第150話 天翔かける龍


 飛竜の手綱を操りながら、自由自在に空を翔ける竜騎士団の竜騎士ドラグーン達。 その姿はまるで天翔あまかける龍のように見えた。


 そして最先頭に陣取るのは、眩く輝いた黄金の鎧を着た竜騎士団の騎士団長であるレフ・ラヴィンだ。年の頃は三十前後だが、その実力は超一級品。


 歳若としわかの彼が騎士団長の座に就くことに、異論を挟んだ者も少なからず居たが、彼はそれを実力で黙らせた。 今では殆どの竜人族が彼の事を認めている。 そして騎士団長レフは勇ましい声でこう叫んだ。


「とりあえず上空に居る魔王軍の飛行部隊から倒すぞ! 全員、風属性の攻撃魔法を詠唱せよ! 前方の飛行部隊目掛けて、放て!」


「了解、団長!」


 と、騎士団長レフの近くの青い飛竜に乗る青い鎧を着た竜騎士ドラグーンが答えた。

 声からして女のようだ。 それも若い女だ。 

 声音からして、十代から二十代前半のように思われる。


「では行くぞ! 我は汝、汝は我。 我が名はレフ。 ウェルガリアに集う風の精霊よ、我に力を与えたまえ! 『ワール・ウインド』!!」


「さあ、他の皆も続くわよ! 我は汝、汝は我。 我が名はカチュア。 ウェルガリアに集う風の精霊よ、我に力を与えたまえ! 『ワール・ウインド』!!」


「――我々も続くぞ! 『ウインド・ブレード』!!」


 次々と唱えられる風属性の攻撃魔法。

 旋風が巻き起こり、風の刃が前方の魔王軍の飛行部隊を襲う。


「グ、グガアアァッ!?」


 風の刃に串刺しにされて、地上に落下するガーゴイル。


「チッ、この程度なら! お前等、対魔結界を張れ!」


「ああ……ふんっ!!」


 仲間がやられる中、竜魔部隊は冷静にそう判断を下した。

 そして即座に対魔結界を張り、飛んでくる風の刃や旋風を防いだ。

 流石に竜魔だけあって、この程度でやられたりはしなかったが、予期せぬ敵の襲来に彼等も驚いた。


「な、なんだ? あの飛竜に騎乗する連中は何者だ!?」


「わ、分からんが、敵である事は間違いない」


「そうだな。 恐らく強敵と思われる。 全員、心してかかれ!」


「おう!」


 そう言って警戒心を高める竜魔部隊。

 彼等が竜騎士団の存在を知らないのも無理はない。

 何せ前大戦では、竜騎士団など存在しなかったからだ。

 だがこの戦いにおいては、それが竜騎士団に追い風となった。


「あれは雑魚じゃないわね。 そこそこやる魔族と見たわ。 団長、どうするつもり?」


 青い飛竜に騎乗した女竜騎士ドラグーンがそう問うた。

 しかし騎士団長レフは動じることなく、不敵な笑みを浮かべた。


「何であろうが、構わんさ。 ここは力業ちからわざで攻めるぞ。 カチュア、まずは俺がお手本を見せてやる。 お前等はその後に続け」


「……了解」


「……数百年の時を超えて、蘇りえりし魔族どもよ! この大地ウェルガリアは最早貴様らのものではないことをこのレフ・ラヴィンが教えてくれよう! ――『アクセル・ドライブ』」


 騎士団長レフは勇ましい声でそう叫びながら、中級風魔法『アクセル・ドライブ』を詠唱。

この魔法は厳密に言えば、初級風魔法『疾走スプリント』とほぼ同じ効果であるが、自身だけでなく、別の生物などにも加速効果を与える事が可能だ。


 端的に言えば、馬や飛竜に騎乗した騎乗者ライダーが唱えると、馬や飛竜の移動速度も上がる。 そういうわけで戦闘以外でも活用される。


 風に乗り、更に加速する黄金の飛竜。

 瞬く間に竜魔部隊との距離が縮んだ。


「我は汝、汝は我。 我が名はレフ。  竜神ガルガチェアよ、我に力を与えたまえ! ……『サンダーボルト』!!」 


 レフは素早く呪文を詠唱して右手に電撃をためる。

 そして前方の竜魔目掛けて、右手の電撃をぶっ放した。


「う、うわあぁぁぁぁぁっっ!」


 電撃を浴びた竜魔は数回小刻みに身体を痙攣させて、後方に大きく吹っ飛んだ。 電撃属性は水と風の属性を合成して、初めて生まれる属性だ。 要するに電撃系の技スキルや魔法攻撃は、合成技あるいは合成魔法に該当する。 合成魔法だから、初級魔法と言えど、その威力はなかなかのものだ。


 また四大種族に始まり、魔族の中にも電撃耐性を持つ者は多くはない。 故にこのレフの魔法攻撃は、完全に不意を突かれた形だ。


「こんなものでは終わらんよ! 我は汝、汝は我。 我が名はレフ。 竜神ガルガチェアよ、我に力を与えたまえ! ……『サンダーボルト』!!」 


 更に初級電撃魔法を連発する騎士団長レフ。

 轟音が轟いて、雷光が竜魔の全身を包み込んだ。


「う、ううう……うおおおっっ!!」


 絶叫する竜魔。 全身を焼き焦がし、力なく地上に落下して行く。

 そして追い打ちをかけるべく、レフは更に強力な魔法の詠唱を始めた。

 レフは頭上に左手をかざし、掌を大きく開いた。

 そして、一文字一文字を確かめるように、早口で詠唱を開始した。


「我は汝、汝は我。 我が名は竜人族レフ。 我は力を求める。 偉大なる水の精霊よ、我が願いを叶えたまえ! 嗚呼、雲よ! 全てを押し流し、あらゆるものを包み込め!」


 頭上の雲が急に曇りだして、その直後に暴風が吹き荒れた。

 当然自然現象ではない。 魔法によって強制的に天候を操作したのだ

 これは恐らく水と風の合成魔法だろう。 

 天候を操作して、雨雲を強引に作り出す。 もちろん本命は別だ。

 雨雲を生み出し、そこから雷光を放つ。 レフの真の狙いはそれだった。


「我が名は竜人族レフ! 我が身を雷帝に捧ぐ。 偉大なる雷帝よ。 我に力を与えたまえっ!!」


 レフがそう呪文を紡ぎだすと、空がゆっくりと縮んだ。

 そして生み出された雨雲が、急速に一点に集約されていく。

 そして圧縮された雨雲が、バチバチと稲光を放った。


「喰らえっ!! ――雷光ザルニーツァ!!」


 レフが高らかにそう叫んだ。

 次の瞬間、圧縮された雲から雷光らいこうが迸った。

 まるで自然現象のかみなりと全く同じように見えた。

 それを魔法によって、体現するのは並大抵の技ではない。


「な、なんだ!? これはぁっ!? ぎゃあああああ……あああっ!?」


「こ、これはもしかして、水と風の合成魔法の雷光ザルニーツァかっ!? うぎゃあああ……あああっ!!」


 放たれた雷光は一瞬で、竜魔部隊の周囲一帯を焼き尽くした。

 高い耐魔力を誇る竜魔だが、流石に雷光相手には為す術がなかった。

 雷の熱波が容赦なく竜魔をはじめとした魔王軍の飛行部隊の肉体を溶かした。

 そして黒焦げになった肉塊が糸の切れた操り人形マリオネットのように、次々と地上に落下していった。


 これには敵だけでなく、味方も驚いた。

 瞬間で竜魔部隊を消し炭にしたレフの帝王級ていおうきゅうの電撃魔法。

 

「な、なんだよ、アレ!?」


 と、驚愕しながら空を見上げるラサミス。


「魔法で雨雲を生み出して、雷光を放ったって言うの!? そんなの魔法使いの私でも出来ないのに! 竜騎士ドラグーンがしたというの!?」


 魔法職であるメイリンには、状況が一瞬で理解できたが、それでも驚きを隠せなかった。 それと激しい嫉妬心に駆り立てられた。


「冗談じゃないわよ! こっちは紙装甲なのに、そんな真似できないのに! 防御力が高くて、飛竜で飛行した上に、そんな芸当が出来るなんて不公平だわ!」


 確かに一見不公平に見える。

 だがそれが一般職と上級職の差である。

 それに加えて、レフのレベルは72。 

 ウェルガリア広しといえども、上級職でこれ程、高レベルの者はそうは居ない。

 この場に居る者でも、魔剣士のアイザックでレベル61。

 狂戦士ベルセルクのボバンはレベル48。


 猛者揃いの山猫騎士団オセロット・ナイツですら、聖騎士パラディンのロブソンが42、戦乙女ヴァルキリーのジュリーが40といった感じである。 これらと比較すれば、いかにレフ・ラヴィンという男が規格外ということが分かる。


「……どうやら竜騎士団が到着したようですね。」


 そう問い掛けるライル。

 だがアイザックは上空に飛ぶ黄金の飛竜を見て、一言こう漏らした。


「……レフ」


「ん? アイザックさん、何か言いましたか?」と、ライル。


「……何でもない。 よし上空の敵飛行部隊は竜騎士団に任せろ! 俺達は地上部隊に専念する。 とりあえずゴーレムを撃破せよ! その後は確実に敵の術師を仕留めていくんだ!」


「了解!!」


 アイザックの号令と共に周囲の者達は大声で応じた。

 竜魔部隊の掩護がなければ、ゴーレム軍団もそれ程怖くはない。

 所詮、相手は操り人形マリオネット

 そして今まで通り氷魔法から風魔法のコンボでゴーレム軍団を撃破していく。


 竜騎士団の参戦によって、戦いの流れが明らかに変わった。

 騎士団長レフをはじめとした竜騎士ドラグーン達は獅子奮迅の働きで、竜魔部隊をだけでなく、魔族の飛行部隊を次々と撃破していく。


「こ、こいつ等……マジで強い! 一度後退した方がいいんじゃねえか?」


「……それが出来れば苦労はしない。 本陣からは撤退の命令は出ていない」


「……だけどこのままじゃ全滅だぞっ!?」


「ああ、そうだな。 それが本陣の意向なのかもな」


 興奮気味に語る竜魔に対して、淡々とそう答える緑髪の竜魔。


「なっ!? そんな滅茶苦茶じゃねえか!?」


「騒ぐな。 死ぬのも俺達の仕事のうちだ。 だがただでは死なん。 一人でも多く道連れにしてやる。 それが俺の竜魔としての矜持だ」


「……上等じゃねえか。 俺もそれに乗ってやるよ!」


「丁度いい具合に敵さんが来たぜ」


 前方からやって来る黄金の飛竜に騎乗した竜騎士ドラグーン

 その横に並ぶように、青い飛竜に騎乗した青い鎧の竜騎士ドラグーン


「カチュア、俺が左の奴をる。 お前は右の奴を頼む!」


「了解よ、団長!」


「では行くぞ! ――『アクセル・ドライブ』」


「せいっ! ――『アクセル・ドライブ』」


 そう言葉を交わして、二人は中級風魔法を詠唱。

 それと同時に飛竜の飛行速度が加速された。

 瞬く間に敵との間合いが詰まった。

 すると騎士団長レフは手にした黄金の斧槍ハルバードに光の闘気オーラを宿らせた。

 そこから飛竜の鞍から腰を浮かせて、手にした黄金の斧槍ハルバードを右手に持ち――


「喰らえ! ――ヘキサ・スキュアー!!」


 レフはそう叫びながら、帝王級の槍術スキルを放った。

 黄金の斧槍ハルバードの穂先を神速の速さで前方の竜魔に突き刺した。

 最初に額、左目、右目。 そして次に喉元、胸部、腹部の合計六箇所。

 それらの急所を瞬時に狙い撃った。 まさに電光石火のような一撃だ。

 合計六発の突きが綺麗に敵の急所を抉りぬいた。


「ぐ、ぐあああぁっ!?」


 断末魔を上げながら、地上に落下する竜魔。

 

「流石、団長ね。 わたしも負けてられない! ――ブラスト・ジャベリン!」


 そう叫びながら、青い鎧の竜騎士ドラグーンカチュアは、手にした群青色の斧槍ハルバードに光の闘気オーラを宿らせて投擲。 投擲された群青色の斧槍ハルバードは、竜魔の胸部に突き刺さる。 急所に加えて、肺を潰されたら、竜魔といえど呪文は詠唱できない。


「――リバース!」


 カチュアがそう口にすると、竜魔の胸部に突き刺さった斧槍ハルバード念動力サイコキネシスによって、傷口を抉りながら、カチュアの手元に手繰り寄せられた。 武器を投げるのは最後の奥の手だが、カチュアのように念動魔法を使えば、いくらかリスクを減らす事も可能だ。


「これで終わりよ! ――ヴォーパル・スラスト!」


 左手で飛竜の手綱を操りながら、前方に加速したカチュアが上級槍術スキルを放ち、その白銀の穂先を竜魔の眉間に突き刺した。


「ぐ、ぐっあああぁっ!?」


 流れるような動きで華麗に竜魔を仕留めるカチュア。

 身長は175と竜人族の女性としては、平均値よりやや下だが若干二十二歳ながら、竜騎士団の切り込み隊長に任命されたのは、伊達じゃない。


「団長、こっちも片付いたわ」


「ああ、流石はカチュアだ」


「い、いえ……これくらいなんてことありません」


 レフの言葉に少しだけ頬を赤くするカチュア。

 しかしレフはそんなカチュアの表情に気付く事もなく、左手を大きく上げながら、こう宣言した。


「よし、既に我等の勝利は確約された。 後は竜騎士団の全軍を持って、魔王軍の飛行部隊を壊滅するぞ!!」


「はい!」「おおっ!」


 四時間後。

 空中戦において、圧倒的な火力と機動力を誇る竜騎士団の前に魔王軍の飛行部隊は為す術もなく、蹴散らされた。


 特に騎士団長レフ・ラヴィンは、鬼神の如き強さで魔王軍を恐怖のどん底に叩き込んだ。 槍を持たせれば天下無双。 敵が逃げたら、得意の電撃魔法で一掃。 もちろん彼以外の竜騎士ドラグーンも大活躍した。


 切り込み隊長のカチュア・アルグランスは、レフに勝るとも劣らない勢いで次々と魔王軍の兵士を斬り捨てた。 その結果、魔王軍の飛行部隊は壊滅状態となり、

 空からの支援をなくした魔王軍の地上部隊も連合軍に猛攻の前に、港町クルレーベまで撤退せざるをえなかった。 


 これによってヒムナート平原の二日目の戦いは四大種族連合軍の勝利で終わった。

 連合軍の死者182人に対して、魔王軍は倍以上の443名。

 ウェルガリア歴1601年8月29日、竜騎士団の本格参戦も決まり、連合軍の士気は高まりつつあった。


 果たしてこのまま連合軍が勢いに乗ったまま、港町クルレーベを奪回するのであろうか。 あるいは魔王軍には何か秘策があるのであろうか? それはともかく連合軍の兵士達は、今夜は勝利の余韻に酔いしれるのであった。

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