第228話 第二次大猫島海戦(中編)


---三人称視点---



 第二次大猫島海戦、あるいは大猫島の大海戦と後に呼ばれるこの戦いは、

 まずは連合軍と魔王軍の飛行部隊による衝突から始まった。レフ・ラヴィン率いる竜騎士団は横一列に長い陣形を組んで敵の飛行部隊を迎え撃った。


 敵――魔王軍の飛行部隊を指揮するのは、龍族のゲルゴトフ。

 ゲルゴトフは魔元帥アルバンネイルの右腕と呼ばれる幹部候補生の一人。

 ゲルゴトフをはじめとした龍族部隊は飛竜に騎乗しながら、

 竜騎士団と同様に横一列に長い陣形を組み、正面から竜騎士団に突撃した。


「まずは魔法攻撃で牽制するぞ!  我は汝、汝は我。 我が名はレフ。  

 竜神ガルガチェアよ、我に力を与えたまえ! ……『サンダーボルト』!!


「よし皆、団長のに続くのじゃ! 我が名はロムス。 ウェルガリアに集う風の精霊よ、我に力を与えたまえ! 『ワール・ウインド』!!」


「了解よ! 我は汝、汝は我。 我が名はカチュア。 

 ウェルガリアに集う風の精霊よ、我に力を与えたまえ! 『ワール・ウインド』!!」


「――俺達も続くぜ! 『ワール・ウインド』!!」


 騎士団長レフに続くように、次々と風属性の攻撃魔法が唱えられた。

 旋風が巻き起こり、風の刃が前方の魔王軍飛行部隊に目掛けて放たれた。


「しゃらくさい! この程度の魔法攻撃など弾いてくれるわぁ!」


 そう叫びながらゲルゴトフは最前線に立ち、両手で素早く印を結んだ。

 すると強力な風属性の対魔結界が周囲に張られて、旋風や迫り来る風の刃を綺麗に弾き返して、無効化させた。


「よし、今だ! 竜魔部隊、闇属性魔法を放て!!」


「了解しました! ――行くぞ、オマエ等!!」


「おう!!」


 そして敵の竜魔部隊が一斉に闇属性魔法を放とうとしたが――


「――させるかぁ!! 我は汝、汝は我。 我が名はレフ。  

 竜神ガルガチェアよ、我に力を与えたまえ! ……『トニトゥルス』!!


 騎士団長レフがそう呪文を紡ぐなり、前方に雷鳴が響き渡った。

 そして次の瞬間、敵の頭上に雷光が発生して、凄まじい轟音と閃光と共に敵の竜魔部隊に衝撃を与えた。


「ぐ、あ、ぐあああ、あああああっ!!」


「きょ、強烈な電撃魔法だぁ。 これは厳しい!!」


「貴様等、うろたえるな!」


 と、ゲルゴトフが叫ぶが周囲の竜魔部隊達は自身の身を守るだけで精一杯だ。

 そしてそこから間を置かず、レフは左手をゆっくりと上げた。


「――手槍部隊、今だ!」


「了解です!!」


「了解、さあ槍の雨を喰らいなぁっ!! ――ブラスト・ジャベリン!」


「せいやぁっ!! ブラスト・ジャベリン!」


 そう叫びながら、竜騎士ドラグーン達は、手にした手槍に光の闘気を宿らせて投擲。

 投擲された無数の手槍が前方の竜魔部隊に突き刺さった。 

 更に時間を置かず、手槍が投擲される。

 放たれた無数の槍の雨が敵の飛行部隊の動きを封じた。

 すると騎士団長レフはその間隙を突くのように、頭上に左手をかざし、掌を大きく開きながら呪文を唱えた。



「我は汝、汝は我。 我が名は竜人族レフ。 我は力を求める。 偉大なる水の精霊よ、 我が願いを叶えたまえ! 嗚呼、雲よ! 全てを押し流し、あらゆるものを包み込め!」


 するとレフの頭上に雲が急遽曇り、その直後に暴風が吹き荒れ始めた。

 だがレフは眉間に力を篭めてに、呪文を唱え続ける。


「天の覇者雷帝よ! 我が名は竜人族レフ! 我が身を雷帝に捧ぐ! 

 偉大なる雷帝よ。 我に力を与えたまえ!」


 すると黒い雨雲が、急速に縮まり一点に集約されていく。

 そして圧縮された雲が、激しい稲光を放った。

 それから雲が急スピードで縮小していった。

 それと同時にレフは右手に膨大な魔力を蓄積させて、高らかに砲声した。



「――雷光ザルニーツァ!!」


 次の瞬間、圧縮された雲から雷光が迸り、前方の魔王軍の飛行部隊に命中した。


「ぎ、ぎゃあああ……あああぁぁぁっ!?」


「こ、これはまずい! 一旦後退……ぐ、ぐぎゃあああ……あぁぁっ!!」


 レフの放った雷光は一瞬で、敵の飛行部隊を三十人近く焼き尽くした。

 黒焦げになった竜魔や魔族の死体が力なく、海上に落下していく。


「よし、今だ!! ――全軍突撃せよっ!!――『アクセル・ドライブ』」


「団長に続けっ! ――『アクセル・ドライブ』」


 レフンのその言葉に釣られるように、竜騎士ドラグーン達は手にした斧槍ハルバードを構えながら、

 全身に闘志を滾らせて、前方の敵目掛けて、突撃を開始した。



---------


 空の戦いで激戦状態が続く中、キャプテン・ガラバーンは心地の良い海風が吹く中、船の甲板に立って前方を望遠鏡で眺めていた。

 望遠鏡のレンズ内に敵の艦影が映る。 ざっと見た所、敵の艦隊の数は二十隻程度。対してこちらは戦力は四十隻近くあるが、その半数は大猫島に着岸させる予定だ。となればその半数で敵艦隊と戦う必要があるが、ガラバーンは落ち着いた感じで状況を確認する。


「二時方向に敵艦隊発見、各員戦闘準備に入れ!」


 ガラバーンが拡声効果のある魔道具を口元に当てて、そう叫ぶなり、甲板上の海賊と水夫、艦内で騒がしく動く人の足跡が鳴り響く。

 ウェルガリア歴1602年1月21日午後十三時、北ニャンドランド海、大猫島の岬から幾ばくか離れた洋上において猫族海賊ニャーマン・パイレーツとダークエルフ海賊艦隊が出合ったのである。

 

 お互いまだ大砲の有効射程圏内ではない。

 両者の距離はざっと計算して700M(メーレル)といったところか。

 大砲は届かないが、狙撃魔法銃ならば届かない距離ではない。

 なのでガラバーンはその場において、的確な指示を出した。


「――魔導師ソーサラーの誰か、敵の魔力反応を探っていただきたい!」


「……私がやります」


 と、ネイティブ・ガーディアンの魔導師ソーサレスリリアが自ら名乗り上げた。

 

魔力探査マナ・スキャンが完了したら、魔法銃士マジック・ガンナーはマストに登って前方の敵を狙撃してください」


 ガラバーンは前マストの上に待機させたマリベーレにそう指示を送った。

 するとマリベーレも無言で頷き、いつでも狙撃体勢に入れる姿勢を取った。

前マストの帆柱の付近にはラサミス、ライル、ドラガン、メイリン、そしてケビン副団長、猫騎士ロブソンが陣取り、後ろ二本のマストには、アイラ、ミネルバ、エリス、猫騎士ジュリー、ナース隊長、賢者セージベルロームが陣形を組んで待機している。


 彼等の任務は敵の迎撃及び帆柱を護ることである。

 ガレアス船は帆船とガレー船の両方の要素を兼ね備えた船である。

 故に敵の飛行部隊に帆柱を切られたら、その機動力は著しく低下する。


 だからガラバーンは前マストと後ろのマストに帆柱を護る為に人員を割いた。

 絶対に失敗は許されない任務だ。 甲板上で待機するラサミス達は険しい表情を浮かべていた。

 

「――では魔力探査マナ・スキャンを開始します!!」


 リリアはそう言うと目を閉じて、眉間にやや力を入れながら、職業能力ジョブ・アビリティ魔力探査マナ・スキャン』を発動させた。

 魔導師ソーサレス職業能力ジョブ・アビリティ魔力探査マナ・スキャン』は周囲の魔力を探査スキャンする事が出来る。

 『魔力探査マナ・スキャン』の探査スキャン能力は自身の半径五キール(約五キロ)以内で周囲の魔力反応を感知する。 

 この能力で周囲を索敵し、更には標的を探し出す事が可能だ。


 だが魔法職や闘気オーラを扱う剣士は勿論、魔法を使わない人間も微量ながら魔力を持つ。 

 それはすなわち人間の持つ生命力である。

 それらも探査スキャン対象になる故に、標的を探し出す事には少々時間がかかる。


「ん……うう……」


 と、リリアが少し喘ぎながら、口を真一文字にする。


「大丈夫ですか?」


「ええ、大丈夫です。 敵の船上にいくつかの強力な魔力を感知しました。 

 恐らく敵にも強力な魔法職が居るようです」


「成る程、ならばしばらくはこの距離を保って、長距離狙撃で敵の魔法職を減らそう。マスト上のお嬢さん、長距離狙撃を開始してください」


「了解、それとあたしの名前はマリベーレよ! ――『ホークアイ』」


 職業能力ジョブ・アビリティ『ホークアイ』を発動させたマリベーレが

 銀色の魔法銃のスコープに右眼を当てながら、そう返した。

 マリベーレはスコープ越しに敵艦隊の船上を見ながら、照準を合わせる。


 彼我の距離は七百メーレル(約七百メートル)前後といったとこか。

 正直この距離では長距離射撃は難しい。

 だがこの距離ならば、敵も魔法攻撃を使う事は出来ない。

 なのでマリベーレは厳しい状況の中、心を落ち着かせて狙撃体勢に入った。


「マリベーレ、どうだ? この距離で狙撃出来るか?」と、ラサミス。


「う~ん、この距離だと少し厳しいわ。

 だから確実に相手を仕留める為、弾は氷と風の合成弾を使うわ」


 氷と風の合成弾は一発の殺傷能力は他の合成弾より少し落ちるが、

 標的に命中すれば、傷口に弾丸の残骸が散らばるという仕様だ。

 この合成弾で標的の頭部を撃てば、高確率で相手を死に追いやれる。


 この場で狙うのは敵の魔法職。

 敵との距離が三百メーレル(約三百メートル)くらいになれば、魔法攻撃の有効射程圏内になる。それまでに一人でも敵の魔法職を減らす、そう思いながらマリベーレは右手の人差し指で魔法銃のトリガーを引いた。


 マリベーレの魔法銃の銃口から放たれた氷と風の合成弾が甲板上に立った敵の魔法職らしき人影に命中。 

 炸裂した合成弾が標的の頭蓋骨の中で砕けて、弾の残骸が脳の中に漂流した。


「ナイスショット、やるじゃない」


 と、妖精フェアリーのカトレア。

 だがマリベーレは表情を緩めることなく、立て続けに更に敵を狙撃した。

 全部で十回狙撃して、そのうち六回は敵の魔法職の頭部に命中、残り二回は頭部以外の部位を撃ち抜いた。


 そしてガラバーンは銀色の携帯石版を使って、

 味方の船に同様に狙撃手で敵の魔法職を狙い撃つように命じた。


 猫族海賊ニャーマン・パイレーツ艦隊は、各艦隊のマストに狙撃兵を配置して接近戦に備えながら、狙撃兵は手にした魔法銃で射程距離圏内に入った敵兵を狙撃して、敵の接近を未然に防いだ。

 この戦術は予想外に敵を狼狽させた。 


 ダークエルフの中にも魔法銃士マジック・ガンナーが居ないわけではなかったが、敵の中にはマリベーレクラスの狙撃手スナイパーは存在しなかった。


「チッ、向こうには凄腕の狙撃手スナイパーが居るようね」


 ダークエルフ海賊艦隊の旗艦エスペリオンの甲板上で軽く舌打ちする女海賊アナーシア。白いブラウスの上にふちが金色な黒いロングコートを羽織り、

 下半身は短めの赤いスカートに黒いロングブーツという格好が妙に様になっている。


「……この距離では向こうに分があるようね。 ならば接近して魔法攻撃、白兵戦に持ち込むべきね」


「お頭、しかしそれは敵も予測しているんじゃ? 何の策もなく距離を詰めるのは危険ですぜ?」


 と、頭にクロスボーンの赤いバンダナを巻いた男のダークエルフがそう言った。

 すると女海賊アナーシアが少し顔を強ばらせながら、叱責した。


「ビクター、そんな事はアンタに言われなくても分かってるわよ!

 でもこの距離だと、向こうの狙撃手に狙撃されて、こちらは手も足も出ない状態。

 ならばここは距離を詰めるべきよ。 ただしその際にこちらの魔法部隊は一旦安全圏に避難させるわ。そして距離が300~400M(メーレル)になったら、魔法部隊をもう一度甲板上に出して、対魔結界を張らせながら、魔法攻撃で相手を攻める」


「……了解です。 おい、オマエ等、お頭の言うとおりにしろ!!」


 すると周囲の海賊達も「はい」や「へい!」と返事して、言われた通りにする。

 

「お頭も甲板上から下がってください。 敵に狙撃スナイプされますぜ」


「……いやアタシは下がらないわ。 頭目であるアタシが真っ先に逃げ出すことは許されないわ」


 そう言ってアナーシアは甲板上で両腕を組みながら、仁王立ちする。

 

「……どうやら敵はネコだけじゃないようね。

 あの畜生共にこんな真似はできないわ。 しゃらくさい!」


「ええ、恐らく四大種族連合軍の連中が同乗してるんでしょうな」と、ビクター。


「多分そうでしょうね。 だがこのままネコ共にいいようにされたままじゃ終われないわ。ビクター、漕ぎ手の奴隷共に風魔法を使って、全力で船を漕ぐように命令なさい。逆らう馬鹿が居たら、その場で殺していいわ。 どうせ前の戦いで拾った捕虜共だからね」


「了解ッス」


「さあ、ネコ共。 ここからが本番よ。

 オマエ等如き畜生に良いようにやられるダークエルフじゃないわよ」


 そしてアナーシアの命令通り、ダークエルフ海賊艦隊は速度を上げて徐々に距離を詰め始めた。

 しかしそれは猫族海賊ニャーマン・パイレーツのキャプテン・ガラバーンも予測していた。

 するとキャプテン・ガラバーンは右手に持った拡声効果のある魔道具に向かってこう叫んだ。


「――作戦は第二段階に移行した。 狙撃兵は今まで通り敵を狙撃しつつ、

 他の者は帆柱を護りながら、敵の飛行部隊に注意しろ!そして魔法部隊は距離が300~400M(メーレル)になったら、対魔結界あるいはレジストに専念せよ。

 そこから更に距離を詰めてから、大砲及び魔法攻撃で敵を迎撃せよ!!」


 それぞれの思惑が交錯するなか、戦いは第二幕を迎えようとしていた。


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