第12話 水上の狩人③
1941年7月22日
4戦隊、5戦隊に突撃を敢行していた敵部隊の内、巡洋艦1隻、駆逐艦2隻の舷側に水柱が奔騰し、行き脚を止めた直後、「伊吹」艦長矢野英雄大佐は、素早く周囲の状況を確認した。
敵巡洋艦6隻の内、1隻は魚雷命中直後の、弾火薬庫の誘爆によって轟沈しており、更に1隻が被弾によって戦闘能力を喪失したのか、艦首を反転させて戦場からの離脱を試みていた。
8隻の内、25%に当たる2隻を一瞬にして失った駆逐艦部隊も統制が乱れており、当分は脅威になりそうもなかった。
喫緊の課題は、無傷のノーザンプトン級重巡洋艦3隻で構成された部隊を排除することであろう。
「砲術より艦橋。健全な巡洋艦部隊はノーザンプトン級重巡洋艦3隻で構成されている模様!」
「伊吹」砲術長三好輝彦中佐が、接近してくる敵影を見抜き、艦橋へ報告を上げてきた。
ノーザンプトン級重巡洋艦はロンドン条約(ロンドン条約に関しては第2章で説明)後に建造された米重巡洋艦であり、前級のペンサコラ級に比べて防御力では勝っているが、砲力は劣っているという特徴があるとの情報を矢野は頭に入れていた。
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合衆国海軍 ノーザンプトン級重巡洋艦「ノーザンプトン」
全長 182.9メートル
全幅 20.1メートル
基準排水量 11830トン
速力 32.5ノット
兵装 55口径20.3センチ3連装砲 3基9門
25口径12.7センチ単装高射砲 4基
60口径40ミリ4連装機関砲 4基16門
12.7ミリ機銃 8基
同型艦 「チェスター」「ルイビル」「シカゴ」「ヒューストン」「オーガスタ」
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「目標敵巡洋艦1番艦。砲撃始め!」
「宜候。目標敵巡洋艦1番艦。砲撃始め!」
矢野の命令を、三好が即座に復唱し、主砲発射を報せるブザーが鳴り響いた。
「伊吹」の15.2センチ連装砲5基10門の内、各砲塔の1番砲から一斉に火焔が湧き出し、帝国海軍最新鋭軽巡が身震いした。
発射の反動が艦橋にまで伝わり、測距儀の針が振動した。
約40秒後、「伊吹」が第3射を放った直後、敵1番艦の左舷側に5本の水柱が奔騰し、大量の海水が敵1番艦の艦上に降り注いだ。
「第1射、遠!」、「右に修正」のようなやりとりが射撃指揮所内でなされ、「伊吹」の主砲が僅かに旋回し、第4射を放った。
「敵1番艦砲撃開始しました!」
との報告が、見張り長加賀山外雄大尉より報され、敵2番艦、敵3番艦も続けて砲門を開く。
ノーザンプトン級から放たれた20センチ砲弾は、3分の2が「伊吹」の近くに着弾し、残りの3分の1は後続の「浅間」の近くに着弾した。
「浅間」も敵2番艦に対し、砲撃を開始する。
「伊吹」から放たれた第2射弾、第3射弾、第4射弾が立て続けに着弾するが、命中弾はなく、敵2番艦から放たれた第2射弾が落下した。
「何かに掴まれ!」
矢野が短くそう叫んだ直後、敵弾の飛翔音が極限にまで大きくなり、それが弾けたと思った瞬間、「伊吹」が大きく振動した。
「不味いな・・・」
敵弾着弾の直後、矢野は呟いた。敵2番艦の第2射弾は「伊吹」に命中こそしなかったものの、「伊吹」を挟叉する事には成功したと悟ったのだ。次からは9発ずつの20センチ砲弾が「伊吹」目がけて飛翔してくる事となる。
「命中! 敵2番艦に火災炎確認!」
三好が砲弾の命中を報せる。命中弾を与えたのは「浅間」である。
「『浅間』斉射!」
「浅間」が斉射に移行し、多数の15.2センチ砲弾が敵2番艦を叩き潰すかと思われたが――
「敵1番艦取り舵! 敵2番艦、敵3番艦続けて取り舵!」
加賀山が敵部隊の動きの変化を報せ、ノーザンプトン級の艦影が右舷側へと流れていきつつあった。
「面舵! ノーザンプトン級を4戦隊、5戦隊の方向に行かせるな!」
敵部隊の動きの変化を把握した矢野は即座に転舵を命じ、敵部隊の動きに追随しようとしたが、それを遮る存在が次の瞬間現れた。
「敵駆逐艦部隊、左舷より接近! 4・・・5・・・6隻!」
「何っ!?」
突如出現した新たな脅威に対し、矢野は暫し絶句した。
「巡洋艦の動きは囮か!」
敵部隊の動きの真意を見破った矢野は吐き捨てるように叫んだ。敵巡洋艦部隊は敵駆逐艦部隊が、3水戦の魚雷攻撃による損害から立て直すまでの時間を稼いでいたのである。
「先ほどの命令取り消し! 本艦射撃目標敵駆逐艦1番艦!」
矢野は転舵し、敵巡洋艦部隊を追随することを断念し、敵駆逐艦部隊の撃破を優先するしかなかった。
13戦隊は敵駆逐艦部隊に対し、もろに横腹を晒しているような状況であり、このままでは「伊吹」「浅間」共に多数の魚雷を撃ち込まれて、海面下に消えてしまう運命となる。
「伊吹」「浅間」が敵駆逐艦1番艦、2番艦に対し第1射を放ったのは、30秒後の事であった・・・
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次回、南方面の戦況は――!?
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2022年4月12日 霊凰より
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