第258話 猫族(ニャーマン)マフィア(後編)


---三人称視点---



 正面玄関を潜り抜けて、館内に入るドラガン一行。

 その間も周囲を黒服の護衛に固められていた。

 やや用心が過ぎると思うが、これから会うのはマフィアのボス。

 なので彼等の立場からすれば当然の処置と云えた。


 屋敷内やしきないは黒を基調とするモノトーンの内装で、飾られている調度品も悪くないセンスだ。館に入ると、禿頭の男は応接間のような場所にドラガン達を通した。向かい合った黒革のソファに、その間に置かれた黒いテーブル。 壁には風景画も飾られていた。


「そこに座ってしばらく待ってください」


 禿頭の男の言葉通りにドラガンは黒革ソファの真ん中に座り、

 その左隣にライル、アイラ、右隣にラサミス、ミネルバがちょこんと座る。

 部屋の中には入り口付近、窓側付近に竜人とエルフの黒服の男が待機していた。

 物腰は慇懃だが、仕草の一つ一つに威圧が籠もっている。


 だがドラガン達も修羅場を潜った冒険者。

 なので露骨に恐怖心を抱いた様子もなく、ただ云われた通りこの場で待った。

 すると15分後。


 黒いスーツ姿の灰色ハイランダーの猫族ニャーマンがヒューマンとエルフの妙齢の美女を両脇に連れ添いながら、悠然とした歩調で部屋の中に入ってきた。


「悪いな、少しばかり待たせたようだ」


 灰色ハイランダーの猫族ニャーマンがドラガンをちらりと見てそう云った。


「……いえ問題ありません」


 と、慇懃に答えるドラガン。


「そうかい、ならオレも座らせてもらうよ」


 灰色ハイランダーの猫族ニャーマンはそう云って、

 ドラガン達から対面にある黒革のソファに腰掛けた。

 それと同時に両脇のヒューマンとエルフの美女もソファに座った。

 すると二人の美女は灰色ハイランダーの猫族ニャーマンの両肩をゆっくりと揉み始めた。


「ふう、生き返るぜ。

 ところでドラガンさんよ、オレの事は知ってるか?」


「……はい、ドン・ニャルレオーネさんですね」


「おうよ、オレ様こそがこのリアーナを裏で牛耳る黒幕フィクサー

 子猫も黙る猫族ニャーマンマフィアの首領ドンとはオレ様の事よ!」


「……ええ、存じ上げてます」


 あくまで低姿勢で応対するドラガン。

 対するドン・ニャルレオーネは両脇に美女を侍らせて、ご満悦の表情だ。


「今回オマエさん方をわざわざ呼んだのは少し話があってな。

 まず一つ目の話はアイツ――キャプテン・ガラバーンから受け取った

 手紙をオレに渡して欲しい。 アレはオレ宛ての手紙だからな」


「はい、こちらです!」


「おうよ、ありがとさん」


 ニャルレオーネはドラガンから手紙を受け取ると、

 乱暴に手紙の封を「ビリッ」と破いて、中身を取り出した。

 羊皮紙で書かれたその手紙をニャルレオーネはじっくりと読んだ。

 するとニャルレオーネは「うむ」と頷いて、手紙を懐に入れた。


「オレ様とガラバーンの関係が気になるか?」


「ええ、気にならないと云えば嘘になります」と、ドラガン。


「だろうな。 なら特別に教えてやるよ。

 オレ様とアイツは実は血を分けた兄弟なのさ」


 意外と云えば意外であった。

 だがよく見るとニャルレオーネとガラバーンも同じハイランダーの猫族ニャーマン。そして注意深く観察してみると、確かに二人の面影にいくつかの共通点があった。それからニャルレオーネは昔を懐かしむような表情で過去を語り始めた。


「オレとアイツはここリアーナで育ったんだ。

 そして産まれた時から、ニャルレオーネ・ファミリーの子息として生きてきた。

 子猫の頃は何不自由なく暮らしたもんさ。 欲しいものはオヤジが何でもくれた。

 オレもそれは当然の事と思っていた。 だがアイツ――ガラバーンは違った」


 そこでニャルレオーネは一呼吸置いてから、言葉を続けた。


「オレ達は三歳になると、リアーナの学園に入学した。 マフィアの子息ということで、オレ達を毛嫌いする奴も居たが、おこぼれを預かろうという連中も多々と居た。

 オレはそういう連中を従えて、学園のボスのような位置についた。

 だがアイツは違った。 アイツは弱きを助け強きを挫く、という生き方を選んだ。

 その結果、周囲の連中も弟――ガラバーンと敵対するようになった。

 でも奴はそれでも怯まず、そういう連中を挫いて己の生き方を通した。

 だがオレからすれば、奴の生き方は理解出来なかった。

 だからオレはある時、弟にこう聞いた。 「何故こんな真似するんだ?」とな。

 そしてたら奴が何と答えたか、分かるか?」


 ニャルレオーネの問いにドラガンは「いえ」とだけ云って、小さく首を左右に振った。するとニャルレオーネも「だろうな」と呟いから、こう云った。


「『立場が強い者が弱い者を助けるのは当然の義務だ。

 でもにいさんも父さんも言葉ではそういうけど、実際は違う。

 まあそれがマフィアの実情と云えばそれまでさ。

 でもね、ボクはそんな生き方御免だね。

 だからボクだけでも弱きを助け強きを挫く、という生き方を貫くよ』

 オレは弟の言葉に呆れると同時に感心したよ。

 『こいつは馬鹿だ、だが只の馬鹿じゃないかもしれん』という感じにな」


「……成る程、彼なら云いそうな言葉ですね」


 と、ドラガン。

 ニャルレオーネはその言葉に満足げに「ああ」と頷いた。

 

「そして奴はヒューマンの大貴族のボンボンと揉めてな。

 擦った揉んだの末に学園を放校、

 そしてそのまま家出して母方の姓のソシオナイツを名乗り冒険者になった。

 まあ正直オレはアイツの事が好きだったが、長生き出来ないタイプと思ってた。

 だが数年もすれば奴の名前は自然とオレの耳にも入った。

 オレも最初は驚いたぜ、まさかアイツが海賊のかしらになってるとはな。

 それ以降は手紙で何度かやり取りしたが、何年も直接には会ってない。

 だから弟からの大事な手紙をアンタ等が受け取ったと聞いたので、

 わざわざこうして呼び立てた、というわけさ」


「そうですか、それは大変申し訳ありませんでした」


「まあこの件に関しては、お宅らを責めるつもりはない。

 だがもう一つの件に関しては、是非伝えておかねばならない」


「……もう一つの件?」


 と、軽く首を傾げるドラガン。

 その様子を見ながら、ニャルレオーネの表情が険しいものとなる。

 

「オレはご存じのようにリアーナを取り仕切る黒幕フィクサーだ。

 だからこの街で何か異変があれば、自然とオレの耳に入るようにしている。

 そして今から十日程前から、この街に流れ者と思われる十人程度の集団が現れた。

 奴等の見かけは、褐色肌や白い肌のヒューマンに一見見えるが、

 何やらこのリアーナで色々と嗅ぎ回っていたのでな。

 ウチのくみの若い衆に尾行させていたんだが、

 奴等はその尾行を実に上手く撒いてな。 だからオレは一層警戒を深めた」


「……その話が我々に関係あるのですか?」と、ドラガン。


「ああ、あるから話しているんだ。

 というかその連中が何を嗅ぎ回っていたか分かるか?」


「……いえ」


 するとニャルレオーネの表情がより一層険しくなった。

 自然とドラガン達も険しい表情となる。

 そしてニャルレオーネは低い声でこう言い放った。


「連中が嗅ぎ回っていたのは、『知性のグノシア・フルーツ』に関してだ」


「!?」


 予想外の言葉にドラガン達も思わず固い表情となった。

 その様子を見たニャルレオーネは「やはり噂は本当だったんだな」と呟いた。

 成る程、この状況下でカマ掛けをするのか。

 やや不快に思いながらも、何処か感心するドラガン。


「まあ面倒臭え駆け引きはなしだ。

 この流れからすると、其奴そいつらはまっとうな連中じゃねえだろう。

 でもオレの勘が云ってるんだ。 『このまま放置するのは危険だ!』とな。

 でお前さん方に何か心当たりはあるか?」


 ニャルレオーネの問いにドラガン達はしばし言葉を窮した。

 マフィア連中相手に『知性の実グノシア・フルーツ』に関する情報を

 おいそれとは語る気にはなれなかった。

 それを感じ取ったニャルレオーネは「うむ」と頷いてから、こう云った。


「まあお前さん方からすれば、簡単に口を割る気にはならねえな。

 よかろう、ならばこちらも新たなカードを切るよ」


 ニャルレオーネはそう云って両手をポンと叩いた。

 するとしばらくするとこの応接間に新たな人物が現れた。

 フーデットローブを着た三人組がゆっくりとこちらに向かって歩いて来た。

 フードを深く被っている為、細部は分からないが、その顔と耳からしてエルフと分かる三人組だ。

 ドラガン達はそのフードから覗かせるその金色の髪に妙な既視感を感じた。

 そしてその内の一人の女エルフがフードを払い、その顔を露わにした。

 

「お、お前は!?」


 ラサミスは思わずそう口にした。

 するとその金髪の女エルフはニヒルな微笑を浮かべた。


「お久しぶり、『暁の大地』の皆さん。

 こうして顔を合わせるのは、大聖林だいせいりん以来ね」


「……どうしてお前がここに!?」


 ラサミスは眼前の女エルフ――エリーザ・バロンワイズを見ながら思わずそう叫んだ。そしてドラガンはその様子を見ながら、横目でチラリとニャルレオーネを見た。

 するとニャルレオーネはやや勝ち誇ったような表情で口の端を持ち上げていた。


 ――こりゃ役者が違うな。

 ――だがここから先は慎重に選択肢を選ばないとな。


 ドラガンはそう思いながら警戒心を最大限に高めた。

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