第5話
◇◆◇
あれから、約十年の月日が流れた。
ちなみに、あの日王太子アンドリューに婚約者として選ばれていたのはバンクス侯爵令嬢だった。彼女は当たり前と言うべきか、何なのか。悪役令嬢らしく自分の婚約者の関心を奪った男爵令嬢でヒロイン役エリーゼを、順当に虐めていたようだった。
彼女を助けるヒーロー役であるアンドリューが絶対に来ない場面と確認してから、オフィーリアはエリーゼを何度か助けてあげたことがあるが性格の良いとても可愛らしい女の子だった。
流石乙女ゲームのヒロインだと、オフィーリアは一人で納得していた。
(けど……やっぱりさみしいわね。ゲームヒーローの中では、アンドリュー殿下が一番好きだったけど……仕方ないわ。投獄とか国外追放なんて、絶対嫌だもの)
エリーゼと微笑み合うアンドリューを見るたびに、胸を針が刺すようなチクリとした痛みを感じていた。
バンクス侯爵の娘がアンドリューの婚約者に決定したと聞いた時、オフィーリアの父は目に見えて落ち込んだ様子だった。アリアナの父親は彼の政敵と言える存在だったので、気持ちは複雑だったのだろう。
そして、ゲーム内のオフィーリアはきっとそんな父親に褒められたいという目的もあったから、王太子アンドリューの婚約者になりたいと強く思ったのかもしれない。
だが、彼の婚約者でさえなければ家ごと破滅するルートは避けられるし、こちらが虐めてなくてもエリーゼと上手く行ったからと婚約破棄されることは避けたい。男性側から婚約破棄された令嬢は傷物と判断されるのが、フラージリア王国での当たり前のことだったからだ。
「今夜、僕はアリアナ・バンクス侯爵令嬢と婚約解消をする。その理由は、真実愛している女性を伴侶とするためだ」
(あら。破棄ではなくて、解消なのね。アリアナ様は私の知る限りは、それ程エリーゼ様に酷い事はしていなかったようだし……ゲームの中の悪役令嬢とはならなかったからかしら。長年共に居た婚約者への、最後の温情かしらね……)
オフィーリアの目の前では、乙女ゲームの最大の見せ場である悪役令嬢の断罪劇が繰り広げられていた。これが終われば彼とヒロインエリーゼは、ヒーローと永遠の愛を誓い合うエピローグへと突入する。
この大きな会場に居る全員が、息を詰めて壇上に居る王太子アンドリューを注目し見つめていた。
アンドリューは、ここ十年で素晴らしい成長を見せていた。天使のようだった幼い時期を過ぎて、今はもう乙女ゲームのパッケージを彼の顔で飾るに相応しい輝くような美青年振りだ。
(さよなら……アンドリュー様)
オフィーリアは、自分が婚約破棄される立場でもないと言うのに、じわっと涙を浮かべて感極まってしまった。
一度しかプレイをしていないので、うろ覚えではあるものの、これから信じられないくらいの甘い愛の言葉をエリーゼに囁くはずだ。
これでもう、乙女ゲームは華々しいエンディングを迎える。ヒーローとヒロインは、結ばれて幸せに暮らしましためでたしめでたしのはずだ。
そのはずだった。
「それでは、オフィーリア・ブライアント公爵令嬢。こちらへ」
アンドリューの声にザッと後ろを振り返る人々の目が自分に集まるのを感じて、オフィーリアは驚きに目を見開き、つい自分の事を指差した。
(ちょっと待って。今、私の名前、呼ばなかった? ……嘘でしょ!)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます