第8話

「君も……知っているように。我が王家フェルナンデス家には、ファーストキスを捧げた女性と添い遂げねば国が傾くという言い伝えがあってね。その君と結婚するためには成人するまではアリアナや彼女の父親であるバンクス侯爵に、決して君の存在を悟られる訳にはいかなかった。政治的要因から君に危険が及ぶ可能性があったので、我慢を重ねて時期を待っていたんだ」


(知って……知っていた……? 貴族には常識なのかしら。いいえ。そうよ。多分もうアンドリュー様のことは関係ないと、私は思っていたから……彼の話題については、もう聞き流していたわ。それに、幼い頃の、あんな触れただけのキスに意味なんてあるなんて思わなくて……)


「今までほったらかしにして、済まなかった。これからは君だけを見て、一途に尽くそうと考えている」


 アンドリューのような美男子にそう謝罪されて、嬉しくない女性も珍しいかもしれない。そして、学園で繰り広げられる乙女ゲームは今夜でエンディングを迎えて終わったはずだ。


 だから、これからオフィーリアが彼の婚約者として生きても、もう悪役令嬢になることもなく何の問題もないはずだ。


「あっ……あのっ……エリーゼ様は? 良くお話されていましたよね? あの、平民出身でスチュワート男爵令嬢でいらした……」


 オフィーリアの疑問に一瞬不意をつかれた表情を見せたアンドリューだったが、エリーゼの存在に思い至ったらしい。


「ああ……彼女は聖魔力の持ち主でね。神殿に仕える、聖女候補の一人なんだ。だから、僕やエリオットが、周囲と馴染めるようにと王家の守護があることを示すために何度か話しかけた。感じの良い女性で、オフィーリアのことを素晴らしい女性だと褒め称えていた。僕にとっての君との関係は明かすことが出来なかったが、とても誇らしかったよ。そして、何度か話す内にオフィーリアの素晴らしさについて、二人で意気投合してね。僕も楽しくなって、彼女の話を聞いていたんだ。すまない。もしかしたら、嫉妬させてしまっていたかもしれないが、彼女とは誓って何もないよ」


(エリーゼ様……確かにアリアナ様から理不尽な嫌がらせを受けているところを何度か助けてあげたら、やたらと懐いて来ていたと思っていたけど……)


 まさか自分のことが話題でアンドリューとエリーゼが楽しそうに話していたのかと思うと、オフィーリアはどこか遠い目になった。


 自分や自分の家族可愛さに悪役令嬢には絶対なりたくないとは思っていたものの、やはりアンドリューは何もかも兼ね備えた素晴らしい男性だった。だから、もしかしたらその彼と自分が並び立っていたのではと、心の中にはずっと複雑な思いを抱いていたからだ。


「オフィーリア。エリーゼ嬢のことは、誓って何もない。信じてくれるかい?」


 過去を思い出し物思いに耽っている間に、アンドリューが隣の席へと座っていた。ほんの少しの距離を置いて顔が近づいていたので、オフィーリアは顔を真っ赤にして慌てて横へと動いた。

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