第94話 帰りを待つ者など居ない
「我は汝、汝は我。 我が名はクエス。 神祖エルドリアの加護のもとに……『ハイ・ヒール』!」
「うっ……ここは?」
バルデロンは地面から立ち上がり、左右に首を振った。
やはり妙な気分よね。 犬が人の言葉を喋ってるだから。
「どうやら気付いたようね?」
「あ、貴方はバロンワイズ殿っ!?」
「貴方、結構危なかったわよ? 何とか私が救い出して、
あの場は事なき得たけど、次からは油断しないようにね」
「……わかりました。 以後気をつけます」
本当に妙な気分だ。
犬に感謝の言葉を言われるのは、どうも変な感じだ。
だが現時点では、この喋る犬――バルデロンは重要な位置づけだ。
なにせあの
国王や上層部としては、投資した以上の成果を求めるのは当然だ。
だがこれまでのバルデロンの戦いぶりを見て、気付いた点がいくつかある。
確かにバルデロンは、
また
それに加えて犬の特性である嗅覚、聴覚、動体視力も大幅に引き上げられた。
それによりバルデロンは、敵の射手や
だが事、接近戦になると話は少し変わってくる。
確かにバルデロンの戦闘能力は高い。 だがそれは対人戦を想定したものではない。
そもそも体長七十セレチ(約七十センチ)程度の犬が訓練を受けた兵士相手と戦う事自体に無理がある。 むろん相手が弱ければ、勝つであろう。
しかし先程の戦いを見た限り、中級者以上の相手だと対人戦は厳しい。
となると戦場における彼の役割も限られてくる。
それは当然と言えば当然の話だ。
軍用犬に知性を与えたところで、たかが一匹の戦力で戦局が大きく打開される事などまずない。 あのブラックでさえ一体では、やれる事は限られていたのだ。
しかし私がこう進言しても、国王や上層部は納得しないであろう。
何故なら彼等は大金を叩いて、
ならば当然それ相応の成果が出るものと信じている。
まったくもって度し難い。
投資した分だけ必ず成果が出れば、投資家は苦労などしない。
だが今の私は立場が弱い。 半年前とは状況が違う。
故にこの不条理な命令と犬の世話役に徹しなければならない。
しかし今更この私に何があるというのだ?
もう母はこの世に居ない。 私の帰りを待つ者など居ないのだ。
そう思うと胸の内に空しさがこみ上げてくる。
「……バロンワイズ殿、どうされました?」
「いいえ、何でもないわ」
やれやれ、犬に心配されるとは、情けない限りね。
でも最後の
「こちらの前線も徐々に押されつつあるわ。 敵の
「そうですね。 敵の魔法銃は思った以上に射程距離が長いですよね。 正直私のような非力な
「ええ、だから私達魔法部隊はバルデロンと一組になって、バルデロンの嗅覚で索敵しながら、敵に攻撃しつつ、負傷した仲間を助けましょう」
「そうですね。 このままだと戦線がどうなるか分かりませんものね」
クエスの言う通りだ。
正直今回の遠征は勢いに任せた部分が強い。
敵も最初こそ奇襲に戸惑っていたが、もう落ち着きを取り戻した。
更には
ここで無理して戦死したら、それこそ犬死だ。
だからここは最低限の働きだけして、自分達の生命の安全を最優先する。
「分かりました。 私もバロンワイズ殿の意見に賛成です」
「そう、バルデロン。 貴方は貴重な戦力ですからね。 初陣で貴方を戦死させたら、それこそ私の立場がないわ」
「……お心遣い感謝します」
こうして話している分には、悪い奴じゃないのよね。
妙に素直だし、命令には忠実。 これも犬ならではの特性かしら?
何にせよ、こんな戦いで死ぬつもりはない。
生きる希望はないが、自ら死を選ぶ程、人生に絶望はしてない。
だから私は生きる為に自分の役割を果たすのだ。
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