季祈異聞奇譚
粉川航畄
同窓会
1 同窓会
高校卒業 春 新理
高校の卒業式を終え、まだ雪が溶けきらない3月。
中学の同窓会が貸し切りのファミレスで行われた。
なぜこのタイミングかというと、高校卒業後は地元から離れる者が多く、会う機会も減る為今のうちに集まって思い出でも語り合おうといういたってシンプルな理由でからある。
そこそこ田舎の中学であった為、同級生はほぼ幼稚園からの顔なじみ。
とはいえ、高校が離れると会う事も少なくなって、全員と会うのはかなり久しぶりだった。
ファミレス前のバス停で、少し心を躍らせながらバスから下車した茶髪の青年、
「新理!?お前髪茶色じゃねーか!」
ファミレスのちょうど入り口付近で、中学の友人の
「この大学デビュー野郎が!」
大柄の体型が、勢いよくタックルをしてきた為、衝撃で彼はドアにぶつかった。
暗がりでよく見えなかったが、安村の髪は赤く染まっている。一瞬ぶつかった衝撃で目がおかしくなったのかと新理は焦って目をこすったが、違ったようで安心した。
「いてーよ!! お前こそなんだその頭は!」
「家業だからな、髪型は自由なんだよ!」
話しながらファミレスに入り席に着くと、どうやら2人が最後だったようで、到着が遅いことに文句を言われてしまった。
会が始まってしばらく経つと、ほかの友人たちとお互いに笑いながら軽く近況を報告しあう。
男同士は高校在学時もよく遊んだりしたものの、女子とはほぼ3年ぶりに近い。多分彼女たちもそう思っているに違いないと彼は考えた。
すると女子が遠巻きに少しずつ近寄ってきた。
何用かと身構えると、「なんか雰囲気変わった?」「茶色似合うね!」「写真撮ろうよ!」と、口々に何か言いながら5、6人の女子に囲まれ、まさか自身にこんな日が来るとは、と新理は少し有頂天になった。
男子の恨み言を言われながら撮影を無事終え、そそくさと離れたテーブル席に近づき、黙々と料理を食べる青年に話しかけた。
「
「新理。免許は無事取れたか?」
新理に気がつくと、彼は食べる手を止めて軽く微笑んだ。
目の前に座る顔立ちのはっきりとした青年は、
たまたま自動車教習所が同じで、二ヶ月程前からともに学んでいたがもっとも本免試験で新理は落ち、千洋との一週間の再勉強を経て昨日晴れて免許取得となった。
「ああ取れたよ! その節は世話になったな。
俺、あの勉強の日々、向こうに行っても忘れないよ!」
「ぜひ、そうしてくれ」
けらけらと屈託なく笑う彼は新理よりも背も高く、体つきもがっしりしていて女子もそわそわと千洋を見ている。上が黒のスウェットで、下は暗い色のデニムという飾り気のない服装のくせに羨ましい限りである。
ちなみに大学は地元で家から通う事を以前聞いていた。
「免許のこと、
「お前、勝手に話すなよ!」
「残念ながら、お前のことは俺の家族全員知ってるよ」
「深瀬家全員に知られてるの?
はずかしい!深瀬にも教えてくる」
彼は手をひらりと仰ぐとまた料理を食べることに専念しだした。
「深瀬、久しぶり!」
声に気がつきこちらへくるりと振り向いた、右目の下に小さなほくろがある大きな茶色い目の少女。先ほど話題に上がった千洋の双子の姉。同じく幼なじみの
灰色がかった茶色の髪は胸のあたりまでのストレートで、ケーブル編みの黒いニットと白いデニムにブーツを履いていた。
「新理君。 大人気だね」
「深瀬も大学デビュー?」
「そう!いつも行ってるとこで染めてもらったの。
明るすぎなくていい色でしょ?」
彼女は一見もの静かで大人びた印象だが、話すと意外と砕けていて話に乗ってくれる。千洋同様顔も整っていて、新理は高校在学中何人かに彼女について聞かれたこともあった。
伸びた髪を流行りの色に染めて薄く化粧をした彼女は、より大人っぽく見えた。
新理も昔は「晶ちゃん」と下の名前呼んでいたのだが、中学生の時になぜか気恥ずかしくなってしまい、それ以来苗字で呼んでいる。
「千洋と話した?新理君が遠くに行っちゃうからさみしがってると思うよ」
「あいつがぁ?」
晶は千洋の方を見ながらいたずらっぽく笑った。新理もつられて二人で見ていると、青椒肉絲を頬張っていた千洋がこちらに気づき、小さく手を振ると無視された。
「そうはみえないけど……」
「照れ隠し 照れ隠し。絶対さみしいんだよ、千洋。今日だって行く気全然なさそうだったけど新理君が来るよって言ったら来たんだよ」
新理は嘘か本当かもわからない上に男に好かれても……とは思ったが、長年飼っている全く懐いてこない猫が気を許してくれたようで悪い気はしなかった。
「何いちゃついてんだよ!新理!」
安村が得意のタックルをかましてきたので新理は再度よろける。
「晶、ビンゴだって!一等ゲーム機らしいよ!」
話が途切れたまま、ちょっとしたゲームが始まってしまい晶とはその後話すタイミングもなく時間が流れた。
*
始まって3時間程経ち、会も終わりに差しかかり始めた。
帰る身支度やお金の精算をし始める中、いつの間にか新理の隣に座った
「なぁ、香田。この後予定ある?」
「いや、何も。二次会にでもいくの?」
「まぁそんなとこ。実は何人かで肝試しでもしようと思って。ほら、聞いたことあるだろ?あの有名な心霊スポットの話。肝試しって言っても、雪道だし近くに行って見るだけだと思うけどさ」
西野と新理は特別仲が良かったわけでもなかったが、会うのもこういった行事だけだろうと思い、彼は参加を承諾した。
「へえ、行こうかな」
「オッケー。じゃあ皆に伝えとく。
香田も行けそうな人誘っておいてよ」
そう言うと西野は席を立ち、また別の人に声をかけていた。
周りを見渡すと、スマホを眺めていた晶が目に入り、なんとなく誘ってみようと近寄った。
「深瀬、この後の話聞いた?」
晶は目を丸くして顔を上げる。
「……何?何かあるの?」
「俺もさっき聞いてさ、何人かで肝試しに行くんだって。深瀬もどうかなーって」
「私はいいかな。帰ったほうがいい気がして。よくない感じがするから」
「え?」
「あ、肝試しの話?晶は?行くの?」
「ごめん。私、親に帰ってくるように言われてるんだ」
「そっかー晶が行かないならあたしもやめとこうかなー」
聞き返そうとしたが、彼女は友人達に囲まれ阻まれてしまった。その後も何度か誘われてはいたようだが、言い方はいたってソフトで誰にも不快感は与えないが意思はブレず参加は断っていた。
千洋にはもちろんバッサリ「いかない」と吐き捨てられたが。
そして、やや疲れ気味の同級生数名と、晶と千洋は入り口で別れ、他の同級生が乗った駅へ向かうバスに手を振り見送っていた。
思えば彼女たちは賢い選択をしていた。
*
バスで駅に着くと電車で数名が帰り、10余人ほどが駐車場に残った。
「車3台あればいいよな?」
「うん。 みんな適当に乗って行こう」
これから向かうその場所は、林に囲まれた結構な森の中でにあり、元々病院だったという建物だ。
しかし、地元から一時間もかからない場所に心霊スポットがあるとなっても、誘われでもしない限りは近づくことはない。
まず交通機関がないのと、田舎だと山あいの森の中というところには幽霊よりも恐ろしい熊の目撃情報が多発している為、誰も近寄らない。
正直 生まれてこのかた幽霊を見たことがないので、野生動物の方が身近に感じる分 怖さが勝る。
「みんな乗る車は決まったな。よし行こう」
先導する黒い車がゆっくりと動き出し、それに続く。新理が乗る車は最後尾の3台目。安村の車の助手席へ乗った。
「あの黒い車、誰の?」
「西野。あの車高校入ってすぐにバイト入れて稼いで買ったらしいよ。車好きってなんか意外だよな」
「てか西野ってあんなだったっけ?もっと暗くなかったか?」
後ろに乗った
「高校でちょっと悪い感じの先輩とつるむようになってあんな感じになった」
肝試しとはただの口実で、実はあの車を見せたかっただけなのでは、と新理は密かに思った。
ちなみに安村の中古のミニバンは広かったが女子に人気はなく彼を含めた男4人で寂しく乗っている。(運転は安村、助手席に新理、後部座席は児嶋と田中)
出発してから30分程経つと繁華街から離れ街灯はまばらに、暗闇がどんどん濃くなっていく。
安村はラジオを流していたが山道に差し掛かった途端、電波が悪くなり音楽へ切り替えた。ラジオの砂嵐は、意味もなく車内の恐怖値をほんの少し底上げする。
「ねぇ、これから行く心霊スポットに行ったことある?」
後部座席に座る
そもそも地元から離れているし、交通手段もない。わざわざ自転車で行こうにも野生動物の方が怖いに決まっている。
「行くような人は車で来た観光客とか、マニアだろ。それか動画配信者とか。調べてみるか」
「いそう。てか動画ありそう」
「……うわ、あったよ。これじゃない?」
田中のスマホに映し出された画面には、サムネイルにはっきり県の名前と病院の名前が赤く太いゴシック体で明記されている。
地元の者なら一度は見たことがある。
小学生の頃パソコンの授業中、ふざけて調べて勝手に怖がり担任に怒られる。その見たことのある病院の写真が使われていた。
付近は森の中で、周囲は伸びた草だらけ。建物は3階建でなぜか火災で燃えたように黒ずみ、窓は新聞紙が貼られ、所々人為的に割れている。そこから見えるカーテンもボロボロ。この建物の詳細はよく知らないが、調べてもただの廃病院としかわからないようだ。
「電話の音、人のうめき声、おかしなメモとかが見つかってるらしい」
コメント欄をスクロールする児嶋が呟く。情報が不確かで信憑性もないが、彼らを怖がらせるには十分だった。
「怖ぁ おかしなメモってなんだよ」
「へぇ、動画のURL千洋に送ってやろ」
「やめろよ怒られるぞ」
新理は安村の忠告も聞かず千洋に動画のリンクを送った。
ふいに晶の言葉を思いだす。
「よくない感じがして」
心臓のあたりがぞわりとして、新理はスマホを閉じた。結局動画は見ずにその後は他愛もない話で車内は盛り上がった。
*
目的地付近になると、青白い街灯が広い道に等間隔に一本程度。時間が時間なだけに山道ですれ違う車などいない。
道路のガードレールが途切れた箇所で曲がり、舗装されていない溶けかけた雪が残る砂利道を、車がガタガタと揺れながら続く。
もはや明かりは車のライトのみで、前の車のナンバープレートを明るく照らす。
いよいよともなると少しだけ気分が高揚としてくる。ジェットコースターに乗った時のような、あの感覚だ。
突如スマホがぼうっと暗闇の中で光る。
後ろめたいことでもあるように彼はぎくりとした。
スマホを手に取ると、千洋からの返信通知だとわかりメッセージを開く。
マジで行くの?
行くなら、絶対に明かりを持ってけって
晶が言ってる
淡白な文章だが、いつもの千洋と違う。
いつもなら一言なのに。
しかもなぜここで彼女の名前が出るのかよくわからなかった。
「よくない感じがして」
また、晶の声が頭に響く。
よくない感じ?
それは
いったい何に
そう思うと車がまた曲がり、ひらけた場所についたことがわかる。先導車がぐるりと回って停車する。
どうやら目的地に着いたようだ。
*
安村は車を停止すると、すぐさまシートを少し倒して横になった。
突然の行動に思わず二度見してしまう。
「おい、安村?具合でも悪いのか?」
「いや、さっきからめっちゃ眠くてさ……。
疲れたのかな……悪いけど少し寝るわ」
一瞬今さら怖気付いたのかと思ったが、そんな様子もなかった。考えてみればこんな街灯も人気もない暗闇で前も後ろも森の中、エンジンを完全に切って一人で寝る方が怖いと気が付き、安村は本当に眠くてかなり肝が座っていると思った。
「ああ、もう無理だ。
帰りもこれじゃ危ないから、寝る。帰ってきたら起こして。はい、鍵」
「わかった。お前も気をつけろよ。
野生動物とかに」
安村は新理に背を向け、例の映画のごとく親指を立てた後すぐに寝息を立て始めた。
3月はまだ寒い。流石に暖房を切ってコートのみで寝るのは、いくら肉付きがいい安村でも風邪をひくだろうと思い、新理はダッシュボードにあったブランケットを安村にかけた。
心配そうな田中に新理と児嶋は安村がビビって寝たふりをしたと誂うように話しながら他の車のメンバーと合流する。
「安村は?」
「ああ、なんか電話してる。親かも。
長くなりそうだし置いてきた」
説明が面倒なのと、安村の名誉のために適当に新理は嘘をついた。
ここまで1時間弱運転してくれたのは安村で帰りも元気でいてもらわないと困るからである。
「そっか。 じゃあ行こう」
西野がそう言うと彼らは廃屋まで歩き始めた。
溶けかけの雪を踏む、シャクシャクとした音が辺りに響く。暗ずぎるので個々でスマホの電気を足元に照らす。
黒ずんだ外壁、窓に貼られた新聞紙、割れた窓ガラス……先ほど見た写真の通りの建物があった。
「どうする? 建物の周り、一周する?」
誰かがそう言うと西野がおもむろに建物の開きっぱなしの入り口の中に入った。
「中に入るの!?」
「やだ〜床抜けそうで怖い……もう帰ろうよ」
ついてきた女子が次々と講義の声で騒ぎ立てる。
「いいじゃん。ここまできたなら少しくらい見ていこうよ」
西野はなぜか自信たっぷりに笑う。
児嶋が小さく「なんだあいつ」とつぶやいた。
全員がしぶしぶ中に入り、受け付らしいものを通り過ぎて廊下をまっすぐ歩きながら探索をする。
一階の窓はほぼ割れていて、スプレーで施したであろう絵が描かれていたりする(こんなところに来てまで絵を描くのも不思議だが。)タバコの吸い殻やゴミは散乱しているが、珍しいものは見当たらない。
時折、西野とその友達が女子を怖がらせようと、廊下のドアを勢いよく開けて脅かしている。女子のリアクションの声を聞くたび、児嶋はうんざりしたように短くため息を吐いた。
そうこうしているうちに行き止まりになり、そのまま引き返しあっという間に入り口へ戻って来た。
全員が、もういいかという雰囲気に包まれたその直後、遠くから音が聞こえた。
電話だ。
電話がどこかで鳴っている。
電子音ではない。言い表すなら古い電話の音。
どうやら上の階で鳴っているようで、全員が息を潜め硬直する。
しばらくすると音が止んだ。
「二階に行ってみよう」
なぜか西野は嬉しそうにそう言った。
「私たち先に車に戻る。 怖いし不気味」
青い顔をした彼女たちは車の鍵を西野から取ると、小走りで外に出ていった。
その場に取り残された男8名。全員何となく顔を見合わせる。
「じゃあ、俺たちで行こう。
さっき鳴ってた電話を探そうぜ」
西野の一声で、全員二階へと続く階段へ上る。
全員足取りがやや重い。二階は一階よりも窓が新聞紙でふさがっているせいか少し薄暗かった。
「さっきより暗くない?本当に行くの?」
田中が不安そうな声で廊下の先をスマホの明かりで照らす。
「二手に分かれよう。俺たちは左回り、そっちは右回り。電話があったらそんで終わり」
「俺たち」と言われた西野とそのすぐ後ろにいた新理、児嶋、田中の4人は左回りを探索することになった。
正直全員、なぜここまで西野が電話に執着するのかよくわからなかったが反論するよりも早く終わらせようと廊下を歩き出した。
早速 新理は一部屋目の扉を開け、中を確認する。
奥までは見づらいが、病院によくあるベッドが3、4台骨組みだけ並べられ、珍しくカーテンは生き残っていた。見た限り電話らしきものはない。
新理は静かに扉を閉める。
閉めることに意味があるのかわからないが何となくそうしていた。何故か一階に比べて引き戸が多い上に、物も結構残っている。
「さっきからズンズン進むけど新理、怖くないの?」
新理は少しだけ怯える田中へ、正直にオカルトな現象に興味がある、とは言いづらかった。
「え? まぁ怖いっていうか……気になるじゃん?」
「気にならねえよ。てかさっきより埃がすごい。
俺、ちょっとハウスダストアレルギーだから
マジでそれどころじゃねえよ」
新理は冗談っぽく笑い、田中は怯え、児嶋はメガネを外して目をこすった。
西野は女子がいなくなった事で明らかにテンションが下がっていることに新理は横目で確認すると少し笑いそうになった。
一部屋目と特に変わりない同じ部屋が順に続き、通路に沿って曲がるといよいよ終盤の部屋に差し掛かる。
開いた扉を覗き込むと、奥の机の上、その中のひとつにスマホの光が少しだけ反射した。古い電話のように見える。
「あれかな?」
「向こうは見つけられなかったのかなぁ」
「じゃあ もう帰ろうぜ」
児嶋はそっぽを向いたまま、大きなくしゃみをする。
新理は田中と扉から首だけ覗き込むような形で確認すると、2人を押しのけ、西野が割り込んで部屋に入る。
「写真撮ってから帰る」
「え〜? やめようよ」
田中が嫌そうにと中に入ると、新理も続いて入る。
後ろにいた児嶋もくしゃみをしながらついて来た。
奥の壁際に押された横に長い机の上には書類のようなものが重なり散乱している。その書類の山の中に電話があった。
書類もさることながら埃被っていて、黒というよりは白い。
一階とは明らかに埃の量が違う。階段を登ってわざわざここにくる物好きはいないという事だろうか。
児嶋がまた大きいくしゃみをすると、田中が短く悲鳴をあげスマホを落とす。すぐさま落ちたスマホを児嶋が拾い上げ、田中に手渡す。
「ここで無くしても、俺はついてこないからな」
口がものすごく悪く文句を言いつつも、なんだかんだ児嶋はいい奴だと新理は思った。
すると背後でカチャンという音がした。
音とともに、田中がびくりと体を震わせた。
扉が閉まったのだ。
そのせいで暗すぎる部屋がより闇に包まれスマホの灯りが
煌々と照らされる。
写真を撮影するなどと豪語していた西野が扉のそばにいた為、犯人は明らかだった。
驚かせるにしても悪ふざけが過ぎると思い、新理は怯える田中の背中を軽く叩く来ながら少しムッとして声を荒げる。
「誰だよ。 ドアを閉めたやつは」
そう呟くと突如 全員のスマホの明かりが消え、部屋の中は真っ暗になる。
「なんで!?」
「は? 電池切れ?」
タイミングの良さに、2人がややパニック状態になる。新理も何度か試したもののスマホの電源はつきそうにない。もう部屋を出ようとドアへ一歩踏み出す。
「おーい」
明らかに聞いたことのない声に新理は足を止め振り向き戸惑った。
低い、低い地を這うような、あるいは語りかけてくるかのような声が遠くから聞こえた。
「え? ……今なんか……声した?」
「はぁ? いや、新理。 お前までやめろよ」
「違う。 聞こえなかったか? 今の」
「おーい」
全員に聞こえたのか、声がした方向を見たまま動きを止める。
室内はさほど広くないのにその声は先ほどより近いことがわかった。
「おーーーい」
目を、背けなければ。
でも動いたらバレる。
バレたらどうなる。
バレたら?
思考を巡らせながら、声の方向に目を凝らすと部屋の隅に黒い人影が立っている。背中を向いているのか、それともこちらを向いているのかはわからない。
しかし、部屋は真っ暗なはずなのに、なぜかそれが黒い人影だとわかる。
「おーーーーーーーい」
まるで耳元で聞こえるようにはっきりとした声が、耳鳴りと重なって嫌な音がうるさいくらい頭に響く。
新理は反射的に手を握る。
カチッという小さな音とともにパッと目の前が白い光で照らされた。
安村の車の鍵についていたストラップは、小さな懐中電灯だった。
新理は空気をひゅっと吸いこむと大きく声をあげた。
「走れ!」
その声に反応するように全員がドアに駆け寄った。
西野が引き戸を開け、我先にと俺たちよりも前を走り、勢いよく階段を駆け下りて行った。駆け下りた先に別ルートのメンバーが目を丸くして立っている。
「車、車! 帰るぞ! 早く!」
西野がそう叫びながらそのまま外へ飛び出して、もつれながら車へ飛び込むように乗り込んだ。
別メンバーに合流した新理たちも焦りながら車へ走る。
振り返り、説明している暇はなかった。
先に着いた児嶋が「起きろ!」と声を荒げながら車の窓を大きく叩く。
どうやら安村はまだ寝ているようだ。
新理が鍵を開け全員が乗り込む。
「安村を起こせ!」
「安村、起きろ!早く起きてくれ!」
「起きろって!」
全員躍起になって叫んだり揺すったりする中、児嶋がついに安村の腹を叩いた。
「いった……なんだよ、あれ?」
安村が腹をさすりながら飛び起きると、呑気そうに辺りを見渡した。彼らは矢継ぎ早に車を出すように指示する。
「いいから車出せ! 早く! 帰るぞ!」
「なんだよ、もう……」
安村はエンジンをかけそのまま出発すると、他の車両も続いて獣道へ出た。
建物を見る勇気は誰もない。
ドクドクと脈打つ心臓を落ち着かせながら、やっと街灯が続く車道に出る。
深夜の車通りのない道を3台の車は連なって駆けていく。
*
しばらくして、コンビニや街の街灯がある場所までたどり着き、全員の落ち着いた空気が流れた。
「なぁ、何があったんだよ」
「……お前行かなくて正解」
児嶋がため息交じりに怒った声で言った。
「なんだよぉ」
「聞くなよ。聞かないほうが幸せの時もある」
もちろん安村が羨ましがるようなことは一つもなかったのだが、わざとらしくあしらった。
「ふーん。まぁ、車の窓を叩かれた時は俺も少しビビったけど」
「ああ、ごめん。 あの時は焦ってたからさ」
「てかお前、起きてたのかよ」
「そうだよ聞こえてたよ。
だから急にガラス叩いたりしてちょっと驚いたよ。お前らずーーっと言ってたろ? おーい、おーい、ってさ」
*
肝試し飯の帰り道、コンビニで意気消沈としているとそのまま解散する旨の連絡が届き、肝試しはそのまま解散となった。
一夜明けて、そのまま帰るのが怖くなった新理達一行は
田中の家の近所にある神社でお参りをした。
早朝から人がいたのが珍しかったのか、神主に声をかけられ
軽い与太話のように肝試しの話をすると、物凄く怒られ半ば強制的にちょっとしたお祓いのようなものをさせられた。(加えて廃屋は普通に危険である為二度と入るなという説教付き)
田中が気を利かせて西野にも一応連絡したが、既読がついたまま返信はないらしい。
2日後、新理は千洋に連絡し、晶とファミレスで会う約束をした。彼は彼女に聞きたいことがあったからである。
「そんなことがあったの?」
新理の話を聞いて、開口一番、彼女はかなり驚いていた。
彼女は何か霊感的な物を感じ取る力を持っていて、そういう事がいち早くわかるのかと思っていたと新理は正直に話した。
すると彼女は笑いながら、窓の外を眺めた。
「幽霊は見たことないよ。
でも心霊スポットや、あまり良くない場所での肝試しがある前に、なんとなく“嫌な予感”がするの。
よくわからないものには関わらない。そう決めてるんだ。まぁ、これは好きな海外ドラマにあったセリフなんだけど」
すぐさま笑顔に切り替わったが、彼女は真面目な表情で言っていた。
晶の頼んだパスタが運ばれて来ると、彼女は水を一口飲む。
「……“あっち側”の領分へむやみやたらと介入しちゃいけないんだよ。当事者でもない限りは」
彼女の言葉を聞いて、新理は息を飲んだ。
見えないものの存在が、一瞬にして現実味を帯びた気がしたのだ。
思えば昔から彼女は、一歩引いて周りを見ているような子であった。
「私の“予感”はなんとなくだから。
ソフトに忠告をしたりするときもあるんだけどさ、大抵流されておわっちゃうんだよね。
だから、ありがとね。 話聞いてくれて」
「明かりを忘れない」という注意喚起を新理は途中で完全に忘れていた。
安村のキーに たまたまついていたのだ。
お礼を言われる筋合いなど自分にはないのに、彼女はにっこりと笑った。
ちなみに千洋にリンクを送ったあの動画では2階を軽く散策すると、機械の不調なのか動画が撮れていなかったらしく動画主がお詫びをしていたと晶に聞いた。
その後は適当な話で盛り上がり食事を終えると2人はファミレスを出た。
「俺、春から東京の大学なんだ。 深瀬は地元だっけ?」
「私は神奈川。波浜のほう。 ああ、千洋は地元だけど」
「あ、そうなの!?地元だと思ってた……
意外と近いけど……なかなか会う機会もないのかな」
「うーん。どうだろう。
まぁたまに会うくらいかもね。
その時はカラオケにでもいこ」
「そーだな、お互いホームシックかも知れんし」
「そうそう」
お互い笑い合いながら、ファミレスを後にして別れ際、晶はふざけながら新理に言った。
「新理君、いい友達もできそうだけど
向こうで変なことに巻き込まれないようにね」
「なにそれ、そんなに馬鹿そう? 俺って」
「うん」
「否定してよそこは!」
「まぁ、なんとなくだけど」
幼馴染みの深瀬晶は“予感”を察知できる、不思議な能力の持ち主だ。
新理は、そのことを半信半疑で受け止めていたが、後に信じる事となる。
この予感が的中したとわかるのに、それほどの時間はかからなかったからである。
同窓会 end
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます