03話.[いつもそうだな]

「いい天気だ、今日はここで夕方頃まで過ごすかな」

「ですね、こんなに暖かいのに屋内にいるなんてもったいないですよ」


 横を見てみたら「よいしょ」とか言いつつ座った篠三がいた。

 約束をしていたとかそういうことではない、一緒に行動していたわけでもない、それだというのに彼女はあたかも約束をしていたかのような感じでそこにいる。

 一瞬、興味があるのかなんて馬鹿なことを考えたが慌てて捨てた、ああ言っていた大越だって来ていないのだからありえない。


「こんにちは、奇遇ですね」

「ここから家が近いのか?」

「はい、それで独り言を言っている宏一先輩を発見したので話しかけさせてもらった形になりますね」


 決して知り合いが来そうな場所を探して過ごしているとかそういうことではなかったのだが……。


「あの、時間があるならお散歩しませんか? さすがに同じ景色をずっと見ておくというのも微妙なので」

「いいぞ」

「よしっ、それなら座ったところであれですけど行きましょうか」


 きっと悪いことにはならないはずだ、そもそも変わろうとしているのに断っていたらもったいないからできない。

 前坂も彼女も最近の若者にしては珍しいことをする、これはまあ俺の中に勝手な偏見があるということは認めるが。


「えっと、ここら辺にいれば――あ、ほら見てください、茉莉と風心です」

「……もしかして散歩というのは嘘か?」


 向こうの方から、自宅側の方から歩いてきているふたりが見えた。

 彼女はともかく、あのふたりは初めから約束をして行動していた可能性がある。

 で、そこで外でぼけっとしようとしている俺を発見したから呼んだ、というところだろうか。


「すみません、でも、変わりたいんですよね?」

「そうだな」

「それに私達なら大丈夫ですよ」


 まあ、言ってしまえばその通りだった。

 最近怖いのは変わってしまうことではなくて調子に乗ってしまうことだと言える。

 茉莉や彼女が相手のときは普通なのに大越のときだけはそうしてしまうなんてかなり不味いことだ、人によって態度を変えているということでもあるから……。


「よかったよ、香菜が兄貴を見つけてくれて」

「言わないで出ていくのはよくないですよ」

「茉莉が部屋から出てこないからだ」


 謝罪してしまうのが一番ではあるが残念ながらできなかった。

 外でぼけっとするだけなのにわざわざ部屋の前まで行って言うわけがない。

 どうしても気になるということなら早起きをすればいいし、携帯だって契約してもらっているのだからそれで確認すればいい。


「それでも私がいるんだから言って出てよ、心配になるでしょうが」

「分かった分かった、今度から言うからこの話はもう終わりな」


 このメンバーなら前坂も呼ぶかと決めて呼ぼうとしたのだが、何故か茉莉が俺の携帯を取って自分のポケットにしまってしまった。


「兄貴を変えるためにしているんだから直輝君は呼んじゃ駄目」

「せめて携帯を返してくれよ」

「ちゃんと後で返すから付き合って」

「別に帰ろうとはしていなかったが……」


 帰るためなら前坂を呼ぼうとはしないだろう。


「よし、メンバーも揃ったからカラオケ屋さんに行こうっ」

「俺、歌うの苦手なんだが」


 これは一緒にいるメンバーが異性だからとかそういうことは関係なかった。

 誰かがいると駄目になる、見られていると冗談抜きで声が出なくなるんだ。

 そのせいで音楽の成績は毎回悪くて母に言葉で突き刺されたことが何回も……。

 ちなみにこれは歌うだけではなくて楽器を引くときとかにも同じようになるからそれ関連のことでは俺は駄目駄目だった。


「私が一緒に歌ってあげますよ」

「わ、私も」

「じゃあふたりが歌えばいいな、俺は聞く専だ」


 そんな人間が参加するとなったら空気を悪くするするだけでしかない。

 だが、そうやってちゃんと言っていても「大丈夫だから」とか無根拠なことを言って連れて行こうとするのが人間というもので――で、最後までサポートしてくれるかと思えばそうではないんだよな。


「香菜、兄貴は本当に苦手だから参加するだけでもいい?」


 俺の妹は優しいぜ、この前嘘をついたことはもうなかったことにしよう。


「え、それだとお金がもったいないから……」

「じゃあ変えようか、みんなが楽しめるようなそんな場所がいいからね」


 って、これはどうなのだろうか、俺が歌えないばかりに行きたい場所を変えてもらうというのは違う気がする。

 

「カラオケ屋に行きたいならそれでいいぞ、見ているだけを許可してくれればだが」

「本当にいいんですか? それなりに値段しますけど」


 最近は無駄遣いが増えているがちゃんとこういうときのために貯めてある、だから気になりはしなかった。

 それこそジュースを沢山買ってしまうよりはいい、友達的存在と遊ぶことができているのだからそれだけで満足できる。


「気にならないならそれでいい、それか別にここで俺だけ別れてもいいが」

「それならみんなで行きましょう!」

「「「ち、力強い……」」」


 い、いまのは驚いた、なにが驚いたかって大越が大声を出したからだ。

 一番近くにいたから尚更だった、鼓膜が破れそうになるほどとかではないが。


「だ、だってせっかく山下先輩が参加してくれるというお話しでしたから……」

「はははっ、それなら行こうか!」


 こういうときに進めてくれる彼女の存在は助かる。

 ただ、茉莉が微妙そうな顔をしていたことだけは引っかかっていた。




「の、喉が痛いよ゛……」

「茉莉はいつもそうだな」

「歌い方が下手なんだろうねー……」


 友達と行っては毎回喉を枯らして帰ってきていたから違和感はない。

 それよりもで片付けてしまうのは申し訳ないが、


「なんで俺が篠三を背負うことになっているんだ」


 これ、こっちの方が気になってしまう。


「なんで俺がって、兄貴が受け入れてくれたんじゃん」

「いやまあそうだが」


 茉莉や大越なら分からなくもないが何故ここで篠三なのかと言いたくなるんだ。

 はしゃすぎていたというわけでもないし、カラオケ屋に行く前だって会話をしていただけなのだから訳が分からない。

 遊びに行こうとしていたのについつい夜ふかしをしてしまって眠たいということなら、どうして今日にしたのかとやっぱり言いたくなる。


「あと、ちょっと羨ましいんだけど」

「羨ましいってなにが? 茉莉も篠三を背負いたかったのか?」

「はぁ」


 簡単に好きになる子だから触れたかったとかそういうことなのかもしれない。

 まあ、すやすや寝ているが篠三なら「いいよー」と受け入れてくれるだろう。

 自分のしたいことをなんでもかんでも内に抑え続ければいいわけではない、茉莉が変わるきっかけになってくれればいいと思った。


「起きているのは分かっていますよ」

「「ん?」」


 静かな声だが周りが静かだからよく聞こえた――と言うより、静かなはずなのになんらかの迫力があって反応するしかなかったことになる。


「あ、篠三さんは寝てなんかいないんですよ」

「「え」」

「あらら、ばれてしまったかー」


 忘れたふりも上手ければ寝たふりも上手いなんて凶力な存在だ。

 とりあえず下ろしてくれと言われたから下ろしたが、どちらかと言えばそんな篠三よりも大越の方が怖かった。


「私に触れる前にためらったところが可愛かったですっ」

「篠三……」

「あ、ま、まあ、許してくださいよ」


 内にあるのは怒りではない、俺はただみんなが黙るようなことにはなってほしくなかっただけだった、いまそんなことになったら走って逃げるかもしれないからだ。


「それなら私も寝たふりをすればよかったなー。別にお弁当はお礼がしてほしくて作っているわけじゃないけど、少しぐらいはって考えるときもあるんだよね」

「家まで運んでやろうか? いつも世話になっているし」

「なら、運んでもらおうかな」


 流石にこの状態でしないということはできない。

 そこまで分からない人間というわけではなかった、まあ、言い方が実に茉莉らしくて笑いそうになってしまったが。


「茉莉は軽いな」

「ちょっ、その言い方だと私が重たいみたいじゃないですかっ」

「いや違うか、遠慮がちだからそう感じるのか」

「それだと私が意地悪をして全体重をかけていたみたいじゃないですか」


 別に責めたいとか揶揄したいとかそういうことは一切ないから安心してほしい。

 こんな言葉でいちいち不安定になっていたら疲れてしまうだけだ。


「って、宏一先輩のせいで山下家まで来てしまったじゃないですか!」

「え、当たり前のように付いてきていたのは篠三だろ?」

「もういいですっ、上がらせてもらいますからねっ」


 大越だって同じようにここにいる、つまりカラオケだけで終わりにするつもりは最初からなかったというだけだろう。

 冗談でも演技でも感情的になってしまうと心配になる、大人の対応をできていたときの彼女はどこにいってしまったのだろうか。


「っと、運んでくれてありがとね」

「いや、茉莉こそいつもありがとう」

「いいよいいよ……って、さっきの言い方的にはあれだよね……」

「別にいい、実際助かっているんだから茉莉は『してやっているんだ』ぐらいの態度でいればいいんだ」


 後はもう女子だけで盛り上がるだろうから客間で寝転ぶことにした。

 変な絡み方をしてくるわけではないから出かけたことについては問題ないが、単純に俺が異性といるのに慣れていなくて疲れたんだ。

 続けていけば慣れて疲れないようになるだろうか? だが、もしそうなったらなんか自分のような感じがしなくてそれはそれでと……。


「あの」

「大越か」


 少し待っていたら開けて中に入ってきて、横まで移動してきて静かに座った。


「大越は歌うのが好きなんだな、楽しそうだったぞ」

「お、お金を払うならいっぱいしなきゃってなってしまうんです……」

「いいだろ、可愛い歌声だったな」


 茉莉は普通の、篠三は色々歌い方を変えたりしていて飽きなかった、ただ、だからこそ自分が苦手でよかったとそう思った。

 得意でも不得意でもあそこで普通に歌っていたらいい雰囲気を壊していたからだ。


「山下先輩が歌ったところも見てみたかったです」

「見なくて済んでよかったと考えた方がいいぞ」

「でも、茉莉さんは見たことがあるんですよね?」

「そりゃまあ家族で行くことがあったからな、だからこそ止めてくれたんだ」

「それってなんかずるいです」


 ずるいと言われても茉莉は困るだろう、ちなみに俺だって困る。

 こういうところは三人ともよく似ているからいられる限りは一緒にいた方がいいとかわりに言っておいた。


「それに私だけ……でしたし」

「それはまた今度な、同じように眠そうだったら家まで運んでやるよ」

「昨日、夜ふかししておけばよかったです」

「いやいや、そこまで価値はないから……」

 

 多少は楽をできる、その程度のことだ。

 だが、女子でも男子でもなるべくそういうところを見られたくないものではないだろうか、それだというのに俺とか関わってくれている女子三人ときたら……。


「あ、あー、なんか眠たくなってきましたー」

「棒読みだな、まあ、眠たいなら布団を敷いてやるよ」

「……そのまま返すのはやめてください」


 で、結局寝ることにしたみたいだから約束通り布団を敷いた。

 これで俺は退室をするだけでいい、そのはずだったのに「いてください」と頼まれてしまった。

 俺は前にも言ったように頼まれると断れない性格だ、そのため、仕方がなく残るために茉莉を呼んできたのだが。


「兄貴、なんか風子にしたの?」

「いや、眠たくなってきたと言っていたから布団を敷いただけだが」

「ちょっと細かく教えてくれないかな」


 鳥頭ですぐに忘れてしまったというわけではないから説明したら「あー、それも兄貴らしいけど」と微妙そうな顔をされてしまった。

 なにが失敗したのかが全く分からない、眠たいと言っているのに無理やり絡んで邪魔をしたというわけではないのだからいいと思うが。

 昔、茉莉に「兄貴は女心が分からないね」と言われたことがあるからこれもそれに繋がっているのだろうか。


「えっと、篠三も呼ばなかったのが失敗、というわけじゃないんだよな?」

「そうだね」

「ということは、茉莉を呼んだのも……?」

「んー、私としてはこそこそされるのが嫌だから呼んでもらえて嬉しかったけど、風心的には違うのかもね」


 困ったのは確かだが、俺としてはまだまだ怖いだろうからと呼んだのもあるんだ。

 だが、まさかそれが逆効果になるとは、やっぱり女心は分からない。

 それでもすぐに向こうとしても分かられた気にはなられたくないだろうから逆によかっただろうと終わらせておいた。


「よよよ、なんで私は呼んでくれないんですかー……」

「悪い」


 謝罪をして少し離れる、たった少しだけそうできただけで落ち着けた。

 とはいえ、俺としては逃げずに相手をできている時点で勝ちみたいなものだ、これは成長していると言えるのではないだろうか。


「あ、私も入っていいですか?」

「それは大越に聞いてくれ」

「風子ー、傷ついた私を癒やしておくれー」


 内はともかく女子はすごいというのが今日の感想だ、出会ったばかりであってもまるで昔から一緒にいたみたいに接することができるから。

 男子でも明るい人間だったらできるかもしれない、俺では絶対に無理なことだが。


「じゃ、俺はリビングに行ってるわ」

「あ、それなら私も」

「えぇ、兄妹だけでこそこそするのはよくないよ」

「こそこそじゃなくてここが自宅だからだよ、兄妹で堂々とリビングで過ごすの」


 当たり前と言えば当たり前だが、茉莉とふたりきりだと落ち着くな。

 ソファが大好きすぎるから床に座ることになるものの、それ以外では全く問題はないんだ。

 できることならこれからもこれがいい、が、あのふたりと一緒にいたいと感じている自分もいるから不可能で。


「私、兄貴が友達と仲良くしてくれるのは嬉しいけど、なんか複雑だよ」

「取ったりはしない、あのふたりだって茉莉を優先したうえで来るだけだろ」


 取ったりできないと答える方が正しかったか。

 茉莉としてもあの仲の良かった男子が他県に行ってしまったことが影響しているのだと思う。


「そうかな」

「心配しなくても一緒にいたいならここで過ごせばいい、俺はすぐに部屋にこもったりとかしないんだから」


 一緒にいられるのなら俺としてもその方がよかった。

 別に茉莉限定の話ではなく、父や母にしたって同じことだ。

 まあ、残念ながら両親はすぐに部屋に戻ってしまうから不可能に近いが、それでもご飯を食べているときは話せるから寂しく感じたりはしていない。

 ちなみにこれは全く関係ないことではあるが、決して茉莉だけを贔屓するような両親ではなかった。


「ちゃんと相手をしてよ? 可愛い子達が相手だからって妹を放置するのは駄目なことだからね」

「当たり前だ、それに家での話なんだから言ってしまえば篠三達のことは関係ないだろ?」

「関係あるけど……」


 え、どういうことだ、あ、いまの話をしているということか? 俺はあくまで今日の夜とか別れた後の話をしていたのだが、その度にちゃんと言わなければ不安にさせてしまう……のだろうか。


「あ、分からないって顔をしているね」

「茉莉、ちゃんと教えてくれ」

「知らなーい」


 ああ、行ってしまった。

 こうなったら考えても意味がないからソファに寝転んだ。

 真っ白な天井が見えて、いまの内側との違いに苦笑する。

 家族である茉莉が相手でもこうなのだからきっとこれから、篠三や大越達の相手をしていくことで何度も同じようなことになるのだろう。

 正解はどれだろうか、いまみたいに教えてくれと言うのがいいのなら俺もそれを繰り返していくが。


「ふふ、考えてる考えてる」

「意地悪いことをしないでくれ……」

「妹を複雑な気持ちにさせるのが悪いんだよー」


 なんでここでいい笑みを浮かべるのかが分からない。

 家族であっても半分ぐらい理解するということすらできなさそうだった。

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