第98話 フォリスの森

 

 翌朝。

 短い眠りから目を覚めた俺は、シトラス川の水で顔を洗った。

 昨夜の睡眠時間は約六時間。

 

 まあ比較的眠れた方だろう。

 ここは戦場だからな。 寝られるだけで感謝せねばならん状況だ。


 その後、ドラガンや兄貴、アイラ、ミネルバも起きてきた。

 皆、俺と同じように川の水で洗顔する。


「昨夜はよく眠れたか?」


「うん、まあそれなりに」


 俺は兄貴の言葉に曖昧に頷いた。


「さっきナース隊長と会ったが、今朝は食事なしで給水を済ませたら、残敵掃討を再開するとの事だ」


 まあ下手に腹に何かを入れて、何時間も戦闘するのは、少々リスクが生じるからな。 ナース隊長の指示は特別間違ってないと思う。 だが彼は少々ムキになっている気がする。


 まあ彼の立場からすれば、今回の文明派の侵攻に強い怒りを抱くのは、理解できるが、必要以上に敵を追い詰めるのも危険な気がする。 昨日の戦いでも、追い詰められた敵兵が窮鼠と化した。


 その結果、少なくない被害も生じた。

 まあ俺達や山猫騎士団オセロット・ナイツはほぼ無傷だが、敵の兵数もまだ三百、四百人くらいは残っているだろう。


 残敵掃討に固執しすぎると、手痛いしっぺ返しを喰らうかもしれん。

 とはいえ俺には発言権などないからな。

 なのでここは不満は漏らさず、命令に忠実に従おう。


 午前八時過ぎ。

 ほぼ全員が起床して、川原に張られたテントを畳み終えた。

 そして給水だけ終えて、川原の近くで野陣を張ったナース隊長の許に赴いた。 するとナース隊長は意気揚々とこう述べた。


「おはよう、諸君。 それでは昨日に引き続き残敵掃討を開始する。 基本六人、七人で一組となって、この先にあるフォリスの森を突き進む。 そしてフォリスの森を抜けた先に、ダストア平原がある。 道中、魔物や魔獣と遭遇する可能性があるが、戦闘は最小限にとどめて、敵の追撃を優先せよ。 ダストア平原まで達したら、そこで追撃は中止する。 それ以上の侵攻は少々危険だからな」


 随分とざっくりとした作戦だな。

 森の中を突き進んで、魔物や魔獣を無視して、追撃を優先。

 口で言うのは簡単だが、いざ実践となると意外と難しいぞ?


 だが周囲のネイティブ・ガーディアンの兵士達は、特に不平を言う事もなく、「了解です!」とナース隊長の言葉に従う。


 う~ん、ナース隊長だけでなく、兵士達も気持ちが高ぶっているな。

 俺は兄貴やドラガンの表情を探るべく、二人の方に視線を向けた。

 すると兄貴とドラガンもやや渋い表情になっていた。


 やはり二人も思うところがあるのだろう。 ならば今回の追撃はあまり無理をしない方がいいかもな。 どうせ手柄を立てても、ネイティブ・ガーディアンの兵士に疎まれるだけだからな。 ならば俺達は裏方に徹するべきだな。


「それでは今より残敵掃討を再開する! 全軍戦闘準備に入れ!」


「ははっ!!」


 やや芝居がかったナース隊長の言葉に、ネイティブ・ガーディアンの兵士達は大声で応えた。

 そして俺達も八人一組になり、戦闘の準備を整えた。


 前衛に兄貴とアイラ、ミネルバ。

 中衛にドラガンと俺。 後衛にエリス、メイリン、マリベーレという配置。


「我々はあまり前に出過ぎないようにする。 どうせ手柄を立てても、疎まれるだけだ。 だからここは山猫騎士団オセロット・ナイツと連動して、安全にフォリスの森を進んでいくぞ」


「了解!」


 俺達はドラガンの言葉に頷いた。

 流石ドラガンだ。 ちゃんと状況を正確に把握しているぜ。

 そうだな、ここは無理せず山猫騎士団オセロット・ナイツと共に行動して、適当に追撃するふりをしていた方が賢明だな。

 そして俺達はフォリスの森の中へ突き進んだ。


 フォリスの森を突き進んで、三時間余り。

 俺達は道中に出た魔物や魔獣を次々と倒して行った。

 ナースの隊長の指示とは異なる行動だが、これはこれで大事だ。


 もし敵が捨て身になって、反撃してきたら乱戦になる可能性が高い。

 その時、血の匂いを嗅いで、魔物や魔獣が駆けつけてきたらどうする?

 そういう時の為にこの手の地道な作業が重要となる。


 そういう意味じゃナース隊長の作戦は穴が多い。

 いやナース隊長だけではない。 敵軍も大概、間抜けだ。

 恐らく今回の大聖林侵攻は、あの犬族ワンマンを生み出した事で良い気になった文明派の国王が命令を下したのであろう。


 確かにあの犬族ワンマンの戦闘力は侮れない。

 だが戦場の戦況を大きく覆す程の脅威には成りえない。

 そもそも単純な戦力という面においては、あの漆黒の巨人の方が遥かに上回っていた。


 だがあの漆黒の巨人ですらも、たった一体で戦局を大きく変える程には至らなかった。 そりゃそうだ。 猫族ニャーマンにしろ、ネイティブ・ガーディアンにしろ、一勢力ともなれば、それ相応の戦力を持っている。


 それをたかだが一戦力で、どうにかしようという事自体が無理な話である。

 前から思っていたが、エルフの文明派の行動は場渡り的だ。

 というかあまり戦争馴れしていない気がする。


 考えてみれば、各国、各種族間で不可侵条約が結ばれて以来、戦争らしい戦争は起きてない。 そりゃ各国にはそれなりの武力はある。 だが何処の国の部隊も実戦経験は殆どない。 


 だが冒険者もそうだが、実戦に勝る経験キャリアはない。

 つまりある意味では彼等はアマチュア。

 そしてそれはネイティブ・ガーディアンも同じかもしれない。

 お互い感情だけが先走り、作戦や戦術が杜撰になりがちだ。


 だからちょっとした事で、戦局が敵に傾く事もあり得るのだ。

 ならば俺達は無理をせず、地道にこの森の魔物、魔獣を排除すべきだな。

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