第23話 ドーバー海峡夜間砲撃戦①

1941年8月8日


「通信より艦橋。第5航空艦隊所属の爆撃機より受信。『敵艦隊一部がポーツマス泊地より脱しつつあり。敵は戦艦2、巡洋艦2、駆逐艦4』」


 通信長ゲルト・ザックス少佐の報告が、戦艦「ビスマルク」の艦橋に上げられた。


「総統のおっしゃった通りになったな」


 「ビスマルク」艦長エルンスト・リンデマン大佐は賛嘆の混じった声で呟いた。


――昨年9月末に打ち切られたイギリス本土に対する航空攻撃の再開がドイツ第3帝国総統アドルフ・ヒトラーの鶴の一声によって決定されたのは、丁度1週間前の事であった。


 この突然の決定に対して、空軍総司令官ヘルマン・ゲーリング、海軍総司令官カール・デーニッツといった高官達は「イギリス本土の防空網は非常に強力であり、フランス北部が空襲を受けている今、それを突破する余力は我が軍には存在しない」との理由で撤回を迫った。


 だが、ヒトラーは、「今回の航空攻撃の最終目標は敵の航空戦力撃滅ではなく、空軍戦力と海軍戦力を有機的に活用して敵艦隊、とりわけ主力の戦艦、巡洋戦艦を撃沈破する事である」として、作戦の実行に踏み切ったのであった。


 ヒトラーの狙いは今の所、完璧なまでに図に当たっていた。第5航空艦隊のHe110爆撃機が低空よりポーツマスに侵入し、滑走路、敵戦闘機、レーダーサイトなどを破壊した後、泊地に停泊していた敵艦隊に多数の爆弾を投下し、空襲を脅威に感じた敵艦隊の一部がまんまと泊地の外に出てきたのである。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ナチス・ドイツ海軍 ビスマルク級戦艦「ビスマルク」


全長 250.5メートル

全幅 36.0メートル

基準排水量 50405トン

速力 30.8ノット

兵装 48.5口径38センチ連装主砲 4基8門

   55口径15センチ連装砲 6基12門

   65口径10.5センチ連装高角砲 8基16門

   83口径37ミリ連装機関砲 8基16門

   65口径20ミリ単装機関砲 12基

同型艦 「ティルピッツ」

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「敵艦隊発見! 順次取り舵を切っています!」


 見張り長ハンス・ガウス大尉から敵艦隊発見の報せがなされ、リンデマンは暫し考え込んだ。


「戦場はドーバー海峡になるな」


「艦長より航海長。面舵一杯。敵艦隊を追尾するぞ」


 リンデマンが命令を発し、程なくして「ビスマルク」の艦首が右に振られた。


「『ティルピッツ』面舵。『シャルンホルスト』『グナイゼナウ』『プリンツ・オイゲン』続いて面舵」


 艦尾見張り員から僚艦の動きが逐次報され、遂に開戦の瞬間がやってきた。


「砲術より艦橋。敵中小型艦、突撃してきます! 速力30ノット以上!」


「『シャルンホルスト』『グナイゼナウ』『プリンツ・オイゲン』、第1駆逐隊に敵中小型艦の迎撃を命じよ。本艦と『ティルピッツ』は敵戦艦2隻を叩くぞ!」


 砲術長ルドルフ・カント中佐からの報告に対し、リンデマンは「シャルンホルスト」「グナイゼナウ」以下の艦艇に迎撃を命じた。「シャルンホルスト」と「グナイゼナウ」は28.3センチ3連装主砲3基を装備する巡洋戦艦、「プリンツ・オイゲン」は重巡洋艦であり、突撃してくる敵部隊に対して圧倒的に火力面で優位に立っていた。


 各艦から了解という返事が届き、「ビスマルク」「ティルピッツ」を残して突撃を開始した。


「砲術より艦長。敵戦艦との距離約20000メートル!」


 カントから敵戦艦部隊との距離が報され、砲戦開始を予期したリンデマンの体の中の血が逆流せんばかりに沸き立った。


「砲撃開始! 本艦目標敵戦艦1番艦! 『ティルピッツ』目標敵戦艦2番艦!」


「宜候。目標敵戦艦1番艦、砲撃始め!」


 リンデマンは力強い声で下令し、カントが命令を復唱するやいなや、「ビスマルク」の左舷側から火焔がほとばしった。


 同時に凄まじい砲声が、「ビスマルク」の周りに存在していた全ての音をかき消し、基準排水量5万トン越えの艦体が大きく揺さぶられた。


 各砲塔の1番砲から発射の余韻が収まったかと思いきや、2番砲が火を噴く。


 ビスマルク級戦艦の主砲斉射間隔は僅か18秒であり、この速射性能こそがこのタイプの真骨頂であった。


 イギリス戦艦の主砲の斉射間隔が約30秒~35秒程度と見積もられているので、ビスマルク級が倍近くの手数を稼げる計算である。


 リンデマンは不動の姿勢で弾着の瞬間を待った。


 初弾命中などという奇跡は望んでいなかったが、放たれた38センチ砲弾ができるだけ敵1番艦の近くに着弾することを願っていた。


 やがて、敵1番艦の前方、敵2番艦の後方にそれぞれ着弾の水柱が奔騰した。


 弾着位置は残念ながらかなり離れているようであった。やはり夜間20000メートルの砲戦では命中弾を得るまでに弾着修正をかなりの回数行わなくてはならないのだろう。


「敵1番艦砲撃始めました! 敵2番艦砲撃始めました!」


 「ビスマルク」が新たな射弾を放ち、敵戦艦2隻も砲撃を開始したのだった・・・

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