第四十七章 老魔族の回想録

第281話 緊褌一番(きんこんいちばん)


---三人称視点---



「マーネスよ、今の戦況を詳しく教えてもらおうか」


「御意!」


 情報隊長マーネスはレクサーの言葉に鷹揚に頷いて、床に片膝をついた。

 マーネスは紫紺色の髪、上下に黒の軍服を纏い、背中には白い外套という風貌だ。


「はい、我が軍の現状を述べますと、不利な状況にあると云わざるを得ません。

 敵は大猫島の近くの島々を平定しており、その勢力を日々拡大しております。

 またエルフ領で不死生物アンデット部隊を率いているリッチ・マスターのカルネス殿も敵の猛攻に押されつつあります。 このまま戦力を分散するのは、いささか危険と思います」


 マーネスは控えめながらも、レクサーにそう意見を申し立てた。

 すると魔王レクサーも「むう」と唸りながら、考えをまとめる。

 確かにこの状況で戦力を分散するのは、あまり有効的な戦術とは云えない。

 ここは妙な自尊心プライドを捨てて、じつを取ろう、と思うレクサー。


「……シーネンレムス、けいはどう思う?」


 レクサーに名を呼ばれた大賢者ワイズマンは少し間を置いてから、魔王の問いに答えた。


「そうですな、マーネスの云うとおりこの戦況下で戦力を分散するのは、

 あまり良策とは云えませぬな。 だからここはカルネスにエルフ領から

 撤退するように命令を下すべきです」


「……そうだな、そうしよう。

 ではマーネス、カルネスにエルフ領からの撤退して、本土に戻るように伝えよ」


「御意!」と、マーネス。


「さて話は変わるが、敵はこの魔大陸へ侵攻するつもりなのか?」


 魔王の単刀直入の言葉に、マーネスも返答を窮した。

 そして少し間を置いてから「恐らくそのつもりでしょう」とだけ答えた。

 するとレクサーはまた「むう」と唸り、渋面になった。


 まさかこの魔大陸本土に敵が攻め込んでくるとはな。

 どうやらオレは敵を甘く見過ぎていたのかもしれん。

 少なくとも敵はオレ達魔族と互角以上に戦える存在だ。

 ならばここは気持ちを引き締め、覚悟を決めて戦いに挑むべきだろう。


 レクサーはそう思いながら、頭の中を整理する。

 そしてレクサー考えをまとめながら、それを口にして部下達に伝える。


「そうか、ならばここは打って出ず、敵を迎え入れて迎撃しよう。

 魔大陸は基本的に冷帯だ、だから敵を陣中深くまでおびき寄せてから、

 近くの街や都市をもぬけの殻にする。 そうすれば連中は飢餓状態になり、

 更に冬将軍の猛攻撃を受ける事になる。 多少のリスクは伴うが、これは効果的な戦術であろう」


「……」


 マーネスもシーネンレムスも魔王の言葉に一瞬黙り込んだ。

 確かにある意味効果的な戦術ではあるが、そうそう上手くいくであろうか?

 仮に失敗した時はどうするつもりなのか?


 言葉の違いはあれど、マーネスもシーネンレムスも似たような考えに辿り着いた。

 だが情報隊長のマーネスとしては、魔王の意見するのも憚られた。

 シーネンレムスはマーネスのその気持ちを汲み取り、

 この場においては、自分が魔王に意見すべきだという結論に至った。


「その戦術を使うのは少々危険かと思われます。

 とは云えこちらも既に幹部を三人も失いました。

 なので正攻法で敵に勝つのは、少々厳しいかもしれません。

 だから陛下の提案された戦術を効率化する為に、いくつか手を打つべきでしょう」


「うむ、してどのような手を打つのだ?」


「そうですね。 まずは味方の士気を上げる必要があります。

 幹部三人を失ったという事は、幹部の席が三つ空いたという事でもあります。

 なので功績を立てれば、幹部の座につけるという餌を部下達に与えるべきでしょう」


「そうだな、とりあえずカルネスを正式な幹部にしよう。

 そして残りの二席を幹部候補生の者達に競わせてみるか」


「ええ、それで良いと思われます。

 また陛下の策を成功させる為にも、今から下準備にかかるべきでしょう。

 とりあえず敵が侵攻するポイントを見極めて、

 その近隣の街や都市から民を他の街や都市へ移住させましょう。

 敵に勝つ事も大事ですが、まずは自国民の安全を優先するのは

 統治者としての義務だと思います」


 この件に関しては、レクサーもシーネンレムスと同意見であった。

 なのでレクサーはその意見に賛同すべく、高らかな声で宣言した。

 

「うむ、そうだな。 とりあえず魔大陸の沖合にポイントを絞るか。

 では魔王レクサーの名において命じる。

 魔大陸の沖合にりんする街や都市の住人を中央地帯に移住させよ。

 そして移住前の街や都市には何も残すな。

 これは魔王の勅命である!」


 少々手間はかかるが、まあ悪くはない案だ。 

 移住の際にたみが不平を零すのは明白だが、

 魔王の勅命とあれば、彼等も従うしかない、と内心で思うシーネンレムス。


「分りました、では早速、その準備に取りかかりましょう」


 レクサーはシーネンレムスがそう云うと、満足そうに頷いた。

 だが民を移住させただけでは、意味がない。

 だからシーネンレムスの民を移住させた後の計画プランについて尋ねた。


「それで民を移住させた後はどうなさるおつもりでしょうか?」


「そうだな、基本的には「敵に勝っている」と思わせる事が重要だ。

 そして奴等が食料や寝床を求めて、街や都市に辿り着いた時点で、

 天候操作系の魔法を使って、雨や雪を降らせるという案はどうだ?」


「成る程、それは良い策ですな」


「ああ、だがあくまで敵を疲弊させるのが目的だ。

 敵の行動が限界点に達するギリギリの所で、天候操作も調整する。

 戦いが長引けば、冬将軍が我が軍に自然と加勢してくれるからな」


「その為にも敵の行動を詳しく知る必要がありますな。

 カルネスの部隊は撤退させるとして、敵の情報を得るために

 情報部隊の一部は敵の領土に留まらせておくべきでしょうな」


 と、シーネンレムス。


「うむ、そうだな。 ではマーネス、情報部隊の一部を

 敵の領土に留まらせて、敵の動向を探れ!」


「御意。 つきましては、それらの任務は半人半魔はんじんはんま部隊にお任せして宜しいでしょうか?」


「……半人半魔部隊か」


 マーネスの言葉にレクサーは一瞬顔を曇らせた。

 半人半魔はんじんはんま

 その名の通り魔族と人間の混血児の事を指す。

 しかし彼等、彼女等の魔族社会における序列カーストは最下層に近い。


 だが半人半魔はんじんはんまは見た目は人間と然程変わらない。

 それ故に半人半魔は斥候や偵察、密偵役に向いている。

 だからこの場においては、マーネスの案に賛同するレクサー。

 

「まあ構わん。 奴等にはうってつけの任務であろう」


「御意、それではわたくしは早速、陛下の仰られた策や案を実行しようと思います」


「うむ、マーネス。 卿はもう下がって良いぞ」


「御意。 それでは失礼致します」


 マーネスはそう云って、踵を返した。

 そして広い謁見の間には、親衛隊長のミルトバッハと三名の護衛兵。

 それとシーネンレムスだけが残された。

 するとしばらくの間、静寂が流れた。


 さてそれではワシもそろそろこの場を去るか。

 シーネンレムスはそう思いながら、適当な理由をつけてこの場から去ろうとした。

 だがその前にレクサーが彼に向かって、おごそかに語りかけた。


「ところでシーネンレムスよ。

 少し卿に意見を聞きたい事がある」


「……何でしょうか?」


「実は魔大陸本土の戦いでは、余も戦場に立とうと思っている。

 まあ前線指揮官はアルバンネイルに任せるつもりだが、

 余も後方から軍を指揮しようと思ってるのだが、どう思う?」


「……私自身はそれで良いと思います。

 後方に魔王陛下が控えていれば、魔王軍の士気も自然と上がりましょう」


「うむ、ではそうする事にしよう。

 それともう一つ聞きたい事がある」


「何なりとお申し付けください」


 老魔族はそう云いながら、魔王の言葉を待った。

 だがレクサーは少し言葉を選びながらこう述べた。


「卿は前大戦の経験者だな」


「ええ、左様です。 まあ私自身はあまり前線に出ず、

 後方から魔法攻撃、あるいは支援に徹する事が多かったですが……」


「その経験と知識を生かして、卿も余の傍で戦ってもらいたい」


「……御意、仰せのままに」


「それと……」


「……何でしょうか?」


「奴……先代魔王時代の戦術や戦力なども余に教えて欲しい。

 正直この戦いは思っていた以上に厳しい。

 故に余も小さな自尊心プライドは捨てて、勝利を掴みに行く。

 だから卿の目から見て、気になる事があったら、その都度教えてくれ」


 老魔族は魔王の言葉に「御意」と相槌を打った。

 魔王と一緒に従軍する事は構わない。

 もう三人も幹部が倒されたのだ。


 この状況で自分は何もしないのは、彼としても無責任に思えた。

 だが魔王の参謀、あるいはお目付役も兼ねる仕事となると、

 少し気が重くなった。 だがそれを拒むことは出来ない。

 だからシーネンレムスは言葉を選んで、魔王に問う。


「……あの御方とは時々お会いになられるんでしょうか?」


「……嗚呼、会いたくもないが時々会う」


 憮然とした表情でそう答えるレクサー。


「ならばあの御方からも助言を聞くべきでしょう。

 無論、あの御方は底意地が悪い人ですから、

 嘘か、本当か、見抜く必要があると思いますが……」


「嗚呼、分っている。

 それに最近では奴の助言はそれなりに重宝している」


「……左様ですか」


「嗚呼」


「ならば私に教えられる範囲で気になった事を仰ってください。 

 私なりにそれが嘘か、誠かを判別した上で陛下に具申させていただきます」


「うむ、期待しているぞ」


「ではそろそろ失礼致します」


「嗚呼、もう下がるが良い」


 そう云って老魔族は踵を返した。

 レクサーはその後ろ姿を見据えながら、肘掛けに肘を置き、頬杖をついていた。

 そしてシーネンレムスは謁見の間を出るなり、小さく嘆息した。


 ――やれやれ、今後は余計な仕事が増えそうじゃのう。

 ――とは云えそれを拒む事は出来ぬ。 

 ――そうだな、少しワシも真剣に今後の事を考えてみるか。


 老魔族はそう思いながら、自分の書斎へと向かった。


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