第282話 嫌がらせの天才


---シーネンレムス視点---



「ネイルよ、しばらくワシはここで考え事をするから、何かあったら伝えてくれ」


「はっ、畏まりました」


 ワシがそう云うと、世話係のネイルが綺麗なお辞儀をして席を外した。 

 とりあえずワシは自分の書斎の扉を閉めてから、

 木製の研究机の椅子に腰掛けて、小さく溜め息を漏らした。


「……まさかここ――魔大陸が戦場になろうとはな。

 これに関しては、ワシの計算外じゃ……」


 正直、敵――四大種族の連合軍にここまで追い詰められるとは思わなかった。

 ザンバルドに続き、プラムナイザー、更にカーリンネイツまで死んでしまった。

 こうなるともう悠長に構えている場合じゃない。


 噂によれば、ザンバルドを倒したのはヒューマンの青年剣士。

 またプラムナイザーを倒した者も、同じくヒューマンの少年らしい。

 そしてその二人が兄弟という噂も聞いている。


 それが事実だとすれば、看過できない状況だ。

 四大種族は魔族よりかなり短命だが、時々信じられない速度で成長する。

 確か奴等は自分の種族の神に等しい存在と契約を結ぶことによって、

 様々の恩恵を得る。 そして魂のある生命体を倒す事によって、

 その魂を吸収して、自らの糧として成長してゆく。


 単純計算からしても、奴等はザンバルド達を倒した事によって自身の力を強化している。 まあそれが個人、個人で一人を倒していれば、まだ許容範囲だが、もし一人で複数の幹部を倒していた時はかなり危険な事態と云える。


 何せ幹部一人でもかなり戦闘力を有しているからな。

 ワシは魔族の中でも大賢者ワイズマンと呼ばれ、一目を置かれているが、

 単純な戦闘能力では、今の幹部の中じゃ下から数えた方が早いだろう。


 それくらい魔王軍の幹部は戦闘に長けた存在である。

 そして仮定の話だが、敵が一人で幹部連中を次々と倒していけば、

 いずれは魔王――レクサーを超える戦闘力を得る可能性はある。


 レクサーは強い、間違いなく現状の魔族の中で一番強い。

 先代魔王――ムルガペーラ様は破壊王はかいおうとまで云われた存在で、

 戦闘という一点においては、あの御方の右に出る者は居なかった。


 そしてワシを含めて、先代魔王の統治時代を知る者からすれば、

 先代魔王と現魔王レクサーを比べて、レクサーを過小評価する傾向があるのも知っている。だがそれはあの御方が強すぎただけであって、けしてレクサーが弱いわけではない。


 少なくとも今の魔族の中ではレクサーが一番強いじゃろう。

 だが幹部を何人も倒した敵とレクサーが相対すると、

 レクサーがその者に討たれる可能性は……ある。


 ……そう考えると現時点でもかなり危険な状況かもしれない。

 そうじゃな、ワシもザンバルド達を倒した奴の情報と動向を追ってみるか。

 なんだか急に胸騒ぎがしてきた。 ……。


 しかしこれはあくまで個人の戦闘力の問題だ。

 現実問題として敵の主力級エース・クラスが戦場でレクサーと一騎打ちする、

 というシチュエーションになる可能性は限りなくぜろに近い。


 何故ならその前に多くの魔族が立ちはだかるからだ。

 我々は魔族は魔王を頂点とする徹底した実力主義の階級社会で生きている。

 魔王が死ねと云えば、死ぬ。 それが魔族社会の掟。


 まあ無論あまりにもくだらない、あるいは理不尽な理由で

 死を強要されたら、いくら魔族と云えど、不満や反発心は残るじゃろう。

 だがレクサーは名君と云っても過言はない魔王だ。


 少なくとも馬鹿ではない。

 それはこのワシが保証する。

 だからレクサーがいざ危険となれば、部下達は命を捨てて彼を護るであろう。

 そういう面も含めて、魔王と敵が一騎打ちするという状況はまず生まれないだろう。


 となると今後の戦いの明暗を分けるのは、

 兵士ソルジャーではなく、指揮官コマンダーが今まで以上に重要になるであろう。そして思い返して見れば、今回の戦いにおいては我々魔族も指揮官コマンダーに関しては、あまり適した人材を配置してたとは云えない。


 ザンバルドは戦闘力という一点においては、

 かなり力を有していたが、今から思えば奴に指揮権を任せたのは失敗だったと思う。となると今後は魔元帥アルバンネイルに指揮権を任すべきであろう。


 だが奴も食わせ者じゃ。

 あまり奴に強大な兵を持たせるのも少し危険と云える。

 奴はそのまま簒奪を試みる程、愚かじゃないが計算高い男じゃ。

 状況に応じては奴がどう動くか分らない。


 となると全軍の総指揮権はレクサーが握るのが一番の良策だろうな。

 まあレクサー自身、こうして大軍を率いて多種族と戦争するのは、

 初めての経験だから彼の指揮能力がどれくらいのものかは未知数だが、

 ワシが思っている以上に悪い結果にはなりはせんだろう。


 とりあえず味方に関してはこんな感じで良いじゃろう。

 問題は敵だ、敵に優れた指揮官コマンダーが居た時の場合じゃ。

 ……そう云えば前大戦の時はどうじゃったかのう~。


 大昔の事なので記憶は曖昧じゃが敵にも味方にも天才気取りの奴はたくさん居たな。 まあワシから云わせれば、そういう連中は大抵は馬鹿だった。

 そういう連中は自分の考えや知識に酔いしれて、

 戦争という状況を利用して、自己承認欲求を満たそうする輩が多かった。



 ……だが待てよ?

 ……段々思い出してきた。

 確か敵に一人だけ凄い指揮官コマンダーが居た。


 そう、奴は猫族ニャーマンであった。

 我々が考えもしないような奇策、というか戦術とも云うのおこがましい

 小細工を弄して、我々魔王軍は奴に何度も煮え湯を飲まされた。


 奴の名前は……。

 思い出した、アルバじゃ! ジェン・アルバじゃ!!

 そう、もうかつての仲間や幹部の名前すら思い出せないが、

 アイツの事だけは覚えている、というか思い出してきた!!


 だがなんというか奴を素直に讃えるのは、物凄く癪に障る。

 云うならば奴は『嫌がらせの天才』、そうとにかく奴は嫌がらせのような小細工を何度も何度も使ってきた。


 だが我等、魔族は誇り高き戦闘種族。

 小細工などに負けぬと、正面を切って戦いに挑んだ、挑み続けた。

 ……また思い出してきた。


 そう云えばあの御方――ムルガペーラ様も奴の小細工にムキになって、

 何度も正攻法で攻め込んだが、その都度、嫌がらせのような奇策の返り討ちにあった。あの時のムルガペーラ様は本気で激怒していた。


 無理もない。

 誇り高き魔族の王が猫族ニャーマンなんかに手玉を取られたのだ。

 しかし今にして思えば、奴は――アルバは我々、魔族の特性や気質を見抜いた上で、あのような奇策や小細工を弄していた可能性が高い。


 ……仮定の話をしよう。

 もし仮に敵にアルバのような智将、というか指揮官コマンダーが居たら、

 我々魔族が奴等に負ける……可能性は充分にある。


 そう、奴のような存在はそうそう産まれるものではない。

 悔しいが、そこは素直に認めよう。

 だが前大戦から既にもう六百年という歳月が過ぎた。


 そしてこの六百年という歳月に加えて、

 たまたまこの時代にアルバのような存在が産まれている可能性はある。

 だが奴も――アルバも全てにおいて全知全能だったわけではない。

 奴の小細工も時々は失敗に終わる事もあった。


 だが結果的に敵より知恵が回れば、戦争は勝てるのじゃ。

 そして奴のような存在は特別に思えたりするが、

 案外、たまたま産まれた偶然の産物かもしれない。 


 だがそのたまたまが重要だ。 

 だから今回の敵にもたまたまアルバみたいな奴が居るかもしれない。 

 また負ける時はそのたまたまで案外負けたりするものなのだ。


 ……。

 どうやらワシもそろそろ本腰を据える必要がありそうだな。

 ワシは見ての通り老魔族。

 この歳になれば、色んなものに対して無頓着になる。


 だがそんなワシでも魔族が滅びる、という現実は受け入れられない。 

 今まではレクサーとも距離を置いて付き合ってきたが、

 もうそういう段階じゃないかもしれぬ。

 そうだな、ワシ自身の知識と経験で魔王を、魔族を補佐すべき時が来たようだ。


 ワシはそう思いながら、椅子にゆっくりともたれかかった。

 ……油断すれば負ける。

 今はもうそういう局面なのかもしれぬ。

 そしてワシも魔族としての矜持は持っている。


 ワシの知識や経験が何処まで通用するかは分らん。

 だがそれでもワシなりに魔族として戦う時が来たようじゃ。

 そしてやるからには必ず勝つ、それがワシの魔族としての矜持じゃ!

 それではこの老骨に鞭を打って、レクサーを後押しするかのう……。


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