第13話 水上の狩人④

1941年7月22日


 第1戦艦部隊を基幹とする北回りの部隊が日本軍と激しい砲撃戦を交わしていた頃、第2戦艦部隊を基幹とする南回りの部隊は進撃を継続していた。


 南回りは北回りよりも、敵輸送船部隊までの距離が遠くなってしまうので、未だに敵部隊と接敵していなかった。


「どれくらいでしょうかねぇ。ジャップの護衛戦力は」


 「コンステレーション」副長ロナルド・ファーゴ中佐は艦長ジョン・ケリー大佐に聞いた。


「第1群が既に接敵していて砲火を交わしているが、日本軍は8隻の戦艦を擁していたとの事だ。いずれもイセ・タイプ、フソウ・タイプ、コンゴウ・タイプといった旧式艦らしいが」


「ジャップ自慢の八八艦隊エイト・エイト・フリートは出てきていないんですかね?」


「そのようだな。だから、我が部隊が突入したときには、全てが終わっているかもしれん。戦艦数4対8とは言え、レキシントン級巡洋戦艦4隻が旧式戦艦8隻相手に敗北するとは到底思えん」


「じゃあ、帰りますか?」


 ファーゴが冗談混じりに言い、ケリーが苦笑した。


「そんなことしたら、予備役一直線だぞ。俺も副長もまだ予備役は早いだろう」


 ケリーがそう返したとき、「コンステレーション」の射出機から弾着観測機「キングフィッシャー」が射出され、束の間、艦尾方向から爆音が聞こえてきた。


 キングフィッシャーが敵艦隊を発見したのは、約10分後の事であった。


「キングフィッシャーより報告。『敵部隊発見。巡4、駆4。戦艦は確認出来ず』」


 「コンステレーション」通信長レイモンド・ラムゼー大尉より報告が上げられ、艦内がにわかに騒然とし始めた。


「『レキシントン』より入電。『艦隊針路5度』」


 第2群の総指揮を任じられている「レキシントン」艦長フェリックス・スタンプ大佐から針路変更の命令が下され、程なくして「レキシントン」の巨体が転舵を開始した。


 発見された敵部隊の規模は、巡洋艦、駆逐艦各4隻。巡洋戦艦2隻、巡洋艦3隻、駆逐艦8隻の陣容を誇る第2群と比較して劣勢と見て、スタンプか即座に敵部隊と勝負することを決めたのだろう。


「噴煙見えます!」


 見張り長ロイ・ハイランド少佐が報せ、「レキシントン」より「全軍突撃せよ」との命令電が送られてきた。


 第2巡洋艦戦隊、第4駆逐艦戦隊が一斉に増速し、「レキシントン」「コンステレーション」の2隻を追い抜いてゆく。


 「コンステレーション」も加速してゆき、連装4基8門の50口径40.6センチ主砲が仰角を掲げ始めた。


「艦長より砲術。敵巡洋艦のタイプ報せ!」


「タカセ・タイプです! 敵1番艦との距離12000メートル!」


 ケリーは砲術長シルベスター・フォーリー中佐に質問し、答えは即座に返ってきた。


「タカセ・タイプか・・・。詳細は不明だな」


 タカセ・タイプは4年前から竣工し始めた日本海軍の中では、比較的新しい部類に入る巡洋艦であったが、それ以上の事はケリーは知らなかった。タカセ・タイプ1番艦竣工時に列強各国が情報開示を求めたものの、日本海軍がそれを拒否したからである。


「1番艦は『レキシントン』に任せるぞ。本艦目標敵巡洋艦2番艦。砲撃始め!」


「目標敵巡洋艦2番艦。砲撃始め!」


 フォーリーがそう復唱し終えるやいなや、主砲発射を報せるブザーが鳴り響いた。


 それが終わるのと同時に、前部2基4門の主砲からめくるめく火焔が湧き出し、落雷さもありなんの大音響が艦橋をスッポリと包み込んだ。


 敵巡洋艦4隻も「レキシントン」「コンステレーション」を射程内に捉えたのか、順次砲撃を開始する。


 弾着は「レキシントン」「コンステレーション」の2隻から放たれた40センチ砲弾の方が早かった。敵1番艦と2番艦の前方にそれぞれ4本の長大な水柱が奔騰し、その姿をしばし覆い隠した。


「コンステレーション」が第2射を放った直後、敵弾の飛翔音が聞こえ始めた。


「上手いな・・・」


 着弾の瞬間、ケリーは思わず呟いた。敵巡洋艦から放たれた20センチクラスの砲弾は半分以上が「コンステレーション」の至近距離に着弾したのである。


 だが、「コンステレーション」が揺らぐことはない。


「『レキシントン』挟叉されました!」


「敵1番艦取り舵! 敵2番艦取り舵! 3番艦以降も同様!」


 ハイランドが2つの報告を矢継ぎ早に報せてきた。


「奴らレキシントン級には敵わぬと見て、逃げ出したか?」


「『レキシントン』より入電。射撃中止。敵部隊を追わず」


「妥当だな」


 「レキシントン」のスタンプ艦長からの命令電に、ケリーも同調した。元々TF2の任務は敵部隊の撃滅ではなく、である。


 タカセ・タイプ4隻は惜しかったが、あっちから逃げていく以上、今はほっといても構わないだろう。


「魚雷が来てる!!!」


 不意に「コンステレーション」の前甲板から誰かの叫び声が上がった。


「何っ!?」


 叫び声の中の「魚雷」という言葉に反応したケリーは思考を中断して、艦橋の左舷側に走った。


 海面付近を見つめたケリーは目を見開いた。10条以上の白い雷跡が「レキシントン」「コンステレーション」の2隻に40ノット(時速74キロ)を遙かに超える速さで殺到してきていた。


「面舵! 『レキシントン』にも伝えろ!」


 ケリーは魚雷を回避すべく転舵を命じ、「レキシントン」にも危機を伝えようとしたが、全く間に合わなかった。


 「レキシントン」の下腹に雷跡が消えたかと思いきや、長大な水柱が2本、左舷側から奔騰したのである。


 「コンステレーション」が転舵を開始し、雷跡が右舷側に流れてゆき、やがて雷跡は全て海底深くへと消えていった。


 魚雷攻撃の回避を確認したケリーは次にどうすべきかを考え始めたが、その思考はまたしても日本海軍側の新たな動きによって断ち切られた。


「敵部隊突撃してきます! 30ノット以上!」










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