第51話 漆黒の巨人ブラック(後編)


 一獲千金を夢見て人々が集まった金鉱町レバル。

 そして今は金塊の強奪を目論んだ連中と任務という名の大義を抱えた集団との苛烈な戦いが延々と繰り広げられていた。


 ガアァァァン!! ガアァァァン!! ガアァァァン!! 

 ガアァァァン!! ガアァァァン!! ガアァァァァァァン!!


 凄まじい衝撃音が轟き、大気が揺れた。

 だが相変わらず漆黒の巨人の前に立ちはだかる対魔結界は破れない。


 お互いの魔力を削りながら、攻防を繰り返す事十五分。

 既にこちら側――俺達六人と山猫騎士団オセロット・ナイツは、心身ともに疲弊していた。 いくら回復魔法で傷を癒しても、戦場で味合う重圧の前に否が応でも精神は疲弊させられる。


「ラサミス、大丈夫か?」


「ああ、兄貴。 だがこのままではジリ貧だぜ」


「そうね。 いくら魔力を回復しても、疲弊した精神までは回復できないわ。 このままではいずれ力負けするわ」


 エリスの言葉に俺達は小さく頷いた。

 傷や魔力は回復魔法や魔力回復薬マジックポーションで回復出来るが、疲弊した精神までは治せない。 そして精神が疲弊している状態で魔法を撃つと魔力が暴走する危険性がある。


 故にこの我慢比べの戦いは俺達の方が圧倒的に不利だ。 現にこちら側には既に何匹かの戦死者が出ている。 いくら対魔結界や回復魔法を用いても、あの強力な火炎弾を延々と放出されて、全員無事というわけにはいかない。


 現時点での戦死者は山猫騎士団オセロット・ナイツの三匹。

 二人が防御役タンクで一人が中衛だ。


 いくら魔力と魔法に長けた猫族ニャーマンといえど、こう何度も何度も対魔結界や魔法攻撃していたら、魔力も減少する。 周囲を見渡しても、肩で息する猫族ニャーマンが続出。


 それに対して眼前に立ち尽くす漆黒の巨人はピンピンしている。 どうやら敵は本当に無尽蔵の魔力を貯蔵しているようだ。 どういう原理かはわからないが、エルフ達はあの漆黒の巨人を魔力切れを起こさない生物兵器に仕立て上げたらしい。


 ――コイツはまずいぜ。

 

「レビン団長、少しよろしいですか?」


「何だね、ライル殿」


「このまま消耗戦を続けるのは危険です。 いずれ魔力切れを起こして、あの漆黒の巨人の火炎弾の餌食になるのは、火を見るより明らかです」


「うむ、確かにな……」


 兄貴の言葉に小さく唸るレビン団長。


「だからここは狙いを変えましょう。 あの巨人の右肩に乗っている女エルフらしき者こそが使役者マスター。 巨人を倒せなくても、その使役者マスターさえ倒せば、その主従関係は崩れます」


「うむ。 確かにこのままではいずれ我々が力負けするであろう。 そうだな、少々危険だが防御役タンク攻撃役アタッカーであの使役者マスターを狙い打つか……」


「はい、我々からは俺とアイラ、ラサミスがその役を引き受けます。 そちらからはレビン団長と前衛部隊の全員を参加させてください」


「わかった。 だがあの漆黒の巨人に接近するのはかなり危険だぞ? 君達は国王陛下の客人だ。 万が一戦死でもされたら、私は陛下に合わせる顔がない。 それにこれは我々の問題だ」


 と、レビン団長が渋面になる。

 だが兄貴はレビン団長を諭すように――


「いえ我々の問題でもあります。 故にそのような気遣いは無用です。 我々も冒険者の端くれ。 戦死を恐れるような臆病者ではありません。 なあ、そうだろ? アイラ、ラサミス」


「ああ、ライルの言うとおりです」


 アイラは毅然とそう答えたが、俺は即答を避けた。

 本音を言えば死ぬのは怖い。 俺は兄貴達のように強くはない。


 だがこの状況下で逃げ出す程、臆病者ではない。

 だから俺も控え目に「ああ」とだけ答えた。


「よし、卿らの覚悟は分かった。 ――全軍に告ぐ! これから我々前衛部隊は敵の巨人に突貫をかける。 中衛は付与魔法エンチャントとサポートに徹しろ! 後衛は回復ヒールと強化魔法に専念せよ!」


 金鉱町レバルの広場でレビン団長の声が響き渡る。

 そして彼の意図を理解した者達は、己の役割を果たすべく付与魔法エンチャント、様々な強化魔法を唱える。


「――お前等死ぬなよ。 我は汝、汝は我。 我が名はドラガン。 猫神ニャレスよ、我らに力を与えたまえ! 『フレイム・フォース』ッッ!!」


「ラサミス、頑張って! 我は汝、汝は我。 我が名はエリス。 レディスの加護を我が友に与えたまえ、『――プロテクト』!!」


 ドラガンに続いてエリスも強化魔法を唱える。

 敏捷性の高い猫族ニャーマンはクイックを、俺と兄貴とアイラは耐久力を上げるプロテクトを。


 それが全員に行き渡るとレビン団長は手にした大剣を天に掲げた。


「――では行くぞ! 敵に目掛けて突撃せよ!」


 その声と同時に俺達は地を蹴り、眼前の漆黒の巨人目掛けて突貫した。

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