06話.[それでいいから]

「山下先輩、この前私が言ったことを覚えていますか?」

「どこかに行きたかったんだよな? あれはみんなでじゃなくてふたりで、だろ?」

「覚えていてくれたんですね、色々あったので忘れられてしまったのかと思っていました」


 テスト本番があったり、終わって飲食店に行ったりした程度のことで忘れるなんてことはありえない、受け入れたことなら尚更のことだった。


「やめたいってことか? 冷静になって考えてみたら後悔したってことか?」


 もしそうなら仕方がない、本人がそう決めたのなら従うだけだ。

 ここでなんでと言うような人間だったら自分が嫌だった。

 それと行きたくない人間と無理やりどこかに行ったところで全く楽しめはしない、だから従うだけというか俺がそうしたいと答えるのが正しいのかもしれない。


「え? いえ、全くそんなことはないですけど」

「あ、そうなのか……」


 じゃあなんでそんな言い方をするんだ、はっ、まさか残念な頭だと思われているのか俺は……。

 コントロールできるわけではないからどうしようもないが、もしそれが本当なら悲しいどころの話ではないぞ。


「当たり前じゃないですか、テストが終わったいまとなってはいつ行ってくれるんだろう……とか考えて眠れないぐらいですけど」

「ちゃ、ちゃんと付き合うからちゃんと寝てくれ」


 どこかへ行こうとしているときに俺もいるというだけなのに大袈裟すぎる。

 近くで見てきている彼女なら俺が面白い話をしてやれないとかそういうことを分かっているはずなのにどうしてだろうか。

 俺が存在しているだけでなんらかの力を与えられる人間だと自覚しているのであれば――いや、そんな人間だったらやはり嫌だな……。

 とにかく、茉莉も篠三も彼女もよく似ていることは確かなことだった。


「あと、ひとつだけしてほしいことがあるんです」

「背負えばいいのか? あ、おんぶと言った方がいいか?」

「な、なんで分かったんですか?」

「それは」


 自分だけしてもらえなかったとかこの前言っていたからだ、あれがなかったらなんだ、そう聞き返していた。


「遊び終わった後に……」

「分かった、それならそうやって家まで送るよ」


 やたらと拘るがそれにしたっていいことというわけでもないのにな。

 茉莉も篠三も彼女も不思議なことをする、まあ、嫌な気持ちにはならないが。


「ありがとうございます、あ、梅雨になってしまう前がいいですね」

「じゃあ今週の土曜日にしよう」

「分かりました、それなら土曜日までいっぱい寝ますね」

「ま、まだ木曜日だから調節しないとな」


 沢山寝過ぎればいいというわけでもない、何事も程々にが大切だろう、言わなくても分かっているだろうからこれ以上は口にしないでおくが。

 久しぶりにふたりきりになったから付き合ってもらうことにした。

 放課後の教室でゆっくりしているとテスト週間のことを思い出せていい、……これだとあまり久しぶりとは言えないか。


「そうだ、香菜さんの手はどんな感じでした?」

「女子らしい手だったぞ」

「なるほど」


 彼女はふたりと違って揶揄してくるようなことはしない、というか、俺がそうであってほしいと思っている、本気でこられたら間違いなく負けるからだ。

 ひとつだけ言い訳をさせてもらえるのであれば俺から無理やり握ったわけではないと言わせてもらう、また、○○でもあの場面なら同じことをするだろと聞かせてもらうだろうな。

 欲しい言葉をやれないからそういうことでせめてと考えるのは普通のことだ。


「ちなみに私の手はこんな感じです」

「お、おい」


 俺は知っている、こういうことを繰り返して俺がその気になったときに「実は」という展開になるのだということを。

 寧ろそうなる未来しか想像できない、だから俺で遊ぶのはやめてほしかった。


「ふふ、だってずるいじゃないですか、私だけ仲間外れにされることが多くて傷ついていたんですよ?」

「じょ、冗談だよな?」

「いえ、本当のことです、あ、だけどこの前は違いました」


 彼女は手を離すとにこりと笑った、それは可愛い笑みだがいまの俺には……。


「可愛い歌声だったとか、一緒にいられる時間が好きだとか、山下先輩が言ってきたからです」

「適当に言ったわけじゃない、俺はそう感じたから言っただけなんだ」

「そのせいでと言ったらなんか意地悪をしているみたいですけど、そのせいで完全下校時刻ぎりぎりまでやることになったんですよ? 私はお勉強ばかりではなく会話だってしたかったのに……」

「そういうことだったのか、単純に集中したら何時間でもできるのかと思っていた」


 つまり……どういうことだ? 俺に言われて困惑して、いつもの俺みたいに現実逃避できる手段がたまたま勉強だったということだろうか。


「意識してそうしているわけではないでしょうが、山下先輩は私を慌てさせる天才なんですよ」

「こ、後輩女子を慌てさせて楽しむ趣味はないぞ……」

「そうですかね、茉莉さんにも同じことをしていそうですけど」

「どこの俺だよ……」


 これもう俺のこと嫌いだろ……。

 考えれば考えるほど傷つくだけだからそれ以上はやめておいたが……。




「今週の土曜日、風心とお出かけするんですね」

「ああ、そういうことになったな」

「いいなあ、私も頑張ったからご褒美としてどこかに行きたいなあ」


 それなら日曜日に行くか、そう言うことは簡単だ。

 ただ、なんとなくしていいのかどうかで悩んでしまった。

 適当にほいほい約束をしていたらその内、みんな去ってしまう可能性がある。


「休日に時間を貰うのは申し訳ないですからいまの時間をください」

「なあ、これっていいのか?」


 いつものあれで何度も言われれば俺は絶対に受け入れてしまう。

 というか、変なことを気にしなくていいのであれば受け入れない理由がなかった。

 大越とだけではなく篠三とだっていたい、どんな理由であれ出会ったのだから仲良くしたいからだ。


「別に風心と付き合っているわけではないですよね? それなら私だって友達なんですから全く問題ないですよ。むしろ恋人でもないのに風子が制限してくるような子に見えます?」

「いや、全く見えない」

「なら大丈夫ですよ。気になるなら風心に連絡をしてくれればいいですから、私はあくまで友達として山下先輩といるんですから」


 ……仕方がないのだが何回も振られると悲しくなるな。

 連絡の方はしないで学校を出た、何故なら横の繋がりが強いからわざわざ言わなくても勝手に耳に入るためだ。


「ここです、家の中には入りませんけどね」

「はは、見知った家だな」

「でしょうね、付いてきてください」


 付いていくとそれなりの広さがある庭に着いた。

 ベンチが設置してあって篠三が「座ってください」と誘ってきたから座らせてもらった。


「暖かい日はここでぼうっとするのが好きなんですよ」

「俺も玄関前の段差に座って色々考えたりするぞ」

「でも、人といることが多い生活ですから寂しくなるときもあるんです」

「家付近まで近づいたらそういうのはないな、学校で茉莉達が来てくれないときは寂しく感じるときはあるが」


 前坂はクラスメイトと話していることが多いから邪魔をするわけにもいかない、なので、俺は頬杖をついて時間経過を待つことが多い。

 賑やかな空間の中でそうしているといまも言ったように寂しく感じるときはある、だが、考えたり周りの話に意識を向けていれば一瞬で終わるからそうでもないというのが実際のところだった。

 これが似たような人間しかいない場合だったらやばいだろうな。


「茉莉達、ですか」

「もちろん篠三だって入っているぞ」

「ふーん」

「篠三も大越も本当に茉莉に似ているよ」


 言っておけば勝ちだとか考えているわけではないから勘違いしないでほしい、あのときと同じで本当にそう思っているからこそ言っている。

 言うなということならやめよう、嬉々として嫌がるようなことをしたくなるような幼稚な人間ではないから。


「だからこそ俺は関われているんだ、なんらかの接点がなければ話すことも不可能になるから」


 いつも異性に興味を持てと言われていたから頑張ろうとしたときがあったものの、結局話しかけることもせずに終わったあのときと比べたら全く違う。


「もー」

「またかよ、篠三は気軽に触れ過ぎだ」


 それとなんで俺は頭突きをされているのかという話だ。

 嫌な相手ということならこうして連れて行くことはしないだろうし、本当に分からない存在だった。


「あれ、この前手を握ってきたのは宏一先輩ですよ?」

「おいおい……」

「事実じゃないですかー」


 事実……だよなあ、受け入れたのは自分で実際に握ったわけだからそういうことになってしまう。

 なんか二股をかけているみたいで気になる、断じてそういうのは俺の中には存在していないが。


「っと、これ以上はやめておきます、風心を悲しませたくないから」

「いや、大越のあれは別にそういうのじゃ……」


 多分、兄とかそういう風に見てくれていると思う。

 しっかりしているかどうかはともかくとして、兄的存在がいれば妹的存在は甘えたくなるものだろう。

 身近に茉莉という例があるから分かりやすい、茉莉を見て羨ましく感じるときもありそうだった。


「そんなの分からないじゃないですか、茉莉にも嫉妬していそうですよ?」

「嫉妬……か」

「そうですよ、あ、これは煽りたくてしているわけではないですからね? 私は私で宏一先輩といたかっただけですから」

「はは、友達としてか?」

「ふふ、そうです、友達としてです」


 これでも大越は許してくれても茉莉は許してくれなさそうな気がした。

 ただ、ああして言ってくれているいまは幸せだと思う。

 興味をなくされたらどうなるのか分からない、これまでがよかった分、会話もなくなるとかそういうことになりかねない。

 なので、なにかをする度に説明することにした。

 元々、やましいことはなにもないから言うことについては難しいことはひとつもなかった。




「お兄ちゃん、味はどう?」

「美味しいぞ、味の濃さも好きな濃さだ」

「それならよかった、じゃあ私も食べよっと」


 呼び方を変えてきている件についてはとにかくスルーすることにした。

 ねえとかお前とかでなければ構わない、ねえはともかくお前になったら冗談でもなんでもなく寝込む自信がある。


「お兄ちゃんもお泊りに行きたかった?」

「いや、たまには両親ふたりだけでゆっくりしてほしかったからな、それに茉莉には言っておいたが明日は大越と出かける約束をしているからそもそも無理だったよ」


 急に母が父の実家に行きたいとか言っただけのことだ、父もたまにしかわがままを言わないからと受け入れていた。

 まあ、父としては茉莉には付いてきてほしかったのか何度も頼んでいたがな、残念ながらこの妹さんは全て断ってここにいることになる。


「寂しいからちゃんと帰ってきてね」

「当たり前だ、泊まるなんてことになったら俺が驚くよ」

「お泊りすることになったらさすがに風心のお家に私も行くから」

「もしそういうことになったら泊まらせるよ、その方が俺としても安心できる」


 明日は行きたいところにとにかく付き合う予定だから疲れてそんなことにはならないだろう、あと、大越の家まで運ぶという約束をしているというのもあった。


「お、そうしようよ!」

「おわっ、び、びっくりしたぞ……」

「あ、ごめん」


 これも冗談抜きで椅子から転げ落ちるところだった……。

 でもそうか、茉莉が求めているならそれもありかもしれない。

 大越としても夜なのに茉莉といられるということになるし、ああ、悪くない。

 ただ、なんか驚かせたくて明日話すことにした。


「でも、その前に……」

「た、食べ辛いんだが……」


 利き手ではない左手を掴めばいいのにわざわざ利き手の右手を握ってきた。


「誰の手が一番好き?」

「自分の手だな、いつも俺を支えてくれている」

「つまらない」


 それはそうだろう、寧ろこれで楽しめるようだったら心配になるぞ。

 とにかく離してもらって茉莉作のご飯を食べ終えた、交代交代でやろうと約束をしたはずなのに破られてしまったこと以外はよかった。

 流石に洗い物ぐらいはやらせてもらって、茉莉が風呂から出るまでリビングのソファに寝転んで休んでおくことにした。


「白いな」

「ね、白いよね」

「もしかして茉莉とか母さんとかが掃除をしてくれているのか?」

「ううん、こことか廊下とかはやるけど天井はしていないよ」


 じゃあ今度脚立でも使ってすることにしよう、真っ白くて全く汚くは見えない天井でも汚れが溜まっていそうだから。

 家事を手伝うことで役に立てないならそういうことで役に立てばいい、そしてそれが終わった後に大切なのはやってやった感を出さないことだった。

 昔はちょっと手伝っただけで偉そうな態度でいてしまったことがあって注意されたから同じ失敗をしたくないんだ。


「お兄ちゃんもお風呂に入ってきなよ、いまなら温かいから気持ちがいいよ」

「おう――立ち上がったところを狙うとは……」

「ふふん、だってこのソファは私の物だからね!」


 風呂へ云々もただ奪い取りたかっただけか……。

 虚しいからさっさと入ってさっさと出て、リビングには寄らずに直接部屋に戻る。

 明日約束をしているから早く寝るのも悪くないと考えてのことだ、早起きしてしまう分には損にはならないからこれがいいだろう。


「もう、待っていたんだから寄ってよ」

「そろそろ寝ようと思ってさ」


 ちなみにいまは二十時だ、二十二時ではないから少し気になるのは確かだ。

 早起きしすぎてもそれはそれで問題はある、最後までしっかり付き合ってあげなければ可哀想だからいい感じに調節しなければならない。


「それなら私もここで寝る、お布団を持ってくるから待ってて」

「それならベッドで寝ればいい、俺は布団の端の方を利用させてもらうよ」

「じゃあそうさせてもらおうかな。あ、でも、お布団は持ってくるから、だってお兄ちゃんが風邪を引いちゃったら風心に迷惑をかけちゃうからさ」


 そうか、少し考えなしだったな。

 俺が風邪を引いて終わりというわけではないから自宅といえども気をつけなければならない。


「なんか久しぶりだなー」

「自分の部屋があるからそれが普通だよ」

「これからは相手をしてもらうためにここで寝ようと計画していたんだけど、お兄ちゃん的にはどう?」

「俺は別に構わないぞ。誰が側にいようと、喋っていようと寝られるから」


 絶対にベッドがいいとかそういうこともないからそこははっきりしているいい点だと言えた、なにかひとつだけでもいいところがあれば十分だろう。


「風心も可愛いけどさ、香菜も可愛いと思うんだよね」

「どっちも一緒にいて楽しい相手だ」

「でも、やっぱり風心の方がお兄ちゃん的にはいいのかな?」

「んー、どっちも友達だからな」


 俺が意識して大越とだけいるようにしているわけではないし、そういう風に言われても困ってしまう。

 あ、ただ、この前のあれはそういうことなのだろうか、無自覚に大越を優先しているから茉莉も篠三も言ってくるのか?


「直輝君じゃないのが面白いよね」

「最後はそうなるかもしれないぞ」

「どうだろうね」


 どうなるのかなんて誰にも分からないことだ、考えても意味がないと片付けられてしまうことだった。

 だが、俺はそうやって意味のないことを考えるのが好きだったりする、テスト週間とかやらなければいけないことがあるときにしているわけではないから問題には繋がらない。

 誰だって想像、妄想ぐらいはする。

 最近で言えば悪い方に想像することは減っていて、それは間違いなく関わってくれている人間のおかげだと分かっていた。


「ふたりとも友達だから難しいよ、どっちを応援すればいいのか分からなくなる」

「どっちをって、篠三は友達としていてくれているんだぞ?」

「風心だっていまはそうでしょ?」

「べ、別に大越がそういうつもりで来てくれているとか考えていないからな?」

「ははは、なに慌てているのさ」


 分かりやすく失敗をしたことになる。

 とはいえ、明日失敗しなければそれでいいから気にしないでおいた。

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