02話.[言われたくない]
「僕がいない間にそんなことがあったとは、行っておけばよかったよ」
「俺は前坂に興味があると言われると思ったがな」
「僕はそこまでモテませんよ」
去年や中学時代なんかは知らないからそうかとだけ言っておいた。
というか、いま一緒にいてくれている彼がモテていようとモテていなかろうとどっちでもいいというのが正直なところだ。
巻き込んでくれなければそれでいい、知らない人間を連れてきたりしなければ自由にやってくれればいい。
「茉莉ちゃんの友達かあ、もしかしたら凄く明るい子なのかもしれないね」
「ないとは言えないな」
信用できた相手にだけ素を見せるというのが普通だろうし、そうなってもなにも違和感はない。
昨日のあの聞き取りづらい話し方を最後までされていたらそれはないと否定していたが、案外すぐに戻っていたからな。
「で、やっぱり宏一は自分から行こうとはしないんだね、行く気ならこんなところでぼうっとしていないよね」
「俺が興味を抱いたなら行くよ、だが、そうではないから」
「つまらないなあ、女の子に対して積極的になっている宏一を見たいのに」
仲良くなれれば俺だって動こうとする、だからそれまで待ってもらうしかない。
ただ、俺はまだ適当に言っているだけなのではないかと疑っていた。
だって話を聞いたぐらいで興味を持つか? あと、実物を一度見てしまえば大体は分かるだろうから来る可能性が低くなるというか……。
「なにかがあっても教えてくれなさそうだよね、うん、そういうところが容易に想像できるよ」
「知りたいなら教えるよ、隠したところで意味もないから」
紙パックをゴミ箱に捨てて教室に戻ることにした。
教室に着いたら椅子に座って授業が始まるまで静かに待つ。
色々話して分かったことは、これぐらいの変化ならそこまで乱されずに対応できるということだった。
一応、精神も成長しているということだろうか、これまでは変化を恐れすぎていただけという可能性もあるが。
なにかが起こるまではどうなるのかなんて分からないのになにをしていたのかとツッコミたくなる。
でも、ひとりでいるとついつい考え込んでしまうからこれからも繰り返していくのだろう。
「授業始めるぞー」
担当の教師が入ってきたら一気に教室内が静かになった。
それでも騒がしかった中学時代とは違う、こういうところが好きだと言える。
関わったことは残念ながらほとんどないが、三年になったときも似たような感じになればいいなんてまだ四月なのに、二年になったばかりなのに考えた。
こういうことを考えるのであれば問題はないんだ、問題なのはついつい悪い方向に考えてしまうことで。
こんなことをしても気分が滅入るだけだからやめよう、そう決めたところで数時間後には破ってしまっている。
ひとりでいるからか? 前坂とか茉莉とかともっと積極的にいれば俺もいまよりは少しぐらいポジティブ思考でいられるようになるかもしれない。
「宏一、んー? もしかして目を開けたまま寝ているのかな?」
「起きてるぞ、どうした?」
「あ、茉莉ちゃん達が来たんだよ、廊下に行こ」
「おう」
廊下に出たらすぐのところで茉莉達を発見した。
大越もいるし、昨日の子もいる、三人でずっと行動しているのかもしれない。
「おはようございます、宏一先輩は今日も大きいですね」
「おはよう。身長は変わらないからずっとこのままだぞ」
「後ろの席の人が大変そうです」
「特になにかを言われたことはないが……」
そういうものだろうか、意識して見やすいように体を傾けたりした方がいい……のだろうか。
だが、実行したときのことを想像してやめようと決める、流石にずっと傾けていたら異常すぎるからだ。
「よく三人で一緒にいるの?」
「はい、茉莉がリーダーなんですよ」
彼女ではないのか、茉莉はどちらかと言えば引っ張るタイプではない気がするが。
しっかりしているのは確かだが、本人が目立つのを嫌がっている。
だからやりたいことがあっても言わないで終わらせてしまうことが多いらしい。
そういうことを積極的に吐いてくれる子ではないものの、本人から直接聞いたから俺が勝手に考えているだけというわけではなかった。
「リーダーって大袈裟すぎるよ、私が単純にふたりといたいだけだし」
「でも、そうやって動いてくれるから私も風心も動きやすいんだよ?」
「そ、そうなの? と、とにかく、リーダーとか考えたことはないからね」
複数人で話していると前坂と大越は黙ってしまう。
まあ、積極的に遮っていくよりはいいが、一緒にいるのになにも話してくれないというのも気になるもので。
「それにしっかり度で言えば風心の方が上だからね」
「全く文句はないけど、えっと、私は?」
「んー、……私より少し上ぐらいかな」
「え、なにいまの間、確実に上とは思われていないよね……」
たまに言葉で突き刺すところは昔から変わらない。
そういうのもあって自分から話を振るということはできなかった。
弱いから怖い顔をされたら嫌だ、そんな考えが自分の中にあったからだ。
「あの……」
「大越か、よくここに入ってこられたな」
「いまはもう人がいませんから、いるときなら無理ですけどね」
頬杖をつこうとしてやめた、当分の間は圧を与えないように気をつけなければならない。
「今日みたいな場合だとなんとなく喋りにくいですね」
「俺だって同じだよ」
「だから山下先輩が残ってくれていてよかったです」
「たまたまだがな、まあ、そう言ってもらえて悪い気はしないが」
彼女はわざわざ「お借りしますね」と言ってから横の椅子に座った。
席の主はすぐに帰ってしまったから意味がない行為ではあるが、なんか悪くないとかそういう風に感じていた。
茉莉も似たようなことをすることがあるからかもしれない、懐かしい気持ちにさせてくれるから……かもな。
「きょろきょろしていたら山下さんが話しかけてくれたんです」
「そうなのか――あ、そういえばあの子の名字ってなんなんだ?」
「
彼女と比べればそれなりに話しているのに知らなかったから気になっていたんだ、まあ、自己紹介をしなかったという時点で分かってしまったようなものだが……。
「山下さんよりお話ししていたのでてっきり知っているのかと……」
「別にどうこうしようとしているわけではないが知られてよかった、教えてくれてありがとう」
あの子の評価は高いが、興味もないのに名前で呼んでくるなんて怖すぎる。
ああいう存在に初な男子はやられてしまうのだろう。
「篠三さんもいい人なんです、こっちにも積極的に話しかけてくれるから好きです」
「前坂みたいな感じか」
最近の女子はすぐに好きになってしまうのだろうか。
相手が同性だから問題ないのかもしれないが、もっと気をつけた方がいいと言いたくなってしまうのは俺が面倒くさいからなのか……?
「ま、まえさか……」
「あ、ほら、いつも一緒にいる男子だよ」
「ああ! 山下さんはその人のお話しもよくしています」
前坂もよく茉莉の話をするから相性がいいのかもしれない。
あっという間に名前で呼ぶところも似ているし、夏休みになる頃には好きになってしまった、なんてことになるかもしれない。
もしそうなったら自分のできる範囲で動いてやりたかった、変化を恐れていても家族のためとなれば話は別だからだ。
「それと同じぐらい山下先輩のこともお話ししているので大好きなんだということがよく分かりますけどね」
「前坂とは俺も茉莉も最近出会ったばかりなんだ、それと同じぐらいということは、分かるだろ?」
本人が言ってくれているから、母が止めてくれないから、理由はともかく任せきりになってしまっていることが問題なんだと思う。
これは聞きたくなかったな、まあ、そういう実際のところを知ることができた方が謙虚でいられるからいいのかもしれないが……。
「だから違うと言いたいんですか?」
「……そ、そんな顔で見るな」
「え、どんな顔をしていました?」
「そ、そろそろ帰るかっ」
後輩に負けて逃げるなんてださすぎだろ……。
内にある滅茶苦茶複雑なそれをどうにかするために炭酸を買って飲み干した。
無駄遣いが増えている、これは間違いなく他者と関わっているからだ。
「あの、私はそういう風に調節しているだけだと思いますよ?」
「意図的に減らしているということか? あ、これやるよ」
「ありがとうございます。はい、そういうことになりますね」
友達を困らせたくないからしているだけ、って、それもあるだろうが違うよな。
いいさ、いつかは離れてどこかにいってしまうものだ、それは家族だろうとなんだろうと変わらないことだ。
去られてしまうというのが一番怖い変化だと言えるが、止める権利なんてないのだから黙って受け入れるしかない。
「繋がっているのかどうかは分かりませんが、山下先輩のお話しをするときは声のトーンが変わるんです」
「そうなのか」
俺の母は電話対応をするときだけはトーンがやたらと上がる、なんでああなるのかと考え込んだときがあるが答えが出なかったからやめたが。
「はい、篠三さんもそれでからかうときがあるんですよ?」
「茉莉もからかっていたから似たようなものだな」
「あれはもしかしたらその仕返し……なのかもしれません――あ、私が一番しっかりしているとかそういうことは絶対にありませんが」
「茉莉はお世辞を言ったりしないぞ、言うときは言うからな」
「でも、私ですから……」
まだ全く知らないからなにかを言ってやることはできなかった。
だが、自分がこういうときに違うと言ってほしくないのに同じことをしてしまって後悔することになった。
「そういえば今更だが、今日は一緒に帰らなかったのか?」
「お友達に呼ばれて出ていきましたので」
「あー……」
「参加するわけにもいかないし、なんとなくすぐ帰りたい気分でもありませんでしたから山下先輩に相手をしてもらおうと思いまして」
「はは、俺でよければさせてもらうよ」
結局俺だって他者と関われた方がいいに決まっているんだ。
だから別にこうして一緒に過ごすぐらいなら全く構わなかった。
「なんて言うんじゃなかった……」
雰囲気が悪くなかったからついつい調子に乗ってしまった。
まあ、求められてもいないのに積極的に異性のところに行っているわけではないからまだいいが……。
「相手をさせてらもうよ、その程度ならなにも問題ないじゃないですか、やっぱり宏一先輩は茉莉が言っていたように自信がないんですね」
「それはそうだ。というか、篠三は分かりやすすぎるぞ」
当たり前のようにいることについてはもう驚きはしない、二度目ぐらいでそういう存在なんだと片付けられているから問題ない。
色々なことが怖い人間でもいつでもなんに対してでもびくびくするというわけではないんだ。
「へえ、どんな感じにですか?」
「自己紹介をしなかったからだ、興味がないからこそ近づけるんだろうな」
「あ、そういえばしていませんでしたね」
「忘れたふりも上手いな」
分かりやすく行動してくれる人間は助かる。
この前は大人な対応をしてすごいとかなんとか考えたが、実際は嫌な顔をするとかそういう風にしてくれた方がいいんだ。
もちろん精神にはよくないが、こちらが勘違いしてしまうようなきっかけがなくなるからだった。
「というか宏一先輩は酷いですよね、風心の紹介をしたときに『罰ゲームか?』なんて言うなんて」
「どう見ても俺に興味があるようには思えなかったからな」
何度も言うが利用されるのは構わなかったから前坂に興味があると言われていたら普通に協力していた。
いやもうああいうのは断れば断るほど、逃げれば逃げるほど面倒くさいことになると分かっているからだ。
分かっているのに逃げようとしてしまったのは矛盾しているがな。
ふたりがというか、篠三がどんどん来てしまうような人間だからなんとかなっただけだろう。
「中学のときは違う男の子に、高校になったら直輝先輩に、ですか」
「俺と前坂だったら絶対に前坂を選ぶだろ?」
「人それぞれ違いますよ」
他の男子と前坂だったら人それぞれ違うとなるが、俺と前坂だったらそういうことになるんだ。
俺はこの歳まで俺をやってきたのだから分かっている。
「私は直輝先輩より宏一先輩の方が好きですけどね」
「やめてくれよ、冗談でも言われたくない」
○○と比べて好きだなんて言われても嬉しくはない、それに友達を下げられているようで気になるんだ。
「なにがそんなに怖いんですか?」
「上手く言えない、だが、篠三だって怖いことぐらいあるだろ?」
「それはありますけど」
「だろ? だからそこで差があるというだけだよ」
差があるだけでなにかを怖いと感じることは普通だ、脳や心があるから仕方がないことだった。
どうにかしようとしてもなんとかなるものでもないから付き合っていくしかない。
でも、悪く考えすぎてなんにも行動できないでいるというわけでもないし、そこまで重症というわけではない気がした。
「なんか変えたくなる人ですね」
「どうすればいい?」
「え、それを私に聞くんですか?」
「関わった時間は物凄く短いが篠三や大越は上手くやれているように見える、どういう風にすればそうなれるんだ?」
いつまでも現実逃避をしていないで変えるしかない。
もう少し時間が経てばこうして来てくれるかどうかも分からなくなるから絶好のチャンスではないだろうか。
多分、ここでそのままを続けるようだったら一生このままになるだろう。
そんなことになるぐらいなら勇気を振り絞って行動した方がいいと言っている自分が確かにいた。
「茉莉じゃないですけど、私も一緒にいたいから行動しているだけなんです」
「積極的に他者と一緒にいろって?」
「人といることで起こる問題というのはありますけど、それでも人といることで楽しいこととか嬉しいことも多いですから――あ、ちょっとずれていますかね?」
「いや、それは間違いなく必要なことだからな」
人生をいいものにするには他者と関わらなければ不可能だ、ひとりでなんとかできてしまう人間は絶対にいないと断言できる。
「なるほどなるほど、そういうところも茉莉が教えてくれた通りです」
「なんか悪い」
「あれは本当のことですからね? 知ることができて嬉しいぐらいですよ」
友達のことを知ることができれば嬉しいが、友達の兄のことを知ることができても言っては悪いが無駄情報になりかねない。
関わっているなら、興味を抱いているならそれほどありがたいことはないがな。
しかし彼女は違うのだから最初のそれに当てはまる、そのため、茉莉や大越のことを聞いておけよと言っておいた。
「いまはもう宏一先輩とも関わっているんですよ? むしろどんどんあなたの情報を知りたいですよ」
「怖いな……」
「なんでですかー」
もったいない時間の過ごし方をしているのにそれでもにこにこしているからだ。
その点は前坂も同じこと、お似合いなのではないだろうか。
「意地悪なことばかり言っていると、酷い目に遭いますよ?」
「どんな感じにだ?」
「私が傷ついて来なくなります」
「茉莉や大越と過ごした方がいいから傷つく云々は置いておいて、その方がいいな」
「むぅ! もう茉莉ちゃんに言っちゃいますからね?」
「いいよ、年上としてちゃんと言ってやらなければいけないからな」
中途半端なところだったから歩くことを再開する。
いつものように外でぼけっとしていた俺が悪いが、どうして誰かが来てしまうのだろうか。
前坂ならまだいい、同性だから対応もしやすい。
だが、茉莉以外の女子となると経験がなさすぎてどうしたらいいのか分からなくなるときがあるような……ないようなという感じで、回数を減らしたかった。
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