第6話 開戦の号砲③

1941年7月22日


 1番艦の「ユナイテッド・ステーツ」がイセ・タイプ2隻と激しく砲火を交わしていた時、3番艦の「レンジャー」はコンゴウ・タイプ1番艦への砲撃を開始しようとしていた。


「目標敵5番艦。砲撃始めます!」


 「レンジャー」砲術長チャールズ・ジルトパー中佐が報告を上げ、一拍置いて、「レンジャー」の左舷側から火焔が噴出し、砲声が轟いた。


 各砲塔の1番砲、計4門の50口径40.6センチ砲を発射した衝撃は強烈そのものであり、レキシントン級巡洋戦艦の特徴である7本の煙突が一時に倒壊してしまうのではないかと思わせる程であった。


 「レンジャー」が第1射を放つ直前、転舵を終えた敵5番艦、6番艦、7番艦、8番艦の艦上にも発射炎が躍る。


 敵5番艦、6番艦は射撃目標を「レンジャー」に、7番艦、8番艦は射撃目標を「サラトガ」に定めて砲撃を開始したようであった。


 砲煙が束の間、敵艦の主砲や艦橋を覆い隠す。


「『サラトガ』砲撃開始しました! 第11巡洋艦戦隊突撃します!」


「了解!」


 見張り長ゲイリー・ラフヘッド大尉の報告に「レンジャー」艦長トーマス・ムーラー大佐が即座に返答した。


 11巡戦はオハマ級軽巡洋艦「オハマ」「ミルウォーキー」「ルイビル」の3隻で編成された部隊であり、その後ろにはフレッチャー級駆逐艦8隻からなる第3駆逐艦戦隊が後続していた。


 「レンジャー」が放った40センチ砲弾4発、コンゴウ・タイプ2隻から放たれた36センチ砲弾8発が高空で交錯し、それぞれの目標へと飛翔してゆく。


 敵弾が着弾し、衝撃によって「レンジャー」の巨体が僅かに揺さぶられる。


 敵弾が命中した訳でもなく、至近距離に着弾した訳でもなかったため、衝撃そのものは非常に小さかったが、「レンジャー」が生涯始めて経験する衝撃であり、本当に日米開戦が現実のものになったという実感が湧いた。


 次いで「レンジャー」から放たれた40センチ砲弾が着弾する。


 こちらも、敵5番艦の前方にまとまって着弾したようであり、敵5番艦の艦上に火災炎が発生することはなかった。


「初弾命中はなしか・・・」


 ムーラーは第1射が命中しなかった事に対して僅かに落胆したが、初弾命中などという奇跡は滅多に起きないのが現実であると即座に思い直した。


 「レンジャー」が第2射を放ち、約10秒後、敵5番艦、6番艦が第2射を放った。


「速射性能はこっちの方が上か」


 コンゴウ・タイプが第2射を放ったのを見たムーラーは呟いた。レキシントン級巡洋戦艦の主砲の発射間隔は約30秒だが、コンゴウ・タイプの主砲の発射間隔はだいたい約40秒といった所であろう。


 「レンジャー」が放った砲弾が着弾する。


 先ほどよりも着弾位置は敵5番艦に近づいているようであったが、40センチ砲弾が敵5番艦そのものを捉える事はなかった。「レンジャー」の第2射弾も空振りに終わったのである。


 入れ違いに敵弾8発の飛翔音が「レンジャー」に迫る。


 頭上を押しつぶすような轟音が「レンジャー」の艦橋にも聞こえてきた。36センチ砲弾は40センチ砲弾と比較すると、1ランク落ちる兵器であったが、その迫力は40センチ砲弾に迫るものがある。


 弾着の瞬間、ムーラーの視界が水柱によって覆い尽くされ、僅かに遅れて艦の後部で爆発が起き、艦橋に振動が伝わった。


「大丈夫か!? 早急に損害報告報せ!」


 先に被弾を許し、ムーラーに始めて焦りが生じた。「レンジャー」を始めとするレキシントン級は「巡洋戦艦」に類別されている艦であり、「高速・軽防御・高火力」をコンセプトに設計されていた。


 そのため、舷側装甲が178ミリしか存在せず、36センチ砲弾の被弾でも十分に貫通を許してしまう危険性があった。


 「レンジャー」がお返しとばかりに第3射を放った。


「副長より艦長。舷側に被弾1。貫通を許さず!」


 斉射の衝撃が収まった頃、セシル・ヘイニー副長が報告を上げた。「レンジャー」の装甲は辛うじてコンゴウ・タイプの36センチ砲弾を弾き返すことに成功したのである。


「敵6番艦、斉射!」


 敵6番艦が斉射に移行した。先ほどの命中弾は敵6番艦から放たれた36センチ砲弾だったようである。


「『サラトガ』斉射!」


 後部見張り員より、歓声混じりの報告が上げられた。


 味方の朗報に、半ば反射的に反応したムーラーが後ろを見てみると、艦の後部に火災炎を背負いながら砲戦を継続している敵7番艦の姿が目に入った。火災炎はかなりの規模であり、「サラトガ」の格好の射撃目標となりつつあった。


 朗報の次には凶報が飛び込んだ。


「第3射、命中弾無し!」


「何をやっている!」


 ムーラーは怒鳴った。先に「サラトガ」が直撃弾を得た直後であり、「レンジャー」が直撃弾を未だに敵5番艦に当てれていない事が余計に情けなく感じた。


「次で当てます!」


 ジルトパーが声を張り上げてムーラーに言った。中々命中弾が得られない事に関して砲術長としてイラツキを隠し切れていない様子であった。


 「レンジャー」は第4射を放ち、各砲塔の2番砲から4発の巨弾が放たれたのは、次の瞬間であった・・・


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

次回、「レンジャー」猛反撃。


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2022年4月6日 霊凰より









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