第188話 傭兵隊長対魔将軍(後編)


---アイザック視点---



 我ながら莫迦ばかな選択肢を選んだものだ。

 常識的に考えれば、この状況下ならば全員で戦うべきだ。

 それが賢明であり、この場の選択肢としては正しい。


 しかし俺の戦士としての矜持が、この莫迦ばかげた選択肢を選ばせた。

 とはいえこの男を相手に勝つのは、容易なことじゃない。

 こいつは俺が今まで出会った敵の中で恐らく一番強い。


 クルレーベで戦ったあの女吸血鬼おんなきゅうけつきも強かったが、単純な戦闘力では、こいつの方が強いと思う。 俺の長年の戦士としての勘がそう云っている。 ならば何故、俺はこんな莫迦ばかげた戦いに挑むのであろうか。


 やはり今からでも全員を戦うべきか。

 否、それは出来ない。 俺の戦士としての矜持がそれを拒んだ。

 ならばここは全力で戦うしかない。 そして戦うからには勝つ。


 俺はそう思いながら、両手で魔剣レヴァンティアを握りながら、腰を落とした。

 対するザンバルドもゆっくりと摺り足で間合いを詰めてきた。


 さて、ここは少し冷静になろう。

 多分、力業じゃコイツには勝てないだろう。

 とはいえ魔剣士が使える魔法は闇属性魔法か、暗黒魔法だ。

 此奴こいつら、魔族は強い闇耐性を持っている。

 故に俺の魔法攻撃じゃ此奴こいつに傷をつけるのも至難の業だ。


 また俺が使える暗黒魔法は、影の拘束シャドウ・バインドとシャドウ・ゲート、追跡トラッカー動物操作アニマル・マニピュレーション魔幻マジカル・イリュージョンだ。

 シャドウ・ゲートと追跡トラッカー動物操作アニマル・マニピュレーションはこの場面じゃ役に立たない。 だが俺の魔力では、影の拘束シャドウ・バインドで此奴を拘束するのは不可能だろう。 しかし一時的、あるいは一瞬なら動きを止められるかもしれん。

 また魔幻マジカル・イリュージョンは使いどころさえ間違えなければ、

 何度かは此奴を欺くことが出来ると思う。


 とは云え、魔法戦ではこちらが分が悪いのは確かだ。

 だからこの場はやはり魔法戦でなく、剣術による接近戦を挑むべきだ。

 しかしそれはそれで厳しい。


 俺はアスラ平原の戦いで、ライルとこの男の戦いを観戦していたが、此奴の接近戦の戦闘技術は、とてつもなく高い。 正直、ライルがこのザンバルド相手にあそこまで渡り合えた事に、少なからずの敬意の念を抱いた。


 だがそれで戦うとなれば、接近戦を選ばざるえないだろう。

 しかしコイツは屈強な肉体と異常なまでの闘争本能を持った魔族。 

 故に長期戦になれば、俺に勝ち目はないだろう。


 だがコイツも無敵の存在というわけではない。

 現にライルとの一騎打ちでは、左腕を切断された。

 この魔剣と俺の剣技ソードスキル独創的技オリジナル・スキルを上手く使いこなせば、コイツにも致命傷を与えられることは可能だろう。


 しかし戦いが長引けば、コイツは俺の攻撃に対する対処策を覚えるだろう。

 ならば俺の選ぶ選択肢は一つ。 短期決戦で一気にケリをつける。

 こいつのような化け物は、初太刀しょだちで殺すに限る。

 よし、覚悟は決めたならば、後は実践するだけだ。


「……おい、おい。 いつまで睨めっこするつもりだぁ?

 今になって臆したか? アァン?」


「……」


 無視だ、無視。 コイツの戯言に付き合うつもりはない。

 まず最初に使うスキルは、魔剣士の固有剣技ユニーク・ソードスキルのヴェノムスティンガーだ。 この魔剣レヴァンティアで固有剣技ユニーク・ソードスキルを使えば、ザンバルド相手でも直撃すれば、致命傷を与えられるだろう。


 だが確信を持って言えるが、この技は多分外れる。

 しかしこれは布石だ。 そして次に俺の独創的技オリジナル・スキルのエンハンス・ドライバーを使う。 この技は単純シンプルな突き技だが、単純故に使い勝手が良い剣技ソードスキルだ。 だがこれもまた布石にするつもりだ。 ただ腕か、胸部か、腹部当たりに傷を負わせたい。 そしてそこで俺のもう一つの独創的技オリジナル・スキルである『サザンクロス』を使う。


 この技も比較的、単純シンプルスキルだ。

 ただ単に剣を縦横に振るい、十の字を描いて相手を斬るという剣術の基本技だ。

 だがその際に魔族の弱点属性である光属性の闘気オーラでこの魔剣を覆い、

 全力で斬りつけたら、ザンバルド此奴相手でも一撃で倒せる可能性はある。


「おい、聞いてるのか! アアァンッ? さっさとかかって来いや!」


「……」


 ん? どうやら少し苛ついているようだな。

 見た目の印象通り、短気な性格なのか?

 ここはもう少し長引かせるか、いやそれはやめておこう。

 とにかく此奴を倒せる機会チャンスは多分、一度しかない。

 俺の攻撃パターンを覚える前に、るしかない。

 よし、覚悟は決めたぞ。 ここからは一瞬たりとも気の抜けない!

 ――行くぞ!!


「――ヴェノムスティンガー!!」


 俺は技名コールと共に、両手で握った魔剣を一直線に振り下ろした。


「せいやぁ!!」


 ザンバルドは気勢を上げながら、両手に持った漆黒の大鎌の刃で、魔剣を受け止めた。

 次の瞬間、硬質な金属音が周囲に鳴り響いた。

 そして斬撃による衝撃でザンバルドは、僅かに後ろに吹き飛んだ。 ――今だ!

 俺は手にした漆黒の魔剣に光の闘気オーラを宿らせた。

 そこから右手を内側に捻り、渾身の力を篭めて強烈な突きを繰り出した。


「エンハンス・ドライバーッ!!」


「なっ!?」


 俺は右腕を内側に捻りながら、魔剣の切っ先でザンバルドの胸部を狙った。

 だがザンバルドも素早い動きで咄嗟に右にサイドステップする。

 間一髪のタイミングでエンハンス・ドライバーは外れた。


 だが外れはしたものの、今の一撃でザンバルドの左脇腹を激しく抉った。

 奴が身につけた漆黒の鎧の左脇腹部分が破損しており、

 むき出しになった左脇腹から、大量の血が流れ落ちていた。

 よし、このまま一気に攻め――


「――シャドウボルトォォォ!!」


「っ!? シャドウ・ウォールッ!!」


 くっ、このタイミングで魔法を撃つとは!?

 俺は咄嗟に左指で十字を切り、印を結んだ。

 すると俺の前方に長方形型の漆黒の壁が生み出された。

 次の瞬間、どおおおん、という炸裂音と爆音が響き渡った。

 そして俺が張った長方形型の漆黒の壁に放射状の皹が入り、

 がしゃんという音を立てて、粉々に砕け散り、周囲に飛散した。


 くっ、やはり此奴の動きは尋常じゃない。

 今のが無詠唱で魔法を撃たれていたら、対魔結界を張る時間はなかった。

 しかし爆風で周囲の視界が悪くなっている。 これは好機だ!


「――魔幻マジカル・イリュージョン!!」


 俺は最短詠唱で暗黒魔法・魔幻マジカル・イリュージョンを小声で唱えた。

 この魔法を使うと、詠唱者の分身を何体か生み出すことが可能だ。

 だがこの場はおいては一体で充分だ。

 そして俺は生み出した自分の幻影に、ゆっくりと進むように命じた。


 その間に俺は奴の死角を狙って、半円状を描きながら、間合いを詰めた。

 よし、射程圏内に入った。 そこで俺は生み出した幻影に「全力で前進せよ!」

 と、念を込めて命じた。 すると俺とうり二つの幻影がザンバルド目がけて突撃を開始。

 咄嗟に右腕で漆黒の大鎌を構えるザンバルド。


 ――貰ったぁっ!!


 俺はもう一度、右腕を内側に捻りながら、エンハンス・ドライバーを打てる状態を保ちながら、一気に間合いを詰めた。 だがその時だった。


「甘いぜぇっ!! ――スパイラル・ザッパーッ!!」

 

「!?」


 ザンバルドは両腕で漆黒の大鎌を高速で周囲を薙ぎ払った。 

 俺は咄嗟にバックステップ、更に左側にサイドステップして回避を試みる。

 ギリギリのタイミングで回避は……出来なかった。


「ぐ、ぐうぅぅぅっ……ううッ!!」


「ほう、今の一撃で死ななかったとはな。 やるじゃねえか!」


 と、ニヤリと笑うザンバルド。

 次の瞬間、俺の漆黒の鎧の胸部が斬り裂かれて、俺の悲鳴と共に胸部から血が周囲に飛び散った。 傷は……致命傷ではないが、浅くもない。 しかしこいつは何故、俺の意図に気付いたんだ? するとザンバルドが「ふっ」と笑いながら、こう告げた。



「あのなあ、オリャこう見えて七百年生きている魔族なんだよ。 六百年前の大戦でも似たような小細工を使う奴は居たんだよ。 それにオマエ、馬鹿だぜ? オマエの幻影からは闘気オーラの反応が零だったんだよ。 見た目はまねれても、闘気オーラの量までは、まねられないようだな。 まあそういうことだ」


「……成る程な]


 そうか、迂闊だった。

 我ながらつまらんミスをしたものだ。

 どうやらこの魔族は思ったより、頭が切れるようだ。

 俺は左手で胸部に手を当てながら、ゆっくりと後ずさりした。

 するとザンバルドは嗜虐的な笑みを浮かべながら、こう言った。


「んじゃ戦いの第二幕ってとこだな。 

 さあ、アイザック。 ここからどうするつもりだ? アァン?」


 ここは一旦、距離をおくべきか?

 いや長期戦になれば、絶対にこちらが不利になる。

 こいつは確か上級クラスの回復魔法も使えた筈だ。

 ならばもう一度攻勢に出るべきだ。


 ただし奴を仕留める機会チャンスは一度しかない。

 だが俺はそれでも引かない。 このまま戦いを続ける。

 どうやら年甲斐もなく、興奮しているみたいだ。

 だが悪い感じはしない。


「――攻めるさ。 お前が根を上げるまでな」


「ほう、退かねえのか? その根性だけは褒めてやるぜ!」


「抜かせ! 竜人族の誇りにかけて、貴様は俺が倒す!!」


 俺はそう言って、もう一度腰を落として、両手で魔剣を構えた。

 次の一手で勝敗が決まる。 生か、死か。

 だが仮に死んでも文句は言うまい。

 そう気がつけば、俺もこの戦いに酔いしれていた。


 それは奴も同じようだった。

 やれやれ、俺達は結構似たもの同士かもな。

 そして俺は覚悟を決めて、全力で前進した。


「――行くぞ! 魔将軍ザンバルド!!」


「かかって来いやぁぁァッ! 傭兵隊長アイザック!!」


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