第25話 ドーバー海峡夜間砲撃戦③
1941年8月8日
このとき、「レパルス」に後続している「プリンス・オブ・ウェールズ」は既に主砲塔1基を喪失していた。
遡ること1分前、「プリンス・オブ・ウェールズ」が第4射を放った直後、凄まじい衝撃が艦の後部に叩きつけられ、ゴードン・カー艦長は思わずよろめいた。
「砲術より艦長。第3主砲に直撃弾! 射撃不能です!」
砲術長トニー・ストープス中佐から報告が届き、まだ斉射にも移行していないのにも関わらず、主砲火力の4割を喪失してしまった事実にカーは落胆したが、直ぐに気を取り直した。
「ひるむな! 3流海軍が建造した2流戦艦などに負けるな!」
カーは怒鳴った。
「見張り長より艦長。第4斉射命中弾1」
「プリンス・オブ・ウェールズ」が第5射を放ち、その直後、弾着した第4射弾が敵2番艦に対して命中弾を得た事が報された。
「次より斉射!」
「プリンス・オブ・ウェールズ」が斉射を放つまでの間に、敵2番艦から放たれた斉射が2度殺到してきた。
最初に命中した1発は、「プリンス・オブ・ウェールズ」の主要防御区画に張り巡らされた分厚い装甲が辛うじて弾き飛ばしたが、続いて命中した1発は、非装甲部を喰い破って、艦内で炸裂した。
「錨鎖庫損傷!」
「了解!」
被害報告に対してカーは即座に返答した。錨鎖庫の喪失は重大には違いなかったが、主砲火力をこれ以上喪失したり、艦底部を痛めつけられるよりは遙かにマシであった。
「プリンス・オブ・ウェールズ」が第1斉射を放つ。砲身の先から巨大な火焔がほとばしり、同時に、交互撃ち方のそれより遙かに強烈な砲声が轟き、艦が大きく傾いた。
主砲斉射の衝撃が収まった時、前を行く「レパルス」の火災がいきなり急拡大し始めた。「レパルス」も「プリンス・オブ・ウェールズ」同様、ビスマルク級の速射性能と38センチ砲弾の威力に押されているのかもしれなかった。
「『レパルス』より信号。『本艦被弾8。第2主砲、第3主砲損傷』」
通信長リチャード・ワット少佐から「レパルス」の苦境が報され、カーは唇を噛みしめた。
敵2番艦の斉射弾が着弾する。
弾着の瞬間、海面下の衝撃によって「プリンス・オブ・ウェールズ」が突き上げられたかと思いきや、何かを引き裂くような衝撃が艦体を貫いた。
被害報告が届く前に、「プリンス・オブ・ウェールズ」から放たれた第1斉射弾が敵1番艦を捉えた。
水柱のカーテンから敵2番艦が姿を現した時、爆発光が確認された場所から火災が発生してはいたが、敵2番艦が何か重大な損害を負っている様子はなかった。
「プリンス・オブ・ウェールズ」はまたしても命中弾を受けた。金属的な破壊音が艦橋直下から聞こえ、多数の乗員の悲鳴が「プリンス・オブ・ウェールズ」の艦上を木霊した。
「砲術より艦長。第2主砲損傷!」
ストープスから被害報告が届くが、それは「プリンス・オブ・ウェールズ」は第2斉射を放った時の砲声で遮られ、カーの耳には入ってこなかった。
この時、カーの頭にひとつの閃きがよぎった。
「艦長より航海長。速力23ノット!」
カーは航海長トニー・バートン中佐に命じた。速力を落とすことによって敵2番艦の照準を狂わせるという狙いがあった。その代償として、こっちから放たれる成射弾も当たりにくくなってしまうが、それは仕方が無かった。
「プリンス・オブ・ウェールズ」の艦首が大きく泡立ち、減速を開始し、続けて飛来してきた敵2番艦の斉射弾は全て艦の前方に落下した。
「よし!」
狙いが図に当たり、カーは拳を握りしめた。これで「プリンス・オブ・ウェールズ」は拡大しつつあった火災の消火活動に暫し専念することが出来る時間を手に入れたのであった。
だが、状況の変化はカーの予想を遙かに超えていた。
敵2番艦から放たれた射弾が着弾した5秒後、敵1番艦の主砲が旋回し始め、狙いを「プリンス・オブ・ウェールズ」に定めて砲撃を開始したのである。
「・・・!!!」
「『レパルス』より信号! 『我、舵故障。推進軸2基損傷』」
カーは驚愕し、次いで「レパルス」から沈没確実とも取れる被害報告が報された。敵1番艦は「レパルス」が沈没確実の損害を負い、もはや脅威にならないと見て、砲門を「プリンス・オブ・ウェールズ」に向けてきたのである。
「プリンス・オブ・ウェールズ」が残る第1主砲で敵2番艦に新たな斉射弾を放ち、応戦するが、それを押しつぶすようにして敵1番艦、敵2番艦から放たれた38センチ砲弾が「プリンス・オブ・ウェールズ」に殺到してきた。
最初に敵1番艦の砲弾が落下し、艦の後部から破壊音が聞こえてきたと思ったら、敵2番艦の砲弾が直撃し、艦底部からくぐもった炸裂音が聞こえてきた。
「缶室2室損傷! 速力4ノット低下!」
「予備指揮所全壊!」
被害報告が次々に飛び込み、「プリンス・オブ・ウェールズ」から放たれた斉射弾は敵2番艦の艦体を捉える事はなく、「プリンス・オブ・ウェールズ」に最後の瞬間がやってきた。
頭上を圧する轟音が全てをかき消し、カーは自分の体が凄まじい勢いでやきつくされつつあるのを認識したが、何か対処をする前にカーの意識は虚空へと飛んでいった。
「プリンス・オブ・ウェールズ」の艦橋に直撃した38センチ砲弾が、主要防御区画に張り巡らされた装甲を貫通し、艦橋内で炸裂した瞬間であった。
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