桜
7 桜
大学3年生 春 新理
とある住宅街の一本道を歩いていると、いつの間にか知らない小さな女の子が隣を歩いているという噂があった。
女の子は決まって春の夕暮れ時、複数人がその道を通る時にしか現れない。
彼女の特徴を元に調べてみると、数年前入学式の前日に亡くなった近所の女の子だという事が分かった。
*
「ーーーと、いうわけで
よろしくね」
「よろしくねって……」
そう言われて笑いかけられた茶髪の青年、
隣に立つ黒髪の青年の名は
大学の所属サークルの先輩である
科学では説明がつかない出来事や超自然現象……そういったものを専門に仕事を請け負っている、らしい。
張り付いたような細い目の笑顔がやや胡散臭いが、これでも一応何度か助けられているので信用はある。
今回はバイトという名目で新理は駆り出されているところだった。
普段は掃除や荷物持ち等しかやらせてもらえないが、今回は珍しく仲村の方から「幽霊に会えるかも」という打診があり、好奇心には勝てなかった。
大学3年ともなると、やはりバイトで得られるお金はありがたい。
そして提出ギリギリのレポート作業を放棄してここに来たのだが、そこは思っていた場所とは遥かにかけ離れた閑静な住宅街の通学路だった。
「夕方の、まだけっこう明るい時間帯ですけど、
ここに現れるんですか?」
時刻は16半時を過ぎたばかり。
人通りはまばらで、時折下校する学生とすれ違う。
挨拶をしてくれる子もいるが、怪訝な顔の視線が刺さることも少なくはない。
「多分ね」
仲村はいつもの調子の笑顔で言い切った。
よく考えてみれば、夕暮れ時、学校の下校時刻、成人男性2名。
一人は茶髪で挙動不審な赤いスニーカーの若い男。
もう一人は黒髪を結い、黒い上着を着た胡散臭い笑顔の男。
「……もしかして俺たち結構怪しいんじゃ
ないんですか?」
「結構というより、もう不審者のそれだね」
「えぇ!? 通報されたらどうするんですか!?」
「まぁ大丈夫。
この黄色い横断旗を信じよう。
本当に怪しい奴はこんなに目立つ黄色い旗は持たないはずだし」
仲村はにっこりと笑顔で「交通安全」と緑の文字で書かれた
横断旗を見せた。
それを聞いた新理は安心するどころか余計にその場にいたたまれず頭を抱えてしまった。
なるべく早くここを離れたい。
なにか変化を加えれば向こうも応じてくれるかもしれない。
微かな期待に新理は少し仲村と距離をとってみようとその場を離れて歩き出した。
件の通学路には未だ何かが現れる気配はない。
やはり男二人だと、向こうも警戒しているのだろうか、と首をかしげる。
この道は なだらかな坂道だが見通しは良く、車通りはほぼない。カーブミラーも標識もあり、広い歩道と車道の間には縁石と植木が
その子は交通事故で亡くなったそうだが、ここはその場所ではない。
するとなぜこの道に現れるのか新理は頭上にクエスチョンマークを浮かべた。
「新理君」
数メートル遠くから仲村が声をかけて来る。
「なんですか、警察だったら俺は逃げますよ」
「そんな事したら余計怪しまれるだけだよ。
そんなことより、いる。君の隣」
「えっーーーー?」
思わず視線を足元に下げる。
夕焼けを背にした影は新理のものだけで隣には影はない。
ゆっくりと視線を右に向けると、うっすらと白い小さな
今にも消えそうな、例えるなら鏡で反射した光のようなものだった。
嫌な感じはしない。
夕焼けのせいか、少し寂しい感じがした。
しばらくゆらゆらと揺れると光は薄くなり消えてしまった。
新理は顔を上げると仲村が「大丈夫」と微笑み歩き出す。
仲村の後を追って新理もゆっくりと歩き出した。
*
5分程度歩くと、仲村が足を止める。
見渡すと先ほどよりも新しい住宅が立ち並ぶ場所で、辺りは夕焼けのオレンジ色に染まっている。
こんな住宅地に男二人で赴いて、近隣に通報されたらと新理はそわそわしながら縮こまる。
すると突如、後ろから玄関の扉が開いた音に気づき振り返る。そこには一軒の白い家があった。
しかし音が聞こえた方向はその家のはずが、玄関ましてや窓は開いていない。
困惑する新理に、仲村は家を眺めながら呟いた。
「あの道は近くの小学校の通学路でね、今ももちろん様々な人が通る。
朝は人の中に紛れているんだ」
仲村の言葉に耳を傾けながら彼の横顔を見つめた。
切れの長い目、高い鼻筋。黒くしなやかな髪、夕焼け色に染まる肌。
「夕方は下校。
春の間、あの子は登下校してる」
風が吹き桜の花びらが辺りに舞う。
舞い上がる花びらを見上げながら彼は話を続けた。
「その子の家では、春になると朝 玄関の戸が開く音が聞こえるらしい。
でも入学式前に何度か両親と手を繋いで通っただけの道だ。
帰り道がわからなくなっていたんだよ」
いつの間にか玄関にスーツ姿の男性と、エプロンをかけた女性が並んで立っており、目があうとこちらに深くお辞儀をした。
仲村も軽く会釈を返し、それを真似るように新理も頭を下げた。
「“夕方は必ず誰かと帰る”
家族との約束を守っていた」
先ほどの白い靄を思い出す。
ゆらゆらと揺れる光の粒。
あの子は家に帰れたのか。
「ーーだから、あの道にいたんですかね?」
仲村は「それもある」と頷きこう続ける。
「入学式だからね。
楽しみだったんじゃないかな。
誰かと一緒に歩くのが」
その後、しばらくして通学路の片隅に小さなお地蔵様と花が添えられた。
次の年の桜が咲く頃、彼女はもう現れることはなかった。
今でもお地蔵様はその道を通る人々を見守っている。
桜 end
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