第24話 ドーバー海峡夜間砲撃戦②

1941年8月8日


 「ビスマルク」を相手取る事になったのは、レナウン級巡洋戦艦2番艦「レパルス」であった。


 「レパルス」は1916年8月に竣工した旧式艦であり、艦内各所の旧式化が進行していたが、それでも搭載されている38センチ主砲の威力はイギリス王立海軍指折りの破壊力であり、今次大戦では、新たに戦列に加わりつつある新鋭戦艦群に負けず劣らずの働きが期待されていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

イギリス王立海軍 レナウン級巡洋戦艦「レパルス」


全長 242.0メートル

全幅 27.4メートル

基準排水量 38200トン

速力 28.3ノット

兵装 42口径38センチ連装主砲 3基6門

   45口径10.2センチ3連装砲 4基12門

   10.2センチ連装高角砲 2基4門

   2ポンド8連装ポムポム砲 2基

   12.7センチ4連装機銃 4基16挺

同型艦 「レナウン」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「泊地から避難したところに『ビスマルク』が待ち構えているとはな。我々ははめられたに違いない」


 「レパルス」艦長ジョン・ホイットル大佐が忌々しそうに呟いた。


「ですが、ポジティブに捉えればドイツ海軍の柱たる2隻のビスマルク級戦艦をここで葬るチャンスです」


 副長フランシス・ウェスレー中佐が呟いた時、主砲発射を報せるブザーが鳴り響いた。


 鳴り終わるのと同時に、「レパルス」から3発の38センチ砲弾が音速の2倍の初速度で発射され、艦が強烈な衝撃を受け止めた。


 後ろを航行している「プリンス・オブ・ウェールズ」も新たな射弾を放ち、2万メートル先にいるビスマルク級戦艦2隻の艦上にも新たな発射炎が閃いた。


 敵弾の方が僅かに早く着弾した。


 着弾の瞬間、奔騰した長大な水柱が敵1番艦の姿を覆い隠したが、「レパルス」は小揺るぎもしなかった。弾着位置が遠いため、至近弾炸裂の衝撃も殆ど感じられず、艦底部から浸水の報告も入ってこなかった。


「敵戦艦新たな射弾放ちました!」


「速いな」


 ホイットルは独りごちた。


 ビスマルク級戦艦が桁外れの速射性能を有しているということは、昨年に惹起した海戦時に既に判明している。


 ホイットルとしては、その速射性能が威力を発揮する前に、敵1番艦を撃沈もしくは戦闘不能に追い込みたかったが、次の瞬間、「レパルス」は敵1番艦に先手を取られてしまった事を悟った。


 「レパルス」の右舷側と左舷側に水柱が奔騰したと思いきや、けたたましい破壊音が艦全体を包み込み、艦の前部から衝撃が伝わってきた。


「砲術より艦橋。第3主砲塔に直撃弾!」


「火薬庫注水急げ! 誘爆だけは不味いぞ!」


 砲術長エドワード・キャスター中佐からの報告に、ホイットルは反射的に反応した。


 ホイットルの中で、急に焦りの感情が増幅し始めた。敵1番艦よりも早く直撃弾を得なければならないという思いで挑んだこの砲戦であったが、最初に痛烈な一打を艦体に撃ち込まれたのは、「レパルス」の方になってしまったのである。


「速い!」


 ホイットルは目を見開いた。「レパルス」の被弾からまだ20秒も経過していないのにも関わらず、敵1番艦は斉射に移行したのである。


「艦長より砲術。直撃弾急げ!」


 ホイットルは思わず怒鳴った。先程の被弾によって「レパルス」が使用可能な主砲は2基4門にまで減少しており、更に命中弾を得るのは困難になっていると頭では分かっていたが、それでも怒鳴らずにはいられなかった。


 ホイットルのはやる思いにけしかけられるように「レパルス」が第6射を放った。


 「レパルス」に最初の直撃弾が出る前に放たれた、敵1番艦からの4発の砲弾が「レパルス」の前方にまとめて着弾し、水柱の中に「レパルス」は突っ込んでいった。


 崩れた水柱が、第3主砲塔の残骸を全て洗い流し、被弾の跡がくっきりと現れた。


 そして、敵1番艦の第1斉射弾が間髪入れずに「レパルス」の2発の直撃弾を与えた。


 今度の被弾は艦の後部に集中したようであり、程なくして「予備指揮所全壊!」「高角砲2基、機銃座1基損傷!」との報告が艦橋に届けられた。


 「レパルス」が放った第6射が敵1番艦に殺到した。


 水柱が奔騰し、その先におぼろげではあるが、爆発光が確認されたのをホイットルは見逃さなかった。


「いったな!?」


 ホイットルは思わず身を乗り出した。


「砲術より艦橋。次より斉射!」


 キャスターが交互撃ち方から斉射への移行を報告し、それに敵弾の飛翔音が重なった。


 「レパルス」の艦首に敵弾1発が命中した――ホイットルがそう認識した直後、艦首から凄まじい量の黒煙が噴き出し、28.3ノットの最大戦速を発揮していた「レパルス」が徐々に減速し始めた。


「艦長よりダメージ・コントロール・チーム。艦首隔壁の補強急げ!」


 ホイットルは隔壁の補強を命じた。艦首の被弾は大量の浸水を短時間で呼び込んでしまうため、早急に対処しなければ、「レパルス」は敵1番艦の動きに追随できなくなってしまうのである。


 被弾に悶える中、「レパルス」は第1斉射弾を放ち、敵1番艦の第3斉射弾が轟音と共に飛来してきた。


 英独戦艦の砲戦は今暫く続きそうであった・・・






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る