第7話 開戦の号砲④

1941年7月22日


 敵弾の飛翔音が「レンジャー」の右舷側へと抜ける。


 直後、4本の水柱が奔騰し、水中爆発のエネルギーが「レンジャー」の艦底部を痛めつける。


 艦の動揺が収まった時、「機械室に軽微な浸水!」との報告が航海長サミュエル・カラレイ中佐より報され、休む間もなく敵6番艦から放たれた第1斉射弾が、「レンジャー」に飛来する。


 敵弾が着弾した瞬間、衝撃は感じたが、トーマス・ムーラー艦長は爆発光を確認する事ができなかった。新たな直撃弾は「レンジャー」の艦橋からは死角となる場所に命中したのだろう。


「砲術より艦橋。予備射撃指揮所、通信途絶」


 「レンジャー」砲術長チャールズ・ジルトパー中佐から損害が報される。


 敵5番艦に40センチ砲弾が襲いかかった。「レンジャー」の第4射弾が落下し、敵艦の後部に閃光が走った。ムーラーの目は、巨大な火焔が躍った瞬間、細長い艦上構造物が海面へと落下してゆくのを見逃さなかった。


「命中!」


 見張り長ゲイリー・ラフヘッド大尉が、歓声混じりに記念すべき「レンジャー」の最初の命中弾を報告する。


 敵5番艦の後部は早くも黒煙に包み込まれようとしていた。


 直撃弾は1発だけであったが、敵5番艦の損害が、既に直撃弾2発を喰らっている「レンジャー」よりも深刻なものであることは確実であった。


「砲術より艦長。次より斉射!」


 ジルトパーが交互撃ち方から斉射への移行を報せる。ジルトパーもこれまで敵戦艦2隻に一方的に巨弾を撃ち込まれていた現状を打開することができて、さぞ鬱憤を晴らせた事であろう。


 主砲弾の装填を待つ間、「レンジャー」に新たな敵弾が殺到する。


 敵弾の落下と同時に、艦の前部と後部で鋭い打撃音が響き、外れた砲弾が海面へと突っ込む。


「副長より艦長。第1、第2単装副砲損傷!」


「砲術より艦橋。第3砲塔に直撃弾。損害なし!」


 セシル・ヘイニー副長とジルトパーからほぼ同時に、たった今の直撃弾による損害を報告する。


 副砲に多少の損害を受けたものの、4基の主砲は全て健在であり、主砲斉射を報せるブザーが艦全体に鳴り響いた。


 鳴り止むのと同時に、「レンジャー」はこの日最初の斉射を放った。50口径40.6センチ連装主砲の砲口から、巨大な火焔が湧き出し、これまでに倍する反動が「レンジャー」を艦底部から突き上げた。


 鼓膜をぶち破らんばかりの砲声が、艦橋に押し寄せ、海が割れんばかりの大音響が轟いた。


 敵5番艦の艦上に新たな発射炎が閃き、束の間、艦を覆い尽くしていた黒煙が吹き飛ばされる。40センチ砲弾の直撃によってかなりの損害を負っているのにも関わらず、敵5番艦が臆した様子は微塵も無かった。


 「レンジャー」の第1斉射弾が落下し、敵5番艦の左舷側に水柱のカーテンを形成する。


 それが崩れ、敵艦が姿を現す。


 敵5番艦から噴出する黒煙の量は明らかに増えていた。「レンジャー」の第1斉射弾は敵5番艦に更なる損害を与えたのである。


 だが、「レンジャー」が4基8門の主砲で斉射を行う事が出来たのはたったの1回であった。


 敵5番艦から放たれた36センチ砲弾3発の内、1発が第2砲塔に命中し、更に敵6番艦から放たれた36センチ砲弾8発の内、2発がこれまた第2砲塔に命中したのである。


 「レンジャー」が断続的に震え、けたたましい破壊音が艦橋に聞こえてきた。


「砲術より艦長。第2砲塔損傷! 弾火薬庫注水します!」


「くっ・・・了解!」


 ジルトパーの報告を受け、ムーラーは唇を噛みしめた。レキシントン級巡洋戦艦の40センチ主砲は40センチ砲弾の直撃に耐えうるだけの装甲が張り巡らされていたが、36センチ砲弾3発の連続直撃には耐えきれなかったのだ。


 「レンジャー」は残された3基の主砲で第2斉射を放った。


 36センチ砲弾多数の被弾によって激しく痛めつけられていた「レンジャー」であったが、ダニエルズ・プラン艦に所属している艦としての、意地を見せつけるかのように40センチ砲弾を吐き出し続けている。


 敵5番艦の艦首に閃光が走り、30ノットの速力で疾走していた敵5番艦の速力が一気に半減以下になり、無数の塵や角材が、四方八方へと飛散した。


 「レンジャー」の第2斉射弾は、敵5番艦の艦首を撃ち砕いて、大量の浸水を呼び込んだのだ。


 かなり距離が開いていた敵5番艦、6番艦の距離が徐々に詰まり始める。


「止めを刺せ!」


 ムーラーが叫び、「レンジャー」が第3斉射を放った。


 斉射に移行した敵5番艦から6発の36センチ砲弾が飛んできたが、それらが「レンジャー」を捉える事はない。急激な速力低下と損傷拡大によって正確な砲撃が困難になっているのだろう。


 「レンジャー」の第3斉射弾が命中した瞬間、敵5番艦が大きく身震いしたように見えた。艦の2カ所に直撃弾炸裂の閃光が走り、奔騰した水柱が崩れた時、敵5番艦は大きく左舷側に傾斜し、水面下を泡立たせて、沈みつつあった。


 敵5番艦に新たな発射炎が閃く事はなく、航行不能になった敵5番艦を敵6番艦が追い抜かした。


「新たな目標、敵6番艦!」


 ムーラーは新たな目標への射撃変更を命じたのだった。


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次回、「山城」勇戦。


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2022年4月7日 霊凰より








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