第9話

「しっ……信じるって、いうか……本当に……本当に、アンドリュー様は私の婚約者なんですか?」


「そうだよ。幼い頃に婚約者となったアリアナには悪いが、あの時は正直誰でも良かった。押されるままに、頷いてしまったんだ。だが、可愛い君の泣き顔に勝るものはない。今までもこれからも、そうだろう」


(アンドリュー様って、泣き顔フェチだったっけ!? そんな公式設定、ゲームの中で見た気がしないけど……)


 戸惑っている間にまたより迫って来ていた彼は、より顔を近づけてオフィーリアに軽い触れるだけのキスをした。驚きに目を見開いたオフィーリアに、優しい響きを持つ低い声で彼は言葉を重ねた。


「離れていた間に、変な虫がつかなくて良かったよ。美しく身分を持つ君は真面目で品行方正で、広く知られていたからね。方々から縁談が来ていたのは知っていたんだが……万が一の事も考えて、心配はしていた」


 彼の吐息すら感じられそうな近い距離の中に居て、オフィーリアは戸惑いの表情を隠せなかった。そんな様子を知ってか知らずか、アンドリューはにっこりと微笑んだ。


 そして自分に縁談が来ているとは知らなかったオフィーリアは、自然に首を傾げた。


「……そうなんですか? 私、何も聞いていなくて」


「王太子の僕に勝る嫁入り先は、この国ではあり得ないからね。君の父だけは、この事を知っているよ」


「お父様が……」


 そういえば、父が用意してくれたと勝手に思い込んでいた卒業式用の豪華なドレスの色は、アンドリューの瞳の色とそっくりだった。


「もうそろそろ、この事についての説明は良いかな?」


「……はい?」


 オフィーリアは、彼の言葉の意味がわからずに首を傾げた。


「……美しく、純粋なオフィーリア。君はもう僕のものだよ」


 乙女ゲームのメインヒーローらしからぬ、彼の強い執着を示す言葉にオフィーリアは無意識に喉を鳴らした。


「あのっ……あのっ……私」


 近づいてくる彼にまた後ずさろうとしたオフィーリアの両手首を掴んで、アンドリューは優しく微笑んだ。


「本当に、本当に長かったよ……君の可愛い泣き顔を思い出さない夜は、なかった」


「まっ……待ってください。私!」


 思わず目を潤ませたオフィーリアの表情に、うっとりとして彼はとても満足そうだ。


「可愛いオフィーリア。そうして、目に涙を溜めている様子も、本当に素晴らしい。ようやく……本当に僕のものだ」


(アンドリュー様を好きなのかと言われたら、好きだけど……心の準備が全然出来てないぃぃ!!)

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