トンネル

5 トンネル


大学2年生 夏休み前 新理



「名前はかっこいいのに

新理君は、ばかなの?」



山道で揺れる車中、ついこないだ幼馴染の深瀬晶ふかせあきらに言われた言葉を香田新理こうだしんりは車の窓から外の暗闇を眺めながら思い出した。


席の前方、助手席から騒がしい声と音楽が聞こえる。

盛り上がる運転手と助手席に乗った女性。

そして中席に乗った男達。

それとは裏腹に最後尾の席では顔色の悪い新理と、隣で不安げな顔をしながら彼を覗き込む友人の高橋たかはしがいた。



「香田、大丈夫?

酔い止め効いてきた?」


「………そんなに」


「にしても元気だな、藤本ふじもと先輩達は」



相変わらずの運転技術とタバコと香水の匂いのせいで新理は窓の外を見るのをやめて天を仰いだ。


1時間程前に飲んだ薬は未だ効果がなく、顔色は依然として芳しくない。


自分自身の愚行を振り替えると、ふと彼女の言葉を思い出したのだ。


名前負けしていることは彼自身もよく理解していた。



*



3日前の夏休み直前、古都研究会ことけんきゅうかいのサークル棟に友人の高橋と向かうと藤本がなにやら部長に頼みこんでいた。


まるで神頼みするように顔の前で手と手を合わせて懇願するものの、部長はぴしゃりと言い切った。



「なし。絶対になし」


「なんで!?」


「あのね、幽霊部員に決定権はないの」


「そんなぁ! 俺、最近は結構顔出してるって!」


「邪魔邪魔!ほら、2年生入って!」



それ以降、部長は藤本を取り合わず、新理達を招き入れると、休み期間中のサークル活動について話しを始めた。


部長と副部長は今年で卒業の為、就活でせわしなかった昨年とは違い女性二人で楽しそうにサークル旅行の計画を立ててくれていた。(今年は秋口に二泊三日で京都に行くことになった)


ミーティング終了後、明らかに気落ちした藤本をあえて無視し、新理は夏風邪をこじらせたもう1人の部員に旅行の件を連絡していると、目を離した少しの間に見かねた高橋が藤本に声をかけようとしていた。



「……高橋、待て……!」


「あの、藤本先輩どうかしたんですか?」


「高橋〜〜お前はいいやつだな……」



時すでに遅く、忠告はもっと早くするべきだったと新理は後悔した。



「それが実は俺、行きたいところがあってさ。

ここなんだけど」



結局 新理は高橋と並んで藤本の話を聞くこととなった。


そう話を切り出され、テーブルの上に置かれたスマホの画面を見ると、古い廃トンネルの画像が載ったサイトだった。



「ちょっと遠いんだけどさ」


「これ、有名な心霊スポットの?」


「いや、違う。トンネルなのは似てるけど、

俺もうそこには行ったことあるし」



何を自慢げに話しているのか、ちっとも羨ましくはない。



「日帰りで行けなくはないけど、

ちょっと遠いから宿泊込みで行きたかったんだけどな……」



画像の廃トンネルは辺りは林に囲まれ、石造りの古いトンネルだった。苔や蔦の葉で覆われてぱっと見は大きめの洞窟に見える。


写真の解像度が高く、昼の暖かな日差しが射した写真の為神秘的な雰囲気もあるが、中は勿論明かりなど一切なく、光を通さない暗闇が奥まで続いている。


元々この場所は、戦時中の防空壕があった場所で戦後の土地開発中に建てられたらしい。

しかしトンネル内で人魂や白い人影を見たという目撃証言と事故が立て続けに多発したということで次第に人は寄り付かなくなり、極め付けは山の下に便利な国道が開通したことで、形を残したままトンネルはひっそりと封鎖されたそうだ。


先ほど部長に提案してあっけなく却下されたのも頷ける。

サークル活動としていく意味は、ない。



「部長には却下されたけどさ……

この近くに俺の親戚の家があるんだよ。

遠縁だけど、結構仲よくてさ!

お前ら一緒に行くだろ? 2人共泊まっていけよ!」



いつの間にか勝手に参加することにされているが断る理由もなく、隣の高橋もまんざらでもなさそうだったので新理はため息をついて頷いた。



「いいですけど、

流石に先輩の親族の家にお世話になるのはちょっと……

急に迷惑じゃないですか」


「大丈夫、叔父さん家広いから。てかOKもらってる!

飯は出せないけど部屋と3、4人分くらいの布団ならいいってさ」



初めから藤本は新理達の都合などは聞くつもりなどなかったらしい。



「安心しろ!

俺は車を出すからさ。後で交通費だけくれりゃいいよ!」


「はぁ……」



場所は山奥の廃トンネル。

少しだけ新理は迷ったがはあえて今回は晶に相談せず肝試しへ向かうことに決めた。



高橋と待ち合わせ、薬局前の駐車場で待っているといつもとは別の大きめのヴェルファイアに藤本となぜか助手席に女性と、後ろに男2人がすでに乗車していた。


乗り込むと、中席の2人は以前 古い一軒家に行った際のテニスサークル所属の藤本の友人、秋山あきやま後藤ごとうだった。

「またあったな」と挨拶をされ軽く会釈をすると、またも酒を飲んでいるようだった。


後ろからこっそりと彼らに助手席の女性の事を聞く。



「誰ですか、あの人は」


「聞いてねーの? 最近できた藤本の彼女だよ。

ほら、テニサーの小宮こみや


「俺たちも今日来るとは聞いてなかったんだけどさ、

ま、盛り上がるしいいだろ」



そもそも酒とタバコ臭い秋山と後藤も、新理と高橋にとっては想定外だった。


テニサーに所属する美人の先輩、苗字は小宮。

藤本同様大学では目立つ存在で、新理は一度だけサッカーサークルの友人と見かけた事を思い出した。


その小宮が気がついたように くるりと後ろを振り向く。



「今日はよろしくね、香田君に高橋君」



にっこりと満面の笑顔で言われ2人は照れ臭そうに挨拶を返す。


それが合図かのように車が勢いよく出発した。



*



「ほら香田!写真撮るぞ!高橋もこっちむけー!」



山道のガタガタとした整備のされていない坂道と容赦のない運転のせいで体調がすぐれない中、新理はカメラの方を見て笑う。

休憩や目的地に近づくにつれ、何かと藤本と彼女は写真を撮影した。運転する藤本の隣にいる彼女はいっとう楽しそうに笑っている。



「ねぇ、この写真SNSにあげていい?」


「いいよ!俺も上げるから送ってよ!」



写真なんて絶対に何の役にも立たない

と、はしゃぐ恋人たちの声を耳にしながら体調が悪い新理は心の中で悪態をついた。


そんな彼女の格好はというと、焦げ茶色のゆるく巻いた髪の毛をハーフアップにし、服は長いふんわりとしたスカートで、靴はオーバーヒールの白いサンダル。とても肝試しに行くような服装ではない。おおよそデートの流れでこうなったのだろう。


絶対にあのスカートは汚れる、と彼は再度心の中で悪態をついた。



「よし、ついたぞ!」



車が急停車しゆっくりと体を起こすと、隣にいる高橋が目を丸くして前の席を見下ろしている。

一緒になって見てみると、先ほどまで騒がしかった中席の秋山と後藤がいつの間にか眠っていたのだ。


藤本が見かねて身を乗り出して2人の膝を叩く。



「おい、ついたぞ寝るな。起きろ!」


「お…そっかぁ……」


「フジモン先行ってて……」



2人は気の抜けたような返事と欠伸あくびをすると、また寝始めてしまった。


高橋が身を乗り出して何度か軽く肩を揺すったが、起きる気配は全くない。

藤本は唖然として抗議の声を上げる。



「寝るなよ! これからだろ!?」


「藤本君はやくー!」



先に降りた小宮は、はしゃいでトンネルの写真を撮っている。

それを見た高橋が「あの人肝が据わってるなぁ」と呟いた。



「今いくよ!

だらしねー奴らだなー ほっといて行くぞ」


「香田、降りられる?」


「うん」



中席に眠る2人を見て、ふと安村やすむらのことを思い出した。

高校3年生の冬、同窓会で安村も前兆なく寝始めたことだ。


割られた窓ガラス、薄暗い廃屋、どこからか鳴った電話の音……

あの廃屋で見た、黒い「何か」を思い出す。


関係ない事だが、同級生の西野が乗っていた黒い車は今日のこの車と似ている気がした。



車を降り、4人でトンネルの中に入る。

藤本と新理が懐中電灯を持って先へ進む。


トンネルの中は真っ暗で、懐中電灯の電気だけでは心もとない。気を使ったのか高橋もスマホのライトを照らし始めた。



「ここって出るの?」


「噂では昔ここが防空壕だったって。

そこを埋めて道を作ったんだけど、怪奇現象が起きすぎて通行止め。そんで、今は使われてないらしい」


「こわ〜い」



藤本と小宮の掛け合いをききながら、気まずそうに新理は足早に進むと、突如 足に硬い何かが当たった。


音に驚いて光をあてると、遠くに古い缶が転がっていった。



「香田、こっちにも缶が落ちてた。足元気をつけよ」


「うん」



高橋に言われ、照れ臭そうに新理は前に進む。


暗闇に続く道をよく見てみると、当然だが所々雑草が生い茂り、壁や地面には穴が空いている。

中でも最悪なのは誰が捨てたのかわからないゴミがたくさん落ちていることだった。

先ほどの缶からペットボトル、お菓子の包装紙、コンビニの袋、なぜか炊飯器や冷蔵庫があったりもした。


数々の障害物を避けながら進むにつれて、白い靄のようなものが奥から立ち込めていることがわかる。奥は山へ続いているのか、向こう側も靄と闇に包まれてよく見えない。


都心から離れた山の中だからか、夏の蒸し暑さは軽減されむしろ涼しい気さえしていた。


新理はふと違和感を覚えた。

車を降りてから虫の声を聞いていないことに気がついたのだ。地方出身の彼は、夏の田舎の夜がどれだけ虫の声でうるさいのかよく知っている。

雑草や林が多い茂った山の中、虫がいないわけがない。

現に藤本は虫が嫌いな筈なのに全く騒いでいなかった。


そして、先程から後ろの高橋と藤本達が静かすぎることが気にかかった。



「……なぁ高橋、あの2人ついてきてる?」



話しながらもう一歩踏み出そうとした途端、耳元でひそひそと、誰かの話し声が聞こえ始めた。


高橋でも、藤本でもない。

大勢の小さく呟くような声がトンネルの中で反響する。


次第に靄も濃くなっていき、新理は寒気を覚えて鳥肌を立てた。今までとは明らかに違う空気と様相に、新理は足がすくむ。


直後、後ろから懐中電灯を落とした大きな音がした。

振り返ると、藤本はうずくまり頭を抱えて震えながら何かをぶつぶつとつぶやいている。



「藤本先輩?」



そのすぐ横で高橋と小宮がなぜか倒れていた。

気分がすぐれないのかと思い、すぐさま駆け寄って高橋の肩を掴む。



「た、高橋!?

なにしてんの!?気分悪いの!?」


「香田……? いいんだ、俺、なんだか頭が痛い。

なんだか……寝かせて……」


「なんで眠いんだよ……!

せめて車に……こんなところで寝るなよ!高橋!」



ゆすっても彼は手を振り払って拒み、横になってしまった。

霧のようなものがどんどん濃くなり、新理も突如睡魔に襲われ、意識が朦朧として床に手をついた。


先程と全く違う、寒気がするのになぜが蒸し暑いような気温で呼吸がどんどん苦しくなる。


ぼんやりとした視界の端に白い何かが見えた気がしたが、視界は暗闇に包まれてしまった。




「新理君は、ばかなの?」




彼女の声が頭に響いた。



本当に、自分は馬鹿だ。



混濁していく意識の中で小さな頃の記憶が蘇る。

小学生の時、神社の大きな銀杏の木に登って、熱中症になり派手に落ちた日のこと。


セミの鳴き声が降り注ぎ、夏の暑さで身体中が痛みとだるさで動けずに青い空をぼんやりと眺めている彼。

すると大人の手を引いて、不安げで泣きそうな顔の少女が琥珀色の目を潤ませて、新理の顔を覗き込む。

大きな瞳から一筋の涙が頬から滑り落ちる。




新理くん


起きて




次の瞬間、顔の左側に強い衝撃が走った。



「起きろ!馬鹿!」



驚いてあたりを見渡すと目の前には晶が立っていた。

ひどく焦ったような、怒って泣きそうな顔をした彼女がいた。



「ぇ……あ……晶ちゃん……!?」



左頬にじんわりとした熱と痛みを感じると、彼女は掴んでいた新理の襟元を離し、彼は少しよろけて地面に手をつく。


周りをよく見ると背中に藤本を背負った仲村なかむらもいた。



「新理君!

こいつら起こしてくれ!

殴ってでもいいから!」



仲村の足元には、壁際に倒れた藤本の彼女と高橋がいた。

二人ともうなされているようで、顔が険しい。


藤本はどうやら腰が抜けたらしく、半べそをかきながらサイリウムを握りしめ、仲村にすがるような形でおぶさっていた。



「早く立って! ここから出なきゃ駄目!」



晶は新理の腕を引き、立たせながらその場所に響き渡る声で言った。彼女の大きい声を聞いたのは随分と久しぶりだった。


よく見ると晶と仲村は大量の線香と塩を手にして、あたりに振りまいている。

地面をよく見ると塩の他に、何故か色とりどりの様々な形のサイリウムもばらまかれていた。



「新理君早く!

今ここにいる人たちに何かあったら、私、怒るよ!」



彼女は塩を掴み、新理達の周りを囲むように振りまく。


疑問と困惑で頭がいっぱいだったが、新理は2人を起こす事を優先した。


小宮は数回強く揺するとすぐ目を覚まし、あろうことか服が汚れたと騒ぎ始めた。

騒ぎ立てる彼女を無視して高橋に平手打ちをすると「蚊に刺された」と寝ぼけたような言いながら高橋はやっと目を覚まし、肩を貸して立ち上がらせる。



「おい、走れるか?

深瀬さんも行こう!全員車まで走れ!」



合図とともに一部状況が読み込めてないながらも一斉に車へと走り出した。


晶はいち早く車へたどり着くと、車に大量の塩をふりかけた。(彼女は中学の時短距離の選手で以外と足が速い)


藤本が弱々しく「ああっ」という声を漏らしたが構ってはいられない。


全員車へ素早く乗り込むと、仲村がエンジンをかけ、一目散にその場を去った。

誰も後ろを振向こうとはしなかったが、風を切る音が低い声のように聞こえて、新理は固く目を閉じた。



*



30分ほど経つと景色はいつのにか住宅街になり、しばらくかわらのついた塀が続いたと思うと車は停車した。


車内では仲村が「今からお寺に向かうけど、着くまで全員落ち着いて静かにするように」とだけ言った。


寝ていた秋山と後藤は山から降りると目を覚まし、状況が飲み込めておらず落ち着かない様子だった。

藤本は放心状態、高橋は眠そうで、小宮だけスカートの汚れをずっと気にしている。


外を見ると、重厚な造りの向唐門むかいからもんが構えられ、柱には「國崎寺くにさきでら」と書かれていた。

門の前に、お寺の和尚であろう人物が立っている。


車を停めると、先に仲村が降り和尚と軽く話した後、助手席の窓を軽くノックする。


晶が窓を下げると、仲村が車の中を覗き込む。



「寺側の扉から一人ずつ降りて。静かにね

まずはレディファースト」



いつも通りの笑顔でそう言うと助手席の扉を開け、晶が言う通りに無言で降りた。

彼女に続くように一人ずつ降りると「まっすぐ本堂へ行きなさい」と和尚が静かな声で言う。


後で聞いた話だが、藤本が言っていた“親戚のおじさん”とはここのお寺の和尚だったことが判明した。

藤本とは遠縁の親戚だそうで度々(藤本が勝手に)訪れているらしい。


全員が本堂にたどり着くとお祓いをされて、気がつくと明け方になっていた。


ようやく落ち着きを取り戻した一行は和室へと場所を移すと、無論、和尚からは「ああいう場所に立ち寄るな」と注意をされた。

和室には布団が敷かれ、土と砂まみれの服を着た者もいたが藤本をはじめ、ぐったりと横になりはじめた。


藤本がトンネルで何かをつぶやき始めた時、正直新理は駄目かと思ったが、どうやら高橋と小宮の奇行に腰が抜けてお経を唱えていただけらしい。



「幸い怪我や気分が悪いものもいないようだし大丈夫だろう」



そういうと、和尚はちらりと仲村をみた。



「お店にあったありったけのサイリウムを買ったんだ。

ああいうのは明るい“気”に弱い。でも山火事は困るからね」



作戦成功、と言わんばかりに仲村はにやりと笑った。仲村のその顔を見て和尚は全く、とため息をついた。


サイリウムと大量の塩を撒きながら、お線香の束を持ち、派手な格好の男と美人な女が来るという混沌とした異様な出で立ちに向こうも驚いたのかもしれない。と新理は考えた。



「もう少し明るくなったら片付けに行かないとな」


「……私も行きます」


「あなたは休んでいなさい。多分一番疲れただろうから。

私たちが帰って来るまでゆっくりしているといい。

仲村はこい。あと浩介こうすけも」



和尚は優しく晶を制止すると、藤本と仲村に厳しく言い放った。横になっていた藤本は飛び起きて声をあげる。



「ええ!?」


「浩介はもっと反省しろ。

人様に迷惑をかけるんじゃない」


「俺、あの山道歩いて疲れてんのに……」



仲村は出されたお茶を飲みながらため息を吐いた。


昨夜、晶と仲村は駅からタクシーに乗り、山へ続く車道で降りるとそこから歩いて山を登ったらしい。


なんでもタクシー運転手が、あの先にあった例のトンネルには近寄りたくないと頑なに拒んだらしく途中で降車せざるを得なかったようだ。



しばらくすると、仲村と藤本が和尚に連れられて(特に藤本は)重い足取りでトンネルへ向かった。


全員が寝ている中、ぐったりとした様子の晶は、障子扉に寄りかかり庭先をぼんやりと眺めている。

新理は立ち上がり彼女へ近寄った。



「……眠くないの?」


「……疲れてはいるんだけど眠れなくて」



彼女は外を見たまま、新理と目を合わせなかった。

ほんの少し素っ気ない気もしたが、彼は意を決してここまでの経緯を聞いた。



「俺たちがあそこにいるってどうしてわかったの?」



彼女は少し黙ってから口を開いて静かに話しはじめた。



「たまたま……

私の友達があの先輩のSNS知ってたみたいで……

なんとなく見せてもらったら、たくさん上げてた写真の中に新理君が写ってた」



藤本と小宮はしきりにSNSを投稿していたが、なんとそれらが役に立ったのだ。



「じゃあそれを見て、ここに……?」


「ご飯の途中で抜けて……仲村さんに連絡したの。

……仲村さんはあの藤本?先輩の知り合いって新理君が言ってたのを思い出して。

あとあの人、和尚さんとも知り合いだってトンネルに向かう途中話してた」



仲村は和尚と知り合いで、和尚の遠い親戚である藤本はそこから仲村を知ったという経緯がわかった。


それで運良く場所が発覚したのだということも。



「私、友達とご飯に行ってたの。

楽しかったのに……途中で抜けてきたんだよ。

でも………でも、怪我がなくて……よかった」



彼女は怒る、というよりも心配で憔悴しょうすいしているように見えた。



「……ごめん。

本当に俺、馬鹿で……ごめん」



彼女はようやくこちらに顔をむけ、弱く微笑んだ。



「もう、いいよ。

さっきたくさん怒ったし。

それにさっき叩いたらちょっとだけすっきりしたから」



その姿を見て、新理も少しほっとした。

そういえば左頬を平手打ちされたがもう痛みはなかった。

すると彼女は眠そうに目をこすった。



「俺、起きてるから。そばにいるよ」


「………そ。

じゃあお言葉に甘えてちょっと寝ろうかな」



新理が隣に座ると彼女は目を閉じ、頭を彼の肩に乗せた。

柔らかな髪の毛が新理の腕に流れ、思わず心臓が高鳴る。それを誤魔化すように新理は必死にスマホを弄んだ。


トンネルで聞いた大勢の声、見えたあの白い人影。

あれは噂に聞く幽霊だったのだろうか。

晶が仲村と連絡を取らなければ、今頃全員どうなっていたのだろうか。


しばらくすると、静かな寝息が隣からきこえ始め、彼は彼女の長い睫毛を見ながら小さく「ごめん」とつぶやいた。




トンネル end

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