05話.[ご褒美としてさ]

 テスト週間も終わって、ついに本番がやってきた。

 で、その二日目のこと、最終日なのにやたらと不安そうな顔をした篠三と一緒に過ごしていた。


「うぅ、ごめんなさい……」

「気にしなくていい。でもまさか篠三がこうなるとはな」

「これは演技とかじゃなくて本当に駄目なんです……」


 やる前に不安になってしまうことはこちらにもあるから気持ちはよく分かる。

 でも、いま欲しい言葉はそれではないだろうから変なことを言ったりはしない。


「あの、まだいてください」

「おう、ぎりぎりまでいるよ」


 これは大越に頼まれたからでもあった、というかそうでもなければ別行動をしていた彼女と過ごすことは不可能だったんだ。

 ちなみに茉莉はそんな頼んできた大越を連れて離れただけ、また妹を放置しているとか言われそうだがテストが終わった後にしっかり聞くことにしよう。


「茉莉が言っていたことは本当でしたね。風心が一番しっかりしていて、私が一番駄目なんですよ」

「駄目か、それなら俺はもっと駄目だな」

「いまそういうのは――」

「いや、本当のことだから」


 変なことを言ったりしないと内で吐いたばかりなのにすぐに破っていた。

 だが、自虐したところでいい気分にはならないから止めなければならなかった。

 その際になんにも根拠もなく駄目じゃないなんて言われてもマイナス思考をしている人間には届かないだろう、だから身近にいるそれより駄目な例を出してなんとかしたかったんだ。

 矛盾しているが、他者を下げて他者のフォローをするよりは遥かにいいと思う。

 別にこれで俺は傷つくわけではないから、これで少しだけでも彼女がいい状態になれるのなら何分でも続けよう。


「大丈夫だよ」

「……なんでそう言い切れるんですか?」

「関わった時間は短いが、篠三は茉莉や大越と一緒に上手くやれているからだ」


 どうせ嫌だろうとあと十分ぐらいすれば向き合うことになる。

 そのときに分かる、テスト週間にしっかりやってきたのであれば尚更な。


「こういうときに別行動をするあたりが意外だったが」


 寧ろ誰かといることで直視しないようにするところだろう、俺だったら間違いなくそうする。

 去年はできなかったことでも今年は前坂がいるから可能だった、ただ、友達ができたらできたでそうしようとする弱い自分がいなくて逆に困惑した、そんな感じだ。

 当たり前のように一緒にいられていることで自信を持てたのかもしれない、あとは茉莉の存在が大きいのかもしれない、家でも学校でも「兄貴」と来てくれる可愛げの塊みたいな存在だからだ。


「こういうときに友達と一緒にいるとなんか余計に悪く考えてしまうんです、笑っているのも自分が笑われているんじゃないかって……」

「それなのによく俺にいてくれなんて言えたな」

「宏一先輩は笑わないからですよ」

「なるほどな、でも、真顔なら真顔で怖いんじゃないのか?」

「……そうですね、そういうのは実際にあります」


 それでも本人が頼んできて自分は受け入れたのだからこのままでいい。


「手を握ってください、多分、そうしてもらえたら今日一日頑張れますから」

「はい、これでいいのか?」


 母と茉莉の手ぐらいしか知らないが彼女の手も似たようなものだった。

 どれぐらいの力加減で握ればいいのかは茉莉が何回も教えてくれたから分かっている、だから「痛っ」とか言われる可能性はない。


「ありがとうございます、元気が出てきました」

「不安そうにしていたら茉莉や大越にも同じことをしてやってくれ」

「ははは、私が逃げてきていることを忘れているんですか?」

「そうなっていたら、だよ、間違いなく力になれるから」


 っと、これ以上は流石に無理そうだ、そろそろ戻ることにしよう。

 彼女の教室の前でお互いに頑張ろうぜと言ってから別れた。

 教室に着いたら当然のように前坂が「どこに行っていたの?」と聞いてきたが、隠す必要はなかったから篠三のところに行っていたことを説明しておいた。


「テストが終わったらご飯を食べに行こうよ、頑張ったご褒美としてさ」

「おう、じゃあ美味しく食べられるように頑張らないとな」

「そうだね、それじゃあ終わった後にまた会おう」

「ふっ、同じクラスだがな」


 ところで、なんで本番はここまで緊張しないのだろうか。

 テスト週間の方が怖かった、一緒に誰かがやってくれていたのにも関わらずだ。

 修学旅行のときもそう、受験のときもそう、天の邪鬼なのだろうか……。

 まあ、そういう人間性だからこそこうして普通に通えているわけだからいいと言えばいいのだが、その差に疲れてしまうことが普通にあるから困る、どうすれば直せるのかも分かっていないことだ。


「ふぅ」


 ごちゃごちゃしたそれを呼吸ひとつでどこかに吹き飛ばす。

 優先しなければならないことは問題を解くことだ、答えが見つからない可能性が高いことについて考えている場合ではない。

 いつでもこい、先程も内で言ったように緊張は全くしていないから早く問題を解きたいぐらいだった。




「はあ~……、せっかく宏一先輩が一緒にいてくれたのに私ときたら……」

「駄目だったのか?」


 飲食店へ向かっている最中、隣を歩いていた篠三が大きなため息をついてついつい聞いてしまった。


「はい、緊張していないときと比べれば全然駄目でした」

「そうか」


 緊張しているときも普段通りにできるのであればあんな弱音を吐いたりはしないだろう。

 それを俺に見られてしまっていいのかも分からない、信用してくれているということなら喜んでおけばいいのだろうか。


「赤点はないと思いますけど、そうですね、ぎりぎり平均点ぐらいでしょうか」

「初めてでそれなら十分だろ」

「そうですかね……」


 こういうときこそ食べ物の力に頼るべきだ、それか、大切な友達といっぱい喋るのでもいい、とにかくひとりの時間を作らないことが大切だと思う。

 付き合ってくれと言ってきたら付き合うつもりでいた、いるだけでいいなら俺でもできるからだ。

 まあ、前坂も茉莉も大越もいて敢えて俺を選ぶということはないだろうが。

 今朝のは空気を読んだ大越が戻ってしまっただけのことで、あそこに残っていたら間違いなく同性の大越の方を求めていたことだろう。

 笑われているような感じがして~的なことも言っていたが、そんなのはふたりきりで話したらどこかへいくだろうから。


「いつものあれが演技なら無理しなくていいが、俺はいつもの感じの篠三といたいから戻してほしい」


 ずっとこのままでいられるとなんとかしたくなってまた調子に乗ってしまう。

 大越だけにではなく篠三に対してまでするようになったらきっと茉莉は怒る。


「上手くできなくて傷ついている人間に無理を言いますね」

「無理ならいい」


 この時点で同じようなものか、怒られてしまった方が後の自分のためになるのかもしれない。

 決してMというわけではないが、彼女達を被害者にしないためにも、なあ。


「いつもの私が好きなんですか?」

「好き……というか、その方が篠三らしい……かなと」


 相手が誰であれ、いまみたいな感じでいられるのは嫌だった。

 誰だってそういうところは見たくないだろう、そして、わがままだから抱え込んでもほしくないという難しいことを求めてしまう。


「風子には好きって言えるのに私には言ってくれないんですね」

「……大越から聞いたのか?」

「知りません、もう茉莉達のところに行きますね」


 そもそも俺らはどうして少し距離を作って歩いていたんだ……。

 駄目だな、やはり俺の方が駄目だ。

 友達ができたからというわけではない、異性と関われているからこうなる。


「帰ろうかな……」


 前坂がいればそちらに意識を向けるし、飲食店に着けば料理に意識を向けるもの、俺がそこにいなくたって誰も気にしたりはしない。

 なんてな、これも受け入れたのだから勝手に帰るなんてできない、しっかり付き合って家でごちゃごちゃ考えることにしよう。


「俺は窓際でもいいか?」

「いいよ、じゃあ僕はその隣――あれー、なんか茉莉ちゃんがもう座っているなあ」


 誰が隣でも構わない、窓の外が見やすいのであればそれでいい。

 というのも、きっとこの四人で盛り上がるだろうからだった。

 そのときに中央だったりすると場違い感が凄くなるだろ? だからここをどうしても確保したかったんだ。


「ジュースを注いであげようと思って、それなら通路側の方がいいから」

「じゃあ僕は反対側で、お願いだから香菜ちゃんか風心ちゃんはこっちに来てぇ」

「それなら私が座らせてもらいます、香菜さんは茉莉さんの横でもいいですか?」

「うん、それはいいけど」


 どっちにしろ五人で来ている時点でこうなることは確定している。

 ちなみに茉莉はジュースを注いであげるとか言っておきながら篠三と場所を変えることはしなかった、一応俺は妹に好かれているということになるのかもしれない。


「香菜はなにを食べたい?」

「そうだなあ、今日は精神が疲れたからがっつり食べたいな」

「ふふ、それなら私もがっつりいっちゃおうかな」

「いいねっ、あ、どうせなら宏一先輩もそうしましょうよ」

「そうだな、たまには悪くないな」


 どれでもいいから料理の方は任せることにした。

 俺はそれまで窓の外を見て時間をつぶ――ずっと見てきている前坂に意識を向けるとなんか嬉しそうな顔をされてしまった……。


「前坂はいつもにこにこしているな、あと、メニューを先に見せてやるなんて優しい先輩だ」

「それなら宏一だってそうでしょ?」

「俺は選ぶつもりがなかったから、だからそれとは違う」

「ははは、素直じゃないねえ」


 というか今更だが、女子比率が高すぎる。

 変化を恐れていた人間には対応してきれない人数のはずなのにどうしてここまで普通なのか分からない。


「大越、ゆっくりでいいからな」

「はい、ただ、やっぱりこういうところに来ると悩んでしまいますね」

「それは普通のことだ、色々な料理が食べたくなるものだから」

「ふふ、正にいまの私がその状態なんですよ」

「はは、それならいっぱい考えてくれ」


 ん? ああ、今度は茉莉が無言でこちらを見てきている、いや、それだけではなくてなんか腕を掴まれていた。

 他の誰かがいるところでは言わないようにしているのか、それだけでなにかを言ってくることはなかったが。





「今日は茉莉がこそこそする日なのか?」

「うん、テストで疲れたから」

「そうだな、じゃあ俺もこそこそするかな」


 リビングには前坂達がいるがこうしても問題はないだろう。


「風心にだけ優しいのはなんでなの?」

「変えていたつもりはないが」

「ふーん」


 茉莉は篠三と一緒に選んでいたし、前坂は大越に先に選ばせていたからだった。

 それに大越だけに話しかけたわけではない、先に話しかけたのは前坂だ。


「中学生のときはこんな風には思わなかったけどな……」

「よく来てくれていたよな」

「だってあの人もいたから、それにあの人がよく兄貴を連れてきてくれたからよかったんだよ」


 いつも人としては好きと本人にぶつけていた、それを受けて本人は「おいおい、人としてだけかよ」と言っていた、もしかしたら意識していたのかもしれない。

 でも、告白をされたとかしたとか言われたことはないからなにもなかった……ことになるのか。

 いやまあ、ずっと一緒に過ごしてきた俺だからといってなんでも言えるというわけではないだろうから隠しているだけの可能性もあるな。


「懐かしい、元気ならいいんだが」

「元気だよ、夏でも冬でも毎日『よう』と来てくれていたじゃん」

「ははは、そうだな。だが、いなくなってしまったから茉莉は甘えん坊になってしまったんだな」


 俺に対しては反抗期になってもおかしくないのに全くそうなる気配がない。

 俺としてはいつまでも仲良くできた方がいいが、これが茉莉にとっていいことなのかどうかは分からない。


「え、私がいつ甘えん坊になったの?」

「最近はやたらと気にするだろ? 別に茉莉を放置したりとかしていないのに」

「それは甘えん坊とは言わないと思う」

「え、じゃあなんだ?」

「焼きもち、かな」


 今回は知らないで終わらせることはしないみたいだった。

 元々近くにいたのに隣まで移動してきて腕を優しく叩いてきた茉莉。


「香菜といるかと思えば今度は風心と、なんて目の前でするからだよ」

「茉莉もそうだが、俺のところにも来てくれる可愛げのある女子達だからな……」

「分からなくもないけど、明らかに調子に乗っているというか……」

「それはそうだ、茉莉の言う通りだ」

「いや、真顔でそんなことを言われても困るよ……」


 難しいことを言う、そういうことを言うのであればどうするのが正解だったのかを説明してからにしてほしい、だっていまのところで言い訳をしていたら間違いなく文句を言われていただろう。

 抱え込まれるぐらいならなんでもはっきり言ってくれた方がいいが、その際に俺が上手くやれるわけがないという前提でしてほしかった。


「複数人の人間といられているから分かりやすく態度が変わっているんだ、変化を恐れていた人間はもういない」

「まあ、それはいいことだよね、これまではあんまり動こうとしなかったし」

「それもそうだな、必要以上に恐れて足を止めたままじゃもったいないからな」


 床に寝転ぶとリビングの天井とは違った天井が見えた。

 こっちの方が木! という感じがするから意外と見ていて飽きない。

 不思議な感じだ、先程のメンバー全員がこの家の中にいるのに茉莉しかいないような感じがする。


「私も休むー……」

「ぐぇ、お、おい篠三……」

「あれー、枕かと思ったんですけどね……」


 これは絶対にわざとだ、枕と俺の腹部を見間違えるわけがない。

 今朝のことといい、彼女も甘えん坊なのかもしれなかった。

 茉莉が言っていたみたいに焼きもちというわけではない、ないはずだ。


「勘違いしないでくださいね、朝は不安で仕方がなかっただけですから。笑いかけてくる人じゃなければ誰でもよかったんですから」

「勘違いなんかできるわけがないだろ」

「それならいいんですけど」


 勘違いするなというのは本当にそうだ、大越だって同じだろう。

 俺が仲良くなれているとか勘違いをして近づいてきたら怖いと思うはずだ。

 ちゃんと指摘してくれる存在は助かる、だからありがとうと言っておいた。


「はぁ」


 客間を出て廊下に座った途端にため息が出た。

 まあでも、テストは終わったからこうしてゆっくりできるのはいい。

 できていなかった掃除などをすればいいし、この前みたいにご飯を作ったりするのも悪くはなかった。


「宏一君、そんなところでどうしたのー」

「ちょっと休憩をしていたんだ、茉莉や篠三は客間にいるぞ」

「三人とは話せたから宏一君と話そうと思ってね」

「いつも教室で話しているのに面白いことをするな」

「そうかな、普通のことだと思うけど」


 彼は横に座ると腕を突いてきた、優しさはあまり感じられなかった。


「席替えで隣同士になりたいな、そうすれば茉莉ちゃん達も楽でしょ?」

「教室内なんだから移動距離は大して変わらないよ」

「君は優しさが足りないね、いつも行くのは僕だし」


 こちらが移動しようとする前に来てしまっているからそうなっているだけで、もしそれがなかったら俺だって自分から近づいている。


「あと、廊下側なら風心ちゃん的にも呼びやすくなるだろうからね、もしかしたらひとりで行きたいときもあるかもしれないからさ」

「教室に入るのは勇気がいるだろうからこっちが気づいて移動してやれた方がいいのは確かか」

「うん、なんとなくいつまでも三人で揃って来る感じはしないんだよね」

「それぞれしたいことがあるからいつまでも三人揃っては無理だろうな」

「一番最初に動くのは誰かなあ」


 誰であっても俺に用があるなら相手をさせてもらうだけだ、なるべく相手によって態度を変えたりせずに俺らしく相手をさせてもらう。

 七月まで特になにかがあるというわけでもないし、そう変わらない毎日が続くだろうとなんとなくそんな風に思ったのだった。

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