第6話

 思いも寄らぬ展開に唖然として立ち尽くすオフィーリアの近くに居た周囲の人々は、一斉に遠巻きになった。カツカツとした高い靴の音を響かせて、アンドリューが壇上からゆっくりと降りて来た。


「そんな! 何故ですか。アンドリュー様と、そちらのオフィーリア……いいえ。ブライアント公爵令嬢がお話している様子など……今まで一度たりとも……全く、見られませんでしたわ!」


 彼の婚約者であったはずのアリアナの怒りは、もっともだ。


 彼女が激しく警戒していた身分の低い男爵令嬢でもなく自分より格上の身分を持つオフィーリアに、自分が執着していたアンドリューを取られるなど考えてもみなかったはずだ。


 彼が近付いてくるのをただ見ているだけで動きは固まっているオフィーリアに対して、アリアナは憎しみの篭った眼差しを向けた。


「アリアナ。私が本当に愛しているのは、オフィーリアなんだ……本当に済まない。貴重な時間を無駄にさせてしまった事に関しては、これから出来るだけの償いをしよう」


「え……? ちょっと……ちょっと待って……私?」


 アンドリューは整った容姿を持つ彼でなければ滑稽に見えてしまうほどに芝居がかった動きで、完全に動転しているオフィーリアの前に彼女の手を取り跪いた。


「オフィーリア。僕は、君を愛しています。これでようやく僕たちは学園も卒業することも出来て、成人することになり、貴女をこうして迎えに来ることが出来た」


 オフィーリアは彼の信じ難い言葉を聞いても、狼狽えることしか出来なかった。何故なら彼とは幼い頃の一回しか面識もなく、学園に入ってからも特に声をかけられることはなかったからだ。


(アンドリュー様が、私を愛している? どう言うことなの。どうしたら良いの。どのように答えたら正解なの……?)


 現在オフィーリアは悪役令嬢ではないはずで、ここで選ばれるはずのヒロインでもない。ただのモブだったはずだった。


 どう考えても、この状況はおかしい。


「え……? え? でも、え?」


 頭の中では断るべきではないかや、不敬罪に処されるのではなど様々な思いが渦巻いていた。もう脳の処理能力が追いつかずに、意味のある言葉を出すことすら難しい。


 アンドリューはそんな戸惑っているオフィーリアを見て、にっこりと微笑むと彼女の腰に手を回しその場に居る全員に宣言した。


「皆。驚かせてしまって済まない。だが、僕とオフィーリアの婚約は、王の許しも得ている話なんだ。今夜から、私の婚約者で未来の王妃となる女性はこのオフィーリアだ」


(ちょっと、待って……待って……私、ヒロインになっている……? ここで彼が腰に手を回して愛を宣言するのは、エリーゼ様のはずなのに……一体、どう言うことなの!?)


 わっと驚きと歓声に沸き立つ大きな会場の中で、呆気に取られたオフィーリアの隣には、ご機嫌で微笑むアンドリューが居た。

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