第9話 開戦の号砲⑥

1941年7月22日


 「山城」「扶桑」の2戦艦から放たれた20発の巨弾は、大気を激しく振動させ、敵2番艦に向かって飛翔する。


 敵2番艦を囲むように水柱が奔騰し、敵2番艦に与えた損害を確認する前に、入れ替わりで飛来した敵2番艦の第4斉射弾が、「山城」を捉える。


 今度の被弾は1発であった。「山城」の艦体は激しく振動したが、主砲塔、射撃指揮所といった重要部位が破壊されたという訳ではなさそうだった。


 だが、度重なる被弾によって「山城」の艦体は激しく痛めつけられており、今年で竣工24年目の老体が、何処までレキシントン級巡洋戦艦の40センチ砲弾を耐え抜くことが出来るかは分からなかった。


「砲術より艦橋。先ほどの第3斉射、命中弾1!」


 田原砲術長より戦果報告がなされ、それをかき消すかのように敵2番艦から放たれた第5斉射弾が落下する。


 今度に被弾の衝撃は艦の前部から伝わってきた。着弾の瞬間、「山城」は海面に叩きつけられ、屑鉄をかき回すような耳障りな音が聞こえてきた。


「第1主砲損傷!」


「了解。砲撃を続行せよ」


 田原が報告を上げ、小畑長左衛門艦長は静かに返答した。


 更なる敵弾の飛翔音が迫る中、「山城」は第4斉射を放つ。


 半減の3基6門に減少しながらも、36センチ主砲は砲声を轟かし、6発の巨弾を叩き出した。度重なる被弾によって痛めつけられた「山城」の艦体が主砲斉射時の衝撃によって大きく軋む。


 敵2番艦の第6斉射弾が迫り、小畑は被弾を覚悟して身構えたが、今度は艦に衝撃が走る事も、艦の何処からか破壊音が聞こえてくる事もなかった。


 続く敵2番艦の第7斉射弾も命中することはない。第7斉射弾の狙いは極めて雑なものであり、一番近くに着弾した40センチ砲弾でも、「山城」から300メートル以上離れていた。


「弱っているな」


 第6斉射弾、第7斉射弾が外れたのを見た小畑は呟き、大野見張り長よりそれを裏付ける報告が上げられる。


「敵2番艦、速力低下。19ノット前後!」


 第3斉射弾の命中は1発のみという報告であったが、実は敵2番艦の水面下にもう1発が命中していたことをこの時、小畑は悟った。


 第3斉射弾の内、1発が「水中弾効果」を発揮したのだろう。


 「扶桑」の第3斉射弾も着弾するが、こちらも敵2番艦を捉える事はない。敵2番艦の速力急減によって射撃の諸元にズレが生じているのだろう。


 第4斉射弾を外した「山城」も残存3基の主砲で第5斉射、第6斉射と砲撃を繰り返し、第7斉射が着弾した時、敵2番艦の艦上に新たな閃光が走る。


「『扶桑』も直撃弾を得た模様!」


「よし! 畳みかけろ!」


 小畑は発破をかけ、はやる小畑の気持ちが乗り移ったこのように「山城」が第8斉射を放つ。


 だが、射撃を修正したのは、敵2番艦もまた同様である。


 「山城」が第8斉射弾を放った直後、破壊音が艦の後部から轟き、小畑はまたしてもよろめき、艦橋の壁に叩きつけられた。


「第6主砲損傷!」


「注水急げ!」


 これで、「山城」の6基12門の主砲の内、実に4基8門までが使用不能となった。もはや満身創痍と言っていいレベルである。


 「扶桑」の第7斉射弾が着弾した瞬間、敵2番艦の艦上3カ所に爆炎が躍り、何か細長い構造物が、天へと吹き飛ばされる。


 「山城」の第8斉射弾は1発も直撃しなかった。使用可能門数の減少によって、直撃弾を得ることができる確率が低下してしまったのだ。


 そして、「山城」の主砲が4発の36センチ砲弾を叩き出し、咆哮した直後、何かが頭上を圧したかと思いきや、艦全体を包み込む。


 何と敵2番艦は、この状況下で3発もの直撃弾を「山城」に命中させてきた。


 被弾の度に「山城」の艦体が悲鳴を上げ、前甲板上に散乱している角材が、至近弾による水柱にさらわれ、きれいさっぱり消滅する。


 被弾による損害報告が直ぐには上がってこなかった。被弾箇所が多い上に、「山城」艦上の状況が急速に悪化しつつあるため、損害の把握に非常に手間取っているのだろう。


 「山城」が次の斉射を放つよりも早く、敵2番艦からの第11斉射弾が殺到し、艦首から2度、連続して衝撃が伝わってきた。


「機関長、減速だ!」


 艦首に被弾したことを確認した小畑は血相を変えて、機関長美濃部三郎少佐に命じた。今の被弾によって艦首には巨大な破孔が生じているはずであり、このまま全力航行を続けた場合、急速な浸水を呼び込んでしまうからであった。


 「山城」が見る見る内に減速を開始し、3番艦の「扶桑」との距離が徐々に開いている。


 主砲も殆ど潰され、速力も衰え、廃艦同然になりつつある「山城」が第10斉射を放った。


 根拠は無かったが、艦長の小畑には、この斉射が「山城」生涯最後の斉射になることを確信していた。


「後は任せたぞ。『扶桑』」


 小畑は呟いた。敵2番艦にはこれまでに20発以上の36センチ砲弾を命中させており、かなりの損害を与えている。「扶桑」がきっと、いや、確実に「山城」の仇を取ってくれる――そんな思いが小畑の頭の中を駆け巡った。


 敵弾の飛翔音が迫る。


 「山城」の第5主砲に命中した40センチ砲弾が、弾火薬庫内で炸裂し、そこに保管されていた40発以上の36センチ砲弾が誘爆を始めたのは、次の瞬間であった・・・


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次回、水雷戦隊猛進。


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2022年4月9日 霊凰より



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