第223話 セントライダー島(とう)へ向かえ!(後編)


---ラサミス視点---



 翌日の1月11日。

 北ニャンドランド海に面したこの港町クルレーベの船着き場では、

 商船だけでなく、多くの軍艦が停泊していた。


 また戦争という絶好の機会を生かそうと、商売根性が逞しい商人達が

 乗組員に命じて、商船から荷を下ろさせていた。


 木箱一杯の食料品、酒瓶、武具、回復薬ポーションなどの消耗品、

 必需品が箱一杯に詰められていた。

 それらの大半は海軍に納品されたが、一部残った物が商業区の露天で売られていた。


 だが相場が通常の三割増し、あるいは五割増しだったので、

 オレ達は呆れると同時に商人達の商売根性の逞しさに軽い敬意を抱いた。


回復薬ポーションの値段が五割増しとか初めて見たわ。

 しかもそんな値段でも売れてるし、これが戦争相場ってやつなのね」


 メイリンが呆れた感じでそう言った。

 

「うん、商人の皆さんも商売根性が逞しい、というか浅ましいですわね」


 エリスがニコニコしながら、さりげなく毒を吐く。


「しかしマリウス王子達がクルレーベに到着するのは明日だからな。

 今日は暇つぶしがてらに港町を見学するか」


 ドラガンの提案に皆が「賛成」と答えた。

 その後、オレ達は港町の中を適当にぶらついたが、

 所々で戦争の傷跡を見せつけられた。


 特に居住区では多くの建物や住居が損壊しており、

 住む所を無くした猫族ニャーマン達は街の隅で難民のようにテントを張って暮らしていた。

 そしてオレ達の姿を見るなり、猫族ニャーマン達が物乞いを始めた。


「ニャー、ニャー、どうか食べ物、あるいはお金を恵んでくださいニャン!」


「ニャー、ニャー、恵んでくださいニャ! お願いですニャン!」


 と、猫族ニャーマンに囲まれて、エリスは「え?」と驚いた。

 するとエリスやメイリン、そしてマリベーレが可哀想に思ったのか、物乞いする猫族ニャーマンに銀貨を渡した。

 ば、馬鹿! 銀貨はダメだって――

 しかしそう思った時は後の祭りだった。


「ニャー、ニャー、ボクにも恵んでくださいニャ!」


「ニャー、ニャー、ボクも銀貨欲しいニャ!」 


「ニャー、ニャー、ボクもー!!」


「ボクも!!」


 ああ、気が付けばオレ達は大量の猫族ニャーマンに囲まれていた。

 流石にこれには猫族ニャーマン好きなエリス達も驚いていた。

 というかこの状況はまずいな。 

 と思ったらドラガンが少し声を荒げてこう言った。


「いい加減にするんだ! 君達も苦しいだろうが、

 君達には猫族ニャーマンとしての誇りはないのか!?

 そんなゴミを漁る野良猫のような真似は止めるんだ!!」


 すると猫族ニャーマン達は一瞬黙り込んだ。

 だが次の瞬間、まるで人間の赤ん坊のように鳴き始めた。


「ニャァッ……じゃあボク達にどうしろというんだニャン!」


「そうだニャン、パパもママもグールになって死んだニャン。

 小さいボクには物乞いくらいしかできないニャン、ニャアァン」


 やべえ、これは火に油を注いだ形か。

 しかしドラガンは動揺する事無く、落ち着いた口調で猫族ニャーマン達を諭した。


「泣くだけじゃ何も変わらんよ。 だが拙者も猫族ニャーマンだ。

 だから今から大量のスープを作って、皆に分け与えるよ。

 ただし君達も何か手伝うんだ。 働かずもの食うべからず、ってやつさ」


 すると猫族ニャーマン達もドラガンの言葉に納得したのか、

 安易な物乞いは止めて、ドラガンの食事の用意の手伝いを始めた。


「ラサミス。 お前はエリス達を連れて、食料の買い出しに行ってくれ。

 ただし基本的に彼等に与えるのはスープだけでいい。

 変な温情で高級品を与えても彼等の為にはならんからな!」


「了解ッス、団長!!」


 オレはエリス、メイリン、ミネルバ、マリベーレ達と一緒に商業区の市場で

 トウモロコシや豆、そして少し大きめの中古の鍋釜などを購入した。

 そしてそれらを持って、先程の場に戻るとドラガンがスープを作り始めた。


 オレ達は出来上がるまでの時間が暇だったので、

 損壊した家屋や建物の瓦礫の撤去作業を始めた。

 そして損傷が少ない家屋や建物の壁や塁壁るいへきをメイリンの土魔法で修復した。

 すると猫族ニャーマン達も喜び、彼等も生きる気力を少し戻したようだ。


 一時間後。

 ドラガンが作ったコーンスープ、豆スープを周囲の猫族ニャーマン達に均等に分け与えた。

 すると彼等は「ニャー、ニャー」言いながら、スープを綺麗にたいらげた。


 その後、オレと兄貴が瓦礫の撤去作業。

 メイリンが土魔法で家屋や建物の壁や塁壁るいへきを再び修復する。

 更にメイリンは水魔法で新鮮な大量の水を生成して、それを水場に入れた。

 これで最低限、水分は補給できるだろう。

 それからドラガンが別れ際に数枚のグラン銅貨を猫族ニャーマン達に渡した。


「苦しいだろうが、強く生きるんだぞ」


 そう言い残したドラガンの表情が印象的だった。

 戦争の傷跡を見せられたが、オレ達なりに少しは何かが出来たと思う。

 それから冒険者ギルドに行き、また宿を紹介してもらった。

 今度の宿はそこそこの宿で部屋に備え付けのシャワーボックスがついていた。

 女性陣はそれに大喜びして、「やったぁ」と諸手を挙げて喜んだ。


 そして宿の食堂で適当に食事を摂って、

 それからは部屋に戻って、自由時間となった。

 オレは部屋の備え付けのシャワーボックスで軽く汗を流して、

 ラフな格好になり、そのままベッドの上で眠りについた。



---------


 翌日の12日。

 二日続けて、宿で寝れたおかげか、この日は皆朝七時には起きていた。

 そして皆一緒に宿屋の食堂で朝食を食べた。


 予定通りなら、オレ達はこの日にマリウス王子を含めた上層部と合流する予定だ。

 なのでオレ達は朝食を取り終えてから、二時間程の小休止を挟んで軍港へと向かった。しかし事前に連絡が行ってなかったのか、軍港の入り口で足止めを喰らった。


 兄貴やドラガンがSクラスの冒険者の証を見せて、

 懇切丁寧に事情を説明したが、警備員、更には海兵もまともに取り合わなかった。

 そういう訳で結局オレ達はマリウス王子達が軍港に来るまで五時間以上待たされた。


「ごめんなちゃい。 ちょっと連絡の不備があってキミ達の事が海軍の上層部に伝わってなかったみたいニャン」


 と、無邪気な感じで云うマリウス王子。

 これには流石にムカついたが、悪意はないので一応は我慢した。

 どうにもこの馬鹿猫王子、なんか抜けているというか悪意がない無神経さがあるんだよな。

 まあマリウス王子に文句を云っても何も始まらん。



「いえいえ、それで我々はどの軍艦に乗ればいいのですか?」


 ドラガンも内心はどうあれ王子のミスを責めず、任務を優先させた。

 するとマリウス王子は右手で軍港に停泊する一隻の軍艦を指差した。


「アレだよ、あの軍艦――ガレオン船がボクらが乗る船だよ。

 あの船は我等、猫族ニャーマンの叡智の結晶で出来たとびきりの軍艦だよ。

 ちなみに猫族ニャーマン海軍の旗艦でもあるよ。 船の名前はニャローシップ号!!」


 オレ達は条件反射的に王子が指差す方向へ視線を向けた。

 そしてその視界に入った軍艦を見るなり「おお」とか「わあ」とかの感嘆の声をあがった。

 そういうオレも一目見てその軍艦――ニャローシップ号に魅せられた。


 見た目は端的に云えば、横帆と縦帆が組み合わせられた4本のマストを持った木造の帆船はんせんだ。

 船首が長く伸びた細長い船体に、やや小さめの船首楼と船尾楼が設置されており、

 そして大砲が甲板の両側に並べられている。


 オレは船の知識など殆どないが、素人のオレの目から見えても立派な船だと分かった。これが噂に名高いガレオン船か。 確かに立派な船だ。

するとマリウス王子がドヤ顔で船の説明を始めた。


「全長55M(メーレル)、最高速度10ノット、最大乗組員550名。

 大砲40門、大砲の射程距離100~200M(メーレル)程度。

 ちなみに船首楼と船尾楼には小型砲が設置されているニャン!

 これが猫族海軍が誇る戦闘型ガレオン船・ニャローシップ号だニャン!」


「……」


 意気揚々と喋るマリウス王子。

 それに対して周囲の者は何を言うわけでもなく、無言を貫いた。

 まあこれはアレだな。

 白けたというよりかはこういう数値を云われても、イマイチ実感が沸かないのだろう。

 かく言うオレもその一人だ。

 するとマリウス王子もその空気を察したようで、「コホン」と咳払いをして――


「まあそういうわけだニャン。 ではこれからここに居るメンバーで乗船するだニャン」


 するとオレ達『暁の大地』の団員や山猫騎士団オセロット・ナイツの猫騎士達も「はい!」と返事して、指示に従って乗船した。

 そしてオレ達はそれぞれ船室に案内されて――


「基本的自由に歩いていいですが、艦長室、それと参謀室、それから武装砲台には近づかないでください」


 と、軍服を着た白猫の猫族海兵ニャーマン・マリーンにそう言われた。

 まあ確かにその辺には部外者を近づけたくないわな。

 なのでオレ達は素直にその言葉に従った。


 ちなみにこの船には猫族ニャーマンの大臣、マリウス王子とそのお供のメインクーン二匹。山猫騎士団オセロット・ナイツの猫騎士達、それと竜人族の代表の族長アルガス、それとアイザックも同乗していた。

 

 ちなみにセントライダーとうには、この戦闘型ガレオン船・ニャローシップ号だけでなく、

 護衛艦の二隻の戦闘型ガレオン船を含めた計三隻で向かう。

 港町クルレーベからセントライダー島は約三日で着くらしい。

 

 その間、特にやることもなかったので、

 オレ達は船室でカードゲームをして時間を潰した。

 ちなみに『暁の大地』の面子はオレとはやりたがらなかったので、

 山猫騎士団オセロット・ナイツの猫騎士達やアイザックを相手にポーカーやブラックジャックをした。


 その結果は――オレの連戦連勝。

 とにかく勝ちまくった。

 今回は金を賭けてなかったが、次第に皆「マジかよ」とか「イカサマじゃねえのか?」と、オレのカードを調べたが、不審な点はなかったので、納得のいかないような表情でこの場から去った。


 それからやることもなかったので、

 甲板に出てエリス達と海の景色を観て時間を潰した。

 しかしそれも時間が経てば、飽きてきた。

 なので最後の方は船室に籠もって身体を休めていた。


 そして三日後の1月15日。

 セントライダー島のある西ニャンドランド海に到達した。

 すると前方に黒いクロスボーンの旗を掲げたガレー船が何隻か観えた。

 

「アレは海賊船だな」と、兄貴。


「恐らくあの海賊船が猫族海賊ニャーマン・パイレーツだ」


 と、ドラガン。

 すると周囲の海兵達も急に慌ただしくなった。

 さあて、ここからが本番だな。

 猫族海賊ニャーマン・パイレーツか、噂じゃ評判が良いがその実体はどうなんだろうな。オレはやや緊張しながら、乾いた唇を舌で舐めた。


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