第256話 合縁奇縁(あいえんきえん)


---三人称視点---



 翌日。

 いつも通り拠点ホームの一階の食堂で朝食を取るラサミス達。

 とりあえず今日の目的はエリス達の買い物に付き合う事。


 食事を終えたラサミス達は十時まで部屋で休み、それから商業区の大通りの広場に向った。 休日なのでこの時間帯にも関わらず、広場は人で賑わっていた。

 青空は眩しいくらいに澄み切っている。 心地よい風も吹いていた。


 まず、適当にぶらつき、露天商や服屋を見て回る。

 エリス達の所持金は約10万グラン(約10万円)程度。

 連合軍に何ヶ月か従軍したおかげで固定給も得ており、

 ラサミスだけでなく他の仲間の懐事情もうるおっていた。


「あっ……あそこのお店いい感じじゃん。 エリスも行こうよ!」


「うん。 メイリン、とりあえず新しい服とかを買うの?」


「まあね。 ここ最近戦いばっかりだったでしょ? 

 ならここは服や生活必需品に投資するのが、女子としての嗜みというものよ」


 まあそうだな、せっかくの休日だし色々リラックスすべきだな。

 ラサミスはそう思いながら二人について行くが――



「はーい、ラサミス。 ストップ、これ以上ついてきたら駄目よ?」


 思わず「え?なんで?」という表情をするラサミス。


「……服以外にも新しい下着とか買うから、それともあたし達の新しい下着に興味あるの? なんならラサミスの好みに合わせていいよ。 うひひ」


 と、からかうように笑うメイリン。


「……わかったよ。 オレはその辺で時間を潰しておくよ」


「はい、はい。 んじゃそういう事だから大人しく待ってなさい」


 そう言って二人はお洒落な外観の服屋の中に入って行く。

 とりあえずラサミスは暇つぶしに周囲の店や露天を見回るが特にめぼしい物はない。そもそも昨日に一千万グラン(約一千万円)近く使ったのだ。

 これ以上の浪費は不味いな、と内心で思うラサミス。


 せいぜい何か買うとしたら黒のインナーやフーデットローブ、ズボンを数着買うか、細かい消耗品や道具が欲しいくらいだ 

 懐には二十万グラン(約二十万円)以上あり、

 冒険者ギルドの銀行にもかなりの金額を預けていたが、しばらくは節約する予定だ。などと考えているうちにエリス達が帰って来た。

 大きな紙袋を両手で抱えながら、ご機嫌な様子の二人。


「流石都会リアーナのお店。 品揃えも品質も最高だわ。 おまけに値段も手頃だし、いうことないわ。 あ、ラサミス。 おまちどうさま。 とりあえず新しい服と数点の下着を購入したわよ。 合計三万グラン(約三万円)まで値切りましたわよ」


 「えへん」という表情で大きな胸を張るエリス。


「とりあえずあたしは下着しか購入してないわ。 なんかあたしに合う服がなかったのよ。 予算は残り八万五千あるから、防具屋を見てまわらない?」


 というメイリンの提案に乗り、行き付けの防具屋に赴いた三人。

 店に入ると、行商より若干高い品物が並んでいた。

 高そうな鉄製の鎧や兜。 通気性の良さそうなローブ。 

 軽鎧ライトアーマーや手甲。 運動に適したブーツや靴なども並んでいる。


「おじさん、手頃な値段でお勧めのローブってありますか?」


 と、メイリンが聞くと、防具屋の主人ガイラは無言で棚の一つを開けてくれた。

 そこには、色とりどりのローブが並んでいた。

 どれも僅かにデザインが違い、色は全部で六色。 黒、赤、青、緑、黄、灰色。


「お嬢ちゃんはどんな魔法を使うんだっけ?」


「四大元素の聖人級の攻撃魔法がメインです」


「へぇ。 その年で聖人級の魔法が使えるのか……じゃあ、これなんかどうよ?」 


 と、防具屋の主人ガイラが取り出したのは、フード付きの黒いローブだ。


「水の魔法耐性があり、防刃性も高く丈夫で動きやすいぜ。特別価格で七万でいいぜ?」


「……そこは六万でオナシャス!」


 と、メイリンが拝みながら値切る。


「……馬鹿いうな、原価は八万はするんだぜ? 七万でも大安売りなくらいよ!」


「今後もご贔屓にしますので、お願い!」


「駄目、駄目。 冒険者なんかいつくたばるかわかんねえ、だから今が全てよ。 

 現金で七万! これ以下じゃ売らねえぜ!」


「……はい、それじゃ七万で買います」


「毎度あり! 今後とも贔屓にしてくれよ!」


 結局メイリンは七万グラン(約七万円)でフード付きの黒いローブを購入。 

 一度荷物を置く為に、拠点ホームに戻る三人。 

 

「とりあえずアタシは今日の買い物はここまででいいわ! 

 だからラサミスとエリスは二人で出掛けていきなさいよ?」


「え? メイリンはもう遊びに行かないのか?」


「うん、ちょっと疲れたしね。 だからアタシに気にせず二人でお出掛けしていいわよ」


「……じゃあそうするか?」


「うん!」


 ラサミスが少し恥ずかしそうにそう云うと、エリスが元気にそう返事する。

 こうしてラサミスとエリスは午後からは二人で出掛ける事となった。

 メイリンの気の利かせた援護射撃であった。

 ラサミスもそれには気付いていたが、断る理由もなかったので、

 気分転換を兼ねて、午後からはエリスと二人でデートに出掛ける事にした。



---ラサミス視点---


「ああ! 今日はとっても楽しかったですわ!」


 エリスがとても良い笑顔でそう云った。

 ちなみにオレとエリスはリアーナの商業区のテラス付きのカフェで一休憩していた。オレ達はテラスのテーブル越しに向かい合う形で椅子に腰掛けている。


 オレ達は午後から商業区で露天商などを見回ってから、

 娯楽区へ行き、サーカス一座の路上パフォーマンスなどを観て時間を潰した。

 サーカス一座の芸人猫族げいにんニャーマンが両手でゴムボールを使って、

 ジャグリングをする姿をエリスは「きゃあ、きゃあ」云いながら喜んでいた。


 そしてその後は商業区に戻り、少し高めのレストランで遅めの昼食を取った。

 ラサミスは牛肉のステーキ、1500グラン(約千五百円)を、

 エリスは山菜パスタ、七百グラン(約七百円)をそれぞれ注文した。


 だが味は値段相当の価値があった。 山菜をふんだんに使ったパスタは口当たりがよく食べやすい。 ボリュームのある牛肉ステーキは歯ごたえが良く、噛むと肉汁が口の中に程よい感じに広がった。ラサミスとエリスは育ち盛り、そんな二人からすれば、この程度の料理をたいらげる事は造作もない。

 そして料金を支払い、食後の紅茶を飲むべくこのカフェへやってきた。


「ああ~、久々に休日を満喫しましたわ!」


 と、エリスが大きく伸びしながらそう云った。


「そうだな、『ヴァルデアの戦い』と『大猫島の大決戦』と激戦が続いたからな。

 年末もあのクソッタレたフィスティング大会のおかげで大体潰れたからな。

 だからこうしてゆっくりと休むのは久しぶりだなぁ~」


「そうよ、魔族との戦いのせいで色々変わったわ」


「そうだよな、本来ならエリスもまだ学校行ってる筈だからな」


「ええ、でもそれに関しては問題ないわ。

 正直、神学校の授業が偏りが激しくて、個人的にあまり好きじゃなかったのよ」


「そうなのか?」


「そうなのよ」


「……」


 エリスがこういう事を云うのは意外だった。

 でも考えてみたら、最近は戦いばかりでこういう日常的な会話はあまりしなかったな。

 というかこういう風に二人で出掛けるのも随分久しぶりな気がする。


「……今、少し意外だな、とか思ったでしょ?」


「あ、ああ……そうだがなんで分かったんだ?」


 するとエリスは微笑を浮かべてこう返した。


「そりゃ長い付き合いですもの、アナタの考えている事は大体分かるわ」


「そうか」


「そうなのよ」


 ……なんだかいつものエリスと違う気がする。

 でも考えてみれば、オレ達ももう一七、十八という年齢。

 いつまでも只の幼馴染という関係で居られるわけがない。


「でも良かったわ。 今日はいつものラサミスで」


「ん、それどういう意味だ?」


「……そうね、なんか最近のラサミスはまるで超人的な成長を遂げていて、

 なんかワタシの手の届かない存在、になっていたような気がするの」


「え? そんな事を思ってたのか?」


「うん、自分じゃ自覚症状ないかもしれないけど、

 最近のアナタは本当に凄いわ。 でもそれ自体は悪い事じゃないわ。

 最近のラサミスは何をするにも自信満々で幼馴染としてとても誇らしいわ。

 でもそれと同時にワタシの手から離れたような妙に寂しい気分になるのよ」


 ……そういうものか?

 しかし確かに最近のオレは自分で云うのもアレだが、確かに絶好調だ。

 最近ようやく本物の自信というものを手に入れられた気がする。

 だがその事でエリスとの間に距離が出来たようだな。

 だからオレはここはあえて自分の本音を打ち明けた。


「オレかってそうさ。 ほんの一年前くらいまではオレはエリスに

 同じような事を思ってたぜ? あの頃のオレは本当に底辺だったからな。

 だからエリスに会うのもなんか恥ずかしくて、少し避けてたくらいだ」


「そうなの?」


「そうだよ」


「ああ、あの頃のオレはかなり情けなかったからな。

 でも最近ようやく嘘偽りない自信を手にいれた気がする」


 するとエリスは「クス」と可笑しそうに笑った。

 ん? え? ここ笑うところ?

 だが次のエリスの言葉でオレも妙に納得した。


「結局、お互い会話を交わさないと分からないものなのね。

 ワタシがラサミスを勝手に英雄化していたように、

 ラサミスも勝手にワタシを等身大以上に見えたのね」


「……ああ、そうだな」


「でもワタシはいつまでも幼馴染のままは嫌だなぁ」


「……そうなのか?」


「うん、ラサミスはどうなの?」


 ……。

 これは重要な話な気がする。

 だがこういう場合は変な駆け引きなどせず、

 自分の素直な気持ちを打ち明けるべきだ。


「そうだな、オレもそうかもしれん」


「……ホント?」


「ああ、だが今すぐ結論を出すのは少し難しい。

 だからエリス、もう少し考える時間をくれ」


 するとエリスは優しげな表情で「ウン」と小さく頷いた。


「……そろそろ帰るか?」


「……ウン、そうしましょ」


 そしてオレ達は店の支払いを終えて、拠点ホームへ向かった。

 その途中でエリスが右手でオレの左手を握ってきた。

 一瞬、オレはどきりとしたが、オレはエリスの右手を左手で優しく握り返した。


 この瞬間、幼馴染という関係から一歩進んだかもしれないが、

 お互いに今はこの微妙な距離感を掴みあぐねている感じだ。

 でもいつまでも子供のままでは居られないからな。


 いずれ何らかの形で結論は出さないとな。

 でも今はこのお互いの温もりを感じながら、オレ達は肩を寄せ合い、そのまま短い家路へついた。


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