スポット巡り


2 スポット巡り


大学2年生 初夏 新理



いつのまにか学校生活も1年が過ぎ、単位がギリギリで進級が危ぶまれる中、無事大学2年生の春を迎えることができた。


ホッとしたのもつかの間、予想だにしない危機に見舞われ、香田新理こうだしんりは例のごとく彼女に助けを求めることとなった。


というのも、彼の大学のサークルの先輩が先日動画で見た心霊スポットへ友人数名と赴く予定の為、新理についてこいというのである。


なにぶん、この藤本ふじもとという先輩は見た目の派手さと人脈がある上にそういった“いわくつき”の場所を巡るのが趣味ということで有名で、新理は昨年女性を紹介してもらったという借りがあった。ちなみにその女性とは特に何も進展せずに終わった。



「お前も女の子を紹介するって約束だったよな?

それができないなら今度の金曜の夜一緒にこいよ。

心配すんな、ただの遊びだって」



とてつもなく嫌な予感がした彼は、急ぎ彼女ーー深瀬晶ふかせあきらに連絡を取った。



*



晶とは駅近くのカフェで待ち合わせた。


隣県(とはいえ都心まで30分程度の距離)の波浜市の大学に通う、幼馴染の深瀬晶は“予感”を察知できる。つまり、霊的なものに関して“感”が鋭いのだ。

彼女に忠告され、危機を回避したことは一度や二度ではない。


先に到着していた彼女は暖かい紅茶を飲んでいる。顔が整っていてスタイルも良いので絵になる光景だった。

新理は「おまたせ」と席に着き事の概要を手短に話す。



「もしかして、その先輩に私を紹介するつもり?」


「違う、違うよ!

ただ、その場所が大丈夫なのか動画を見て欲しくて……」


「え、見るの?私、そういう系の映像もテレビ以外であんまり見ないんだけど……」



彼女はわかりやすく表情を曇らせたので、彼は必死に顔の前で手を合わせて懇願する。


ここまで必死に願うのには訳があり、藤本に誘われてついて行った場所では禄な目にあった事がないからである。



「どうかそこをなんとか。

俺も見たけど何も写ってなかったし、安全かどうかを……」


「最近、河川敷で花火してたら切りつけられたとかドローンで部屋を盗撮されたとかあったじゃん。

そっちの方がよっぽど怖いと思うんだけど……」


「本当、その通りです。そう思います。

でもこっちも大変なんです。お願いしますよ。

お昼、おごるんで」


「……わかった。見るだけね」


「ありがとうございます」



頭を下げる新理の姿を見て哀れに思ったのか、怪訝な表情をしながらも彼女は承諾した。

カフェの一角で、2人はひとつのイヤフォンを片耳ずつにはめる。


画面をタップし、例の動画が再生された。



今回向かう予定のこの場所は、新築が立ち並ぶ住宅街にほど近い、少し離れた場所に佇む一件家。

10年以上人の出入りはなく、老人の孤独死、一家心中等の噂がある古い家だ。


外観は普通の二階建ての家。古い和風とも洋風とも言えない外装でごく普通のどこにでもある家だ。塀と格子が建てられ、小さいが庭がある。勿論 庭は雑草で溢れかえり、家の外壁にも所々蔦が巻きついている。

管理されているのかされていないのか微妙な家だが、こうして無関係の人物が土足で入り込み、その上動画になっている

ということは人が住んでいないという事は確かだ。



「これ最近の動画?」


「ああ、1週間くらい前にアップロードされたやつ」



再生回数は2000回程。配信者は顔を出さず、家の内装や散乱した物を実況しているのみ。他の動画もだいたいそのようであった。


藤本が心霊スポットを探す時はマイナーな場所を選ぶそうで、この動画をたまたま発見し、行こうと決めたらしい。

新理は昨日「お前も見ろ」と動画を見せられたのだ。


晶は素っ気なく「ふーん」と呟くとそのまま黙ってしまった。


ドアを開けると真っ暗な闇の中に普通の玄関が現れる。目の前には廊下と二階へ続く階段。右には居間、奥に台所。廊下の突き当たりにトイレ。すぐ横にお風呂。玄関から左にも部屋がありそこには部屋が2つ。そして二階にも部屋が2つ。そんな間取りだった。


廃屋ともあってか中にはゴミや布団が残っている。

押入れの中に座布団がそのまま入っていたり、ハンガーに服が掛けられていたりなど、明らかに荒れ果てた室内で生活感はゼロなのに、人が住んでいたという痕跡がすこし不気味だった。


二階も同じように、棚に古い雑誌や漫画が積まれたままになっている。

配信者はそのまま家を出て、野良猫を撫でている動画に切り替わり終了。というオチ。


動画が終わり、彼女を見ると頬杖をついて何か考え込んでいた。



「ど、どうだった?」


「……最後の猫が可愛かった」


「それは俺も思ったけどさ……」


「ここ、行くの?」



晶は急にパッと顔を上げ、大きな瞳で新理を覗き込む。



「うん、その予定……だけど……」


「うーん。あのさぁ」



新理は息を飲み込み真剣な表情で耳を傾ける。



「今回、幽霊いないかも」



*



次の日の真夜中。


大学の最寄駅近くのドラッグストアの壁に寄りかかりながら、新理はため息をついた。

スマホを何気なく見ると11時12分と表示されている。


このまま帰ってしまおうかと思ったのもつかの間、黒いヴェルファイアが駐車場へ到着し、運転手の藤本が手招きをしている。


運転席のガラス窓が下がると、途端に車内の音楽が漏れ出て、これからこの車に乗車するという事実に落胆し彼は再度帰りたくなった。



「お疲れ様です」


「よく来たな、まぁ乗れ。お前は俺のとなり!」



藤本が助手席のドアを開け新理が乗り込むと、キツい芳香剤とタバコの匂いが鼻につく。


後部座席に目をやると、いつも藤本と仲のいいテニスサークルのメンバー3人がチューハイ片手に笑顔で歓迎してくる。



「新理君!久しぶり!俺のこと覚えてる?」


「香田!楽しんでいこうぜ!!」


「はい、楽しみです……」



苦笑いを浮かべ、やっぱり帰っておけばよかったと思いながら助手席に座った。(挨拶されたものの、ほぼ知らない先輩だった)



「じゃあ行こう!」



その合図とともに、車は勢いよくドラッグストアを出発した。



「藤本先輩、よく運転するんでしたっけ?」


「ああ、まぁな!この車も俺のだし。しかも実家が近いから置いておけるってわけ。いいだろ〜?」



新理は苦笑いをしながら、地元にも車好きが多い事を思い出していた。


近頃、小学生からの友人、安村やすむらも中古のミニバンから車を新しくしたらしい。


新理は“形がかっこいい”、“色がいい”、“高いか安い” くらいしか車に思うことがないので小難しいカスタムや車のパーツの話をされてもよくわからなかった。



「ま、お前になら車を貸してもいいと俺は思ってるけどな。いつでも言えよ!」


「はぁ……ありがとうございます。

ちなみになんですが、あとどれくらいで着くんですか?」


「15〜20分てとこ?」


「まだまだつかないから新理君も飲めよ!」



新理は礼を言い、渡された袋の中から比較的マシな炭酸のジュースをとった。



数十分後、最初は余裕があった新理の顔はどんどん雲行きが怪しくなっていった。


酒、タバコ、芳香剤、うるさい音楽、甘ったるい炭酸ジュース……どれのせいかはわからないが、確実に藤本の荒い運転が一番体にダメージが残り、完全に酔ってしまったようである。



「おい、香田君。平気?」


「もしかして車酔いするタイプ?」


「いえ、今日、なんだか調子悪くて……。

一旦コンビニ寄ってもらってもいいですか……」


「マジ!?わかった、もう少しだから頑張れ」


「いえ、ゆっくりで……」



ほどなくしてコンビニに到着するやいなや、新理は急いでトイレへ駆け込んだ。



10分後トイレから新理が帰還すると、車内で労いの言葉をかけられ、酔わせたお詫びにと藤本からビタミンレモンと水と酔い止めをもらった。(多分酔って戻したと思われたのだろう)


ここまでして貰い申し訳ないと謝ると、藤本が「もう少しで目的地だからな!」と満面の笑みで答え、先ほどコンビニのトイレの窓から逃げればよかったと後悔しながら急いで酔い止めを水で流し込んだ。


車が発車し、景色をよく眺めてみると、いつの間にか閑静な住宅街に来ていることがわかった。コンビニを出てからは車中の音楽も抑え気味で一応気を使っていることが伺える。12時近い時間帯で大通りを歩いている人影は見当たらない。



「あとはここをまっすぐ行くだけだ」



藤本がそう言うと後ろに乗車していた3人がにわか大人しくなった。


住宅街だからか、街灯は等間隔に設置してある為 道が明るく不安がほんの少し和らいだ。

田舎だと間隔の幅が広く、どことなく寂しい街灯なのだ。



「あれ?なんだ?」



藤本が唐突に声を上げる。


街灯を眺めていた新理が正面に向き直ると、道の先はなにやら明るく人だかりができていることがわかった。


藤本が車を途中で駐車し、全員で車を降りる。

右手前方にはあの動画で見た一軒家が佇んでいた。周りが明るいからか、動画で見たほど不気味には見えない。


周囲にチカチカと赤い光が点滅しており近寄ると、それはパトカーのランプだったことがわかった。明るく白い照明を照らす人達は、大きなカメラと機材を持っている。


「何事ですか?」と藤本が近隣住民と思われる男性に話しかける。


その男性が人づてに聞いた情報はこうだ。


あの一軒家から身元不明の男が保護された。

暫くして、畳を剥がした床下から、血のついた包丁と、血を拭いた大量のティッシュが押収された。



血の気が引きながら、少しだけ新理は肩をなでおろした。



*



時は数時間前。

カフェで晶と会っていた時間帯。



「今回、幽霊いないかも。

なんとなくだけどね」


「えっ……? じゃあ安全ってこと?」



新理の問いに、晶は表情を曇らせたまま言った。



「……これ、4日前の動画って言ったよね。ここの毛布、結構綺麗じゃない?ほら、ゴミもある。それに二階に比べて、やけにここだけ生活感があるように見えない?」



晶が目をつけた場所は玄関からほど近い居間。一番荒れていた場所だった。言われてみればそう感じなくもない。



「たしかに……でも居間だしな……動物とかが荒らしたとか?」


「それにこのゴミ、よく見る除菌シートのだけど、パッケージが最近のやつだよ。ほら、通販の写真と違う。通販のは半年くらい前の。最近売られてるのはこの動画に写ってるやつ。シンクを拭くためによく買うから知ってる」



新理は彼女の観察眼に只々驚いた。暗闇の端に2秒程度写ったゴミを認識することなんて彼には到底できず勿論パッケージに至っては見比べないとよくわからない。そして意外とマメに掃除をするんだな、と新理は感心した。



「新理君。本当に行くんなら、いや絶対行かない方がいいと思うけど、警察に通報した方がいいよ。すごく、嫌な予感がする」


「通報? そんな大げさな。今回は幽霊がいないんだろ?

ゴミだけならこの配信者か、それとも誰かが捨てただけじゃない?肝試し程度ならどうにかなるよ」



薄ら笑いを浮かべる新理とは裏腹に、真面目な表情の晶は

スマホを新理へ向けて一箇所を指差す。



「……ここ見て、居間の畳。何か挟まってるように見える。布か紙かはわからない。でも畳を剥がさないとこうはならないよね」



その表情と沈黙に、新理はゴクリと喉を鳴らした。



「……誰が……何のために……畳を剥がしたんだ?」



晶はコップを両手で包み、はっきりとした口調で言い放った。



「そこまではわからない。

でも、何かが下にあるのは確かだと思うよ」



*



晶に言われたことが引っかかり、新理はコンビニに寄った際にトイレでこっそり通報をしたのだ。匿名で近隣住民のふりをし公衆電話から、「あの家に、不審な人が出入りしたのを見かけたから確認してほしい」と。



一夜明け、テレビやニュースはその話題で持ちきりだった。

どうやら巷を騒がせていた河川敷で切りつけをした犯人が例の一軒家に隠れていたらしい。

逃げている途中で使われていない家を発見し、ほとぼりが冷めるまで潜伏しようと考えていたようだ。

幸い怪我をした人も大きな切り傷ではあったが命に別状はないとの事だ。


配信者が動画を撮った際はちょうど出かけていたらしい。

出くわしていたら、その人も危なかったかもしれない。



「俺たちも危なかったのか」



ちなみに一家心中などの噂があったあの不気味な家は、今回の事件の事もあって取り壊されるらしい。

そう、家主はいたのだ。


もっとも近くには住んでおらず、今は別の県で暮らしているらしい。


10年ほど前は、老婆が何十年も一人で住んでいたのだが、孫が住んでいる付近の施設に入る事となり、ある程度の家具を残して家はそのままになったようだ。

彼女は足が悪く、二階は使わず一階で暮らしており、二階には物が少なく古い雑誌だけがあった、という事らしい。

これはニュースでやっていたので確かな情報である。


あやうく不法侵入になるところだった新理は、動画が気になり確認すると削除されており、動画主も謝罪していた。


玄関の鍵は、件の犯人が壊したようだ。



「そもそも勝手に人の家に入るなんてダメでしょ。

よく調べもしないで行くのは危険なんだよ」


「肝に命じます」


「心霊スポットとか使われていない廃屋にはそういう人もいたりするんだよ。死体遺棄されてたりとか……たまに聞かない?」


「え? ああ、そうなの?知らなかったな……」



聞いたこともある気がしたが、新理はあえて知らないふりをした。すると晶は目を細めて薄く笑う。



「へぇ……嘘だね、絶対嘘。仮にも命の恩人に嘘をつくなんて……もう助けてあげないから」


「う、嘘です、本当にごめん!

だから、これからもよろしくお願いします!!」


「少しは懲りて余計な事に首をつっこむのやめなよ。

行かないという選択肢を持って」



懲りない新理に、彼女は続けて呆れたように言い放つ。



「名前はかっこいいのに。

新理君は、ばかなの?」



とどめにそう言うと、晶は駅へ続く道をまっすぐ見据えて歩き出す。


忠告をもっと、いや、ちゃんとしっかり聞いていればよかったといつか後悔する日が来るのだろうかと、彼女の華奢な背中を見ながら新理はぼんやりと考えた。




スポット巡り end

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