第五十章 兵戈槍攘(へいかそうじょう)

第308話 もぬけの殻(前編)


---ラサミス視点---


 

 ウェルガリア歴1602年4月25日。

 『大君主作戦(オーバーマインド作戦)』が決行されて既に二週間が過ぎた。

 連合軍は第一軍から第六軍まで暗黒大陸に無事に上陸させる事に成功。


 これによってオレ達、連合軍はこの暗黒大陸での戦いで幸先の良いスタートを切った。既に兵士や冒険者、傭兵だけでなく、工作兵や衛生兵、補給部隊や荷物持ちサポーターなどの支援役もこの半島の高地に無事に上陸して、次なる戦いに向けて準備を整えていた。


 しかし問題は山積みだ。

 まずオレ達にはこの暗黒大陸での土地勘がない。

 まあ何せ六百年以上も封印されていた地域だからな。

 

 なのでとりあえずは第一次ウェルガリア大戦前の古い地図を頼りに、

 周囲の探索にあたったが、そこでもまた問題が起きた。

 まあ端的に云えば、またヒューマンの上層部と猫族ニャーマンの上層部が揉めたのである。


 最高司令官のマリウス王子は周囲の状況を探るべく、軍用犬や探索犬、

 あるいは小竜族ミニマム・ドラゴンの飛竜を使って、この周辺の探索を行った。これ自体は理に適った行動であった。


 しかし最初の戦いに勝った事によって、連合軍全体に緩んだ空気が流れていた。

 そしてその探索の際に、猫族ニャーマンは必要以上に水や食料などを消費していた。この先が読めない戦いの中、多くの兵士達は水や食料の消費を最小限に抑えていたが、堪え性のない猫族ニャーマンは、後先考えず水や食料をドンドン消費していた。


 これに対して、副司令官のナッシュバイン王子がマリウス王子に抗議した。

 この抗議自体は間違ってはなかったが、ナッシュバイン王子としては、

 これを機にまた場の主導権を握ろう、という思いが透けて見えたのでマリウス王子側も反論した。


 その結果、また不毛な論争が起きたが、

 周囲の者も白け気味で「とりあえず最高司令官の指示に従う」という結論に達した。それに対して、ナッシュバイン王子は不服も漏らし、「ならば我々は探索活動に協力しない」と主張したが、マリウス王子は「別に構わない」と切り捨てて、ヒューマン以外の三種族はマリウス王子の指示に従った。


 全くこんな所で来てつまらん揉め事を起こして欲しくねえよ。

 まあいいや、とりあえずオレ達は目の前の仕事に専念しよう。

 という感じでオレ達「暁の大地」も周囲の探索活動に付き合った。


 竜騎士りゅうきしであるミネルバも小竜族ミニマム・ドラゴンの飛竜を使って、周囲の探索を行った。そして少しずつ行動範囲を広げていき、周囲に街がないかどうか調べた。その結果、ここから数百キール(約数百キロ)程、離れた北西の地点に中規模の街を見つけた。


 だが竜騎士ドラグーン達は小竜族ミニマム・ドラゴンの飛竜を使って外から街を観た感じ、「人の気配がない」と告げた。 そこでオレ達だけでなく、上層部も何らかの違和感を感じた。街の規模は中立都市リアーナと同じくらいの広さらしいが、その規模の街に「人の気配がない」というのは何か引っかかる。


 とはいえこの高地でずっと野営するわけにもいかなかった。

 なんにせよ、まずは拠点となる場所が欲しい。

 だからとりあえず第一軍から第三軍がその街に向かって、

 街や周囲の状況を調べる事となった。


 まあ五月蠅い馬鹿王子やヒューマンの王国騎士団の連中は、

 「とりあえずこの場は最高司令官の意向に従います」と云って、

 自ら動く事を拒否したが、マリウス王子も「了解」とだけ告げて、

 ヒューマン勢力を無視した状態で第一軍から第三軍を進軍させた。


 オレ達、地上部隊は、馬やポニーに乗り、その中規模の街に向かって北西へ進んだ。それより先に竜騎士団が飛竜に乗って、先行する形で先に街に向かった。

 まだ四月下旬だが、この暗黒大陸は妙に涼しかった。


 だがこれより先はもっと気温が下がるらしい。

 となると色々な形で防寒対策をする必要が出てくる。

 もしこれ以上寒くなるのであれば、作戦にも支障をきたすだろう。


 などと思いながら、オレは馬を走らせた。

 その過程で少し妙な事に気付いた。


「なあ、ここまで魔物や魔獣の姿を見かけないよな?」


 オレは自分の疑問を仲間に打ち明けた。


「……云われてみれば、そうだな」


 兄貴も同意してくれた。


「確かにおかしいわね。 普通なら野生の魔物や魔獣が居る筈だわ」


 と、ミネルバも訝しむ。


「そうですわね、魔物の一匹も出ないのは妙ですわね」


「少し警戒した方がいいわね」


 エリスとメイリンも警戒心を高める。

 そのまま進軍を続けたが、敵どころか魔物の一匹も出なかった。

 そうこうしている内に中規模の街に到着。


 オレ達は馬から下りて、街の探索を始めたが、

 街の中は物の見事にもぬけの殻であった。

 家や家財道具だけが残されて、人の姿はまるで見えなかった。


「こ、これは……物の見事にもぬけの殻だ」


 オレは思わずそう口にした。


「……どういう事だ?」


 兄貴もこの状況に少し戸惑っていた。


「……何か罠が仕掛けているかもしれないわ。

 とりあえずこの場は他の部隊の指揮官と合流してから、

 今後の方針を決めるべきと思うわ」


 ミネルバの言葉にオレ達は「ああ」と頷いた。 

 それにしてもどうなっているんだ?

 魔王軍の連中は一体どういうつもりなんだ?

 なんだか妙に胸騒ぎがしてきたぜ……。



---三人称視点---



 その後、ラサミス達は剣聖ヨハンやアイザック、レビン団長、ナース隊長と合流してから、今後の方針について語り合った。


「なんだか嫌な予感がする。 トラップや結界がないか調べよう」


 剣聖ヨハンの提案に他の者達も素直に従った。

 そして工作兵や盗賊などの罠解除わなかいじょに長けた職業ジョブに街の中を調べさせた。すると街の至る所に罠や結界が張られていたので、まずは罠と結界の解除を優先させた。


 こちらの方は約二時間で全てが終わった。

 その後、街の中を探索したが、これといって異常はなかった。

 魔族語に詳しい兵によるとこの街は「カムナック」という名前らしい。

 

 その後もカムナックの街の中の探索を続けたが、

 敵の手がかりになるような物は見当たらなかった。

 ただし暗黒大陸の地図と思われる地図を何枚か見つけたので、

 それを工作兵に渡して、それが本物かどうかを調べさせた。


 そして夕方の十七時が過ぎて、そろそろ日が落ち始めた。 

 そこで探索は一時終了して、各部隊の隊長が協議を重ねて、

 丘の上にある礼拝堂に仮の作戦司令部を設置。


 ラサミス達もその近くの民家を仮宿舎とした。

 第一軍から第三軍を全て合わせると約8000人を超える。

 とりあえず今夜は民家に泊まるが、

 既に伝令兵を駿馬に乗せて、マリウス王子が待機する本陣へ向かわせた。


 この時点で既に行動線が少し伸びている状態であった。

 ここで残りの部隊と指揮官との合流が遅れるのは避けたい状況であった。

 そういう状況の中でラサミス達は、不安を募らせながら夕食の準備に取りかかった。とりあえず街の広場で大きなかがり火を焚き、その周囲で大勢の兵士達が飲み食いする。

 

 その光景を街から少し離れた丘の上から双眼鏡で覗き見する少年少女の姿があった。黒いフーデットローブを羽織ったその二人組は、半人半魔部隊の斥候であった。

 一人は水色の髪の小柄な少年ジウバルト。 

 もう一人は薄緑色の髪をサイドテールに結った少女ミリカ。

 二人は双眼鏡でカムナックの街の様子を見ながら、言葉を交わす。


「どうやら敵はこちらの罠に嵌まりつつあるな」


「うん、でも敵も馬鹿じゃない。 街の中に仕掛けた罠や結界は解除するでしょうね」


「ああ、でもそれは想定内さ。 本当の罠はこの先に仕掛けられている」


「うん、でも少し心配だな~」


「……何がだ?」


 ジウバルトが少し声を低くして、そう問うた。

 するとミリカは「う~ん」と唸ってから、言葉を紡ぐ。


「いや上層部の狙い通りに行くか、少し心配なのよね。

 実際こうして敵を魔大陸に引き入れるのは少し危険と思うわ」


「……まあな、オレもそう思わないわけではない」


「でしょ?」


「ああ、だがこれは魔王陛下が直々に下した作戦だ。

 だからオレ達は敵の様子を探り、集めた情報を上へ報告する。

 それを何より最優先すべきだ。 他の事は他の者に任せたらいい」


「まあそうよね。 所詮、アタシ達は半人半魔部隊だもんね」


 ミリカはやや自虐的にそう云ったが、ジウバルトはその話題には乗らなかった。


「……とりあえずオレ達は偵察を続けるぞ。

 しばらくしたら不死生物アンデット部隊や吸血鬼ヴァンパイア部隊がやって来る。彼等が来る前に有益な情報を入手するぞ。 それがオレ達の任務だ」


「そうね、そうしましょ」


 二人はそう言葉を交わして、

 再び双眼鏡片手にカムナックの街の様子を探るのであった。


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