04話.[一番最悪な時間]
五月になって肌寒いと感じることはなくなった。
ゴールデンウィークもあっという間に終わって、二年になってからの初めてのテスト週間となった。
やらなければならないことは分かりやすいから向き合っていた、のだが、
「なんで別々なの?」
一緒にやっている前坂がそういうことばかりを言ってきていまいち集中しづらい。
そんなに一緒にやりたいならあの三人組のところに行ってくればいいと言ってみても「そんな空気が読めないことはできないよ」と返されるだけだった。
じゃあぶつぶつ吐いていないで勉強をやろうぜとぶつけてみてもあまり意味がない感じで……。
「ある程度やったら茉莉に会わせてやるからいまは頑張ろうぜ」
「そうだね、それなら頑張れるよ」
集中できているのかは知らないがそれからは喋らなくなったから集中しやすくなってよかった、約二時間ぐらいはやれたから俺としては十分だと言える。
「え、あー、そうなんだー」
「ん?」
「あ、茉莉ちゃん達は香菜ちゃんの家でやっているみたいでさ」
「それだと帰ってくるまで無理だな」
「なんか騙された気分だ」
同じように集まってテスト勉強をするということは知っていたものの、篠三の家でやることは聞いていなかったから騙しようがない。
それに名前で呼び合っているぐらいなのだから家に行ってくればいいだろう。
向こうだって延々に集中時間が続くというわけではないから休憩をしているはず、そういうときならちゃんと相手をしてもらえるだろうからな。
「はぁ、このまま帰るのは虚しいから宏一の家に行くよ」
「おう」
付き合ってくれたから甘いジュースぐらいは飲ませてやるか。
という感じで、最近はやはり無駄遣いが増えていた、なにかがなくてもすぐにそういう物を求めてしまう。
これを来年まで繰り返したらかなりの額の金を使うことになるのだが、いまがよければそれでいいと開き直ってしまっているのが現状で。
「はい」
「ありがとう。宏一は毎日しっかりやるタイプなんだね」
「しっかりかは分からないが、やっておかないと不安になるからだな」
日常と違ってなにかを頑張ればいいのかがはっきりしているのがありがたかった。
なにを頑張ればいいのかが分かっていないとそれを探すだけで疲れてしまう。
それとなにかに集中できていると悪く考えることもなくなるからいいんだ。
ぼけっとしていたりゲームなんかで時間をつぶすのとは違う、確実に後の自分のためになることだから損とかそういう風に感じることは一切ないわけだ。
「俺は何回もやらないと覚えられないから三日とかそれぐらいじゃ間に合わないというだけだよ」
「僕は三日前ぐらいからが一番やる気が出るかな」
「そっちの方がすごいだろ」
不安にならずとまでは言わないが、そうやってできる人間だったら変化を恐れることはなかった。
友達だって沢山いただろうし、彼女だっていたかもしれない。
車のエンジンを載せ替えるみたいに人間の脳も変えられる世界だったらどうなっていたのか……。
まあでも、それで分かりやすく人間性などが変わってしまうのだとしたらそれはもう俺とは言えない気がする。
というか、もし可能なら記憶を消してから新しい脳に変える方がいいか。
「ただいまー」
「おかえり!」
意外と早い帰宅時間だった。
あまり集中できなかったのかもしれない、初めてで緊張している可能性もある。
「おお、なんか直輝君が家族になったみたい」
「それなら結婚しちゃう?」
「んー、直輝君は格好いいけど結婚はちょっとね」
「おぇ、直接拒絶されると吐き気が……」
吐き気を感じている前坂は放っておいて茉莉にもジュースを注いで渡した。
これは俺が買っている物だから何人に振る舞ったって問題にはならない、その場合はすぐに終わってしまうがな。
「兄貴、明日はみんなで一緒にやろ」
「いいぞ、前坂もいいだろ?」
「当たり前だよ、寧ろなんで今日は別れたのかって言いたくなるよ」
「別に意地悪をしたかったからとかそういうことじゃないけどね」
一緒にやらなければならないなんてルールはないし、別に今日のそれが問題行為というわけではないのだから言っても意味がない。
「くんくん、茉莉ちゃんから甘い匂いがしますな」
「あー、勉強をやりながら甘いお菓子を食べていたから……」
「ふむ、もしかしたら集中できなくて会話や食べることばかりに――」
「……イチオウヤッタケドネ」
「大丈夫、僕だってそういうときはあるからね」
最初からそれを言ってやってくれ、明らかに困惑している顔になっているぞ。
それはとにかくとして、前坂が鋭いのは確かなようだった――って、集中してやらなければいけないときに脱線してしまうことは誰でもあるからそう難しいことでもなかったか。
「三人の女の子だけが集まったらどういう会話をするんだろう、やっぱり恋バナとかかな?」
「うん、そういうことは多いね」
「『誰が好きなの』とか聞いて、吐いてくれたら『きゃー』と盛り上がるんだね」
「それもあるね」
男子が集まった場合には腹が減ったとかそういうことだろう。
誰が好きなんだよとかそういう話になることは全くなかった。
「茉莉も篠三も前坂が連れて行ったのか?」
「はい、先程急に来て出ていきました」
「じゃあやるか、メンバーが多いほどいいというわけじゃないからな」
「そうですね」
昨日と違ってぶつぶつ言う存在がいないから教室内は凄く静かだった。
どちらかと言えば静かな空間が好きだから捗る空間ではあるのだが、
「なにか言いたいことがあるのか?」
ちらちら見られていて若干どころかかなり集中できない時間となっていたんだ。
なにかがついているなら教えてほしい、ふたりだけでやりたくないということならそれも教えてほしい。
言ってくれなければ彼女がなにを考えているのかなんて延々に分からないままだ、お互いのためにならないから必要なことだった。
「山下先輩的には茉莉さんや香菜さんがいなくて残念ですよね」
「え、全くそんなことはないが」
なんでそんなことになるのかが全く分からない。
俺がいつでも妹を、妹の友達を求めているような言い方をされても困る。
「え、そうなんですか?」
「茉莉は家で話せるし、篠三はよく来るから学校で話せる。だが、大越はあんまり来ないからな」
一緒に来ることも多いが前と同じで複数人でいると口数は分かりやすく減る。
最近の前坂は自分だけが仲間外れにされないよう積極的に加わろうとするから余計に喋る機会というのは減っていくわけで、そういう状態が続いたときにゆっくり本人と話せる時間ができれば……というやつだった。
テスト週間だから話してばかりでは不味いが、休憩しているときに話せるのと話せないのとでは全く違うというやつだ。
「だからそんなことを言うな、大越といられる時間だって俺は好きだぞ」
好き、好きね、自分で言っておきながら呆れるというかなんというか。
女子が男子に対して好きだと言うのと、男子が女子に対して好きだと言うのとでは全く違うだろう。
言っている人間も問題だ、分かりやすくイケメンで内面もいい人間だったのであれば変わっていたのかもしれないが。
「やるか、せっかく付き合ってもらっているんだからちゃんとやらないとな」
本番はひとりで頑張らなければいけないことではあるが、一緒に勉強をやってはいけないなんてことはない。
高校生になった去年はひとりでやることになったから寂しかったんだ、でも、今年は違うというだけで、それだけでほっとしている。
会話ばかりになったとしてもそれはそれで俺としては悪くない時間だった、友達がいなければ話すこともできないから。
しかしなんだろうな、もう視線を感じるというわけでもないのに微妙な状態だ、ちゃんと細かく意識を向けてみると話したがっている自分が存在しているんだ。
興味を抱いたと言われたからか? 分かりやすく調子に乗ってしまったのもこれぐらいなら大丈夫と無自覚に判断してしまったからかもしれない。
とはいえ、頑張っている人間の邪魔をするわけにもいかないので、教科書を読んだりして休憩してくれるまで待っていることにした。
でも、彼女の集中力はかなりのもので、気づけば完全下校時刻手前まできてしまったという……。
そういうわけで学校に残っていたのに全く集中できずに、また、ヘタれて勇気も出せずに終わったという、最近で言えば一番最悪な時間だと言えた。
「大越、そろそろ片付けて帰るか」
反応がない、手をずっと止めない。
だが、しっかり出ておかないと閉じ込められてしまうからまずは机の端を軽く叩いて反応を期待したのだが、それもいい結果には繋がらなかった。
これだけはしたくなかった、でも、やるしかないということで肩に触れてみたものの、それでも気づいてくれることはなく……。
「大越――」
「風子、もう片付けて帰らないと」
「ひゃっ!? あ、あれ、もうこんな時間……」
全く気づかなかった、いつの間にか教室内に茉莉がいた。
いままでなにをしていたのかと聞こうとしてやめる。
家に帰ってからでも遅くはない、いまは出ることの方が優先されることだ。
「片付けて帰ろ、ちゃんと家まで送るからさ」
「わ、分かった」
ちなみに耳元で名前を呼んだとかそういうことではなかった、普通に少し離れたところから声をかけただけだ。
信用度の違いだろうか、もしかしたらわざと無視されていた可能性もあるのでは。
「すごい集中力だったね、兄貴が触れても反応しないんだもん」
「えっ、触れた……って」
「悪い」
「い、いえ、それでも反応しないなんて私はやばいですねっ」
「確かに集中力についてはそうだな、俺ではできないことだ」
真似しようとしても二時間ぐらいが限界になるだろう。
上手くやろうとして空回りしているところしか想像できなかったから実行するのはやめておいた。
「今日は茉莉と大越か、前坂と篠三はなにをしているんだ?」
「さあ、すぐに別行動をするから私にも分からないよ」
「まあ、別になにか問題があるわけでもないが……」
いいか、やるか、今日も二時間ぐらいやって帰ることにしよう。
昨日と違った点は喋りたい自分がいないということだった、そのため、体感的にはどんどんと時間が経過していく感じがする。
早いペースでしているというわけでもないからひとつひとつしっかり覚えながらやることができていて、本当に昨日はなんだったのかと言いたくなるぐらいのいい時間だった。
「ふぁ……」
「ん? 眠たいのか?」
「ちょっと遅くまで勉強をしていたからさ」
「テストが終わるまでは自分で弁当を作るよ、最初は集中したいだろ?」
もっと早く言ってやればよかった、こういうところで動けないから俺はこれまで特定の友達以外とはいられなかった気がする。
「嫌だけど、絶対に作らせないから」
「なんでだよ、別に味に不満があるからとかそういうことじゃないんだぞ?」
「いいから、ちゃんと寝る時間を調節すれば大丈夫だから」
なにかがあってからでは遅い、睡眠不足のまま勉強をしたところで本来の半分ぐらいしか効果は見込めないだろう。
それだというのに意地を張る茉莉に今回はちゃんと言おうとしたのだが、
「本人がこう言ってくれているのであればいいと思います」
と、大越に言われて黙ることになった。
いやまあ、俺だって本人が言ってくれているからと作ってもらっていたわけだから偉そうには言えないが……。
「なんか集中力がなくなっちゃった、ちょっとジュースを買ってくるね」
「それなら俺が行ってくるから大越といてくれ」
俺はもう十分できたから元々これ以上やる気はなかった。
だから丁度よかった、色々な意味で本当にだ。
「いいの? それじゃあ甘い飲み物ならなんでもいいからお願いね、風心はなにが飲みたいの?」
「じゃ、じゃあ茉莉さんと同じ飲み物で、あっ、お金はちゃんと払いますから」
「私だってそうだよ。とにかく、そういうことでよろしく」
「分かった、ゆっくりしていてくれ」
ふたりにはいちご牛乳にして、自分にはシンプルな牛乳にした。
特別好きというわけではないものの、美味しいから悪くはない。
高校に入学してからは牛乳を学校で飲めなくなったというのも影響している、朝はパン派ではなくご飯派だからそれも関係しているだろうな。
「茉――」
教室に入ろうとしていたら大越が茉莉の頭を撫でていて足が止まった。
変なことをしているというわけでもないのになにをしているのかと内で吐いて足を動かして、静かに机に買ってきた物を置く。
「寝てしまったのか」
「はい、やっぱり少し無理をしていたようですね」
これでも「お弁当は私が作るから!」とか言うのだろう、少し頑固なところもある子だから容易に想像することができる。
「帰るか、ここで寝るより家で寝た方がいいから」
「そうですね、昨日のようになってしまったらまた山下先輩達にご迷惑をかけてしまうので私としてもその方がいいです」
「迷惑なんてことはないよ、寧ろ一緒にやってくれてありがとう」
時間はあるみたいだったから送る約束をして家に来てもらうことにした。
悪い状態なのに喜ぶのは最低だが、今日は俺がご飯を作ろうとしているからだ。
そのときに相手をしてもらいたかった、あれが嘘でなければ大越としても損ばかりというわけではないから大丈夫だと思いたい。
「じゃ、ちょっとリビングで待っていてくれ」
「分かりました」
茉莉の部屋まで移動してベッドに優しく下ろす。
「ごめん……」
「気にしなくていい、あと、今日は俺が作るからゆっくり休んでくれ」
「……分かった」
め、滅茶苦茶嫌そうな顔をするな、意識してそうしているのだとしたらそれはもう能力と言ってもいいことだ。
待たせているから部屋を出て一階へ、飲み物を大越に渡してからご飯作りを開始。
「大越は大丈夫か? 眠たいならソファに転んで休んでもいいぞ」
「私は大丈夫です、昨日も二十二時には寝ましたので」
「はは、やっぱりそれぐらいには寝ないとな」
翌朝の楽さが露骨に変わってくるから意識して毎日寝る時間を一定にしている。
早めに寝るから早めに起きるが、現時点では活かせていないというのが実際のところではあるが。
家事を手伝うとかすればいいというのは分かっていても、休んでいていいと母と妹から言われて負けることも多かった。
「はい、私の場合はそうしないと起きられないだけですけど」
「朝が苦手なのか?」
「少しだけ、はい、そういうことになりますね」
眼鏡をかけているからそれを探すために時間をかけていそうだった。
……想像しただけでやばい、笑うのを我慢するだけで大変だ。
ただ、俺の前でそういうところを見せるのだけはやめてほしかった。
なにを言うのか分からない怖さというのがある、また、反応に困って雰囲気が最悪な状態になるかもしれないからだ。
「山下先輩」
「ん? もしかして腹が減ったとかか?」
調節すれば彼女の分も用意できる、だからもし想像通りならいま言ってくれてありがたいことになる。
「……テストが終わったらどこかに行きたいです」
「あ、食べたいわけじゃないのか、じゃあ場所を考えておいてくれ」
「分かりました」
小難しい料理を作るというわけではないから三十分もしない内に作り終えた。
ラップなんかをしてから家を出る、いつまでもここにいさせるわけにはいかないから仕方がない。
「昨日さ、実は大越と話したかったんだよ」
「それって私が集中していたときのことですよね?」
「ああ。ただ、邪魔をするわけにもいかないから黙ることにしたが……」
「あ、だから受け入れてくれたんですか?」
「いや違う。予定とかがあるわけでもないし、嫌じゃないから受け入れたんだ」
ちゃんとどう言うか考えてからにすればよかったと後悔したがもう遅い。
なので、そこから先は話をふられたら反応する程度に抑えておいた。
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