場所で写真を撮って戻ってくるやつ」


「それ面白いか?」



新理が苦言を呈すと、宮下の隣にいた女子が割って話を切り出した。



「ちょっと前に写真に幽霊が映ったらしいよ。場所はたしか女子トイレだったかな?肝試し場所で写真を撮って帰って来たら結構注目を集めるでしょ?だから知ってる人にとってはかなり人気な出し物なんだよ」



周りを見渡すと、確かに残念そうな表情の者や「自分が行きたかった」と口にする者が少なからずいる事がわかる。彼女は嬉々として話しているが、新理はあまり明るい気持ちにはなれなかった。



「大丈夫かな」


「平気だろ、大学構内だろうし」



新理は冬の肝試しの事を思い出し、思わず席を立った。



「俺、トイレ行ってくる」



駆け出す新理をそっちのけで宮下は前を向いたまま適当に「おう」と間の抜けた返事を返していた。


歓声に包まれた騒がしい部室を出ると、新理は廊下の先を一人歩く人物を見つける。



「ねぇ!ちょっと待って!」



呼び止め小走りで駆け寄る。声に気がついた彼は新理の方へ振り返った。



「……どうしたの?」



急に呼び止めたものの、先ほど「写真を撮影後は大学内で注目される」との話を聞いてしまった手前、新理は今更要らぬ心配をしてしまったのではないか、と焦りを覚え咄嗟に嘘をついた。



「あ……いや……トイレを……」


「じゃあ、方向一緒だね。途中まで一緒に行かない?」



彼は引きつったような笑い方の怪しすぎる新理に対して友好的に優しく笑った。



*



「飲みサーに入るの?えっと……高橋たかはし君」



新理は話ながら彼の脇腹あたりに貼られた『高橋』という名札を盗み見て名前を初めて知った。同時に読みやすい名字で良かったと安心した。高橋は首を横に振る。



「今日は友達に誘われて来たんだ。サークルはまだ迷ってる。決め手がなかなかなくて……」


「俺も今日友達の付き添い。高校では部活とかやってたの?」


「俺、柔道やってた。主将と黒帯だったんだよ」



新理は高橋の体型を見て思わず「そうは見えない」という驚きの表情をしてしまった。なぜなら高橋の体型は新理の同級生、安村やすむらと同じくらい肉がついた体型だったからである。ちなみに安村はバスケ部に所属していたが体型は全く変わっていない。新理のリアクションは勿論高橋にバレてしまった。



「わかる。そう思うよね。食べる量は変わらないから部活辞めたらどんどん太っちゃって。弟とか後輩にも「太り過ぎ」って言われた」


「俺の友達はずっと体型が変わらない。運動部だったのに。それにめっちゃ食うし」


「そういう人もいるよ。……運動部もいいかなって思ったけどせっかくだし面白そうなサークルに入りたいよね」


「俺も!面白そうなサークル探してるんだけど……なかなか見つからなくて結局サッカーサークルに入ってる」


「香田君も?ああ、でもサッカー似合うなぁ。ハットトリック決めたことある?」


「ないよ。でも2点までならある」



新理の自慢げな顔に高橋は笑うと、ピタリと足を止める。新理も足を止めサークル棟の出口にあるトイレに到着したことを悟った。



「トイレについたね、ここまでありがとう。それじゃあまた」


「あ、ねぇ高橋君、怖いの平気?」


「実はあんまり……」



高橋は先程と同じように困ったように笑っていた。



「じゃ、一緒に行こう」


「え……」


「俺興味あるんだ。まぁ、めっちゃ怖そうだったらばっくれよ!腹を下した俺に引き止められてそれどころじゃなかったってことにしてさ」


「香田君のイメージが悪くなるよ」


「全然平気。あ、呼び捨てにしていいよ」


「……俺も呼び捨てでいいよ」



2人は笑い合いながらサークル棟を後にした。



*



時刻は午後19時頃。高橋がもらった肝試し場所が書かれたメモ用紙を新理は凝視する。メモ用紙には“封鎖された階段”とその行き方が記されていた。先ほど新理が宮下から聞いた大学構内の怪談の1つ。しかし具体的な内容は宮下から聞けず新理は知らない。場所は大学西館の3階。現在封鎖されている屋上に出る階段らしい。



「この話知ってた?」


「いや、そもそもそんな話があること自体さっき聞いたよ。でもくじを当てた子は知ってたみたい」


「え?高橋……もしかして誰かのを引き受けたの?」


「隣にいた子がたまたまね。かなり行きたくなさそうだったから交換したんだ。流石に女子1人は酷だよ」


「マジで?……お前すごいね。かっこいい」



高橋は優しい眼差しで語る為、新理は思ったことが口から出てしまった。高橋は照れくさそうに「早く行こう」と話を逸らす。


時間が時間なだけに廊下や講堂には人の気配が全くない。歩く互いの足音がかすかに構内に響く。建物の古さも合間って夜の大学構内がこれほど異様な雰囲気を纏っている事を2人は初めて知った。西館3階の階段前にたどり着いた彼らはその雰囲気に息を飲む。暗がりにうっすらと浮かぶ階段は昼間よりも不気味に見える。階段の手すり部分には確かに『立入禁止』の張り紙があった。まさに“封鎖された階段”である。


高橋は無言でスマホのシャッターを切る。軽いシャッター音とフラッシュが焚かれ、スマホに映し出された写真は特に何の変哲もない。「一応上からも」と言う新理の言葉に高橋も頷いて2人は階段を上る。


階段自体は他と変わらず特に老朽化はしていないように感じた。数段上ると踊り場に差し掛かり、さらに上の階段の向こうには屋上へと向かう扉が現れた。踊り場と階段付近で写真を撮影する高橋を横目に新理はそのまま扉に近づきドアノブに手をかけた。開くはずがないと思いつつノブを捻ると扉はいとも簡単に開いた。驚いた新理は手を離して数歩下がり、高橋の背中にぶつかる。その拍子に高橋はスマホを床に落としてしまった。



「ごめん」


「大丈夫、なにかあった?」


「ここ、ドアが開いた」


「うそ。なんで?」



新理がもう一度扉に手をかけると「ギギィ……」という錆びついた鈍い音と共に扉が開いた。扉の向こうは夜の闇のみ。2人は覚悟を決めて一歩踏み出す。


外は春先のまだ少し冷たい風が吹いていたが、大学構内が一望できるそれなりに眺めの良い場所だった。


2人がぼんやりと景色を眺めていると後ろからガチャンと扉が閉まる大きな音が聞こえた。


風に煽られドアが閉まった事は明らかだった。2人が慌てて扉に駆け寄ると、彼らは重大なことに気がついた。


ドアノブがあるはずの場所から忽然と姿を消していたのだ。2人は唖然として消えたドアノブ部分を見つめる。



「うそだろ」


「何で?」



そして彼らの足元、扉のすぐ横にひしゃげたドアノブが転がっている事に気がついた。



「立ち入り禁止って……そういうこと?

香田、どうしようこれ開かないかも」


「落ち着け、高橋。まだ俺たちには希望がある。飲みサーに俺たちの友達がいるからあいつらに助けてもらおう」



新理は宮下に連絡を取ろうとスマホを取り出す。数分後、新理の連絡に宮下から返信が入った。



え?お前今どこ?俺たち、飲みサーで今居酒屋だよ!



ついでに「仲良くなった!」と宮下の意中の子との写真も送信されてきた事に新理は絶句した。



「最悪だ……あいつら俺たちのこと忘れてる!置いて行かれた!」


「香田……ごめん。俺、スマホ落としたままだわ……」



高橋が青い顔をしている事は暗闇でも分かる。勿論新理も同じ顔であった。時刻は19時半を過ぎ、新理のスマホの充電残量は22%。冷たい春の風が2人の間を通り過ぎる。


ふと新理にとある考えがよぎった。一か八かで電車で1時間圏内に住む幼馴染の深瀬晶ふかせあきらに連絡を取ろうと考えた。宮下よりも信用できる彼女に、彼は希望を託した。


彼女からの返事はすぐに帰ってきた。



落ち着きなよ。

大丈夫、助けは来るよ。



新理は、こないだの晶の言葉を思い出した。



『なんとなく嫌な予感がするの』



スマホに目を取られていると、扉の前にいた高橋がゆっくりと数歩ずつ後ずさりして来ることが分かる。新理は彼の目線の先を見ると開くはずのない扉からガチャガチャとドアノブを回す音が屋上に響いた。


扉は「ギギィ……」と低く鈍い音を立てて開かれる。新理と高橋は恐ろしさのあまり互いの服の裾を掴んだ。



「……何してんの?」



目を丸くした新理と高橋の目の前に、扉の影から長髪の眼鏡をかけた青年が姿を現した。



「……扉が壊れてて」


「ここ、今度工事されるって掲示板に張り出されてた。早く出たら?」



新理と高橋は顔を見合わせて足早に屋上から出た。



「ありがとう」


「何でここにいるのがわかったの?」


「音が聞こえて」



猫背の彼はそう言うとスマホを差し出した。それは、新理がぶつかった拍子に落とした、高橋のスマホだった。つまりその落下音とついでに屋上の扉が閉まる大きな音を聞きつけ彼はここに来てくれたという事らしい。



「助かったよ。飲みサーの新歓で肝試しにここへ来たのに置いていかれたんだ、俺達」


「肝試し?こんなところで?」


「肝試しというか……心霊写真撮影?」


「歩きながら話すよ、えっと名前と学年は……?」


中岡なかおか、同じく1年。香田と高橋」



驚いて目を丸くした2人の名札を中岡は指差した。


歩きながら新理は中岡にここまでの経緯を説明すると、中岡も怪談について初めて聞いたようで少し驚いた様子だった。しかし、中岡によればあそこは“封鎖された階段”ではないとのことだった。



「あの屋上は天文サークルが出入りしてた場所で、ついこないだ扉が壊れたって聞いた」


「じゃあ元々は普通に出入りできてたって事?」


「いつもは鍵がかかってたみたいだし屋上の不要な使用は禁止されてたと思うけど、階段自体は普通に使えてたんじゃね。どっちかっていうと“封鎖された扉”?」


「じゃあそもそも“封鎖された階段”ってどこにあるんだろう」



彼らは歩きながら無言で考え込む。すると首を捻った中岡が口を開いた。



「うちのサークルなら何かわかるかも」



3つ並ぶサークル棟の一番奥、3番目の棟に彼らは進む。1棟目の飲みサー部室の電気は案の定消えておりご丁寧に新理と高橋のバックは外に置かれていた。薄情な奴らだと思いながらバックを背負うと中岡に続く。少し歩き階段を上ると明かりが見え始めた。目の前に現れた扉には「古都研究会」の文字が書かれている。中岡が扉を開けると上級生の女性が明るく迎え入れた。



「おかえり中岡君!忘れ物あった?……誰その2人」


「なんか飲みサーに置いていかれたらしくて」


「マジ?あいつらロクなことしないね。寒かったでしょ、お茶とお菓子だしたげる。

よかったらついでに見学してって!」



中岡が事の経緯を軽く話すと、彼女は手際よく湯呑みを出すとお茶を注いだ。



「飲みサーの事は本当に災難だったわね。私は古都研究会部長、3年の田渕たぶちです。うち、超弱小サークルだから気兼ねしないで。今日は2人だけだし」


「俺は部員決定なんですか」


「そりゃそうよ!あと今日は来てない副部長と、2年の幽霊部員が1人。中岡君は古い建築物に興味があるんだよね?」


「3Dグラフィックで、よりリアルかつ繊細に作りたいので」


「良いね!中岡君、その意気で活動して!ウチは歴史とか建造物にちょっとでも興味があるならどんな理由でも入部OKだよ。たとえば将来的に建徳関係の仕事に就きたいとか、その土地の歴史、都市伝説またはオカルトに興味があるとかね!」


「広範囲なんですね」


「もちろんこれから好きになってもらってもいいよ!」



田渕は意気揚々と勧誘を進める為、見かねた中岡が口を出した。



「部長、勧誘じゃなくてこの2人は資料を見にきたんですよ。

大学の怪談話のやつとか、昔のことについてわかる資料ありませんか。“封鎖された階段”とか」



田渕は致し方なしといった様相でため息をつきながら席を立つと部室奥の棚に向かう。並べられたファイルから数冊を抜き取り、ページをめくると新理たちが座るテーブルの上に置いた。



「これ、なんの資料ですか?」


「うちの活動資料。年に数回、各々の興味ある分野を調べて資料を製作するの。卒業生たちが置いていくの。まだまだ奥の部屋にもたくさんあるよ。ほら、これじゃない?“封鎖された階段”」



めくられたページには「封鎖された階段」と題がついていた。そのページには先ほどまでいた西館の階段とは全く別の場所の写真が貼り付けてあったことに新理と高橋は驚きを隠せなかった。


写真は壁づたいに取り付けられた幅の狭い数段のみの空中の石階段。上った先にはもちろん出入り口等無く降りてくるほかない。説明文にも「上って下りるだけの用途不明の階段」と記されている。


文章には続きがあり「尚、手すりもなく3階の壁にのみ設置された大変危険な空中階段の為、長らく入り口は封鎖されていたが秋には取り壊される予定(199×年、7月現在)。1年前足を滑らせ落下した生徒アリ(骨折のみで生存。今も元気で何ヨリ)」とあった。


残念ながら心霊に関する記述は一切なかったが怪談になる理由がほんの少し垣間見えた。


新理はスマホでその写真を撮影し、無事の報告ついでに晶に送った。



「これが“封鎖された階段”の元祖か……」


「今は壁になっちゃってるみたいだね、さしずめ無用階段ってとこか」



田渕の話を聞いていると、晶から返事が返ってきた。



超芸術トマソン。無用階段。

いい写真。よかったね。



前者の言葉には聞き馴染みがなかったが、晶も田渕とほぼ同じ事を言っていた。



「でも怪談話なんて誰が言い出したんだろう」


「多分ここの幽霊部員だね。オカルトがすごく好きな奴が1人いるの。そいつがかなり前これを読んでたのさっき思い出した。女子トイレにサークル棟の空き部屋?その辺は昔から聞いた事があるけど階段は初めて知ったよ」



「あいつもロクなことをしない」と田渕がぼやいていると、中岡が突然インスタントカメラを取り出してノートの写真を撮影する。



「何よ、急に写真なんか撮り出しちゃって。それ前の先輩が置いていったカメラでしょ」


「使い所がなかったんで。何となく」


「へぇ、見方によっては古くて怖い写真に見えるかも。しかも誰も知らない写真」



映し出された写真は日に灼けたようなオレンジ色をしておりフレームもやや黄ばんでいる。写真を手にとって見るなり田渕はニヤリと口角を上げた。



「これ飲みサーの部室の扉に貼り付けておいたら?ちょっとはビビるかもよ。ねぇ中岡くん?」


「悪くないですね」



中岡も心なしかニヒルに笑っている気がした。



「てかもうこんな時間?私バイトだから先に帰るね!戸締りよろしく」



田渕は中岡に鍵を放り投げると軽く手を振り勢いよく笑顔で走り去って行った。少しの沈黙の後、中岡が席を立ち「帰る」と呟いた。


帰る途中、3人は飲みサーの部室の扉に中岡の撮った写真を挟んだ。新理は高橋が肝試しに行くことになった経緯をさも英雄談のように中岡へ語った。



「高橋はすごいよ。くじを交換してあげたんだって」


「すげー。いい奴だな高橋君」


「そんなことないって、2人の方がいい奴だよ」


「中岡君は命の恩人だしな」


「別に……たまたま通りかかっただけ」



中岡はよそへ向いて眼鏡をあげる仕草をした。



「俺、古都研入ろうかな。今日楽しかったし。建築系ちょっと興味あるんだよね」


「俺も香田と同意見。いいかな中岡君」


「……いいんじゃね」



新理は当初の不安が晴れて、変わりに心が弾んで落ち着かない気分になった。



*



翌日、新理は高橋と共に古都研究会に入部届けを提出し、無事受理され田渕には大いに喜ばれた。ついでに晶に古都研ことけんへインカレッジはどうかと提案したがさっくりと断られてしまった。


ちなみに新理は彼女に、助けが来ることを“予感”していのかという疑問をぶつけると、



警備員さんが巡回するでしょ



との返事が返ってきた。


しかし、晶が言っていた“予感”を感じるという話を本物だと新理は信じた。彼女がファミレスで別れ際に言った言葉が現実になり、変なことにも巻き込まれた結果いい友人ができたのである。



偶然だよ。

そのまま騙されて変な壺や数珠を買わないように。



それも“予感”!?と新理がメッセージを送ると返信は途絶えてしまった。


3人が扉に挟んだ“封鎖された階段”の写真は、誰も知らず見たことがない写真だと飲みサー内で大いに話題となり、大人数が恐れて噂を広めた。噂にたくさんの尾鰭がついた状態で“呪われた写真”という怪談がいつの間にか新たに追加された。脚色された怪談を本人たちが知るのはかなり先の事である。



階段 end

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