08話.[もう逃げません]
「私も来たよー、って、深夜なのに勢揃いだねえ」
「前坂もいれば完璧だな、呼ぶか」
「宏一先輩、顔が物凄く引きつっていますけど……」
「気にするな、いつもこんな顔だ」
物理的に拘束をされているわけではないから座る。
ちなみに先程まで暴走していた大越はすやすやと寝ていて、そんな大越の頭を茉莉は撫でていた。
俺がそうしてもらいたいよ、全部が全部俺が悪いというわけではないのに……。
「また余計なことを言ったんですか、風心があんなに叫ぶなんておかしいですよ」
「俺はてっきり終わらせにきたと思ったんだ、だが、違かったみたいでな」
「なんでそうなるんですか」
「いやほら、終わる云々のことを出してきたのは大越だったからだよ」
「それは全部聞きましたけど……」
そりゃまあ友達の味方をするか、男子とか女子とかではなくていつも一緒にいる大越が相手だから当然のことだった。
こうなったら言い訳みたいなことをすればするほど立場は悪くなるばかり、大人しく黙っていることにしよう。
「泣いてる、どんな夢を見ているんだろ」
「宏一先輩が離れてしまう夢じゃない?」
「ありえるね」
離れようとなんてしていなかったのになあ……。
というか、いますぐどうにかなる問題でもないし、そろそろ部屋に戻って寝てもいいだろうか。
これ以上ここにいたところで全員寝不足状態で明日を迎えるだけだ、夏休みとか冬休みというわけではないから月曜日には普通に学校があるわけで、このままでは不味いだろう。
「ん……」
「お、風心さーん」
「……いま何時ですか?」
「もう二時だよ」
二時、普段なら絶対にこんな時間まで起きていたりはしない。
それだというのに眠たくないのはずっと目を閉じて寝転んでいたからだろう、単純に大越のことで寝ている場合ではないと脳が止めているのかもしれないが。
茉莉相手にも敬語を使っているということは相当精神的にやられたということだろうか、きっかけを作った自分としては謝罪をするのもなんだかなあという感じで。
「今日のところはもう寝ようか、ほら、お兄ちゃんも部屋に戻って休んで」
「お、おう」
「さ、私達は戻ろー」
歯を磨くために洗面所に移動して、少し迷ったものの風呂は朝に入ることにした。
五時ぐらいに起きれば女子達が起きてくるより先に行動できる、風呂から出たら紅茶でも飲もうと決めた。
「ああ~、ベッドは幸せだな~」
どこでも寝られるのは確かだが、これまで硬いところに寝転んでいたからその柔らかさにはついつい言葉が漏れた。
流石に柔らかい場所に寝転んでいたら先程とは違ってすぐに眠気がやってきて、任せようとしたところでできなかった。
「茉莉か?」
「あの……」
「はは、大越はその話しかけ方が好きだな」
声音よりも分かりやすい、すぐに次の言葉を発さなければ大越ということになる。
「あ、入ってくれ、もうここから動きたくないんだ」
「お、お邪魔します」
「別に変なことはしないよ、変な物もないから安心してくれ」
仮に恋人同士であっても今日みたいに過ごしていたら抱きしめる余裕もない。
久しぶりにへとへとになった、中学で部活をやっていたときはほとんど毎日こんな感じだったんだがな。
「俺の勘違いだったな、あれは忘れてくれ」
「……終わりになんてしたくないです」
「俺だって終わってほしくなんかないよ」
嫌なら誘いを受け入れたりはしない、頼まれたら断りづらい性格であっても絶対というわけではないからだ。
最後だから付き合ってやるか、そんなこともしない。
「そこに椅子があるから座ってくれ、立っているのは疲れるだろ」
「あ、はい」
俺はもう起き上がりたくもないからずっと寝転ばせてもらう。
電気はなんとなく点けなかった、顔が見えていない方が話しやすいこともあるだろうというのもある。
「あの後はずっと同じ場所にいたんだ、通行人にじろじろ見られたぞ」
「え、道の真ん中で……ということですか?」
「あ、違う違う。邪魔にならない場所に座って時間経過を待っていたんだが、残念ながらそういうことをした日に限って人が多く通ったというだけだよ」
車が通ることは滅多にない場所だからそこは悪くないが。
誰かに見られるって気になるものだよな、直前にあんなことがあったから余計に影響を受けた。
篠三が言っていたように笑われているような気持ちになって、なるべく縮こまったりしてなんとかしていたわけだ。
「大越は家にいたんだろ、茉莉から聞いた」
「はい、外にいても悲しくなるだけでしたから」
「俺と同じような過ごし方をしなくてよかったと思うぞ、俺なんて茉莉に怒られるのが嫌で逃げていただけだからな……」
年上なのに、お兄ちゃんなのに情けない。
本番には強いとか言っていたくせにすぐに怖くなって動けなくなるような人間性では話にならない。
というわけで、自分に対しては厳しくしておくからこれでもう許してもらえないだろうか。
「私はもう逃げません」
「逃げたのは俺だろ」
「そもそも離れた私が悪いんです、余計なことを言ったのも全部私ですから」
そう言ってしまうようなきっかけを作ったのは俺だ、流石にここまできたら誰かのせいにしていないでちゃんと責任を取ろうとする。
当たり前だ、しなければならないことだ、いつまでも俺ばかり悪いわけではないとか言っていたところで前には進めない。
「じゃあチャンスをくれ」
「え、どういうことですか?」
「多分、大越がそのままいてくれればもう少しぐらいはマシな俺になれる、だからチャンスをくれ」
恥ずかしがっている場合ではない、恥ずかしいところはもう見られてしまっているのだからいつ失敗するのかと恐れている毎日よりもマシだろう。
「えっと、私はいていいということですか?」
「嫌なら嫌と言ってくれよ?」
「そうですか、分かりました」
「おう」
「それじゃあこれでっ、これ以上ここにいると茉莉さんに怒られてしまうのでっ」
それは逃げているに該当しないのだろうか。
俺と一緒ですぐに矛盾、破ってしまう子なのかもしれなかった。
「……あれ」
体を起こして確認をしてみても茉莉さんも香菜さんもいなかった。
時間を確認してみるともう十時で苦笑した、それからお布団を畳んでからリビングに行ってみると、
「よう」
「おはようございます」
やっぱりふたりはいなかったけど山下先輩がいてくれてほっとした。
「大越、ちょっと来てくれ」
「はい……ぃい!?」
「ははは、寝癖がすごいから押さえてみたんだが駄目だな」
もしかしたら遅い時間に寝たことで寝ぼけてしまっているのかもしれなかった、そうでもなければこっちに触れてくることはないだろう。
驚いた、茉莉さんがいたらどんな反応をしていたのか気になる、香菜さんだったら笑ってくれてなんとかしてくれそうだけど残念ながら期待はできない。
ふたりきり、何故か先輩はこっちを見たままでいる、私は石になってしまったみたいに動けないでいた。
内側はこんなに大暴れなのにどうしてなのか。
「そ、そういえば茉莉さんと香菜さんはどこに……」
「ああ、昨日俺達が出かけたから羨ましくなったということで遊びに行ったぞ」
「お出かけ、できていませんけど……」
「だな、だからこそ昨日はああいうことになったわけだしな。あ、時間あるなら散歩でもしようぜ、あの約束を守らないとな」
「約束……あ、まさか……」
数分もしない内に私は先輩にくっつくことになった。
意識してそうしていると言ってもいい、って、そうしなければ落ちてしまうことになるからどうしようもないんだけど……。
「ま、こんなものだよ、ただ少し楽になる程度の行為だ」
「でも、先程のあれと違って落ち着きます」
「悪かった」
「ふふ、してから謝るのはずるくないですか?」
「はは、そうだな」
こんな感じなんだ、だけどこれって……その、なんか、うん……。
触れているところが多すぎて意識してしまうと駄目だった、そもそも足に触れられているということがすっごく気になる。
「風子って呼んでいいか?」
もう寝ぼけているというわけではないだろうし、あまりにも積極的すぎてついていけなくなる。
離れている間になにがあったのだろうか、逃げない、一緒にいる、そう私が言ったことで自信を持てた……とかかな。
「香菜さんより先に呼んでもらえたことが嬉しいです」
「あ、呼べって言われたら……」
「大丈夫ですよ、求められたら応えてあげてください」
求められたら応えてあげてほしい――それは嘘でもあるし、本当のことでもある。
名前を呼ぶとか、手を握ってあげるとか、そういうことならしてあげてほしい。
「でも、宏一先輩を取られたくありません」
「安心していいと言うのは微妙かもしれないが、篠三は別に俺のことをそういう意味で求めてきてはいないぞ」
「そうですか、それなら宏一先輩に一生懸命になるだけでいいということですね」
「そうだな」
茉莉さんや香菜さんばかりを優先して私の相手をしてくれないときもあったけど、たまに意地悪なことを言ってきて困らせてくることもあったけど、かと思えば、いきなり歌声とはいえ可愛いとか言ってきて慌てさせてくることもあったけど、それでも私は。
「宏一先輩が好きなんです」
「え、気になっている……じゃなくてか?」
「はい、茉莉さん達が強力なライバルすぎるから、それで急いでいるとかじゃありませんからね」
ぶつけたことでかなり楽になった、今日お家に帰ったらゆっくり気持ち良く寝られることだろう。
「俺は――」
「あー! 風心ずるい!」
「ずるいって、茉莉もあのときしてもらっていたでしょ?」
「あんな短時間じゃ足りないよ!」
大事なところを聞くことができなかったことよりもこのままおんぶをしてもらっていることの方が問題になりそうだったから下ろしてもらった。
少しどころかかなり寂しくなったけどわがままを言うわけにもいかないので、かわりにふたりに挨拶をしておいたのだった。
「え、じゃあお店に全く寄ってこなかったの?」
「うん、風心とお兄ちゃんがいないとつまらないなって」
せっかく出ていったのにもったいないことをする。
俺らなら平日でも休日でも付き合うのだから今日はふたりだけで楽しんでくればよかったのにな。
「あ、私達は普通に仲がいいですからね? ただ、最近は四人でよくいるからというだけです」
「お、おう、言われると逆にあんまり仲良くないように見えてくるからやめた方がいいぞ」
それよりもだ、あのことは説明した方がいいのだろうか、言われても困る……か?
「茉莉さん、香菜さん、聞いてほしいことがあるんだけど」
「「聞いてほしいこと?」」
「うん。えっとね、宏一先輩に告白をしたんだ」
隠すつもりはないようで風心が真っ直ぐに吐いていた。
そういうことに興味があるのか「それで返事は?」と茉莉が聞く、だが、まだ俺が答えていないからなのか曖昧な笑みを浮かべただけだった。
「あ、もしかして私達が邪魔をしてしまったんじゃない?」
「邪魔ではないけど、宏一先輩が話そうとしたときに、うん」
あれがなくてもあのタイミングで返事をしようとはしていなかった、少し考える時間が欲しかったから頼もうとしていたところだったんだ。
でも、こうして四人で集まったらすぐに答えが出た、だから今日送るときにでも言おうと思う。
「あ、ごめん、茉莉の暴走を止められなくてさ」
「ちょ、なんで私だけが悪いみたいになっているの」
「ずるいとか言っていたのは茉莉でしょ。ごめん風心、今度からはちゃんと止めるから安心して」
あんなことでいいなら何回でもしよう、損をするわけでもないから問題ない。
その度に内でなんでこんなのがいいのかとか言わせてもらうが、表に出さなければ水を差すことにもならなくていい。
「でも、宏一先輩は茉莉さんも香菜さんも求めているから変な遠慮はしてほしくないかな」
「宏一先輩、さすがにそれはどうかと……」
「おいおい、全員と付き合うつもりでいるみたいな捉え方をするのはやめてくれよ」
ひとりは妹で、もうひとりは後輩の友達というだけだ。
全員を狙う人間性なら細かい小さなことでいちいち不安になったりはしない。
一応四月中盤から五月終わり頃のいままで一緒にいるのになにも分かってくれていない、俺の情報が無価値ということならそのままでいいが。
「あ、ちなみにあのとき言ったことは本当ですからね、やっぱり相手をしてくれる宏一先輩の方が好きです」
「相手をしてくれたら誰でもいいんだろ」
「誰でもいいわけないじゃないですか、ねえ?」
「うん、宏一先輩だったからよかったの」
茉莉や篠三と話すときは敬語ではなくなるが、なんとなく違和感しかなかった。
あと、なんか積極的すぎて反応に困る、篠三には言える冗談みたいなものも彼女には言えないでいる。
これはつまり態度を変えているということだよな、このままではいつか失敗をしそうで怖いな。
「……のだから」
「「え?」」
「お兄ちゃんは私のだから!」
リビングを出て、そのまま二階へ上がってしまった。
残された俺達はなんとも言えない雰囲気に包まれながら黙っていた。
「やっぱり茉莉のあれってさ」
「うん」
沈黙を破ったのは篠三、風心もそれに反応する。
放置されたくないからしっかりぶつけておくことで対策をした、というわけではないのだろう。
「ちょっと茉莉のところに行ってくるよ」
「じゃあ私も――」
「風子は分かっていなさそうな顔をしている宏一先輩といてあげてー」
分かっていないわけではなくてどう反応していいのか悩んでいただけだ。
これからも普通にいい兄妹として過ごしていけるだろうか、風心みたいな存在が現れても家族である茉莉と不仲になってしまったら嫌だぞ。
「でも、後悔はしていません、私は確かに宏一先輩が好きだから言わせてもらったんです」
「おう、分かっているぞ」
「返事は今日じゃなくてもいいので必ず聞かせてください」
「おう、約束だ」
なんて、今日中に答えるつもりでいるが。
いま答えなかったのは雰囲気が微妙だからだ。
先延ばしにしたところで意味はない、だから茉莉には悪いが早く夕方頃になってほしかった。
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