第16話 戦う理由


 刺客の一人と交戦していたアイラも相手を打ち破り、前へ歩み出る。

 その光景を見ながらザインが奥歯を強く噛み締める。


「こいつ等をぶっ殺せ! 報酬は弾むぞ、行くぞおおおぉぉぉ――――」


 ザインが手にした短剣を頭上に掲げて、そう叫んだ。

 すると残された四人の刺客がそれぞれ武器を手にして突撃してきた。


「壇上のガキ猫共を人質に取れ! そうすればこいつ等は抵抗を止めるだろう!」


「あいよ、ザインの旦那! 任せろ!」


 壇上の近くに迫っていた刺客がそう返事して、壇上の子猫達に迫る。 


「――させるか! このドラガンが相手だ!」


 と、勇ましい声を発しながらドラガンを行く手を阻む。


「――猫族ニャーマン風情が調子に乗るな!」


 鋭い剣捌きでドラガンを狙う刺客。

 だがドラガンは身軽な動きで、攻撃を交わして、

 距離を取り片手で印を結んだ。


「我は汝、汝は我。 我が名はドラガン。 猫神ねこがみニャレスよ、我に力を与えたまえ! 『サンダー・フォース』ッッ!!」


 舞台用小道具の刺突剣の為に殺傷能力はないが、ドラガンは魔法戦士の

 戦闘スキルである付与魔法エンチャントの力で剣先に電撃属性を宿らせた。


 そしてその電撃属性に満ちた刺突剣で素早い突きを繰り出した。

 相手も手にした剣で受け止めるが、激しい電流でビリビリと身体を揺らす。



「ぐっ……ぐ、ぐおおおおおおっ……」


「――今だ! 食らえ、『ダンシング・ドライバー』ッッ!!」



 そう技名を叫びながら、ドラガンは踊り子のように舞う。

 そしてその華麗なまいから、眼に止まらぬ速さで鋭い突きを繰り出した。


 一撃、二撃、三撃と相手の腹部、胸部、眉間に命中する。

 電撃属性に加え、上級の細剣スキルで急所を狙い撃ちされては一溜まりもない。 

 男はパクパクと口を動かしながら、痙攣して地面にぶっ倒れた。 


 ――これで残り四人。

 思わず立ちすくむザイン達。


 そういう俺も思わず呆気に取られた。 

 あれが上級者の魔法戦士の実力か! 付与魔法エンチャントを自由に操り、

 更には閃光のような速度で繰り出される剣技。


「凄いッス、ドラさん! マジパネえ!!」


 と、メイリンがヒューと口笛を鳴らす。


「うんうん、カッコいいです!」


 と、やや緊迫感のない口調でエリス。


「油断するな! まだ敵は四人居るぞ、気合入れて行くぞ!」


「了解ッス、ドラさん! ならアタシもやっちゃうよ! 我は汝、汝は我。 我が名はメイリン。 行けえ、ウォータ!!」


 と、素早く呪文を詠唱して、敵の居る床下に水をばら撒くメイリン。

 そして『凍結フリーズ』と叫んで、間髪入れず水を凍らせた。


 単純な戦法だが、不意を突かれると意外と相手は戸惑う。

 不安定な氷の上で必死にバランスを取る刺客達。 

 この絶好の機会を逃す手はない。


 といわんばかりに兄貴は敵が落とした剣を拾い、全速力で間合いを詰める。

 その後を追うように俺も後に続く。


「――食らえ、『ファルコン・スラッシュ』ッッ!!」


 と、叫びながら兄貴が鋭く速い剣戟を繰り出した。

 その名の通り空を翔る隼のような鋭い太刀で、

 氷上に立つ刺客の右腕を切り裂いた。


「ぐはっ!? う、腕があああぁぁぁ……腕があああ……」


 と、手にした剣槍けんやりを落として、悲鳴を上げる。

 兄貴は腕を押さえる敵に目掛けて、軽くジャンプして顔面に

 膝蹴りを食らわせた。 そして鼻から噴水のような大量の鼻血を出して、

 氷上の上でのた打ち回る男。


「これで残り三人。 悪い事は云わん、大人しく投降しろ!」


「舐めるな! こちらも傭兵としての意地がある。 オラアアアァッ!!」


 兄貴の警告を無視して、戦斧を振り上げて前進する傭兵。

 ブルン、ブルン、ブルン。


 渾身の力を込めて戦斧を振り回すが、兄貴は涼しい顔で避ける。

 その動きにはまるで無駄がない。 これが一流剣士の動きなのか。

 必死な形相で戦斧を振り回す傭兵。 余裕の表情でそれを躱す兄貴。


「――遅い! 欠伸が出るぜ。 貴様、それでも傭兵か?」


「く、クソッ!! ならば……『ローリング・ブレイク』ッッ!!」


 そう技名を詠唱すると、戦斧の傭兵が独楽こまのようにグルグルと回り始めた。 回転に回転を重ねて、戦斧をぐるんぐるんと力強く振り回す。


 まともに当れば致命傷は避けられない。 

 だが兄貴の表情は相変わらず冷静だ。

 そして弓のように身体をしならせて――


「『ピアシング・ブレード』ッッ!!』


 と、技名を叫びながら遠心力を生かした鋭い突きを放った。 

 そしてその鋭い突きが傭兵の男の左大腿部に命中。 

 続いて右大腿部にも命中。


「ぐっ……ぐおおおっ……」


 と、呻き声を漏らして地面に崩れ落ちる戦斧の傭兵。

 それを狙い済ましたように、兄貴は両手で相手の頭を掴んで

 強烈な頭突きを食らわせた。一発目で鼻が折れて、二発目で相手の心が

 折れて、三発目で相手の意識が飛んだ。


 白目を剥いた戦斧の傭兵が力なく、床に崩れ落ちてピクピクと身体を痙攣させた。  返り血を浴びた兄貴が手の甲で血を拭う。


 まるで電光石火のような一撃だ。 俺は思わず「ごくり」と生唾を飲んだ。

 これで残り二人。 残されたのはザインと大剣たいけんを構えた男。


 そして大剣を手にした男が「うおおおおおお」と叫びながら、突進してきた。

 それと同時にザインが壇上に向って走り出した。


「まずい、ザインの奴。 子猫を人質に取るつもりだ! 

 ラサミス、大剣の男は任せた!」


「わ、わかったぜ、兄貴!!」


 と、返事して俺は腹に力を入れて、平静を保ったまま闘気オーラを練りだす。

 すると俺の両腕に凍てつくような氷のような青い闘気オーラが宿る。 


 頭上に掲げた大剣を渾身の力で振り下ろす男。

 それを俺は上級職であるさむらいが得意とする

 スキル『真剣白刃取り』の要領で振り下ろされた

 大剣の刀身を両手でガッシリと掴む。 

 すると氷の闘気オーラの効果で瞬く間に大剣の刀身がカチカチに凍りついた。 

「馬鹿なっ……!? 真剣白刃取りだとっ!!」


「んじゃ止めの一撃だ! 『フロスト・ナックル』ッッ!!」


 驚き慌てふためく男に俺は渾身の左右のストレートを繰り出した。

 左拳で相手の眉間を打ち抜き、そこから右拳で相手の顎の先端を打ち抜いた。


 男は「うごっ……」と低い声で呻きながら、後方に背中から倒れ込んだ。

 よし、これで残すはザイン一人!

 だがザインは疾風のような速さで壇上に迫り、ロープを取り出し。


「『バインド』ッ!」


 と、壇上に残っていた一匹の子猫に投げつけた。

 スキルにより魔力の込められたロープが、ぐるぐると子猫を

 巻き付けて動きを封じた。 そしてザインは子猫を縛ったロープを巻き戻して、

 手元に子猫を手繰り寄せた。


「ドラガン! た、たすけてええええええ――――!!」


「ダ、ダビデッ!?」


「動くんじゃねえ! 動くとこのガキ猫を殺すぞ!」


 と、ザインが短剣の切っ先をロープで縛られた子猫のダビデに向ける。


「ド、ドラガン、怖いニャ! 助けてニャ!」


「ザイン、き、貴様! 卑怯だぞ!?」


 歯軋りして悔しがるドラガン。


「なんとでも言え! 俺も遊びでやってるわけじゃねえんだよ。 

 へっ、ざまねえな、ドラガン。 

 たかが子猫一匹に狼狽するとは情けねえ限りだ。 

 そういう甘さがいざって時に命取りになるんだぜ、へへへ」


「……ダビデは大切な一座の仲間だ。 見捨てるわけにはいかん……」


 声を押し殺してドラガンがそう呟いた。


「ならさっさとお前等が持つ知性の実グノシア・フルーツの苗木を渡せ!」


「い、今ここにはない。 アレは別の場所で保管している……」


「ならコイツはしばらく預かる。 テメエらが知性の実グノシア・フルーツを持ってきたら解放してやるよ。 場所と日時はこちらが後で指定する」


 と、ザインは酷薄な笑みを浮かべて後ずさりする。

 まずい、奴をこのまま逃がすわけにはいかない。 


 だが子猫を盾にされては打つ手がない。 

 俺だけでなく、兄貴もアイラ、エリスやメイリンも悔しそうに憤慨する。


 だがその時、壇上の隅っこから二匹の子猫が忍び足で現れた。

 ザインはドラガンに視線を釘付けで、その背後の子猫に気付いていない。


 そして子猫の一匹が素早く駆け寄り、ザインの右腕に噛み付いた。

 思わず「うっ」と悲鳴を漏らし、ダビデを縛ったロープを床に落とすザイン。


 その隙にダビデが全速力で地を駆けて逃げ出す。

 更にもう一匹がザインの顔に飛び掛り、両手の爪で顔を引っ?いた。


「い、痛てえ! な、なんだ!? クソッ……このガキ!」


 怒ったザインが右腕に噛み付いた子猫を殴り飛ばし、顔に張り付いた子猫も右足で蹴り飛ばした。 床に叩きつけられて、ピクピクと身体を痙攣させる二匹の子猫。


「あ、アロン! ポロン! だ、大丈夫か! エリス、二匹にヒールをかけろ!」


「もちろんですわ! 子猫を虐めるなんて許せないです! 

 我は汝、汝は我。 我が名はエリス。 

 レディスの加護のもとに……『ヒール』!!」 


 エリスの銀の錫杖しゃくじょうの先から眩い光が放たれて、

 地面にうずくまる二匹の子猫を暖かく包み込む。 

 多分、これで子猫は大丈夫だろう。


「クソッ……ふ、ふさげんじゃねえ!」


 壇上付近でヒステリックに叫ぶザイン。

 そのザインを包囲するように俺達はゆっくりと歩み寄る。


「エリス、拙者に補助魔法の『クイック』をかけてくれ! 

 この下郎は拙者が倒す!」


「はいですの! 我は汝、汝は我。 我が名はエリス。 

 レディスの加護のもとに……『クイック』!!」 


 エリスが白い法衣を翻して、再び銀の錫杖から眩い光が放たれて、

 壇上に迫るドラガンを暖かく包み込む。 

 クイックは対象者の敏捷性を底上げする強化魔法だ。


「ザイン、拙者達を狙うだけならまだ許せた。 だが貴様は一座の子猫に手をかけた。 これは許されざる罪悪だ。 最早貴様を許すわけにはいかん、覚悟しろ!」


「う、うるせええ! 猫風情が上から目線で説教するんじゃねえ!!」


 我を失ったザインが手にした短剣を狂ったように振り回す。

 だが通常でも並外れた敏捷性を誇るドラガンはエリスの『クイック』で

 更に敏捷性を強化されている。 

 ザインの繰り出す刃を造作もなく避け続けるドラガン。


 そしてドラガンはその場でジャンプして、

 空中で一回転して綺麗に後方に着地する。


 ザインの刃を蝶のような舞で華麗に交わし、両足で華麗にステップを刻む。

 そして刺突剣の切っ先をザインに向けて――


「――必殺!! 『ダンシング・ドライバー』ッッ!!」


 と、技名を叫びながら、

 ドラガンは疾風のような回転突きを連続して繰り出した。 

五月雨のような鋭い突きがザインの全身を貫いた。


「ぐ、ぐっぐああああああああああああぁぁぁっ」


 耳をつんざくような悲鳴を上げて、膝から地面に崩れ落ちるザイン。

 そのザインの額に刺突剣の切っ先を突き刺すドラガン。


「チェックメイトだ、ザイン!!」


 最早勝負はついた。 それは誰の眼から見ても明らかだった。

 だが当のザインは歪んだ笑みを浮かべて「――舐めるなよ!」と叫んで、

 奥歯を強く噛み締める。 すると何かが砕けたような音がした。


「いかん、自決するつもりだ! ――とめろ!」


 と、兄貴がザインに駆け寄る。


「へへへっ……地獄で……待ってるぜ、ライル」


 とだけ言い残してザインは意識を失い、両眼を大きく開き、焦点を失った。


「馬鹿な真似を……」


 兄貴が憎々しげにそう呟いた。

 どういう形であれかつての仲間が毒で自決する姿を見て、

 気分がいいわけがない。 

 それはドラガンもアイラも同じ様であった。 


 視線を床に落として首を左右に振る二人。

 だがこれで目の前の危機は去った。

 複雑な表情のドラガンの周囲でダビデとアロン、ポロンの子猫達がはしゃぐ。



「ドラガン、ドラガン。 ボクらがダビデを助けたんだニャ。 

 褒めて、褒めてニャ!」


「アロン、ポロン。 危ない真似はしちゃ駄目だニャ。 

 ……でもありがとニャ」


「わーい、わーい。 ドラガンに褒められたニャ。 アロン、嬉しいニャ」


「ボクも嬉しいんだニャ。 ドラガンに恩返しできただニャ」


「お前等……泣かせるんじゃないニャ」


 と、目頭を熱くさせるドラガン。


 俺達は温かい目でドラガン達を見守る。 

 ドラガンは服の袖で顔を拭くと、こちらに振り返る。



「とりあえず危機は乗り越えたが、これからが本番だ。

 想像以上に厳しい戦いになるぞ。ラサミス、エリス、メイリン。

 お前等はそれでも付いて来るんだな?」


「ああ、乗りかかった船だ。 最後まで付き合うぜ」


 と、俺はぶっきらぼうに答えた。


「はい! ドラさん、ご指導ご鞭撻宜しくお願いします」


 エリスがペコリと小さく頭を下げる。


「当然ッスよ!最後まで付いて行くッスよ。アタシ達は仲間じゃないですか!」


 と、メイリン。

 俺達の言葉にドラガンは満足そうに頷いた。

 そして右手の肉球で羽根付きの青い帽子をクイっと押し上げた。



「お前等の覚悟はわかった。 ならば心行くまで拙者に付いて来い。 もうすぐ治安警察が駆けつけて来るだろうから、拙者とライルが事情聴取に行って来る。 とりあえず今夜はゆっくり休め。 そして明日からが本番だ。 まずはニャンドランド王国に向い、事の次第を猫族ニャーマンの国王に報告するぞ。 絶対に知性の実グノシア・フルーツを悪用させてはならんぞ! その為に我々は戦う! わかったな?」


「「「はい!」」」


 と、口を揃える俺達三人。

 これでもう後に戻る事は出来ない。 でも俺は後悔などしていない。


 少なくても今この瞬間だけは、皆と一つになれたのだ。 

 だから俺は戦う。

 兄貴を助ける為に、ドラガンやアイラの為に、

 そして弱い自分と決別する為に。

 


 ――俺は戦う


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