第8話 歪んだ欲望

 


エルドリア城の城門を潜り抜けたマルクスとザインは、

予め用意していたシャドウ・ゲートを潜り、エルドリア城近辺から脱出した。

シャドウ・ゲートは上級の暗黒魔法であり、一種の瞬間移動魔法テレポートだ。 


自分が訪れた事のある場所に入り口と出口を設置して、

好きな時にゲートを開いて、好きな時にゲートとゲートを繋ぐ事が可能だ。


魔剣士だけでなく、戦士ファイター、魔法使い、魔法戦士などの

様々の職業ジョブのレベルも高いマルクスだからこそ出来る芸当だ。


一瞬にしてエルドリア城からエルフ領の国境付近にワープする二人。

高い魔力と魔法数値を誇るマルクスは何も感じないが、

魔力系の数値が低いザインはゲートを潜る度に、激しい頭痛と痛みが伴う。 


「ハアハアハア……上手く行ったな、マルクス」


五千万グランの入った大きな皮袋を抱えながら、ザインがニヤリと笑う。


「ああ、とりあえず二億五千万グランだ。 二人で分けて一億二千五百万だ。 

 悪くねえ稼ぎだ」


「ホ、ホントに二等分でいいのかよ?」


「ああ、俺は約束は守る。 だがお前にはこれから別行動を取って欲しい」


と、ザインを一瞥するマルクス。


「え? 別行動? な、何をさせるつもりだ」


ザインの言葉にニヤリと微笑を浮かべるマルクス。


「お前にはあいつ等――ライルやドラガン達の始末を頼みたい。 奴等が残りの知性の実グノシア・フルーツを持ってるなら、それも奪え。 それをまたエルフに売る。 あるいはヒューマン、竜人に売るという手もありだ」


「そ、そうか。 確かに奴等の存在を忘れてた。 だ、だが俺一人じゃライルやドラガンをるのは無理だぜ……」


「わかっている。 だから俺の取り分から千五百万をお前に渡す。 それで傭兵なり、フリーの冒険者でも雇え。 いいか必ず成功させろ、ライルとドラガンの首を取ったら更に成功報酬も弾む……」


マルクスの言葉にザインは「ゴクッ」と喉を鳴らせた。

仮りにもついこの間まで所属した連合ユニオンの団長と副団長を殺せと命じる神経に畏怖の念を感じずにはいられない。 

だがそれ以上にマルクスは頼りになる。


あのエルフ族の王を相手にしても、怯むどころか恫喝するくらいだ。 

並の神経ではない。 

だがこの男と組んでいたら、間違いはない。 

ザインは冒険者としての才覚は二流以下だが、

その姑息さと狡猾さは一流といえた。 


「……分かったよ。 だがライルもドラガンも強いぜ? 特にライルは……」


 ライルの名を口にした途端、マルクスの表情が険しくなった。


「ああ、ドラガンも猫族ニャーマンにしては、かなりの実力者だが、奴は甘い。 奴が飼っている旅芸人一座のガキでも人質に取るんだ。 そうすりゃ奴は怯むだろう。 だがライルは……奴だけは注意しろ! ライルだけは格が違う!」


そう言って、マルクスは双眸を細めた。

苦々しい思いと、説明しがたい感情がマルクスの中で渦巻く。


ライル、お前だけは俺の事を竜人とか関係なく、

一人の男として見てくれたな。 

俺を差別もせず、特別扱いもしなかった。 

だからこそ俺はお前だけは信用してきた。 


だが闇に埋もれて、生きてきた俺には、お前は眩しすぎた。 

お前は何処までも一本気で、純粋な冒険心に溢れていた。 

それが羨ましくもあり、妬ましかった。


お前は神の遺産ディバイン・レガシーを前にしても、

生真面目に依頼者に報告すると告げたよな。 

その馬鹿正直さと真面目さには脱帽するし、嫌悪感すら抱いたぜ。


――真っ直ぐなお前を見てると、汚れた俺を否定されたような錯覚に陥る。

――だから俺はお前を……お前らを裏切った。 


――クソみたいな人生でも、真正面から否定されては我慢できないからな。

 

そして俺を嘲笑い、侮蔑した竜人共! 見ていろ、この禁断の実を使って、

このウェルガリアを滅茶苦茶にしてやる! 本音をいえば金なんかどうでもいい。


――俺はこの世界が憎い。 


俺を生み出した世界が憎い。 

だから俺は生きてる限り、災厄を振りまく。 

竜人、エルフ、ヒューマン、猫族ニャーマン


どいつもこいつも気に入らねえ! だから全てぶっ壊してやる!

そう胸中で呟きながら、マルクスは空を見上げた。


空は何処までも青く澄み切っていた。 

その青い空が眩しくもあり、愛おしかった。


あの青い空だけは変わらない。 

無力な子供の頃にみた光景と同じ空だ。


「お、おい……マルクス?」


「ああ、悪い……どうした?」


「どうしたじゃねえよ! こちらの要求通り三億五千万入れば、それも山分けでいいんだな?」


 ザインの浅ましいまでの言葉に、マルクスは思わず苦笑した。


「ああ、勿論だ。 だが全てを上手くコントロールにするには、手にした金を景気良く使う度量も必要だ。 なにせエルフ族だけでなく、ヒューマン、竜人も相手に交渉する予定だからな……」


「わ、わかった。 俺も全力でライルとドラガンをるよ。 交渉事はアンタに任せるよ。 で、でもよ……三億五千万あれば、もう充分じゃねえ?」


「……何が充分なんだ?」


マルクスの問いにザインは戸惑いながら、返答する。


「だ、だって三億五千万だぜ? 二人で割っても一憶以上あるんだぞ、それだけあれば一生遊んで暮らせるじゃねえか。 酒や女にも困らねえ。 でもあまり欲を掻くとヤバいだろ? いくら稼いでも死んだら、意味ねえだろ……」


「ふっ、お前らしいな。確かに死んだら意味はねえ。だが短期間で一生分の稼ぎを得るなら、命を惜しんでいるようでは駄目だ。 エルフだけでなく、ヒューマンも竜人も狡猾で浅ましい奴等だ。 そういう連中を相手にするんだ、こちらも命と身体を張るのは当然だろ? そんなに命が惜しいなら、この禁断の実でも食うか?」


そう言って、マルクスはニヤリと口の端を持ち上げた。


「い、いらねえよ! というかお前、ホントに……いや何でもねえ。 わ、分かったよ。 俺もマジでやるから、二人で大稼ぎしようぜ! 頼りにしてるぜ、マルクス!」


「ああ、お前には期待してるよ。 ドラガンとライルの件、任せたぞ」


「お、おう。 必ず奴等の首を取ってやるよ!」


ザインはそう言ったが、マルクスは彼には大して期待していない。


――ザインではライルをれねえのは分かっている。

――だがザインでもライル達の足止めくらいは出来るだろう。

――そして舞台が整えば、俺が直接この手でライルを殺す! 


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