第18話 八八艦隊初陣②

1941年7月22日


 敵3番艦に直撃弾炸裂の閃光が発せられた瞬間、「土佐」艦長横川市平大佐は砲術長森田修也中佐に斉射への移行を命じた。


「『榛名』には感謝しなくてはな・・・」


 「土佐」の主砲が暫し沈黙している間、横川は大火災を起こして沈没しつつある「榛名」に心から感謝していた。


 第2戦隊が戦場に到着した時点で、敵3番艦に激しく痛めつけられていた「榛名」であったが、「土佐」が敵3番艦に対して交互撃ち方を行っている間、驚異的な耐久力で敵3番艦の砲火を吸収してくれた。


 「榛名」の粘りのおかげで、森田を始めとする「土佐」の射撃指揮所は落ち着いて弾着修正を行う事ができたのであった。


 主砲発射を報せるブザーが鳴り終わり、「土佐」の左舷側が真っ赤に染まり、強烈な衝撃が「土佐」の艦体を覆い尽くした。


「おっとっと・・・!!!」


 艦が右舷側に傾いた瞬間、横川は思わずよろめいた。横川は2年ほど前に伊勢型戦艦の砲術長の職にあり、主砲斉射時の衝撃には慣れているつもりであったが、5基10門の40センチ主砲を放った時の衝撃は、それとは比べものにならないほど凄まじいものであった。


 「土佐」の第1斉射弾が着弾する。


 既に大部分が火災に覆われている敵3番艦の艦上に新たな爆炎が躍り、突き上がってきた水柱が敵3番艦の姿を覆い隠す。


 水柱が崩れ、敵3番艦の姿が現れ、その艦上から新たな発射炎が確認された。


 「金剛」「榛名」の2艦から数十発の36センチ砲弾を撃ち込まれ、今、「土佐」の40センチ砲弾を喰らったのにも関わらず、敵3番艦はまだ戦闘能力を完全には喪失していないのである。


 レキシントン級巡洋戦艦は防御力が貧弱だという下馬評があったが、横川には敵3番艦が「土佐」と同等の防御力を持っているように感じられた。


 飛翔音が拡大し、敵弾が「土佐」に殺到する直前、「土佐」は第2斉射を放った。


 5基の砲塔から火焔が噴出し、雷のような砲声が天に轟き、発射時の衝撃によって「土佐」の艦体が大きく揺さぶられる。


「・・・!!!」


 「土佐」の左舷側に1本の水柱が奔騰し、次の瞬間、「土佐」の艦体を破壊音が貫いた。


「副長より艦長。後甲板損傷!」


 「土佐」副長飯田宏隆中佐が損害報告を報せ、横川は思わず唸った。敵3番艦は艦の半分以上が火災に包まれており、射撃照準が非常に困難になっているはずであったが、それにも関わらず、敵3番艦は第1射で「土佐」に命中弾を与えてきたのだ。


 「土佐」の第2斉射弾が落下した時、レキシントン級巡洋戦艦の特徴である細長い7本の煙突の内、4本が立て続けに倒壊し、艦橋にも1発の40センチ砲弾が命中したのが確認された。


 敵3番艦の速力が急激に低下し始めたが、その艦上に新たな発射炎が閃いた。


「まだやるのか!?」


 横川は叫び声を上げた。敵4番艦はもはや沈没確実の状況にも関わらず尚、主砲を発射したのだ。日本軍の大和魂があるならば、米軍に開拓者魂ありというのを敵3番艦から見せつけられたかのような感じがした。


 横川は「射撃中止」を命じたが、その命令が伝わる前に敵3番艦に対し「土佐」は第3斉射を放った。


 敵3番艦が放った生涯最後の2発の40センチ砲弾が「土佐」の後方に着弾し、入れ替わりに敵3番艦に2発の40センチ砲弾が命中し、敵3番艦が傾き始め、舷側からは多数の乗員が海へ身を投げ出している様子が確認された。


「敵3番艦撃沈確実!」


 見張り長谷屋豊成大尉が歓喜の混じった声で敵3番艦の撃沈を報せ、「土佐」の艦橋にいた幹部達も一斉に歓声を上げた。


 横川は即座に「目標、敵4番艦!」と命じ、後続の「陸奥」「長門」の援護に回ろうとしたが、その命令を発する必要はなかった。


「砲術より艦橋。敵4番艦航行停止の模様!」


 森田が報せてきた。「比叡」「霧島」を相手取って、「比叡」を返り討ちにした敵4番艦であったが、「陸奥」「長門」の両艦合計8基16門の50センチ主砲の前に遂に屈したのだ。


 そして・・・


「艦首見張り員より艦長。敵2番艦沈没しつつあります!」


 艦首見張り員より、残り1隻となったレキシントン級巡洋戦艦の沈没が報された。


「勝ったな・・・!!!」


 横川は呟いた。


 海戦は急速に終焉に向かいつつあった。艦隊の主軸となるレキシントン級巡洋戦艦4隻が沈没確実となった今、勝ち筋が無くなったと見て、巡洋艦以下の艦艇が戦場からの離脱を開始していた。


「旗艦より入電。『逐次集まれ』」


 2戦隊旗艦「加賀」より命令電が入ってきた。近藤長官も海戦が終結しつつある事を悟ったのだろう。


 海戦には勝ったが、こちらも「扶桑」「山城」「金剛」「榛名」「比叡」が沈没確実であり、巡洋艦以下の艦艇も多数の艦が撃沈破されている。


 隊列を整えた後は、沈没艦の乗員の救助作業が開始されることとなろう。


 後世に「マレー沖海戦」と呼称される事となった海戦は終結し、守り切られた陸軍部隊は2日後、無事にマレー半島へ上陸を開始したのであった・・・


 第1章 完






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る