第119話 大きな時流の中で


 エリスと共に過ごした楽しい休日から三日後。

 俺達は拠点ホームの二階の談話室に集まっていた。

 今夜は旅芸人一座の仕事が入っていたが、急遽休演となった。

 今まではどんなに忙しくても、休演なんかしなかったのにな。

 というかドラガンと兄貴、アイラが非常に深刻な表情をしている。


 そして俺達もその理由をうっすらと察している。

 それはこのリアーナでもまことしやかに噂されている噂話。

 

 ――魔族が復活してエルドリア城を占拠した


 という話だ。

 正直最初は冗談と思った。

 だがここ二日程でエルフ領からの交易が途絶えており、このリアーナの市場にも影響が出始めている。 こうなると笑い飛ばせない何かを感じる。


「実はな。 しばらくの間、旅芸人一座の仕事を休業しようと思っている。 というか状況次第では永遠に休業だ。 それぐらい大きな危機が迫っている」


 と、神妙な表情でそう告げるドラガン。

 どうやら噂話は本当のようだ。 それくらいドラガンの表情は重い。


「実は猫族ニャーマン王室から急遽手紙が届いてな。 『手紙では詳しい内容は明かせないが、至急猫族のニャンドランド城に来てくれ』と、記されていた。 なので早速だが今夜にはニャンドランド城へ向かうつもりだ」


「……噂は本当なの?」


 と、歯に絹を着せず問うミネルバ。

 それは俺も、いやエリス、メイリン、マリベーレも聞きたかった話だ。

 こういう場合、率直に聞けるミネルバの性格が羨ましい。


「……お前等の知る噂はどんな噂だ?」


「……魔族が復活して、エルドリア城を陥落させたという話よ。 もう冒険者の間では有名よ? それで本当なのかしら?」


「……どうやら事実のようだ。 だから我々も身の振り方を考えねばならん。 エリス、メイリン。 君達は学生だったな? 今後、我々『暁の大地』は、魔族との激しい戦いに巻き込まれる可能性が高い。 だから今なら間に合う。今すぐ連合ユニオンを脱退して、ハイネガルに帰還する事もな」


 そうだな、これに関してはドラガンのある種の親心みたいなものだろう。

 恐らく俺達は今後猫族ニャーマンの王室か、ヒューマンの王室に仕えて、魔族との戦いに狩り出される事になるだろう。 だからその前に学生であるエリスとメイリンを脱退させる。二人の立場を考えたら、連合ユニオンの団長としてはそうすべきだ。 だがエリスとメイリンはやや怒って反論する。


「それはあんまりですわ、ドラさん。 ……いえ団長。 私もメイリンもこんな形で連合ユニオンを去るのは不本意です!」


「そうッスよ、団長! あたし達も皆と一緒に居たいッスよ!」


「しかしなあ~。 君達二人は学生だから、やはり学業に専念すべきだ」


 う~ん、ドラガンも辛い立場にあるな。

 戦力としてこの二人を失いたくない、というのが本音だろう。

 二人は優秀な魔法使いと回復役ヒーラーだからな。

 しかし二人の今後の人生を考えれば、という苦渋の決断だろう。


「それに団長、というかあたしもエリスも飛び級扱いで、この夏で既に学校は卒業済みですよ。 エリスはこのまま連合ユニオンに従事するつもりだったし、あたしも魔法大学の入学試験に合格したから、この一年間は冒険者として、連合ユニオンの一員として過ごすつもりです!」


「「え? 飛び級扱い??」」

 

 俺とドラガンが異口同音にそう口を揃えた。

 へ? んじゃエリスとメイリンは既に卒業していたの?

 おいおい、そんな話初めて聞いたぞ?


「……マジで?」と、ドラガン。

 

「マジですわ」と、エリス。


「うんうん、あたしもエリスも優秀ですからね」


 と、ドヤ顔のメイリン。

 でもこれに関してはドヤってもいいかもしれない。

 というか飛び級で卒業って少し凄くない?


 しかもメイリンは既に魔法大学の入学試験に合格してるだと?

 こいつ、普段はアホな言動が多いが、やっぱ地頭は良いんだな。

 ……俺なんて中卒ですよ? 中卒のしがない冒険者。

 まあ俺は俺で今の状況に満足してるから、いいけどさ。


「……そ、そうか。 ならひとまず学業の問題は片付いたな」


「でも二人は将来ある身だし、ここで手を引くのも一つの手よ?」


 と、胸の前で両手を組みながら、そう告げるアイラ。


「……そうだな。 正直魔族が相手となると今後どうなるか分からん。 最悪の死の危険性もある。 エリスとメイリンにはその覚悟はあるのか?」


 そう二人に問う兄貴。


「ありますわ、ライル兄様!」


「同じく! というか魔族相手の戦いになるんスよね? ならハイネガルに大人しく帰っても、状況次第じゃハイネガルも危なくなるんスよね? だったらあたしは守りに入るより、攻めますよ! ここで逃げたらメイリン・ハントレイムの名が廃りますよ!」


 まあこれに関しちゃメイリンの言う事も一理あるな。

 なんだかんだで俺達はここまで共に過ごした仲間。

 それを自分だけ逃げるなんて真似はやっぱり嫌だよな。

 正直今後どうなるか分からない。

 ならばこそ出来る限り仲間と同じ時間を過ごしたい、という気持ちは良く分かる。


「団長、兄貴。 二人は貴重な火力と回復役ヒーラーでもあるし、ここは二人の思う通りにさせてやってもいいんじゃないかな?」


「……そうだな、ライル、アイラ。 お前等の意見は?」


「……まあ卒業したのなら、彼女等はもう大人だ。

 ここは二人の意思を尊重してもいいと思う」


「私もライルと同じ意見だわ」


 兄貴とアイラが二人を見据えながら、そう告げた。

 するとエリスとメイリンは顔を見合わせて、「やったー!」とハイタッチした。

 その光景を見ながらミネルバとマリベーレも「うん、うん」と頷いている。


「だがこれからは本当に厳しい戦いになる。 今までのように行くと思うなよ?

 だから拙者とライルの命令には絶対に従え? いいな?」


「はいです、ドラさん!」


「了解ッス、ドラさん!」


「ドラさんじゃない、団長だ!」


「「はいっ!!」」


 ふふっ。 いつも通りの光景だな。

 こうしてまたこの二人と冒険出来ると思うと、やっぱり嬉しいぜ。

 まっ、エリスはともかくメイリンが調子乗るから、あえて言わないけどな。


「ならば善は急げだ! 準備が出来次第、瞬間移動場テレポートじょうからニャンドランドへ飛ぶ。 だがマリベーレは、ニャンドランドへ行った事がないので、マリベーレはアイラ、エリス、メイリンと一緒にニャンドランド行きの馬車に乗れ!」


「そうね。 私は行った事ないから、そうするしかないわね。

 でも三人も私に付き添う必要はないんじゃない?」


「気を悪くしないでもらいたいが、恐らく今回の謁見及び会議は、我々『暁の大地』の命運を左右する可能性が高い。 だからここは拙者とライル、ラサミス、ミネルバの四人で出向くつもりだ」


「……要するに私達は頼りないって事?」


 と、少しだけ拗ねるマリベーレ。

 まあ子供扱いされた事が少々面白くないのであろう。


「そうは言わん。 だが君はきちんとした敬語も喋れないだろ? 我々の間では構わんが、王族や各種族の重鎮の前でされたら、我々が困る。 まあ子供扱いされるのが、嫌なのも分かるが、ならばちゃんとした敬語や作法は覚えてくれたまえ。 それが一人前になるのに必要な過程だ」


「……うん」


「うん、じゃない」と、ドラガン。


「……はい」


 まあやや手厳しいが、こういう若手の教育も団長の仕事だからな。

 アイラは三人のお目付け役だろうが、エリスとメイリンも微妙な敬語だったりするからな。 正直今回はあの乗りで喋られると、連合ユニオンの品位と名誉に関わるからな。


「まあまあ、マリベーレちゃん。 私達も一緒だから」


「うんうん、女だけの旅を楽しもうよ?」


「三人の事は私に任せてくれ」


 エリスとメイリンがそうフォローして、アイラがそうまとめた。

 するとマリベーレも幾分か機嫌を直して「うん」と小さく頷いた。


「よしならば拙者、ライル、ラサミス、ミネルバの四人は準備が出来次第、瞬間移動場テレポートじょうへ迎え! 以上、解散だ!」


 さあて、今回は冗談抜きでマジな戦いになりそうだな。

 恐らくこれまでのような戦いとは違うだろう。

 だが俺もこの一年で随分と力をつけたつもりだ。

 魔族相手に俺の力がどの程度通用するかは分からないが、少しでも役立つなら全力を尽くすつもりだ。 とりあえずさっさと準備を終えて、さっさとニャンドランドへ向かうか。


 だが俺は後に思い知る事となった。

 魔族という種族の強さと残忍さ、そして徹底された完全実力主義。

 そしてそれは俺や俺の仲間だけでなく、ウェルガリア全土の民も思い知る事となるのであった。


 今――ウェルガリアの歴史が大きく動こうとしていた。

 その大きな時流の中で俺や俺の仲間の人生も転換期を迎えるのであった。

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