第185話 死ぬまで生きろ!


「城門が突破されました! 敵軍は今、城内に進行しております。 このままでは、敵がこの場に来るのも時間の問題です!!


 と、伝令兵が玉座に座るザンバルドにそう告げた。

 するとザンバルドは「うむ」と頷いてから、こう付け加えた。


「どうやら城が完全に落ちるのも、時間の問題のようだな。 仕方ねえ、伝令兵。 お前も逃げたきゃ逃げろ!」


「い、いえ自分は最後まで将軍に付き従います」


「ふうん、お前も物好きだな。 リスタル、バルデロン!!」


「「御意!」」


 と、口を揃えて返事する副官リスタルとバルデロン。


「見ての通りここはもうお終いだ。 お前らも後は好きにしろ!」


 ザンバルドはやや投げやりにそう言った。

 だがリスタルとバルデロンは毅然とした態度でこう答えた。


「いえ私は副官ですから、最後まで貴方に付き合いますよ」


「わ、ワタシもです! 将軍閣下に最後までついて行きます!!」


 こう言われると、ザンバルドも悪い気はしなかった。

 だがそのまま感情に流されるほど、彼は初心うぶではなかった。

 だからザンバルドは珍しく真面目な表情になって、こう言った。


「分かった。 副官のリスタルは残れ。 ただし、バルデロン、てめえは駄目だ!」


「な、何でですか!? 理由は教えてください!!


 と、食い下がる犬族ワンマンのバルデロン。

 だがザンバルドは突き放すようにこう言った。


「駄目だ、お前は生きろ! ここで死んでしまったら、それこそ犬死だ。 だからお前はこのまま城から脱出して、古都エルバインに撤退しろ! それからグリファムの獣魔団と合流しろ。 グリファムならお前も悪いように扱わないだろう」


「い、いえワタシは最後まで将軍閣下の許で戦いたいです!」


「そう言われると悪い気はしねえな。 でもな、テメエは生きるんだ。 そうじゃないとあまりにも惨めな人生、いや犬生けんせいじゃねえか。 テメエがオレを慕ってくれるのは嬉しい。 でもなあ、お前は生きなきゃ駄目なんだ。 じゃねえと何の為に、生まれてきたか、わかんねえじゃねえか」


 ザンバルドはそう言って、一呼吸を置いてから、二の句を継いだ。


「エルフの糞野郎共がおめえにしたことは、最低極まりない悪魔以下の所業だ。 オレなんかが云うのもアレだが、奴等のやったことは生命に対する冒涜だ。まあこの辺はヒューマンも同じだな。 猫に知性の実を与えるなんて最低以下の行為だ。 だからよ、バルデロン。 お前は死ぬな、生きるんだ。 死ぬまで生きろ! だからお前はギルレイクに撤退しろ! これがお前に下す最後の命令だぁ!!」


「ま、魔将軍閣下……」


 ザンバルドの予想外の言葉に、バルデロンは思わず涙声になる。

 この人はとても粗暴だが、ある種の矜持を持った人だ。

 そして自分の立場をここまで理解してくれる良き指揮官だ、と思うバルデロン。

 

「バルデロン、選別だ。 これを受け取れ」


 そう云ってザンバルドは頭蓋骨のさかずきをバルデロンに投げ渡した。

 条件反射的にそれを受け取るバルデロン。 そう忘れもしない。

 この頭蓋骨はあのエルフの王のものだ。 自分を不幸のどん底に追いやった元凶である。

 そう思うとバルデロンの中にあった激しい怒りが再び沸き起こってきた。


「そうだ、そういう眼をしろ! お前がそうなってしまったのは、糞エルフ族のせいだ。だがそいつらももう死んだ。 お前がその手で殺した。  だからこれから先のムカつくことややるせない事があるだろうが、その頭蓋骨の杯を見て、やる気を出すなり、怒りに燃やせ! だけど後悔だけはすんな。 とにかく惨めだろうが、滑稽だろうが生きるんだ、生き残るんだ」


「……」


 気がつけば、バルデロンは両眼から涙を流していた。

 犬の自分でも涙を流すのか、と思いながら左手で涙を拭うバルデロン。

 そして決意を固めた。 やはり自分は最後までこの人に仕えたい。

 それは犬が持つ主人への忠誠心だったからもしれない。

 その時、頭上から、「パチパチパチ」という小さな拍手が聞こえた。


 バルデロンだけでなく、ザンバルドやリスタルの視線も自然と上に向いた。

 すると頭上の豪奢なシャンデリアの上に、サキュバス・クイーンのエンドラが乗っていた。


「いやぁ、あんたらけっこう良い主従関係ね。 ちょっと感動しちゃった」


「……エンドラ、お前、まだ居たのか?」と、ザンバルド。


「まあね、えいっ!」


 そう言いながら、エンドラはシャンデリアから飛び降り、背中の両翼を羽ばたかせた。

 そして華麗に両足から地面に着地するエンドラ。


「おい、おい、おい、まさかお前までオレに付き合うとか云わねえだろうな?」


「まさか! 流石にアタシもアンタと心中してあげるほど、酔狂じゃないわよ」


「ほう、ならなんでここに残った?」


「いや一度は撤退したのよ。 余裕が出たから、戻ってきた、みたいな感じ?」


「なら今すぐこいつを連れて、撤退してくれ! 頼む、エンドラ!」


「い、いえ魔将軍閣下! や、やはりワタシは最後まで……」


「は、はい、はい。 アンタの忠誠心は立派よ。 でもやはりザンバルドの云うように、生きてなんぼよ。 というわけで――『ラブリー・ファシネーション』!!」


「なっ!?」

 

 エンドらは不意に打ちに近い形で、バルデロンを魅了した。


「う、う、うあああ、あぁっ……」と、魅了状態のバルデロン。


「はい、魅了完了。 こいつはアタシが連れてくね!」


「おう、エンドラ。 マジで助かったよ、ありがとな」


「いえいえ、これでアタシも心置きなく、ここから去れるよ」


「じゃあな、エンドラ」


「ザンバルド、アンタが生き残ったら、後でアタシがたっぷりサービスしてあげるわよ?」


「くはははっ。 そりゃ魅力的な話だな」と、僅かに頬を緩めるザンバルド。


「ねえ、最後に一応聞くけど、やっぱり逃げるつもりはないの?」


「ああ、オレは死ぬまで戦う。 それがオレ様の生き様だ」


「……相変わらずアタシには理解できないけど、ザンバルド、アンタ少しカッコいいよ。 それにおとこらしいよ」


「そうかい、お前に褒められると少し嬉しいよ」


「そう、じゃあこれはアタシからの餞別よ」


 エンドラはそう言って、ザンバルドに近づいた。

 そして玉座に座るザンバルドの頬にキスをした。


「へっ、確かにこりゃ良い餞別だ。 エンドラ、生き残ったらたっぷりとオレの相手してくれよな」


 と、照れ隠ししながら、笑うザンバルト。


「うん、じゃあね、ザンバルド。 さよう……また会いましょう!」


「おうよ!」


 そう言ってエンドラはバルデロンを引き連れて、部屋を出た。

 なんだかんだでアイツ、面倒見が良いんだよなぁ~。

 流石はサキュバス・クイーン。 器がデカいぜ、と思うザンバルド。


「さぁてと、これから先は出たとこ勝負だぜ。 というかリスタル、おめえも無理せず逃げていいんだぞ? エンドラにはああ云ったが、正直これは負け戦だ。 だから無理してオレに付き合う必要はねえぞ?」


 するとリスタルは小さく首を振って、こう云った。


「いやこう見えて私は貴方のことを尊敬してるんですよ。 だから最後まで付き合いますよ。 あ、この左手の中指にはめた指輪の中に猛毒が詰めてますので、敵に惨殺されそうなら、その前に自害するので、その辺ところは気にしないでください」


「ほぉ~、相変わらず抜かりのねえ野郎だ」


「まあ私は副官ですからね。 上官に要らぬ手間はかけさせませんよ」


「そっか、じゃあ最後のまつりを一緒に楽しもうぜ!」


「はい!」


「さあ、四大種族の連合軍共! このオレ様の首が欲しけりゃかかって来い。 ただしオレは簡単にはくたばらねえぜ、この命ある限り、道連れに一人でも多く地獄に引きずり込んでやるぜ!」


 そう叫びながら、ザンバルドは恍惚とした表情を浮かべていた。

 戦いこそが生き甲斐、そしてどうせ死ぬなら派手に散って死ぬ。

 つまらぬ生より、誇り高き死を選ぶ。

 それが七百年生きたザンバルドが最後に選んだ選択肢であった。

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