第190話 竜虎相搏(りゅうこあいうつ )つ


---三人称視点---



「――喰らえっ! クレセント・ストライクッ!!」



 アイザックの弧を描いた英雄級の剣術スキルが、

 ザンバルドの頭部目掛けて放たれたが、鈍い金属音と共に弾かれる。

 眼前の魔将軍は、

 表情一つ変えずアイザックの剣戟を手にした漆黒の大鎌で防いだ。

 水平斬り、袈裟斬り、逆袈裟斬りとアイザックも剣技を駆使するが、

 いとも簡単に弾き返される。 そして今度はザンバルドが攻勢を掛けた。



「くたばれやァァァッっ! ――キリング・サイズッ!!」



 ザンバルドは素早く技名コールを告げて、

 両手で握った漆黒の大鎌を力強く一直線に振り下した。 

 


 ――これは受け止めることも無理だ!



 アイザックは一瞬でそう判断して、

 後方に大きく跳躍して、迫り来る上級大鎌スキルをなんとか回避する。

 凄まじい威力の一撃に床が破壊されて、

 その破片が弾丸のように周囲に飛び散った。



 ――やはり力業じゃ此奴に勝てない。

 ――ならばここはプライドを捨てて、小細工で攻める。



 アイザックは身を屈めながら、全力で床を蹴った。

 当然のごとく迎え撃とうするザンバルド。

 するとアイザックは左手を前にかざして、素早く呪文を唱えた。



「――影の拘束シャドウ・バインド!!」



 するとザンバルドの影の中から、

 黒い縄のような物が現れて、ザンバルドの左手を縛り上げた。



「くっ!?」


「――貰ったァ!!」


 アイザックは手にした魔剣を右手に握りながら、内側に捻る。

 


 ――さっきのあの強烈な突きを打つ気か!?



 左手を封じられたザンバルドは一瞬、焦りの色を見せた。

 アイザックはその千載一遇せんざいいちぐう機会チャンスを逃さなかった。

 アイザックは身を屈めながら、右足を前にして、左足で身体を支えながら、

 低い軌道で床をスライディングして、

 大股になっていたザンバルドの股下をくぐり抜けた。



 そう、エンハンス・ドライバーはあくまで牽制フェイント

 本当の狙いはこうして背後を取ることにあった。

 そしてアイザックはスライディングしながら、

 身体を反転させて、床から起き上がった。



 ザンバルドも条件反射的に後ろに振り返る。

 だがそれと同時にアイザックは漆黒の魔剣に光の闘気オーラを宿らせた。

 そして「うおおおぉッ!!」と気勢を上げながら、

 魔剣を縦横に振るい、こう叫んだ。



「――サザンクロスッ!!」



「アッ……ァァァアァァッ!!」



 アイザックは隠し技ともいえる二つ目の独創的技オリジナル・スキルを全力で放った。

 まずは一の字を書くように、神速の速さで水平斬りでザンバルドの腹部を切り裂いた。

 そして次は振り上げた魔剣を一直線に振り下ろした。

 アイザックは十の字を書くように、魔剣を高速で縦横に振るった。


 水平斬りは綺麗に決まったが、

 縦斬りはザンバルドが高速でバックステップした為、

 浅めにしか決まらなかった。



 だがそれでも充分の威力だった。

 ザンバルドが獣のように悲鳴を上げると、

 次の瞬間、ザンバルドの身体の中央部に十字架ロザリオのような剣傷けんしょう

 刻まれ、その傷口から赤い血が激しく周囲に飛散した。



 ――今だ、ここで一気に決める!!



「エンハンス・ドライバーッ!!」



 再度、放たれるアイザックの独創的技オリジナル・スキル

 アイザックは魔剣の黒刃を相手に向けて、猛烈な突進をしてみせた。

 突き立てられた漆黒の刃は、内側に回転しながらザンバルドの心臓部に狙いを定める。

 そして鈍い感触と共に、突き立てた魔剣の刃先から血が滴り落ちる。



 だが次の瞬間、アイザックは目をしばたたかせた。

 突き立てられた魔は、ザンバルドの左手の平に突き刺さっていた。

 まさかこのような防御策で、来るとは思いもしなかった。

 こいつは、正真正銘の狂った戦闘狂せんとうきょうだ。



 ならばこのまま左手を使い物にならなくした方が後々有利だ。

 そう心の中で、思いながらアイザックは、握り締めた魔剣に更に力を込めようとした。

 だがそこでまた驚愕する事となった。

 ザンバルドの掌を引き裂こうと、力を込めたがまるで力が入らない。

 いや力は込めているが、剣が微動たりしないのだ。



「へ、へへへっ……オマエ、凄えなァッ! なかなか良い戦闘センスしてたよ。

 相手がオレ様じゃなかったら、勝てただろうな。 

 だが残念、オマエの相手はこのオレ様でしたぁっ!!」



 ザンバルドは懐に入り、破壊力に満ちた掌底をアイザックの胸部目掛けて放った。

 ザンバルドの放った掌底は空気を震わせ、

 胸部に命中するといとも簡単にアイザックを後方に吹き飛ばした。

 受身一つ取ることできずアイザックは、背中から地面に倒れ落ちる。

 この衝撃でアイザックは、口から大量の血が混じった胃液を吐き出した。



「ば、馬鹿な……か、片腕で……お、俺をこ、ここまで吹き飛ばすとは……」



 アイザックはなんとか起き上がろうと床から背を起こしたが、

 衝撃によるダメージで痙攣は収まらない。 

 そして身体を痙攣させながら、なんとか立ち上がったが――



「まあ……けっこう愉しかったぜ。 でももう飽きたよ。

 んじゃそんなわけでさ・よ・う・な・らぁ! ――ダークネス・フレアァッ!!」



 ザンバルドは眉間に力を込めて、右手から闇の炎を放射した。

 放たれた闇の炎が棒立ち状態のアイザックに命中する。



 どおおおぉん!

 闇の炎が着弾して爆音が鳴り響く。

 その爆音と共に生み出される爆風と爆発。 

 


 ザンバルドは威力は低めにしていたが、

 それでも玉座の間の天井に爆煙が立ち昇った。 

 アイザックは胸部に強烈な火傷が刻まれ、しばらくは陸に上がった魚のように、

 全身を小刻みに痙攣させていたが、数秒程すると意識が朦朧としてそのまま気を失った。


 こうしてアイザックとザンバルドの戦いは、ザンバルドの勝利という結果に終わった。

 だが後方で二人の戦い観ていたラサミス達は、しばらく呆然として身動き一つできなかった。




---ラサミス視点---




 つ、強い、強すぎる!

 まさかあのアイザックを相手に、ここまで一方的な勝利を収めるとは!

 アイザックは半壊した漆黒の鎧から黒煙を吐き出し、

 その短めの蜂蜜色の髪を灰だらけにして、床に倒れ込んでいた。

 やべえ、死んではいないようだが、かなりの重傷だ。



 く、くっ……ここはオレが回復ヒールするしかねえ。

 オレは急いでアイザックの許に駆け寄り、両手を彼の胸に置いた。



「わ、我は汝、汝は我。 我が名はラサミス。 

 レディスの加護のもとに……『ヒール』!」 



 オレがそう呪文を唱えると、オレの両手から眩い光が生じて、アイザックの傷を癒した。

 だが完治には程遠い。 まあオレの回復量ヒールりょうじゃこの傷の完治は無理だ。

 だからオレは腰のポーチから、上級回復薬ハイ・ポーションの入った瓶を

 取り出して、蓋を開けて、アイザックの口元に運び中身を飲ませた。



「ゴホッ……ゴホッ……!」


 急に飲ませたらから、アイザックが咽せ込んだようだ。

 だがこれなら命に別状はなさそうだ。

 するとそれを見ていたザンバルドが「まっ、いいか」と言ってから、右手で印を結んだ。



「我は汝、汝は我。 我が名はザンバルド。 暗黒神ドルガネスよ。 

 我に力を与えたまえ! 『アーク・ヒール』!ッ」



 するとザンバルドの左手と左脇腹が癒されていくが、完治には到っていない。 

 抉られた肉と骨の一部は治癒されたみたいだが、その傷口からは湯気が立っていた。

 だが治したのは、左手と左脇腹だけで、胸部の十字の傷は放置したままだ。



「流石に左手と脇腹を怪我したまま、五人相手するのはキツいからなァ。

 でもそれ以外の傷はハンデとして、残しておいてやるぜ」


 と、ニヤリと笑うザンバルド。

 く、くそっ……余裕かましやがって!

 だが確かにコイツは口だけじゃない。 化け物じみた戦闘力の持ち主だ。



「うっ……ナース隊長、それとライル。 あ、後は全員で戦え!

 あ、あるいは何人かで奴を食い止めて、救援を呼びに……い、行くんだ」


「あ、ああ……だが救援は期待できないと思いますよ。

 となれば貴方を除いた五人で戦うことになるが……」



 と言って、ナース隊長はしばらく黙り込んだ。

 そう、ナース隊長も五対一でも、あんな化け物に勝てる気がしないのだろう。

 というかハッキリ言えば、戦いたくねえんだろう。



 それを臆病だなんて言わんよ。 オレも本音を言えば、ザンバルド(奴)が怖い。

 しかしこの場から逃げることは許されない。

 くっ、なら覚悟を決めて――



「ラサミス、アイラ。 アイザックさんの介抱を頼む」


「お、おう!」「分かったわ」


 兄貴の言うとおりだな。 ここはまずアイザックを介抱すべきか。

 とはいえオレやアイラの回復量ヒールりょうじゃ完治は難しいな。

 

「ら、ライル君。 その後で五人掛かりで戦うのかね?」と、ナース隊長。


「違います、俺が一人で奴と戦います」


「「「えっ!?」」」


 俺とアイラ、ナース隊長は、同時に驚きの声を上げた。

 あ、兄貴の奴、どういうつもりだ?



「ライル、馬鹿な真似は止めて!」


「アイラ、俺は正気だ。 そしてこの場においてはこの選択肢が正しい」


「で、でも流石の兄貴でもアイツの相手はキツいぜ!」


「ラサミス、分かってるさ。 だが乱戦になれば、何人かは殺されるだろう。

 ある意味、乱戦の方が危険だ。 だが一騎打ちなら、奴は正々堂々戦うだろう。

 ならば仮に俺が死んだところで、犠牲は俺一人で済む。 だから俺が奴と戦う」


「い、いやいや~。 やはりここは五人掛かりで戦うべきっしょ?」


「ラサミス、ここは俺に任せてくれ。 大丈夫だ、俺は死ぬつもりはない。

 俺は本気で奴に勝つつもりだ。 あるいは負けるとしても、

 奴の戦闘パターンを限界まで引き出すつもりだ。

 だから残りの五人は、俺の戦いを見て、奴との戦いに備えてくれ!」



 ……。

 兄貴の奴、もしかしてさっきの戦いで熱に当てられたか?

 だが兄貴は勝機のない戦いをする程、馬鹿じゃない。

 クソッ……ここはどうするべきだ!?



「そこのブラザーの云う事は一理あるぜ。 オレ様達は即席パーティだ。

 その即席パーティで彼奴きゃつと戦うのは、少々不安だ。

 だからここはそこのブラザーに任せるべきと思うぜ」



 ラモンという名の猫族ニャーマンがそう言った。

 う、う~ん。 確かに即席パーティで奴と戦うのは危険な気がする。

 で、でももし兄貴に万が一のことがあれば――



「分かった。 貴方がそこまで言うなら、私は従うわ。

 ただし戦いの前に支援魔法は受けること、

 それとこのブルーミラーシールドを使いなさい」


「分かった」


 兄貴はそう言って、アイラから水色のブルーミラーシールドを受け取った。


「ナース隊長も異論はないですよね?」


「ま、まあ君がそこまで云うなら、私もこれ以上は何も云えないよ。

 だが支援魔法は受けるんだ。 私もいくつか支援魔法が使える。

 とりあえず私は自動再生リジェネ魔導騎士ルーンナイト固有魔法ユニーク・マジック属性強化ぞくせいきょうかで君の光属性を限界まで引き上げてあげるよ」


「ありがとうございます」


「ただし属性強化すると、強化する属性以外の属性や耐性は下がる。

 ある種の諸刃の剣だが、それでもいいかね?」


「問題ありません」


「では行くぞ! 我は汝、汝は我。 我が名はナース。 

 神祖エルドリアの加護のもとに……『自動再生リジェネ』!」 


 ナース隊長がそう呪文を唱えると、兄貴の身体が目映い光に包まれた。

 そしてナース隊長は続けざまに、新たな呪文を詠唱した。


「我は汝、汝は我。 我が名はナース。 神祖エルドリアよ!

 我が友ライルに光の加護を与えたまえ! 属性強化アトリビュート・エンハンスメント !!」



 すると再び兄貴の身体が白光に包まれた。

 オレが直接かけられたわけじゃないが、傍で見るだけで分かる。

 今の兄貴は限界まで光属性が強化されている。


「では私も職業能力ジョブ・アビリティ『アルケイン・ガード』を使う!

 みんな、私の周囲に集まってくれ! せいっ!! ――『アルケイン・ガード』」



 アイラはそう言って職業能力ジョブ・アビリティ『アルケイン・ガード』を発動させた。

 これによって兄貴だけでなく、オレを含めた残り五人のの防御力や魔法防御が一時的に強化された。



「よし、これで準備万端だ。 みんな、俺を信じてくれ。 奴は俺が必ず倒す!」


「「「ああ」」」「おうよ!」



 そして兄貴は手にした銀色の宝剣と水色のブルーミラーシールドを構えながら、前へ進んだ。

 するとザンバルドも両手に漆黒の大鎌を握りしめながら、ゆっくりと前へ出た。



「ああ~、オマエはあの時の奴かァ~。 え~と名前は……」


「ライルだ、ライル・カーマイン!」


「そういやそんな名前だったっけ? まあオマエの名前は覚えておくぜ。

 恐らくオマエはオレの最後のタイマン勝負の相手になりそうだからなァ~」


「確かに最後になるだろうな。 何故なら俺がお前を倒すからだ」


 するとザンバルドは「ククク」と可笑しそうに笑った。


「大した余裕だな」と、兄貴。


「……お前もオンナよりタイマンが好きな口か?」


「そうと言えばそうだが、厳密には違う」


「ほぅ~、どんな風にだァ?」


「俺は女も一騎打ちも両方好きだ」


 予想外の言葉に俺達だけでなく、ザンバルドも一瞬呆けた表情になった。

 だが次の瞬間には、また歪な笑みを浮かべてこう言った。



「ほぅ~、オマエは見かけによらず欲張りなんだァ~。

 でもオレはそういう奴、嫌いじゃないぜ?

 まあいいや、んじゃ次の相手はテメエだ。 さあ、ろうぜ!」


「……ああ」



 両者はそう言って、一歩前へ進み出た。

 兄貴、マジで死ぬなよ。

 だがオレじゃそいつには勝てない、勝負にすらならない。


 クソッ!!

 オレは自分の非力さを呪いながらも、

 兄貴の勝利を願って、祈るような気持ちで二人の戦いを見守ることにした。

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