第279話 老猫(ろうびょう)は死なずただ去りゆくのみ


---ラサミス視点---



 リアーナの娯楽区の劇場。

 今宵、この劇場で『暁の大地』の芸人一座による演劇が行われようとしていた。

 オレ、エリス、メイリン、ミネルバ、マイべーレの五人はドラガンから招待券を

 貰ったので、劇場の入り口で招待券を差し出して、そのまま劇場内に入場。


 思っていた以上に広いな。

 この広さなら1000人くらい収容できそうだ。

 劇場の内装は黒をベースにした艶やかな色合いだ。

 

 とりあえず俺達は前から数えて、三番目の席に座った。

 席順はミネルバ、エリス、オレ、メイリン、マリベーレという感じだ。

 

「アタシはこういう演劇観るの初めてかも……」


 ミネルバがやや落ちつかない表情でそう呟いた。

 まあミネルバは基本的に単独行動を好むからな。

 ちなみにマリベーレはエリス達に連れられて、

 時々の猫族ニャーマンのサーカスを観に行ってたようだ。


「オレもこうして直に観るのは久しぶりだな」


「しっ、そろそろ始まるわよ」


 メイリンが口に右手の人差し指を立てて、そう云った。

 なのでオレも演劇が始まるまで、黙ることにした。


「――それではただいまより『暁の大地』による公演を開始します」


 劇場内の司会役の中年のヒューマン男性がそう云うと、壇上の幕がゆっくりと上がって行く。そして司会のヒューマン男性は素早く舞台の外へ移動する。

 次の瞬間、「パパン!」という乾いた音と共に、紙吹雪と紙テープが舞い上がる。

 するとステージ上で陽気なメロディが流れ始めた。


 そして華やかな衣装に身を包んだ猫族ニャーマン達が、

 ステージに元気よく飛び出して来た。

 


『ようこそ! この笑いと喜びに満ちた希望の世界へ!

 一緒に歌って踊ろうよ! 笑顔がいっぱい! ボク達もハッピー!

 それじゃみ・ん・な! リズムに合わせて踊るよ! ニャンニャンダンス開始!』


 壇上に横一列に並んだ六匹の猫族ニャーマン達が軽快なステップで踊りだした。 両手を揃えて、左を向いてニャン。 片足を軽く上げて、右向いてニャン。

 ……ああ、このダンス前に観た事があるな。

 というかよく観るとダビデとアロン、ポロン達じゃないか。


 成る程、アイツらもちゃんと成長してるんだな。

 もう子猫の時の面影はなく、何処から見ても立派な成猫せいびょうだ。

 まあ拠点ホームに居る時には顔を合わせているが、

 こうしてステージ上で観ると、オレの知っているダビデ達と何処か違う気がする。

 ダビデ達がくるくると回ると、長い尻尾が綺麗な弧を描いた。

 

「いいわよ、ダビデとアロン、ポロン!」


 と、メイリンが少し大きい声でそう声援を送る。

 同様にエリスとマリベーレも「頑張れ~」と控えめに叫ぶ。


 ダビデ達は曲に合わせてくるくると舞い踊り、ぴょんぴょんと飛んで軽快なステップを刻んだ。 高速ステップの合間に観客席を向いて、ウィンクや投げキッスをする。すると観客席から歓声が沸き上がる。


 エリス達は観るからにノリノリだ。

 ミネルバも少しモジモジしながら、ステージに目を釘付けにしている。

 彼女の性格からして、「きゃー」とか歓声を上げるのが恥ずかしいんだろう。

 でも彼女も楽しんでいるようで何よりだ。


 観客の歓声と拍手で劇場内が興奮の坩堝と化した。

 その時、劇場内のステージが暗転。



「小うるさい猫族ニャーマン共め! 

 俺様の魔剣でお前等、猫族ニャーマンをこらしめてやる!」


 再びステージに照明が灯る。

 すると白銀の長髪をなびかせて、兄貴がさっそうとステージ上に現れた。

 おい、おい、兄貴が出演するとは聞いてねえぞ。

 あ、でも前にも兄貴が出演していた事もあったな。


『悪いヒューマンが来たニャ!

 みんな、急いで逃げるニャ!』


 ステージ上で慌てふためくダビデ達。 

 そして兄貴が手にした長剣を握り、ゆっくりとダビデ達に近寄る。

 だがその時、ステージ上に大きな声が響き渡った。



「天知る、地知る、猫ぞ知る。 お前の罪を知っている!

 猫族ニャーマンをつけ狙う悪いヒューマンめ! この正義の猫族ニャーマンドラガン・ストラットが成敗してくれよう、とうっ!!」


 ステージ奥の高台にドラガンが現れた。

 するとステージ上のダビデ達が「わあ」とはやし立てた。

 ドラガンはそのまま助走をつけて高台からジャンプした

 そして空中でくるりと一回転して、華麗に着地する。


「やい、悪いヒューマン! 猫族ニャーマンを虐めるんじゃない!!」


 ドラガンが凜とした声でそう叫ぶ。

 それに壇上の兄貴も応じる。


「ふん、貴様がドラガンか! 俺様の魔剣で貴様を切り刻んでくれよう!」


 そして二人は壇上でチャンバラを開始した。

 ドラガンと兄貴が激突する。

 斬る、突く、払うといった動作を繰り返す両者。

 壇上のダビデ達が「頑張るニャン!」とドラガンに声援を送る。


 だが体格差もあって、ドラガンが押され気味だ。

 というか演劇にしては、結構本格的なチャンバラだな。

 それでもドラガンは防御ガードやステップやジャンプを駆使して攻撃を防ぐ。

 だがやがて、ステージの左端まで追いつめられた。


「そうはさせないわ!!」


 そこに飛び込んできたのは、なんとアイラであった。

 いつもの青い鎧に緑のマントを羽織るという格好だ。

 アイラはドラガンの前に立ち、手にした片手剣で兄貴の剣を弾いた。


「くっ……貴様、何者だ!?」


「悪党に我が誇り高き名を名乗るつもりはない!」


「お主は聖騎士アイラ!」


「ドラガン殿! この聖騎士アイラが助太刀するわ!」


「それは助かる! では二人で攻めよう!」


「了解っ!!」


 再びチャンバラが再開。


「くっ……つ、強い!?」


 二人に攻められて、兄貴はステージの右端まで追いつめられる。

 

「正義の力を思い知れ!!」


 ドラガンが手にした刺突剣で兄貴の剣を弾き飛ばす。

 

「ば、馬鹿なっ!?」


 そう云って兄貴は壇上に崩れ落ちる。


「思い知ったかニャ! 

 これに懲りたら、もう悪さを止めるニャ!」


「わ、わかった。 もう悪い事はしないから許してくれ……」


 兄貴はそう云って、許しを請う。 

 するとドラガンは笑顔で応じた。


「良かろう、許すニャン。 リアーナは自由の街。 ここではヒューマンもエルフも竜人も猫族ニャーマンもないニャ。 大切なのは他人を思いやる心だニャン。 それさえあれば何でも出来るだニャン!」


「ありがとうニャ、正義の猫騎士ドラガン!」


 と、ダビデ達がドラガンに近づいてじゃれる。

 劇場内にほんわかとした空気が流れる。

 そしてステージが再び暗転。

 それからのどかなナレーションが流れた。


「こうして猫騎士ドラガンによって、芸人一座の猫族ニャーマン達は助けられ、

 悪の剣士ライルも改心しました。 そしてリアーナに再び平和が訪れました。

 ありがとう、正義の猫騎士ドラガン・ストラット!

 ありがとう、聖騎士アイラ・クライス!」


 そして和やか音楽が流れる。

 それからドラガン達がステージに再登場。

 観客席に向けって一礼して、華麗なダンスを披露する。

 

 ドラガンが刺突剣を頭上に掲げた。

 続いてアイラも銀の片手剣を頭上に掲げる。

 そして観客席から一斉に歓声と拍手が沸き起こり、無事終劇した。



---三人称視点---



「ドラさん、お疲れ様ッス!」


「はい、とても見事な演劇でした。 わたくし、感動致しましたわ」


「あ、あたしも感動しました!」


 ラサミス達は舞台が終わってから、ドラガン達の楽屋を訪れていた。

 メイリンやエリス、マリベーレが笑顔一杯でドラガンを讃えた。

 するとドラガンは少し照れた様子で右手で頭の後ろを掻いた。


「そう云われると照れるニャ、いや照れるな」


「というか兄貴とアイラも出演するとは思わなかったぜ」と、ラサミス。


「まあ何というか友情出演ってやつさ」


「そうそう、でも意外と演劇も楽しいわね」


 ライルとアイラが良い笑顔でそう答えた。

 

「ボク達も頑張ったニャン!」


「そうだニャン、褒めて、褒めて!」


「ああ、オマエ等もよくやった。 偉いぞ、ダビデ、アロン、ポロン」


「わーい、褒められたニャン!」


「嬉しいニャン!」


 ドラガンの言葉にダビデ達が一斉に喜んだ。

 年齢的には成猫せいびょうだが、心の方はまだまだ無邪気のようだ。


「さてこの後はどうする?

 皆で盛大なパーティでも開くか?」


「おお、兄貴。 それいいよ、やろう、やろう!」


「わたくしも賛成ですわ!」


「あたしも賛成ッス!」


「あ、あたしも!」


「あ、あたしも賛成よ!」


 ミネルバとマリベーレも控えめに賛同する。

 だがドラガンはその申し出を静かに断った。


「皆、ありがとう。 でも今夜は一人になりたい気分なんだ。

 少し一人で夜の街をぶらつこうと思っている」


 ドラガンがしみじみとした感じでそう云う。

 どうやら彼もいつになく感傷的な気分になったようだ。 

 するとラサミス達も彼の気持ちを尊重して「了解」と了承した。


 それから舞台の後片付けも終わり、

 ドラガン達は劇場の出入り口で佇んでいた。


「じゃあな、今日は皆で観に来てくれてありがとう。

 そして今まで拙者について来てくれてありがとう」


 そう云ってドラガンはラサミス達に向かって一礼する。

 すると彼等、彼女等の胸の内で熱い思いが急速に広がった。


「……やっぱりドラさんが居ないと寂しいですわ」


「……あ、アタシもッス。 なんか急に寂しくなってきた」


「……うん、やっぱり寂しいわ」


「……あたしも」


 エリス、メイリン、ミネルバ、マリベーレがそう云って少し涙ぐむ。

 するとドラガンは優しい声音で彼女等の言葉に応じた。


「皆、ありがとうな。 拙者は嬉しいよ。

 だが猫族ニャーマンは他種族より早く老いるんだ。

 そして拙者はもう戦い続ける事に疲れたんだ。

 だから残りの猫生びょうせいは静かに暮らしたいんだ。

 だけど心は皆と同じだ。 拙者も別れは寂しい。

 思えば皆が居たからこそ、拙者はここまで頑張れた気がする」


 ドラガンはそう云って、遠い目で虚空を見据えた。

 その寂しいような、満足したような表情を見てエリス達はまた涙ぐんだ。


「ドラガン、後は俺達に任せろ! お前は静かに暮らしてくれ」


「……ライル」


「ええ、後は私達に任せて! 私とライルでラサミス達をしっかりサポートするわ!」


「……アイラ」


「前団長、アンタの顔に泥を塗ることがないように、オレなりに新団長を頑張るよ!」


「……ああ、ラサミス。 お前には期待しているよ」


「ああ、必ずアンタの期待に応えて見せるよ!」


 ラサミスはそう云って、身を屈めて右手で軽くドラガンの胸を叩いた。

 するとドラガンもラサミスの胸を右手で軽く叩いた。

 そしてドラガンは青い羽根つき帽子を目深にかぶった。


「では少し一人にさせてくれ。

 皆、今までありがとうな……

 老猫は死なずただ去りゆくのみ……

 ひとまずさようならだ、そしてまた会おう」


 ドラガンはそう云って、皆に背を向けた。 

 するとラサミスが大きな声で叫んだ。


「『暁の大地』の新団長として、団員一同に命ずる!

 全員、前団長ドラガン・ストラットに敬礼せよ!」


 ラサミスはドラガンに向かって、敬礼ポーズを取った。

 すると彼に習うようにエリス達も敬礼する。


「前団長、今までありがとうございました!」


 ラサミス達は声を揃えながら、ドラガンに向かって一礼する。

 するとドラガンは足を止めて、わずかに背中を震わせた。

 気が付けば、ドラガンの両眼に涙が浮かんでいた。


 しかしドラガンはそれを悟られる事なく、コートの袖で涙を拭う。

 そしてそのまま振り返らず、右手を上げてそのままこの場から去った。

 ラサミス達はその後ろ姿を眺めながら、彼の姿が見えなくなるまで見送った。


 こうして改めて見ると、ドラガンの身体はとても小さかった。

 体長にして60セレチ(約60センチ)程の矮躯わいく

 だが身体は小さくとも彼の心はとても強く、気高い精神の持ち主であった。

 

 彼が居たからこそ、自分達はここまで戦い続ける事が出来たのだ。

 ラサミスだけでなく、他の者も同じ気持ちであった。

 こうしてドラガン・ストラットは正式に冒険者を引退した。


 そしてラサミス達の『知性の実グノシア・フルーツ』にまつわる一連の騒動も終わり、戦いの舞台は四大種族領から魔大陸へ移ろうとしていた。

 果たしてラサミス達は今後の戦いも生き残れるであろうか?



 それはまだ誰にも分らない。

 先の事は分らない。

 明日すらも分らない。

 だが今この瞬間、彼等、彼女等の気持ちは一つになっていた。



 それだけで彼等、彼女等は結構幸せなのかもしれない。

 そして一つの時代が終わり、新たな時代が始まろうとしていた。

 


【黄昏のウェルガリア・第一部『知性ちせい』編・終わり】



                        To be continued 


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