第4話 開戦の号砲①
1941年7月22日
「海雲」の米艦隊発見から遡ること1時間前、合衆国側からの宣戦布告によって日米は戦争状態に突入した。
そして、午前6時15分、
「通信より艦橋。偵察機『海雲』より受信。『敵艦隊発見。位置台湾沖南500海里。敵は戦艦4、巡洋艦6、駆逐艦8。0615』」
「日向」通信長長瀬俊吾中佐の報告が、戦艦「日向」の艦橋に上げられた。
「北か」
4戦隊司令長官塩沢幸一中将は側に控えていた小野弥一参謀長と顔を見合わせて頷いた。
「4戦隊、輸送船団の北に布陣するぞ。5戦隊にも信号を送れ」
塩沢は4戦隊全艦を輸送船団よりも北に展開する事を決め、5戦隊の金剛型戦艦4隻にも付いてくるように命じた。
4戦隊、5戦隊と共に、13戦隊、第3水雷戦隊も移動を開始する。
11戦隊の高瀬型重巡4隻と、第22駆逐隊は南へと転針し、43駆は輸送船団を囲い込むように陣形を組み替える。
――日本側が陣形を組み替えてから、およそ1時間後、偵察機が発見した敵艦隊が姿を現した。
「見張り長より艦橋。北方向に噴煙多数!」
「全観測機を発進させよ。くれぐれも敵戦闘機の出現には気をつけるように」
敵艦隊が発見されるやいなや、塩沢は即座に下令した。
8隻の戦艦、2隻の軽巡の艦上から、次々に零式水上偵察機が射出され、敵艦隊の上空へと次々に向かってゆく。
観測機を発進させている間にも、彼我の距離は徐々に縮まってゆき、最初は点にしか見えなかった敵戦艦の姿が露わになる。
「砲術より艦長。『敵観測機発進中』」
「観測機ありなら30000メートルから砲戦を開始してもいいな」
「日向」砲撃長中川浩中佐が新たな報告を報せ、橋本信太郎艦長が独語した。
「いや、4戦隊や5戦隊の36センチ主砲では、30000メートルでレキシントン級巡洋戦艦の装甲を撃ち抜くことは出来ぬ。砲戦距離は踏み込んで22000メートルとする」
塩沢は観測機が使える状況下にも関わらず、距離を詰めての砲戦を選択した。レキシントン級巡洋戦艦が40センチ主砲を搭載している以上、危険が大きかったが、塩沢は利点を重視したのだ。
「砲術より艦長。敵戦艦1、2番艦取り舵! 敵戦艦3、4番艦続けて取り舵!」
中川が敵戦艦の針路変更を報せ、橋本は敵戦艦部隊の様子を双眼鏡越しに確認した。
敵戦艦部隊は1番艦から順に転舵しつつある。4戦隊、5戦隊に対して同航戦を挑もうというのだろう。
「取り舵一杯! 同航戦だ!」
「艦長より砲術。右砲戦。本艦目標敵戦艦1番艦!」
橋本が矢継ぎ早に2つの命令を発し、艦内2カ所から即座に復唱が返ってくる。
「取り舵一杯。宜候!」
「本艦目標敵1番艦。測的始め!」
「日向」は直ぐには転舵をしない。1万トン以下の軽巡や駆逐艦と違って、基準排水量3万トン越えの戦艦は舵が利き始めるまで約30秒の時間がかかるのだ。
その間に、13戦隊が3水戦が30ノット以上の高速力で敵艦隊への突撃を開始し、敵艦隊からも一部の艦艇が4戦隊、5戦隊がいる方向に突進してきている事が見張り員より報される。
「日向」の艦首が左に振られてゆき、後続の「伊勢」「扶桑」「山城」も「日向」の動きに追随する。
「敵1番艦との距離22000メートル! 測的完了しました」
「司令官!」
橋本が塩沢の方向を振り向き、塩沢も大きく頷いた。
「4戦隊、5戦隊、砲撃始め!」
「砲撃始め!」
塩沢が4戦隊、5戦隊に砲撃開始を命じ、「日向」の右舷側に、火の玉が爆発したのではないかと思わんばかりの火焔がほとばしった。
「日向」の後ろからの連続して砲声が轟く。「伊勢」が「日向」と同じく敵1番艦、「扶桑」「山城」が敵2番艦、「金剛」「榛名」が敵3番艦、「比叡」「霧島」が敵4番艦に対する砲撃を開始したのだ。
「日向」の全乗員の思いを乗せた第1射弾6発が敵1番艦に向かって飛翔してゆき、やがて、敵1番艦の後方に纏まって着弾した。
「直撃弾は発生せずか・・・」
第1射の結果を見た橋本は思わず落胆した。
大正年間に竣工した「日向」はそれだけ艦が使い込まれており、橋本が艦長に就任した昨年9月からは、連日連夜の猛訓練によってその技量を著しく上昇させていた。それだけに初弾命中が出なかったのは痛恨の極みであった。
「敵1番艦砲撃開始、第1射!」
「第2射、発射!」
見張り長と砲撃長からそれぞれ報告が上げられ、「日向」が各砲塔の2番砲で第2射を放つ。
「日向」が主砲弾の装填を待っている間に、敵1番艦から放たれた4発の40センチ砲弾が、高空の大気を振動させながら飛翔し、「日向」の前方200メートル付近に着弾した。
弾着と同時に名古屋城や姫路城の天守閣も及ばぬほどの雄大且つ長大な水柱が天へと突き上がり、その頂を「日向」の艦橋から確認することはできなかった。
「これが40センチ砲弾の威力か・・・!!!」
生涯始めて打ち込まれたレキシントン級巡洋戦艦の40センチ砲弾の威力に塩沢は震撼した。敵1番艦からの第1射は「日向」に命中した訳ではなかったが、至近弾炸裂の衝撃だけでもその威力を推し量るには十分過ぎるほどであった。
砲戦開始早々、レキシントン級巡洋戦艦の恐ろしさを感じることになった塩沢であったが、次の瞬間、それを吹き飛ばすような吉報が飛び込んだ。
「砲術より艦橋。敵1番艦に命中弾1確認! 『伊勢』の射弾です!」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
次回、「伊勢」が牙を剥いて――?
この作品が面白いと思ったり、この作品のこれからに期待したいという方は応援・フォロー・★をお願いします。
2022年4月4日 霊凰より
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます