第146話 妙な違和感

 

 翌日の正午。

 俺達が中堅都市ホルトピックに到着した頃には、既にケビン副団長が率いた猫族ニャーマン軍が待機していた。 いや厳密に言うと、港町クルレーベに侵軍して魔王軍と交戦したらしいが、想像以上に魔王軍が手強くて、撤退したという事らしい。


 やれやれ、俺達の到着を待っても良かったんじゃねえの? とも思うが、事前に敵と戦って敵の兵力や力を知ったのは悪い話ではない。 とりあえず俺達は、ホルトピックの居住区の高級住宅街にある猫族ニャーマン王族が所有するやしきを仮の作戦司令部とした。 


 一部の者を除き、大半の者には旅の疲れを癒すべく、臨時の休暇が与えられた。

 だが残念ながら、俺達『暁の大地』は、レビン団長やケビン副団長に同席する事になった。 まあこれも仕事のうちだからな。 文句は言うまい。


 十五分後。

 俺達は居住区の高級住宅街にある大きな邸の前に到着。

 みずみずしい緑と花に囲まれた清楚な木造の二階健の猫族ニャーマン王族の別荘だ。

 へえ、悪くない趣味じゃん。 俺こういう雰囲気も好きよ。


 そして邸内に入ると、猫族ニャーマンの執事とメイドに案内されて、大広間へ移動した。別荘内は外観に対して内装は非常に簡素な風景となっていたが、必要最低限に置かれた調度品のセンスは良い。 掃除もきちんと行き届いているな。  いいね、こういう別荘。 俺も欲しいわ。


「では我々は外で待機しておきますので、何かあれば御呼びください」


「うむ、ご苦労だ。 メルデン」


 黒と白のぶち猫の猫族ニャーマンの執事にそう声をかけるマリウス王子。

 とりあえず俺達は大広間の中央にある黒樫の長テーブルを囲むように椅子に腰掛けた。 テーブルの左側にマリウス王子、レビン団長、ケビン副団長、それからアイザックとネイティブ・ガーディアンの魔導師ソーサレスリリア、それと見慣れない猫族ニャーマン三人組が座っている。


 そしてアイラ、兄貴、ドラガン、ミネルバ。 

 それと俺、エリス、メイリン、マリベーレという席順で右側に座った。

 独特の緊張感が走り、最初はしばしの沈黙があったが、レビン団長が落ち着いた口調で話し会議が始まった。


「それでは港町クルレーベ奪還作戦について語りましょう。 本作戦は、私、レビン・シュトライザーが総指揮を執らせていただきますが、私一人の力では勝てません。 ですから皆様のお力を貸していただきたい」


「うむ。 ケビン副団長、そして傭兵、冒険者部隊を率いるアイザック殿。 そして『暁の大地』の方々の協力なくして、この戦いに勝利はないであろうな」


 レビン団長の言葉の後にそう付け加えるマリウス王子。

 まあでもそれは最低条件だな。 

 全員が団結したうえで、相手の弱点や隙を突かないと勝つのは厳しいだろうな。


「うむ。 そうですな。 では敵と交戦した我々から報告する事があります。 まず敵の戦力はおそらく五百前後といったところでしょう。 敵の主力はまだ大猫島に待機していると思われます。 ですがクルレーベを占拠している魔族の中に吸血鬼ヴァンパイアが居ます。 既に多くの者が血を吸われ、吸血鬼化、あるいはグール、グーラ―化しており、現在のクルレーベは悲惨な状況になりつつあります」


 ケビン副団長がつらつらとそう述べた。


「……吸血鬼ヴァンパイアか。 厄介な相手ですな」


 アイザックが一言そう漏らした。

 吸血鬼ヴァンパイアかあ。 伝説や冒険譚、怪談の類では有名だが実際に本物の吸血鬼ヴァンパイアに遭遇する事は、滅多にないだろう。


「ええ、私もその女吸血鬼ヴァンパイアと交戦しましたが、かなり手強い相手でした。 更に彼奴きゃつは無詠唱で中級の合成魔法も使いました。 正直彼奴に一人で勝つのは、かなり厳しいでしょう。 ですから彼奴の弱点を突くのがベストな選択肢と思います」


 そう言ったのは、魔導師ソーサレスリリアの右隣に座る豹柄の猫族ニャーマンだ。

 声からして雌の猫族ニャーマンのようだ。 品種は何なんだろう?

 でもこの場に同席しているから、多分、山猫騎士団オセロット・ナイツの一員っぽいな。


「ふむ。 吸血鬼ヴァンパイアの弱点と言えば、日光ですな。 それと銀製の武器、十字架、大蒜にんにく。 それに心臓に杭を打ち込むとか色々噂されてますな」


 ドラガンが一般知識の吸血鬼ヴァンパイアの弱点をあげていく。

 まあそれくらいなら、ここに居る連中は知っているだろうな。

 でも実際に効くか、どうかは試してみる必要があるからな。


「マリベーレ、使用する銃弾の中に銀製の物はあるか?」


「うん、いえ……ありますよ」


「なら念の為に銀製の銃弾を用意しておいてくれ」


「はい、そうしますね」


 兄貴の言葉にそう答えるマリベーレ。

 まあ気休めかもしれんが、やらないよりはいいだろうな。

 

「少しワシも意見述べさせてもらっていいですかのう?」


 毛がふさふさしている大柄の猫族ニャーマンがそう言ってきた。

 多分彼も山猫だろう。 そしてレビン団長が「ああ、構わんよ」と答えた。


「確証があるわけではないが、多分あの吸血鬼ヴァンパイアは日光に弱いと思う。 そこのジュリーが光属性の剣技を使った時には、露骨に嫌そうな顔をしたのじゃ。 それに奴が現れたのは夜間のみ。 ワシらが撤退した時も奴はおろか奴のしもべの吸血鬼化した者やグール化した連中も追って来なかったしのう」


「なる程、ならば攻撃するなら早朝が良いでしょうな」


 ドラガンの言葉に周囲の会議の参加者達も納得したように頷いた。

 だが俺はそこで妙な違和感を感じた。

 なんというか敵もそう来るのは、重々承知じゃないんだろうか?

 

 敵も馬鹿じゃない。

 俺達が早朝に戦闘を仕掛けてくるのは、予想しているだろう。

 まあ夜間になれば魔族の時間だ。

 そういう意味じゃ俺達には、早朝から戦うという選択肢しかないが、なんか上手く説明できないが、嫌な予感がする。


「あのう、少し意見を言っていいっスか?」


「ん? ああ、言ってみたまえ」


 レビン団長が俺の言葉にそう応じた。

 すると周囲の視線が自然と俺に集まった。

 少し緊張するが、ここは自分の直感を信じよう。


「敵の幹部クラスに吸血鬼ヴァンパイアが居るならば、当然敵も俺達が早朝に戦闘を仕掛けてくるのは、承知の上では? それを見越して何か罠を張っている可能性が高いと思うんスけど……」


「まあその可能性はあるな」と、兄貴がぽそりと呟いた。


「……確かに」


 ネイティブ・ガーディアンの魔導士ソーサレスリリアもそう言って、小さく頷いた。


「しかし現実的に考えて、我々が戦闘するに適した時間は、早朝から夕方までであろう。 夜間になれば、吸血鬼ヴァンパイアをはじめてとした魔族に分がある。 故に戦う時間はやはり限られる」


 レビン団長の言葉に周囲の者達も肯定するように頷いた。

 いやさ、それは俺も重々承知だよ?

 問題にしたいのは、『敵がどんな罠を張る』という点なんだけどな~。


「そう言えばケビン副団長の部隊が敵と交戦したそうですが、敵には吸血鬼ヴァンパイア以外にも、大物っぽい奴は居ましたか? 夜間戦に限定される吸血鬼ヴァンパイアだけでは、魔王軍を統括するのは、少し難しいのでは……とか思うんスけど?」


 この俺の問いに対しては、周囲の者達も「う~む」と唸った。

 すると場の空気を読んでか、ケビン副団長がこう告げた。


「我々は交戦してないが、大猫島からの生還者が言うには、敵に『竜頭りゅうず』の魔族が居たらしい。 恐らくそいつが今回の侵攻作戦の総指揮官だろう。 私の読みに間違いがなければ、そいつは多分、龍族りゅうぞくだ」


「「「「「龍族りゅうぞく!?」」」」」


 ケビン団長の言葉にレビン、マリウス、アイザック、ドラガン、リリアの五人が異口同音にそう叫んだ。 え? 龍族りゅうぞくってアレか? 

 英雄譚や冒険譚に時々出てくるあの龍族りゅうぞくか?

 俺のイメージでは、滅茶苦茶強いという印象なんだが……

 そんな伝説級の化け物が敵なのか? ……マジかよ。


「だが我々が戦闘した時には、その龍族らしき敵は居なかった。しかし確かに卿の言う通りだな。 仮にクルレーベに居る魔王軍を統括するにしても、夜間にしか行動できない吸血鬼ヴァンパイアだけでは、色々と不便が生じる。 それをサポートする敵の幹部が居てもおかしくないな」


 そうそう。 俺が心配しているのはそういう事なんだよ!

 魔王軍も大軍を率いて、猫族ニャーマン領まで侵攻してきた訳だ。

 ならば敵の首領とか幹部が何人かは居ると考えた方がいい。

 無論、ケビン副団長達が戦った吸血鬼ヴァンパイアは紛れもない強敵だろう。


 でもそればかり気を捕らわれて、敵の全容を見ないのは危険だと思う。

 その龍族以外にも居る幹部がどんな類の魔族か、それを知る必要がある。


「う~む。 しかし想像の翼を広げ過ぎて、戦いの好機を逃すのも危険だと思うニャン。 まずは敵と交戦してみないと分からない部分が多いニャン」


 そう異を唱えたのは、マリウス王子。

 だが王子の言い分にも一理ある。


「……一理ありますね。 とりあえずクルレーベを奪還する前に敵と交戦するのに打ってつけの場所はありませんか? 理想としては、平原や荒野が好ましいですが……」


 と、アイザック。


「それならばここホルトピックとクルレーベの間にあるヒムナート平原がいいでしょう。 どのみち魔王軍と何戦か交える必要があるでしょう。 その周辺を野営地として、敵の出方を見るべきと思います」


 アイザックの問いにそう返すレビン団長。

 まあそうだな。 クルレーベを奪還するにしても、その前に何回か魔王軍と戦うべきだろう。


 俺達は所詮、即席部隊。

 それに加えこの軍の大半が猫族ニャーマンだ。

 別に猫族ニャーマンを過小評価する気はさらさらないが、堪え性のない猫族ニャーマンが部隊の主力を務める事に一抹の不安がある。


「それもそうだニャン。 我が軍は一千を超える大軍ではあるが、それと同時に即席部隊でもある。 ある程度、敵と戦って軍隊としての練度れんどを上げる必要はあると思うニャン」


 これに関しては、俺もマリウス王子の意見に賛成だ。

 とにかく一度敵と戦ってみないと、色々分からない部分が多い。

 それに援軍の竜騎士団が来るまでは、戦力を無駄にしない方がいい。


「そうですな。 では左翼は我等、猫族ニャーマン部隊が務めましょう。 右翼部隊はアイザック殿率いる傭兵、冒険者部隊にお任せしてよろしいかな? それとマリウス王子には中央の本隊を指揮して頂きたいのですが」


「はい」


「了解ニャン」


 レビン団長の言葉に小さく頷くアイザックとマリウス王子。


「戦力の配分は左翼に三百、右翼に三百、中央の本陣に残り全軍を置きます。 まずは敵の戦力と能力を把握する事に専念します。 それとしばらくすれば、竜騎士団が加勢します。 本格的な戦闘は竜騎士団が加勢してから、という事でよろしいですかな?」


「まあそれが妥当でしょうな」


「うん、それがいいと思うニャン」


「拙者も同意見です」


「私も賛成です」


 レビン団長の提案にアイザック、マリウス王子、ドラガン、リリアも同意した。

 まあここはレビン団長の提案に従うのが無難だろうな。

 色々気になる点はあるが、確かに必要以上に相手を警戒し過ぎるのもアレだしな。 うん、多分俺の考え過ぎだ。


 だが後になって、俺はこの時の自分の直感に従わなかった事を後悔する羽目となった。


「では早速明日から港町クルレーベ奪還作戦を行います! 皆様、共に手を取り合ってこの手で港町クルレーベを奪い返しましょう。 我々は一人では弱い生き物ですが、ヒューマン、猫族ニャーマン、エルフ族、竜人族が団結すれば、必ず魔族に勝てると信じております! ですから力を合わせて戦いましょう!」


 レビン団長は席から立ちに力強くそう叫んだ。

 それに連動するかのように「はい!」と他の面々が呼応する。

 まあこうなればやるしかねえ。 猫族ニャーマン領が完全に陥落すれば、いずれリアーナやハイネガルが戦場になるのも時間の問題だ。


 だからここで魔王軍を食い止めるしかねえ!

 その為に、微力ながら俺も全力を尽くすぜ。

 高揚感と使命感が渦巻きながら、それぞれが異なる思いを抱いて戦地へ赴こうとしていた。

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