第2話 可愛い幼馴染とお子ちゃまな魔女っ子


 俺の実家である『龍之亭りゅうのてい』はこの街でも四軒ある酒場の中でも一、二を争う人気の店だ。 親父とお袋が元冒険者という事もあり、客の大半を占める冒険者や傭兵などの荒くれ者のあしらい方に慣れており、時々客に混じって談笑している。


 親父は表裏のない真っ直ぐな性格で明るくて、口が上手いので客の評判は良い。 お袋も客や酔っ払いなどのあしらい方に慣れており、店のウェイトレスの女の子がセクハラ被害に合うのを未然に防ぐプロだ。

 

 料理の腕もプロ級で店のメニューは客に概ね好評だ。

 俺の眼からみてもそこそこ美人なお袋目当てで通う客も少なくない。


 なんでも冒険者時代は多くのファンが居たそうで、それなりにモテたらしい。 そのお袋に加えて若いウェイトレスを常に一人か、二人雇っているので、それ目当てで来る客も多い。


 そして今、俺が店の手伝いをしてる中、幼馴染であるエリスも白いブラウスと膝下まで丈のある赤いスカートの上に、長めの白いサロンエプロンをかけて店の手伝いをしてくれている。 エリスは時々こうしてうちの店を手伝ってくれる。 

 

 艶のある彼女の黒髪は耳を隠すほど伸びており、赤いリボンで結われた

 ポニーテールが肩まで届いている。 猫のように大きな蒼い瞳。

 

 やや丸顔だが眉目秀麗で美少女といっても過言はない。 

 体系はスリムだが、出るところは出ており理想的な体型といえる。


 おまけに明るくて素直な性格なので客は当然として、冒険者の間でも人気は高い。 加えて高い魔力と魔法数値を誇り、回復役ヒーラーとして需要のある女僧侶プリーステスなので、パーティや連合ユニオンの誘いも引く手数多。


 だが基本は神学校に通う学生なので、彼女は連合ユニオンの誘いは丁重にお断りしている。 連合ユニオンとは冒険者達を中心とした組合のようなものであり、基本は戦闘に長けた冒険者が大多数を占めるが、中には職人中心の営利目的な集団もある。


 大きい連合ユニオンになると、高レベルの冒険者が多く在籍しており、高レベルの職人スキルを持った職人も抱えて、戦闘にも財力にも秀でてた組織となり、冒険者だけでなく、時として国家や貴族、王族からも一目置かれ、彼らから依頼を受ける場合もある。


 もちろん俺はそんな連合ユニオンと縁はない。

 小さい連合ユニオンから誘われた事はあったが、全て丁重にお断りした。


 正直、小さい連合ユニオンに所属するメリットはないし、

 それでいて色々と拘束されるのが俺の性に合わない。 

 なんというか自由気ままの今が性に合っている。


 だが彼女――エリスは違う。


 正直最近のエリスは俺の眼から見ても時々胸がドキッとする美少女だ。

 おまけに性格も良くて冒険者としても優秀。 当然、人気が出る。

 だがエリスは色々な誘いを笑顔一つで断っている。


 多分、ほんの少しは俺に気を使ってくれてるのだろう。

 優秀な彼女に対して、何もかも中途半端で器用貧乏な俺。

 ガキの頃はともかく今の俺達がとてもつり合ってるとは思わない。


 そして他人も当然そう思う。 それが時々俺のちっぽけな自尊心を傷つける。

 だから最近では俺からはエリスと少し距離を取っている。


 なにせ最近ではパーティも組まず、一人旅ソロで雑魚モンスターを狩る日々だ。 最初は情けなかったが、そういう感情にも慣れると一人旅ソロの方が気楽でいい。


 だが彼女は今もこうして俺の傍にいる。 彼女はどういうつもりなんだろう?

 ただの幼馴染として? それともほんの少しは異性として俺を気にしてるのか?

 などと考えて自然と彼女に視線が向いた。


「ん? どうしたの? ラサミス」と、小さく首を傾げるエリス。

「い、いや何でもないよ。 悪いな、また店の手伝いしてもらって……」


「ううん、私が好きでやってる事だし、

それにちゃんとバイト料も貰ってるからね」


「そ、そうか。 ……学校の方はどうだ?」


「問題ないわよ。 先生も友達も良い人ばかりで楽しいわ!」


「……そうか、良かったじゃん」


「うん、毎日が充実してるわ」

 

 ヒューマン領で一番デカい国であるハイネダルク王国の王都ハイネガルでは、一五歳までは義務教育であり、国民の識字率も非常に高い。 俺も去年までは王立中等学校に通っていた。


 だが幼い頃から冒険者になると決意していた俺は高等学院に進学せず、

 そのまま冒険者稼業に就いたが、最近は少し後悔している。 

 エリスやメイリンが楽しそうに話す学校生活が羨ましくもあり、

 胸が痛む。 なんというか今の俺ってニートに近いかもしれない。


 仕事をしても一人旅ソロで兎狩りという他人に誇れない仕事。

 でもエリスや両親はそんな俺に普段と変わらぬ態度で優しくしてくれる。

 それがかえって辛い。 なんというか自分の駄目さ加減を痛感する。


「コラ、ラサミス! サボるな! お客さんに料理を運びなさい!」


 と、厨房で料理と格闘するお袋から怒声が飛ぶ!


「ゴ、ゴメン。 今すぐ運ぶよ!」


「これよ、フルーツケーキ一個とオレンジジュース一つ。 

 メイリンちゃんからの注文よ。ささっと運んできなさい!」


「はーい、というかメイリン来てたのか……」


 俺はトレイにフルーツケーキを乗せた皿とオレンジジュースの入ったグラスを乗せる。

 店内は客の笑い声で酒場特有の喧騒に満ちている。


 客層は基本男性客だが、お袋の作るお菓子の類が女性客にも好評で

 ちらほら女性客も居る。内装は随分とシックな装いだが、

 それが女性客が入りやすい雰囲気を醸し出している。

 結講……いやかなり繁盛してるな。 


「おっ、ラサミス! ちゃんと親孝行してるな!」


「ラサミスじゃねえか! お前最近一人旅ソロばかりしてるじゃねえか。 何でも一人で雑魚モンスター狩ってるんだって? それじゃ冒険者といえないぜ!」


「よう、器用貧乏! ここらで道楽は止めて、ちゃんと店を継いだ方がいいんじゃね?」


 顔見知りの冒険者や常連客が俺の顔を見るなり、言いたい放題。


「ははは……そうですね」


 俺は曖昧に笑いながら、適当にあしらう。

 そして俺は店内の奥のテーブル席へと向う。 

 ここがエリスやメイリンの指定席だ。


「おそ~い! ラサミス!」


 と、両手で頬杖をつく少女がこちらに視線を向けた。

 彼女が俺やエリスの友達のメイリン・ハントレイム。


 黒マントに黒いローブ。 

 茶色のブーツに紺色の三角帽子を被った、典型的な魔法使いの姿。 

 ピンクがかかった茶髪は綺麗なセミショート。 つぶらなみどり色の瞳。 

 顔は人形みたいに可愛らしいが、全体的に幼い雰囲気。 


 その顔に比例するように体系はやや幼児体系。 

 特に胸の辺りは見事なまでのまっ平ら。 所謂ロリっ子である。


 だが年は俺やエリスと同じ一五歳。 

 見た目はロリだが、彼女の実力は本物だ。

 主に魔法使いなどの魔法職を得意としており、レベルも高い。


 魔法や武器スキルは全部で初級、中級、上級、英雄級えいゆうきゅう聖人級せいじんきゅう帝王級ていおうきゅう神帝級しんていきゅうと七段階に分別されるが、メイリンはこの若さで聖人級まで使えるらしい。


 更には基本属性の火、水、風、土は当然として、

 それに光属性を加えた五属性の魔法を使いこなす。


 ちなみに属性は全部で、火、水、風、土、光、闇、無属性の七つあるが、水と風を合わせて電撃属性になったり、水を凝固させた氷属性も厳密には水属性にカテゴリーされるなど、結構ややこしい。


 無属性も念動ねんどう系魔法から気功術までと、

 その属性区分は、かなり幅が広い。

 正直俺もあんまりよく理解していない。


 また各魔法やスキルごとに熟練度があり、同じ魔法やスキルを

 使い続けると熟練度が上がり、魔法やスキルの威力や効力も向上する。

 故に初級魔法やスキルでも使い手によっては、かなり差が出る。


 メイリンはその辺りを上手く均等に上げているとの話だ。

 更に高い魔力と火力を誇り、攻撃役アタッカーとして存分に働き、

 このハイネガルでも少しは名が知れている。 四大元素魔法を中心に魔法を得意としているが、貧弱な肉体の為に持久戦には弱いという欠点を持つ。


「お待ちどうさま!」


「待ってました! マリンさん特製のケーキ! んじゃいただきまーす!」


 と、メイリンは言うなり、フォークを片手にフルーツケーキをムシャムシャと食べる。 ちなみにマリンとはお袋の名前だ。 親父はガイア。


「あぃかわらすここのケーキはおいひい」


「飲み込め。 食いながら喋るなよ! 一応、女子(じょし)だろ?」


 メイリンは口の中の物をゴクリと飲み込み、


「一応とは失礼な! れっきとした女子だ! 花も恥らう一五歳の乙女。 更には高い魔力と高レベルな魔法を使いこなすハイネガル一の魔法使い。 何処かの器用貧乏の生きた見本とは違うわよ! パーティからも連合ユニオンからもラブコールの連続。 そんな凄いアタシに器用貧乏で一人旅ソロで雑魚モンスター狩るアンタが上から目線で説教するなんて笑止千万!」


 と言って、えへんと(まっ平らな)胸を張る。


「相変わらず凄い自信だな。 よくもそう自画自賛できるものだ」


「自画自賛じゃないわよ、事実を述べてるだけなのさ、ふふん」


「へいへい、凄いね、メイリンは。 偉い偉い」


「むぅ、なんか馬鹿にされてる感じ、ラサミスの分際で生意気よ!」


 メイリンの言葉に俺は両手を広げて、おどけた。

 コイツは魔法職としては優秀なんだが、少し子供っぽい性格だ。

 さっきみたいに平気で自画自賛するし、少しでも否定されるとすぐヘソを曲げる。


 「空気読め」とか「上から目線かよ」と口癖のように言うが、

 自身が空気読めない言動や行動が多い事、常に上から目線な事に

 気づいてないお子ちゃまである。


 まあそういう所も含めてメイリンの個性だが、

 正直見た目で許されてる部分は強い。

 俺がそう思い小さく嘆息してると――


「あら、メイリン来てたの?」


 と、料理を運び終えたエリスがこちらに寄って来た。


「あ、エリス! ねぇねぇ聞いてよ! ラサミスが意地悪すんのよ!」


「いやしてねえし、勝手に話を捏造するなよ」と、突っ込む俺。


「いや女子に向って『それでも女子か?』的な発言はアウトでしょ?」


「……一般常識、マナーとして口の中に物入れて喋るモンじゃねえだろ?」


 と、軽く口論する俺とメイリン。


「まあまあ、二人とも落ち着いて! 仲良く、仲良くしましょう!」


 と、優しげな表情で場を和ませるエリス。


「……まあエリスがそう言うなら許してあげるわ! というかラサミス。 アンタ、最近は一人旅ソロばっかでパーティ組んでないでしょ? しかも雑魚モンスターを延々と狩ってるんだって? それじゃ駄目よ!」


「う、うるさいな、個人の好き好きじゃねえか!?」


 耳が痛い言葉だ。


「まあアンタは絵に描いたような器用貧乏だからね。 今のレンジャーで四職めだっけ? もう少し一つの職業ジョブを重点的に上げたら、もうちょいなんとかなるのにさ。 マメなのはいいけど、そんなんじゃ永遠の器用貧乏だぞ?」


「うっ……それを言うな!」


 メイリンの言葉が俺の胸にグサグサ刺さる。


「メイリン、言いすぎよ。 ラサミスも頑張ってるんだから~」と、エリス。


「いや頑張る方向性が違うし、ってこれじゃ話が進まないわ! 要するにラサミス! アンタは一人旅ジョブばっかりしてるから、たまにはパーティ組みなさい! んで光栄な事に私やエリスがパーティ組んであげようじゃないか!」


 メイリンは両腕を胸の前で組んで、ドヤ顔でそう告げた。

 やれやれ、一々上から目線というか素直に「パーティ組もうよ」と言えないのかね。


「え? 私も? まあ学校はもう夏休みだから問題ないけど!」


「じゃあ決まりね! 明日は三人でパーティ組んでギルドのクエストするわよ!」


 俺の了承もなく勝手に話を進めるメイリン。 

 相変わらずマイペースな奴だ。

 だがこの申し出自体は悪くない。 

 そうだな、ここ最近は一人旅ソロばかりなのは事実。 

 たまにはこいつ等とパーティ組むのも悪くない……かな。


「そうだな、久々に皆でクエストするのもいいかもな」


「素直に美少女二人と冒険できる事に感謝しなさい!」


「美少女二人? 確かに一人はエリスだな。 でももう一人は何処? 近くには幼児体型のお子ちゃましか居ないんだが……」


「お子ちゃまちゃうし、幼児体型言うな!」


「んじゃ明日の正午に冒険者ギルドで待ち合わせでいいか?」


「うん、わかったわ。 というか真顔で美少女言わないで!」


 少し顔を赤らめてエリスが俺の肩をポンポンと叩いた。


「んじゃ俺はまだ仕事あるから戻るな!」


「私も戻るね! メイリン、じゃあ明日ね!」



 背後から「お子ちゃま発言取り消せ!」とメイリンの声が聞こえてきたが、

 そこは華麗にスルーして俺とエリスはまた黙々と店の手伝いを再開した。

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