第10話 水上の狩人①
1941年7月22日
このとき、第3水雷戦隊は旗艦「川内」を先頭に立てて、敵巡洋艦部隊、敵駆逐艦部隊との距離を急速に詰めつつあった。
「敵巡洋艦1番艦発砲! 続けて2番艦発砲!」
「取り舵、針路120度。右砲雷戦! 敵部隊を叩くぞ!」
「取り舵一杯。針路120度」
「宜候。取り舵一杯。針路120度!」
3水戦司令長官藤田類太郎少将が命じ、「川内」艦長島崎利雄大佐が下令し、航海長森下信衛中佐が即座に復唱した。
「川内」は基準排水量5595トンと、陽炎型駆逐艦の倍以上であり、直ぐには舵が効かない。暫く直進を続ける。
「前方に弾着3!」
「川内」の前方に弾着の水柱が奔騰する。3水戦は先手を取られる形となったが、まだ彼我の距離は14000メートル以上離れており、射撃精度は良好とは言えなかった。
約20秒後、「川内」が艦首を左に振り、転舵を開始する。
右前方に見えていた敵巡洋艦部隊が死角へと流れてゆき、新たな敵巡洋艦部隊が視界に入ってくる。
「敵巡洋艦、砲撃中止!」
「『吹雪』続けて取り舵。『白雪』続けて取り舵」
天谷翔矢見張り長が僚艦の動きを報せる。
「観測機より報告。『敵部隊との距離、12000』」
「司令官。魚雷を投下してしまいましょう。今が好機です」
「今か? まだ遠すぎるぞ」
3水戦参謀長大熊重義大佐の具申に、藤田は戸惑いの表情を見せた。
大熊は重巡「米代」水雷長、駆逐艦「陽炎」艦長などで培った、水雷戦に関する知見を買われて3水戦の参謀長に抜擢された人物である。その大熊が遠距離での及び腰の雷撃を提案してくるまど夢にも思わなかったからであった。
「今魚雷を投下すれば、前方の敵巡洋艦部隊の未来位置に魚雷を投下できる可能性大です。どうせ魚雷発射は2回投下できるので、1回目をこのタイミングでやるのは悪くない選択だと考えます」
「・・・よし、やろう」
藤田は魚雷発射を決心し、3水戦全艦に魚雷の発射を命じた。
「艦長より水雷室。魚雷発射始め」
島崎が命令し、4基8門の61センチ連装発射管から8本の魚雷が次々に発射されていった。
全長900センチ、直径61センチ、弾頭重量490キログラムを誇る高性能魚雷が敵部隊の未来位置目がけて海面下を疾走してゆく。
「『吹雪』より報告。『3水戦全艦魚雷発射完了』」
後続の「吹雪」以下の7隻の駆逐艦も魚雷投下を完了する。
投下された魚雷は「川内」が8本、吹雪型駆逐艦が各艦9本ずつ。計71本である。
「3水戦全艦。目標敵巡洋艦1番艦。砲撃始め!」
頃合い良し――そう考えた藤田は射撃開始を命じた。
「艦長より砲術。目標敵1番艦。砲撃始め!」
「宜候。目標敵1番艦、撃ち方始め!」
島崎が射撃指揮所に命令し、砲術長加藤仁太郎中佐が復唱を返す。
1拍置いて「川内」が第1射を放ち、前甲板からつんざくような衝撃が伝わってきた。7基7門の14センチ単装砲の内、敵1番艦を射界に捉えている第1主砲、第2主砲が射撃を開始したのである。
後部見張り員から、
「『吹雪』『白雪』『初雪』撃ち方始めました!」
「『叢雲』『白雲』『東雲』『薄雲』撃ち方始めました!」
という報告も同時にもたらされた。
「反航戦か・・・」
3水戦と敵巡洋艦部隊の彼我の距離が急速に詰まっていくのを見つめながら、藤田は呟いた。
「命中!」
敵1番艦も艦上に爆炎が躍る。「川内」が放った14センチ砲弾が命中したのか、それとも、吹雪型駆逐艦から放たれた12.7センチ砲弾が命中したのかは分からなかったが、日本側は先手を取ることに成功したのだ。
射撃可能になった後部の主砲が第2射を放った直後、黒い影が「川内」の左舷側を猛速で通過してゆき、僅かに艦体が振動した。
「当たったか!?」
島崎は反射的に叫んだ。
「敵弾1発が本艦左舷を通過! 短艇1隻損傷なるものの、戦闘・航行に支障なし!」
「了解! 被弾に警戒せよ!」
岡田春道副長が損傷を報せ、島崎が返答する。
「次より斉射!」
加藤が斉射への移行を報せてきた。島崎が被害確認を行っている間に敵1番艦に殺到した第2射弾が、敵1番艦を捉えていたのだろう。
「川内」の主砲が、主砲弾の装填を待っている間、敵1番艦の第2射が飛来し、後部から炸裂音と破壊音が伝わってきた。
「第5主砲損傷!」
加藤が被害報告を報告する。「川内」はまだ1回も敵1番艦に対して斉射を放っていないこの状況下で、主砲火力の7分の1を喪失してしまったのだ。
主砲斉射を報せるブザーが鳴り響き、それが鳴り終わった直後、14センチ主砲6門の砲口から、めくるめく閃光が走り、6発の砲弾が音速越えの速度で発射された。
後方から伝わってくる砲声も激しさを増す。「吹雪」以下の艦艇も命中弾を得た艦から斉射に移行し始めているのだろう。
14センチ砲弾が敵1番艦の頭上から降り注ぎ、吹雪型駆逐艦から放たれた12.7センチ砲弾が追い打ちをかける。
敵1番艦がおびただしい数の水柱に姿を覆い隠され、それが晴れたとき、敵1番艦の艦容は一変していた。
存在感を放っていた艦橋は高さが半分に減じており、少なくとも2基の主砲塔が使用不能になっているのが、「川内」の艦橋からでも確認された。
魚雷到達時刻まで、後2分を切っていた・・・
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次回、発射された71本の魚雷の運命は――!?
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2022年4月10日 霊凰より
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