第三十五章 荒馬(あらうま)の轡(くつわ)は前から

第195話 偶然の産物


---三人称視点---



  レクサーの意識が覚醒した時、真っ黒い空間が広がっていた。

  真っ黒い空間、まるで深淵の闇のように何もない世界。

  思えばこの悪夢を見始めて280年以上が経っていた。

  これは云わば、魔王レクサーの呪われた宿命。



  故にレクサーも魔王の義務として、

  この酷い現実を受けて入れていた。

  そしてレクサーは落ち着いた口調でこう告げた。



「……居るのだろ? ならいつものように話かけてくるがよい」



『……』



「……どうした?」



『……』



「ふん、くだらん駆け引きはなしだ。 貴様に聞きたいことがある!」



『……』



「……先代魔王よ、卿に聞きたいことがある」



『……へえ、そうなんだぁ~。 なんつってな!

 よう、我が息子レクサー。 元気にしていたか? ン?』


  レクサーの脳裏に野太い男の声が響いた。

  するとレクサーは軽く舌打ちしてから、こう返した。


「貴様は本当に性悪しょうわるだな。 普段は呪詛紛じゅそまがいの言葉を

 延々と吐き続けるのに、いざという時は駆け引きを楽しむ。

 まったく我ながら、数百年も貴様の相手を出来ていることに感心する」


『ふうん、凄いね。 じゃあオレは何も云わない方がいいな。

 うん、そうしよう。 レクサー、お前もそれでいいよな?』


「……分かった。 実は少し困ったことになってな。

 是非、貴様の意見が聞きたいのだ。 というか話を聞いて欲しい」


  レクサーは最大限の自制心を働かせて、そう云った。

  すると野太い男の声――先代魔王はやや面白がった感じでこう問うた。


『まあ他人様ひとさま、特に父親にものを頼む態度ではないが、

 オレ様は寛大だ。 だからお前の話を聞いてやるよ。 存分に感謝しな!』


  一々、神経に障る言い方だが、レクサーはぐっと怒りを堪えた。

  先代魔王はその反応を面白がりながらも、探りを入れるようにこう言った。


『……お前がそういう態度に出るということは、

 表の世界――現世げんせで何か重大な出来事が起きたみたいだな。

 分かったよ。 オレ様は寛大だ。 レクサー、何が起きたか云ってみろよ?』


「……ザンバルドが死んだ」


  レクサーはぽつりとそう答えた。

  すると先代魔王はやや呆けた感じの声で「はあ?」と答えた。


『死んだって……あのザンバルドがか?

 なんだ、精神が暴走して、くるにでもしたのか?』


「違う。 戦死したのだ」と、冷静に返すレクサー。


『戦死ッ!? ハァ!? アイツが戦場で死んだというのか?

 というかそれって四大種族の奴等に、負けたってことかァ?

 レクサー、お前。 オレをかついでるんじゃねえだろうなァ?』


  先代魔王――ムルガペーラは珍しく驚いた表情でそう問う。

  だがレクサーは冷淡な口調で事実を述べた。


「そんなくだらん嘘などついて何の意味がある?

 少なくとも貴様はオレがそういう性格ではないことを知ってるだろ?」


『……確かにな。 そうか、マジでザンバルドが死んだのかァ~。

 オレ様はあの野郎のことは高く評価していたから、

 少し残念だぜ。 野郎は実に魔族らしい魔族だったからな』


「ああ、オレも奴の事は嫌いじゃなかった」


『しかしアイツが四大種族の連中に負けるとはな。

 正直、意外だぜ。 アイツが衰えたのか、それとも……』


「うむ、だから前大戦を知る貴様の意見が聞いたいのだ。

 オレが魔族の社会を統治して、約三百年くらいだが、

 こんな事態は初めてだ。 やはりザンバルドが油断していたのか?」


『いや仮にアイツが油断してたとしても、

 アイツをるのは容易なことじゃねえよ。

 それにもし一騎打ち、タイマンで負けたなら、けっこう事だぜ?』


「……その辺の事情はまだ詳しく分かってないのだ。

 とりあえず今の情報隊長に色々と調べさせてみるつもりだ。

 ちなみに前大戦で貴様が強いと思う敵は居たか?」


『ん? なんでそんな事を聞くんだ?』


  するとレクサーはやや云いにくそうな口調でこう言った。


「……それは単純な戦闘力では、オレより貴様の方が強いからだ。 だから貴様の目から見て、強い敵が居たか、どうか知りたい。 正直、現状では敵が強いのか、魔族われわれが弱くなったのか分からん状態だ」


『ふうん、そこは認めるんだァ。 まあいいや、そうだなァ~。

 大昔の記憶だから、流石にうろ覚えだけど、敵にも強い奴は居たと思うぜ?

 なんだっけ? あの龍族りゅうぞくに少し似た種族?』


「……竜人のことか?」


『あ、それだ、それ! 竜人あいつらは少し、いや結構強かったと思う。

 そういえばオレにタイマン勝負挑んできた野郎も居たなァ~。

 アイツはなかなか、いやかなり強かったと思う』


「貴様と一騎打ちしたというのか?」


  レクサーは少し驚いた感じでそう問うた。

  だがムルガペーラはこの場では駆け引きはせず、思った通りのまま語った。


『おうよ、まあ最後はオレ様の圧勝だったけどな。

 でも自分で云うのもアレだが、オレ相手にタイマン勝負になった 

 時点でそいつは大した奴と思うぜ』


「……だろうな、で他の種族はどうだ?」


『ん? え~とヒューマンとエルフだっけ?

 アイツらはどうってことなかったな。 いやある部分においては、

 俺達、魔族より悪辣だったな。 オレが云うのもアレだが、

 ヒューマンとエルフはろくでもねえ種族と思うぞ?』


  それに関しては、レクサーも同意見だった。

  だが先代魔王に同調するのは、少し嫌だったので別の質問をした。


「一応、聞いておくが猫族ニャーマンはどうだった?」


『ニャーマン? ああ、あのニャンコロ共かァ~。

 アイツらは……いや……そういえば思い出した……』


  先代魔王は、珍しく歯切れが悪い口調で言葉を濁らせた。

  レクサーは先代魔王の予想外の反応に驚きつつも、

  馬鹿にしたりはせず、辛抱強く次の言葉を待った。

  すると先代魔王は心底嫌そうな声でこう問うた。


『……この続きの話、聞きたいか?』


「ああ、是非聞いたい」


  すると先代魔王は釘を刺すようにこう云った。


『絶対に笑うなよ? お前が笑った時点で話やめるからな?』


「……分かった。 約束しよう」


  それからムルガペーラはしばらくの間、沈思黙考していたが、

  やがて考えがまとまったのか、やや苦々しげに言葉を紡ぎだした。


『実は云うとな。 オレ様が前大戦で一番苦戦、というか痛い目に

 合わされたのが、あのニャンコロの将軍なんだよ』


「……それは誠か?」


  予想外の言葉にレクサーも思わず聞き返した。

  すると先代魔王は露骨に不機嫌そうな声で応じた。


『……何だよ? やっぱりおかしいか?』


「いやそう意味で聞いてるのではない。 

 それが事実なら看過できない事態という意味で聞いたのだ」


『……そいつは兵士ソルジャーじゃなく、将軍ジェネラルだったが、様々の奇策を用いて、オレ達、魔王軍を手玉に取った。 ありゃ一種の『嫌がらせの天才』だ……』


「俄には信じがたいな。 まさかあのような猫共にそんな知将が居たとはな」


『ああ、当時のオレもタイマン勝負なら、誰にも負けない自信はあったが、

 知恵比べでは、事もあろうにあんなニャンコロに負けちまったよ……』


「……その者の名前は覚えているか?」


『……あんな野郎の名前、思い出したくもねえよ。

 いや……今、思い出した。 他の敵の名前なんか誰も覚えてないが、

 奴だけは別だ。 あの野郎は……確かジェン・アルバという名だった』


「ジェン・アルバか、それ程の智将なら後生にも名を残しているだろう。 

 情報部隊の連中にその男の情報を調べさせてみる」


『……何だ、レクサー。 オレを笑わないのか?』


「そんな事して何の意味がある? それより貴様がそこまで云う奴だ。

 恐らくオレが思いもしない奇策で、魔王軍を手玉に取ったのであろう。

 だからもし今――向こうにそういう智将が居たら、少し……いやかなり危険だ」


『レクサー、やっぱオマエ、馬鹿じゃないな。 そういう風に考えられるだけで、凡百な魔王じゃねえよ。 まあでも確かに敵にあの野郎みたいな奴が居たら、少しヤバいな。なんというかあの野郎――アルバの奴も全てにおいて全知全能だったわけじゃねえ』


「……まあそれはそうだろうな」


 と、相槌を打つレクサー。


『だが結果的に敵より知恵が回ればいいんだよ。

 それにアイツみたいな存在は特別に思えたりするが、

 案外、たまたま産まれた偶然の産物かもしれない。 だがそのたまたまが重要だ。

 前大戦からもう六百年は経つ。 だから今回の敵にもたまたまアルバみたいな

 奴が居るかもしれねえ。 だが負ける時はそのたまたまで負けたりするもんさ』


  と、何処か達観した口調でそう云う先代魔王。


「うむ、案外そうかもしれん」


『でもたまたま負けて、たまたま魔族が滅ぶ! なんて事は絶対嫌だろ? 

 だからレクサー、ここから先はオマエの魔王としての器が問われるかもな』


「ああ、それは勘弁願いたい。 オレもそのような汚名は着せられたくない」


『まあとりあえずオレは高みの見物をさせてもらうぜ!

 レクサー、お前のお手並みを拝見させてもらうぜ、じゃあな!』


  先代魔王がそう云うと、レクサーの意識が暗転した。

  そしてしばらくするとレクサーの意識が覚醒した。 

  視界に映るのは見慣れた魔王の寝室の天井。

  

「やはり奴に話を聞いて正解だったな。

 自分自身の中に残る違和感というものは放置すべきじゃない」


  そしてレクサーはベッドから起き上がり、純白の寝間着の上から、

  黒いガウンを羽織り、外に聞こえるような大きな声で従者の名を呼んだ。


「シャルパン、シャルパン!」


  すると黒い執事服姿の老紳士風の男の魔族が部屋に入室してきた。


「陛下、いかがなされましたか?」


「情報隊長マーネスに謁見の間に来るように伝えよ!」


「ははぁっ! 分かりました。


「うむ」


  ――とりあえずまずは情報を収集すべきだ

  ――そしてシーネンレムスの意見も聞く必要があるな。

  ――兎に角、このまま状況を放置しておくのは良くない。

  ――オレの代で魔族を滅ぼさせるわけには、いかないからな!


  そしてレクサーは寝間着から、豪奢な漆黒のコートに着替えて、

  従者と護衛を引き連れて、謁見の間へと向かうのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る