07話.[待ってください]

「おはようございます」

「お、よう、なんか中途半端なところで待っていたな」


 集合場所よりも近い場所、自宅近くのそんなところで大越がいた。

 一応携帯で場所を指定してあったから俺のミスというわけではないことを言っておこう。


「お家に行こうとしていたんですけど、それだと迷惑になりそうだったので自分を止めたんです」

「ははは、別に迷惑なんてことはないよ」

「そ、それじゃあ今日はよろしくお願いしますっ」

「落ち着け落ち着け、慌てなくてちゃんと付き合うから」


 序盤から飛ばしたらお互いに疲れてしまうだけだ、最後まで楽しむためにも普通を心がける必要がある。

 もし普通にできていないようなら口出しさせてもらえばいいだろうと決めて歩き始めた。


「どこに行くのかは決めているんだよな?」

「あ、それは……」

「決めていないなら寄りたい店とかあったら遠慮なく言ってくれ、今日は全部合わせるから」

「わ、分かりました」


 俺が先行していても仕方がないから合わせるために少し調節すると丁度いい感じになった。

 というか、一緒に出かけているのに前後というのも微妙だからな。

 もちろん人が多い場所になったら戻すが、ここら辺りだったらこれでも大丈夫だ。


「茉莉さんはどういう反応をしていましたか?」

「ひとりだと寂しいみたいでできるだけ早く帰ってきてほしいと言っていたぞ」

「それならお昼頃で解散が一番……でしょうか」

「あ、大越が大丈夫なら今日は泊まってくれないか?」

「え、ええ!?」


 結局少し離れることになって振り向いてみたらなんかものすごい顔をしていた。

 ああ、茉莉がそう言っていたと付け加えておけばよかったとすぐに後悔する。

 これでは俺が頼んだみたいになってしまう、いやまあ、事実俺がいまこうして頼んでいるわけだから間違いではないが。


「両親も家にいなくて茉莉が寂しがっているんだ、大越は茉莉のことが好きだろうから悪い話じゃないだろ?」

「あ、ああ、茉莉さんからそう言ってほしいと頼まれただけなんですよね?」

「そういうのもあるし、それだけじゃないのも確かだし……」


 答えにくいことをどんどん聞いてくるからこんな微妙な返しになる。

 泊まる泊まらないは正直どちらでもよかった。

 一緒にいられる時間が好きだぞと言った身としてはこういうところでもはっきり言わなければならないのかもしれないが、結局、相手が篠三であっても誘っているわけだから難しくなるんだ。


「悪い、仮に相手が篠三だったとしても同じことを言うと思う」

「それはそうですよ、香菜さんとだって仲がいいんですから」

「でも、今日は大越だけだろ、だから、さ」


 最低なのか、いい選択をしたのか、判断してくれる人間がいないから分からない。


「えっと、仮に私がお泊りすることになったらあの約束はどうなるんですか?」

「それなら着替えとかも必要だから家までちゃんとするぞ、約束は守る」

「それならよかったです、結局私だけしてもらえないまま終わるのは嫌ですので」

「終わる、なんか大越の言い方だと関係自体が終わるみたいだな」

「そう聞こえましたか? でも、ゼロというわけではないですよね」


 おいおいおい、せめて出かけ終わった後にしてくれよ……。

 この時点でいい選択をできていないことが確定したことになる。

 きっかけを作ったのは俺だから文句は言えない、よな。


「と、とりあえず行くか」


 なんでもいいから店に寄ってしまえばこの微妙な雰囲気もなんとかなる、そう考えて歩き始めたのだが、


「大越――」


 いつまで経っても自分の足音しか聞こえなくて振り向いてみたら誰もいなかった、まるでひとりで散歩していたかのような感じだがそうではない。

 いや待て、余計なことを言ったのは確かだが終わる云々については俺ではない、なのにこれはどういうことだろうか。

 元々、終わらせるために大越が今日来ていたのだとしたら辻褄は合うが……。


「探すべきなのか?」


 離れたいからいまいないわけで、探してしまうのはいいことなのか分からない――ではなく、怖くなってしまって動けないままでいた。

 短時間で何度も失敗をするのは嫌だ、そんなことになるぐらいなら探さずに特定の場所で休んでおいた方がいい、家に帰らない理由は茉莉に怒られないようにだった。

 まあ、最初から最後まで自分を守るために行動しているだけだ。


「ふぅ」


 なんにも関係ないことだが、ため息はなるべくつかないようにしている。

 理由は簡単、それも昔に繰り返していたら注意されたからだ。

 それに個人的に言わせてもらえばため息なんかついたところで暗くなるだけだから馬鹿らしくなったのもあった。

 もっと早く気付けよと言われそうなものの、残念ながら失敗をするまでは気づけないものなんだよな。

 今回だってそれは同じ、だが、後悔しているというわけではない。

 こちらに終わらせるつもりは全くなかった、それどころかこうやって受け入れていくことでこれからも続いたらいいと考えていたぐらいだった。

 でも、相手次第で簡単に続いたり終わったりするのが人間関係というもの、だからこれもなにもおかしなことではないんだ。

 そうやって言い聞かせているだけの可能性がある、なんとか自分の発言や行動を正当化しようとしている可能性もある。

 というか、やってしまったと感じていない時点で分かりきっていることだった。




「え、まだ帰ってきていないの?」


 茉莉から電話がかかってきたから出てみたらそういうことらしかった。

 なにもなければ風心と出かけて、そろそろ帰ってくる時間のはずだ。

 泊まるとかそういう話になったら連絡をするだろうし、なんにも心配はいらないでしょと言おうとしたんだけど時計を見てやめた。


「うん、風心に連絡しても反応がなくてさ」

「もう十九時だけど」

「喧嘩でもしちゃったのかな?」


 喧嘩、風心はともかく宏一先輩が怒るってことはなさそうだけど……。

 わがままを言っても普通に付き合ってくれる人だから想像ができない。


「香菜、悪いんだけど私の家に来てくれないかな」

「別にいいよ、じゃあいまから行くよ」

「あ、家で待ってて、迎えに行くから」

「いいよ、行くから待ってて」


 暗いのが怖いとかそういうことは一切ない。

 治安もいい場所だから問題ないだろう、向かっている途中で案外先輩と会えそうだなんて考えつつ家を出た。

 こんなときだけど暗い中、歩いているとテンションが上がる、だからついつい早歩きになってしまっていた。


「あれ、風心じゃん」

「あ、香菜さん……」

「茉莉が反応しないって言っていたんだけど」


 まさかのまさか、山下家の前にひとりが立っていたという。

 探していたわけでもないのに不思議だ、でも、いたならそれでいい。

 このまま帰すわけにもいかないから一緒に中に入らせてもらう、そうしたら何故か茉莉が彼女を抱きしめた。


「風心が見つかったなら問題ないね」

「お兄ちゃんがまだだけど……」

「あ、そっか」


 ただ、風心がずっと見つからないままよりはマシだ、うん、そういうことになる。


「「え? 出た後にすぐ別れたの?」」

「……私が悪いの」

「じゃあ、宏一先輩はそれからずっと……」

「うん、家には……」


 だけど風心だけが悪いというわけじゃない、一緒に出かけているときに余計なことを言われたら私だって気になってしまう。

 楽しみで寝られないとまで言ってきていたぐらいなのに、やっと叶ったその日にそれじゃあね。

 でも、私も悪いのかな、一緒にいたいとか言ったからかな、直前に誘っていなければこんなことにはならなかったのかもしれない。


「ごめん、私のせいかも」


 一緒にいたいと思ったのは本当のことだ、ぶつけたときは後悔なんて全く無縁の言葉だったことになる。

 それでもこうなってしまうとそうも言えなくなるわけで……。


「違うよ、香菜さんだって山下先輩のお友達なんだからそれは普通のことだよ、山下先輩だってそう思っているから香菜さんのことを出してきたんだから」

「ふ、風心はこれまでどこにいたの?」


 茉莉も困ったような顔をしている、こういう顔は先輩といるときしかしていなかったから少し意外だった。


「私はあの後すぐにお家に帰ったよ、それからずっと寝てたの。起きたら茉莉さんからのメッセージに気づいて、気になって出てきたけど……」

「もしかしてお兄ちゃんがいるかもしれないからということで押せなかったの?」

「……うん、どんな顔をして相手をさせてもらえばいいのか分からなかったから」


 聞き間違えというわけじゃなかった、茉莉は確かに「お兄ちゃん」と言っている。

 風心や私を優先する先輩にもやもやして変えたのだろうか。

 というかこの感じだと茉莉って、いや、いまそれはいいか。


「この件はお兄ちゃんが悪いということで終わりにしよう! ご飯を作るからふたりとも食べてよ!」

「茉莉……」

「大丈夫大丈夫、どうせあともうちょっとしたら気まずそうな顔をしながら帰ってくるよ、そのときに風心は仲直りすればいいよ」


 引っかかりをなくすために手伝うと言ったら「ありがとう」と言ってくれた。

 意外にも拒んできたりはしなかった、無理しているというわけではないのかな。


「風心を不安にさせるなんてお兄ちゃんらしくないけどな、いつだって優先して気にかけていたのに」

「宏一先輩は正直に吐くことで守ろうとしていたのかもしれないよ」

「勘違いしないように?」

「ほら、茉莉が言っていたじゃん、自信がない人だって。だからそれもあるし、自分を守るためでも……って感じかな」


 篠三達、大越達、そういう言い方はあまりしていなかった。

 まあ、その中に身内がいたらこれも私でも同じことをするからなにもおかしなこととは言えないけど。


「はは、人といられるようになってもすぐには変われないよね」

「変われないね」

「でも、お兄ちゃんはいい顔をするようになったんだよ、中学生のときと同じような感じなんだ」

「笑顔が増えたから?」

「そうっ」


 中学生のときの先輩か、今度茉莉に頼んでアルバムを見させてもらうことにしようと決めた。

 あとは……こっちも風心を不安にさせてしまうような行動はなくそう、というところかな。




「た、ただいま」


 結局、朝まで帰らないなんてことはできなかった。

 だから日付が変わるぐらいの時間にこうして帰宅したわけだが、しまわれていない靴を見て緊張感が一気に高まる。

 部屋と客間に行くのは危険だ、そのため、リビングに逃げた。

 どんな季節でも飲み物を飲んでおかないと危ないから茶を飲んでからソファに寝転ぶ、そうしたタイミングでリビングの扉が開けられて固まったが。


「山下先輩」

「……やっぱり大越達だったか、もしかして篠――」

「香菜さんもいますよ、もう寝ていますけど」

「ひとつ言っておくが、俺は終わらせるつもりなんかなかったぞ」


 いかなマイナス思考をしがち人間とはいえ、誘ったわけではなく誘われたのに最後のつもりで行くわけがない。

 そりゃあの後は仕方がないとかそういう風に内で言ったが、微妙なときだったからというだけで、なあ。


「今日のは私が悪いんです、だから気にしないでください」

「気にしないでくれと言われても……」


 なんにもしないまま終わってしまったからな……。

 少しだけでもどこかに行くことができていたのなら俺だってこんな時間まで逃げたりなんかしていない。

 いつだって難しいことを言う、俺と関わってくれている女子達は俺を困らせる天才だった。


「あ、電気点けるよ」

「いいです、このままでいいです」

「じゃあ危ないから座れよ」

「いいです、立ったままで問題はありません」


 距離が遠い感じがするのではなくて、俺達は元々この距離だったんだ。

 篠三もそうだが分からせてくれるから助かる、活かせるかどうかは後の自分次第ではあるが。


「それにしても大越も篠三もいるとはな」

「茉莉さんが香菜さんを呼びました、私はメッセージに気づいてお家の前まで来ていただけです」

「泊まるつもりはなかったんだな、だが、こうしていまもここにいると」

「泊まるつもりは……そうですね、どう話せばいいのか分かりませんでしたから」


 篠三に止められて断れなかったのか、そのときの様子が容易に想像できる。


「どう話せばいいのかも分からなかったのになんで来たんだ? あ、別に責めているわけじゃないぞ、ただただ単純に気になっただけなんだ」

「中途半端なままにしておきたくなかったんです」

「なるほどな、まあ、分かったからもう寝ろよ」


 ずっと外にいたから疲れたんだ、考えすぎて頭が特にそうなっていた。

 限界値が多分人よりも少ないのに無理をするからこういうことになる、簡単に言ってしまえば馬鹿だ。


「あの、私のことを友達だと思ってくれていますか?」

「最初とは違うからな、友達だと思っている」


 茉莉や篠三といるときの会話を聞いているわけではないから仕方がないのかもしれないが、こんなことを聞いてくるということは俺がそういう風に壁を作る人間だと思われているということだよな。

 この前は冗談で嫌われているだろなんて内で言ったものの、あながち間違いではない気がしてきた。

 いや違う、嫌いとまではいかなくても興味を持てなかった、という感じか? それはまあ相性があって無理もないことだから文句を言うつもりはないが。


「分かった、つまりなかったことにしたいんだろ?」


 奇麗にとまではいかなくても今後の自分達になんにも影響を与えないようにするにはここで終わらせてしまうのが一番というわけだ。

 仮に影響を受けるとしてもそれは一週間とかそれぐらいのこと、一ヶ月も経ってしまえば元の生活に戻すことができる。


「それならここまでだな、家に帰りたいなら送るが」


 篠三はどうするか、って、茉莉に呼ばれたわけだから放置でもいいのか。


「待ってください」

「今日はもう出たくないのか、それなら明日の朝帰ればいい」


 明日の朝とか昼とかなら篠三に任せることができる、文句は言われるだろうが気にしなくていいだろう。

 もっとちゃんと考えて行動しないとな、馬鹿だが馬鹿ではないから同じような失敗は繰り返さない。

 これもいつか役に立つはずだ、そのため、こういう経験ができたのはいいことだということで終わらせた。


「……そ、そうじゃなくて、なんで終わらせようとするんですかっ」

「え、だって中途半端にしておきたくないとか大越が言うからだろ?」


 大きな声を出せることは知っているからそこまでではないが、違う意味で心臓が忙しくなった。

 だってこれに反応して茉莉か篠三がここに来たらどうなるのかなんて分かりきっていることだ、彼女の味方となって間違いなく俺に自由に言ってくる。

 そうなったら俺がどうするのかもはっきりとしていて、その情けないところを想像して色々と寒くなった。


「違いますよっ、あのまますれ違ったままで時間だけが経過したらそれこそ本当に山下先輩がどこかに行ってしまう気がして嫌だったんですよっ」

「お、落ち着け」

「山下先輩のせいですよ!」


 落ち着くどころか余計に酷くなってしまったという……。

 もう俺だけでなんとかできるレベルではなかった。


「風心……? あ、見間違いかな、不良さんがいる気がするんだけど」


 茉莉が来た、階段を下りてくる音は聞こえてこなかったから三人で客間で寝ていたのかもしれないとか考えて現実逃避をしていた。


「何時に帰ってきたの?」

「いま――」

「いまだよ」

「そうなんだ、よく外にずっといられるねえ」


 待て、冷静になってくれたのはいいが嘘をつこうとしたわけでもないのに遮るなんて酷すぎる。

 しっかりしていなければできないことだ、演技が上手なのは篠三なんかではなく大越だったんだ。

 結局、どの大越が本当の大越なのかが分からない。

 もっとも、知ろうとすることが間違いなのかもしれなかった。

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