第10話

◇◆◇



「あれ……兄貴。おかえり」


 第二王子エリオットは疲れ果てた顔で、深夜に帰城した兄である王太子アンドリューを見た。


 今夜世間を騒がせた張本人の癖に、いつもと変わらぬアンドリューは涼しい顔をして仲の良い弟の言葉に頷いた。


「エリオット。お前も、今帰りか。お疲れ様。収穫は?」


「あったよ。バンクス侯爵、めちゃくちゃ悪事働いてて真っ黒だった。良くわかんねえ書類も隠し持って来たから、後で読めば?」


 兄に分厚い書類袋を手渡して、エリオットは周囲を見渡して人目がないことを確認してから言った。


「気の強い事で有名なアリアナが、兄貴から婚約解消されて、大人しく黙ってる訳ないもんなー。オフィーリアを手にかけようと、早速タチの悪いごろつきに接触したという事実を元に、悪い噂の絶えなかったバンクス家に堂々と騎士団でガサ入れ。ここまでこっちの思惑が上手く行きすぎると、逆に怖いくらい」


 エリオットは肩を震わせて笑い、書類を無表情で受け持り歩き出した兄に続いて赤い絨毯の敷かれた城の廊下を進んだ。


「……今、バンクス侯爵は?」


「捕らえてから、地下牢で尋問中。未来の王妃を害する計画立てていた娘も、言われた通り城の一室に軟禁中。俺も卒業パーティーに出たかったけどなー。オフィーリアは?」


 二人は母親が違うために、アンドリューとエリオットは兄弟ではあるが同じ歳であった。


 正妃から産まれたアンドリューが先に産まれて、高い継承権を持つ兄弟の中で産まれた順番が余計な火種とならなかったのは、誰よりも本人たちが良かったと思っている。


「それは、お前が気にすることでもない」


「ねえ……言わなかったの? 神殿の中にあの子が入ってしまったから、神に許されるために兄貴か俺と結婚して王族にならないと……多分、殺されてしまっていたのに。婚約者の決まってしまった後でも彼女を婚約者に変更すると父さんを説得するために、兄貴はあの時にオフィーリアにキスをしたんだろ?」


 幼いオフィーリアが迷い込んでしまったフラージリアの王城の中に存在する、王家しか立ち入ってはならぬ巨大神殿には言い伝えがあった。


 即ち、王家以外の人物は絶対に立ち入ってはならないと。


 だから、必要のない時には入り口には封印が施されていたはずなのだが、あの時それは何故か解かれていて、何も知らない女の子は迷い込んでしまった。


 知らないとはいえ重大な禁を破ったオフィーリアは、王家へと迎え入られるか神への許しを乞うために彼女の命を捧げるかの二択しかなかった。


 だから、二人はオフィーリアが入ってしまったことは二人の秘密で黙っていることにしようと決めたのだが、禁を破った人間がその後にどうなるかは伝わっていない。


 彼女の身の安全を確保するためには、二人の王子のどちらかと結婚するしかなかったのだ。


「別に……その事については、もうどうでも良い事だ。エリオットも絶対に言うなよ。もし、それで仕方なく自分と結婚するのかもしれないと思われたら嫌だ。僕があの可愛い泣き顔を気に入ったのは、紛れもない事実だし」


「別に、結婚相手は俺でも……良かったのに。オフィーリア、可愛いし胸大きくなったしな。それに、学園での評判も良い」


 エリオットは、自室へと歩く兄に続きながら肩を竦めた。産まれながら持っている身分も高く容姿も完璧で王族として十分な気品を持ち合わせているのならば、自分達の結婚相手として申し分はない。

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